『坊ちゃまを…、蓮坊ちゃまをお助けください!』
そう助けを求めてきたのは、蓮の持霊である中国武将の馬孫だった。
ちょうど、アンナに課せられた電気椅子のメニューを葉、、ホロホロ、そしていつの間にかシャーマンになり予選通過も決めていたという木刀の竜の五人が炎の庭先で行っている時だった。事情を聞いた葉達はすぐに中国へ向けて出発したが、はアンナと共に炎に残った。
葉たちが出発して一週間、もう道家に着いただろうか。
「、あんたは葉たちと行かなくてよかったの?」
「うん、ちょっと気になる事が出来たから…S.F.本選出場の事も含めて一度お祖父ちゃんに報告しに出雲に戻ってくる。」
「アタシも一緒に戻った方がいい?」
ううん、とは首を横に振った。
「アンナはここで待ってて。たまおもいるし、ね。お土産買ってくるから!」
は頷いたアンナと、たまおに見送られて炎を出た。
出雲に到着した頃には、空はすっかり茜色になっていた。数日分の着替えを入れたボストンバックを持ち直して、キョロキョロと待ち人を探す。
「!ここじゃ!」
「お祖父ちゃん!お母さん!」
「おかえりなさい、。」
駅まで向かえに来ていた祖父と母に連れられて戻ってきたのは数ヶ月ぶりの自宅だった。半月前に出雲に戻ったことがあったが、その時は麻倉家にしか顔を出さず自宅は故意に避けていた。もちろん、後から式神が仲原家からふんばりが丘に来て、恨みがましく怒られたのは言うまでも無い。
「やっぱり家が一番だね!」
「当然じゃ!S.F.の本選までまだ少し時間があるんじゃろう?ゆっくりして行きなさい。」
うん、とは頷いて自室に荷物を置きに行った。
それから2,3日はS.F.に参加すると決める前の生活を送った。道孝も久しぶりに孫が帰ってきた事が嬉しかったのか、大して用事もないのに、、と呼ぶことが多かった。父のジョンは、ちょうど会社の事業の事が忙しくて家にはしばらく帰ってこないと恵子が言っていた。
ごくごく普通の生活を送っていただが、今回出雲に戻ってきた本来の目的を果たそうと道孝の自室に赴き、唐突に切り出した。
「お祖父ちゃん、」
「おお!、タイミングがいいのぅ!今から一緒に立体四目並べをせんか?」
「お祖父ちゃん、私、『仲原恵理』について知りたいの。彼女の書物を見に、蔵へ行ってもいい?」
がそういうと、にこにこしていた道孝は表情を硬くした。だが、いつかは言い出すだろうと予想していたのか、しばらく沈黙したままの目をじっと見ていたが小さく息を吐いてよかろう、と承諾した。
「いずれは知らねばならんお前自身の事じゃ。蔵へ入ることを許そう。しかし、必ずを連れて行くんじゃぞ。」
「ありがとう!」
嬉々として部屋を出て行ったの後姿を見送りながら、道孝はもう一度息を吐いた。
「逃れられぬ、麻倉との宿命か。何故が""でなければならんかったのか…。運命とは残酷な物じゃ。」
道孝はいずれが麻倉家のあの社堂にも行くことを予測して、葉明に連絡するため受話器を取った。
一方、道孝に許可をもらったは早速をO.S.して蔵へ立ち入った。蔵の中はひんやりとしていて、長い間誰も立ち入ってないことが床に溜まった埃から見てわかる。無造作に積み上げられた書籍の山を崩さないように注意しながら、壁に設けられた灯篭に明かりをつけまわった。
すべての灯篭に火をつけ終えると暗くてよくわからなかった蔵の全貌が見えた。貴重な書物が所狭しと並んでいて、時代ごとに分けられていた。
「すご…、」
『やはり代を重ねるごとに書物は増えて行くな。がずっと続いている何よりの証だ。…の知りたがっている""は平安時代の人物だ。確かもう少し奥の方だったはずだぞ。』
思わずこぼれた言葉にが同意して、が求めている資料のもとへと案内した。
いくら灯篭に明かりを灯したとはいえ、現代の蛍光灯の光に慣れているには、蝋燭の光は薄暗かった。何度か床に倒れている書物に躓きそうになりながら、が示した棚のところへとたどり着いた。
『ここだ。""はこのあたりの書物に描かれていたはずだ。…ところで、は平安時代の文字が読めるのか?』
「…あ、」
『まぁ、読めるものは専攻として研究している者だけだろう。…こちらに現代訳された物があったはずだ。』
は重要なことを失念していた。書物を見つけたところで、その時代のものが読めるわけがなかったが、が現代訳版があると教えてくれたので、喜んでその書物を手に取った。長い間蔵にあった書物は少しツンとしてカビくさい。表紙をめくると、早速"について"という項目のタイトルが目に飛び込んできた。
""…家始まって以来右に出る者はいない程の能力をもったシャーマン。陰陽師として栄華を築いた麻倉家の始祖・麻倉葉王と結ばれる。男児を出産後、眠るようにして息を引き取る。大陰陽師・麻倉葉王との間に出来た男児は、家をさらに巨大なものへと発展させたが恵理程の能力は持っておらず、以後、家にはを超えるシャーマンは出ていない。500年前、葉王の存在は確認されたものの、の存在は確認されず転生しなかったものと結論付けられた。
が教えてくれた書物すべてに目を通したものの、書かれている事はすべて同じで、それ以上""について知る事ができなかった。が知りたかった肝心な『葉王との関係』は夫婦であったということ以外よく解らなかった。
「…はぁ、この書物も最初の物と似たようなことしか書いてなかったよ。」
『ふむ、では麻倉家に行ってみたらどうだ?が読んでいる時にこの蔵を一通り探してみたんだが、葉王が恵理に贈った水晶の首飾りが見当たらないんだ。ここに無いとすれば、麻倉家の蔵にでも保存されているのだろう。』
「でも、お祖父ちゃんが…、」
『道孝様からお叱りを受けるのではないか、と思っているのなら心配しなくていい。が蔵へ入る許可をもらったあと、麻倉家に連絡を入れていたからな。葉明様もご存知だろう。それにが麻倉家へ来ることを見越して既に準備もしているに違いない。』
さも当然と言わんばかりにが言うと、は驚きの表情から少し不満顔へと変化させて恨めしげに言った。
「私の行動パターンって単純?」
『そうではない。"麻倉葉王"と""を知るには必然と両家へ訪れないといけないのだ。何もだけじゃない。麻倉家当主の葉明様も、家当主の道孝様もそうして各々の家の秘密と伝統を受け継いできた。この二人に関しては、両家共に無関係を決め込むことはできないのだからな。』
の言葉にはふうん、と頷いて蔵の明かりを消し、出て行った。
夜の帳がすっかり落ちた頃、は麻倉に到着した。
家へ帰ってきた時と同じように数日分の着替えを入れたボストンバックを持って、具現化させたに跨った。O.S.を覚えてから毎日訓練してきた巫力コントロール。必要な巫力を必要な分だけ消費する、というのは意外と骨が折れる事だったが、今のには息をするのと同じくらい自然に出来るようになっていた。
広い麻倉家の屋敷をの後についていく。玄関のインターホンを鳴らしても、誰もを迎えにやってこない。たまおは現在炎でアンナと一緒に葉達の帰りを待っている。屋敷には葉の母・茎子と父・幹久がいるが、二人にはほとんど会ったことがなかった。茎子は地域の婦人会に参加していて家を空けている事が多かったし、幹久は修験者タイプのシャーマンで年中をどこかの山を登る事で精神と身体を鍛えている。麻倉家の当主である葉明に迎えに来させるなど恐れ多い。いくつもの理由が重なったのと、小さい頃から麻倉家に出入りしていたは我が物顔で葉明のいる奥の部屋まで歩いていった。
がぴたりと歩みを止めた先にはきめ細かな模様の襖が見えた。部屋の主の格に違わない、相変わらずの綺麗さだ。
「爺様?です。」
「おぉ、早う入れ。」
失礼します、と断ってからは入室した。アトラスは入口の近くに腰をおろして頭を下げた。
「遅くにお邪魔してごめんなさい、爺様。でも私どうしても、」
「うむ。道孝から話は聞いておる。今宵はもう遅いから明日の朝、お主をある場所へ連れて行こう。今は茎子も、幹久も…あやつはいつもだが、屋敷におらん。もてなしはできないがゆっくりしなさい。」
「はい。」
ありがとうございます、と一礼しては退室した。いつもなら葉明はの近況を聞いてきたり、確認したりするのに、今日は用件のみだった。時間が遅いという事もあっただろうが、葉明の雰囲気はいつもと違って少し緊張しているようにも感じた。再びの後ろについて部屋に向かって歩く。廊下に明かりはついていなかったが、月明かりが照らしていてよく見えた。空を見上げると大きな真ん丸お月様がぽっかりと浮かんでいる。
「藤原道長が"望月の詠"を詠うのも頷けるね。」
『…。望月の詠は月の美しさに掛けた藤原家の栄華の詠だぞ?』
「それぐらい知ってるよ!」
はぷぅと頬を膨らませた。から再び月へと視線を移す。平安時代を生きたも葉王と一緒にこんな夜空を見上げていたのだろうか。ふとそんな考えが脳裏を過ぎった。
「"この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 虧けたる事も 無しと思へば"…か。まったく、人は何故こんなにも欲深き生き物なのだろう。」
「ハオ様…オパチョも?」
「あはは、オパチョは違うよ。オパチョからはいつも綺麗な"声"しか聞こえて来ないからね。」
オパチョ、声、綺麗!と意味をきちんと理解していないだろう幼児は両手をあげて手放しで褒められた事を喜んだ。ハオはそれを眺めてにこりと微笑む。そこへ、神父のような衣装を纏った男がハオに湯浴みの準備が整った事を告げに来た。ハオは頷いて、もう一度空を仰ぐ。
「…いや、今はか。早く"僕"に会いに来て。」
切なげに呟いた言葉は夜の静寂へと吸い込まれていった。
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加筆訂正*20081221*
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