S.F.予選試合に勝ったシャーマン達は本選開会式場に集まっていた。
 選手控え室として設けられた部屋では大きな画面に現在ファイト中の選手が映し出されている。オレンジ色のヘッドフォンが印象的な少年と、とんがった髪型が印象的な少年―――麻倉葉と道蓮だ。
 両者一歩も引かない戦いに、控え室の選手たちからおおっ、と声があがる。その中でも一際目立つ声に、は視線を移した。画面前に見覚えのある青い髪の少年がいる。ホロホロだ。

「―――くうっ!やるぜ葉!さすがオレを倒したことがある男だぜ!」
「お、お兄ちゃん!騒がないでよ、みんなの迷惑でしょ!」

 人並みを縫ってホロホロたちに近づいた。しかしホロホロは試合に夢中でには気づかず、ピリカだけが軽く会釈したので、も倣って会釈した。

「あ、えーと…。この間はすいません、見苦しいところを見せちゃって。ピリカっていいます。」
「私はです。よろしくね。」

 二人は握手を交わして、激しい音が聞こえてくる画面を見た。葉と蓮の試合はより一層白熱した戦いを展開している。ホロホロはこぶしを握り締めてやっちまえ!とエールを送っていた。

「お兄ちゃん!さんだよ、お兄ちゃんってば!」
「だぁっ!うるせぇぞ、ピリカ!今良い所なんだから―――って、?!」
「久しぶりだね、ホロホロ。」
「おう、本当久しぶりだな!」

 ホロホロは画面からに向き直り、ニカッと笑みを浮かべた。かと思えば、眉間に皺を寄せて不満顔になった。

「お前何で連絡よこさなかったんだよ、待ってたんだぞ!お前の試合の時は応援に行くって約束しただろ?」
「あ、あはは、ごめんね。」

 は苦笑しながら謝るしかなかった。この開会式の会場に来ているシャーマン達はみな、予選試合のルールに則って勝ち上がって来た人達だ。のように、一試合もせずにこの場にいる事はできない。試合に関しては上手く誤魔化したものの、ホロホロは連絡が無かった事がショックだったようで、に恨めしげな視線をよこしていた。

「あっ!」

 ピリカの声に、ホロホロとエリが画面に注目すると激しい音を立てて二人のO.S.がぶつかり合った。砂埃が収まると、背を向け合った二人のシャーマンのO.S.がゆっくりと、同時に消えていった。

「ど、どっちが勝ったんだ?」
「O.S.が消えたのはほとんど同時だった…。この場合、どうなるのかしら。葉はこれが予選最終戦なわけだし、道蓮は二戦しかしていないけど、日程の関係で同じく最終戦…、」

 が呟くように言った後、誰もが静かに結果を待った。

『この試合、引き分けとする!なお、グレートスピリッツの意向により、両者共に予選通過とする!』

 十祭司による審判が下りると、待合室は賑わった。やがて画面を通してパッチ族長のゴルドバが会場に移動するよう指示が出ると、選手たちはぞろぞろと移動し始めた。
 会場に現れた葉と蓮は互いに一言も話さずに黙々と歩いていた。葉がホロホロとを見つけると、蓮に何かを耳打ちして別れた。蓮は頬を薄らと桃色に染め、鼻を鳴らして葉とは逆方向に歩いて行った。

「ホロホロ、!」
「葉!お疲れ様、予選通過おめでとう!」
「おう、これでアンナに殺されずにすむんよ…うぇっへっへ。」
「相変わらずお前は緩いな〜!んでもって、お前の嫁さん、鬼だな!」

 ホロホロは労いの意味も込めて、葉の背中を一発思いっきり叩いて豪快に笑った。その隣では苦笑し、葉も背中の届く範囲をさすりながら苦笑した。
 開会式は直ぐに執り行われた。
 静粛に、と注意を受けたわけではないのに、どのシャーマンも口をぴったりと閉じ、ゴルドバの言葉を一言一句聞き漏らすまいと熱心に耳を傾けている。も最初は熱心に聞いていたものの、途中で誰かの視線を感じ集中できなくなってしまった。仕舞いには軽い頭痛と眩暈を覚え、は葉に、外のベンチに座っていると告げて開会式の会場を出て行った。その後を一人の少年が追う様に出て行った。
 会場になっていたホールを出れば少しは楽になるだろうと思ってはいたが、変わらなかったので結局外に出た。すっかり日が落ちて星が輝いている。―――が、その数は出雲の実家から見えるものより少ない。
 は空いているベンチに腰を掛けて、深呼吸を数回繰り返した。すると、さっきまでの気持ちの悪さは嘘のようにすっと消えてしまった。きっと、会場の雰囲気に酔っただけだろう。

『大丈夫か、。』
…うん、大丈夫。心配掛けてごめんね、ありがとう。」
『構わない。私はの持霊だ。それに当主からくれぐれも宜しく頼む、と承っている。』

 は具現化させたを引き寄せ、ふさふさの白い毛に顔をうずめてもう一度お礼を言った。

「―――空が狭い、とは思わないかい?」
『?! 何奴!』

が低く唸る。暗闇からぬっと街灯の下に現れたのは黒くて長い髪を風に靡かせ、笑顔を携えた少年だった。年の頃は葉やと同じ位だろう。彼の笑みは、何故かに葉を連想させた。

「やぁ、。久しぶりだね。」
「あなた…もしかして、7年前の?」
「覚えていてくれたんだね。ふふ、嬉しいよ。あのワンピースは着てるかい?」

 少年は一歩一歩、ゆっくりとに近づく。しかし、が庇う様に前へ出た。

『止まれ!それ以上エリに近づくんじゃない、葉王!』
「葉王?!…彼が、」

 ハオをよく見てみると、確かに彼は麻倉家のシンボルマークである五旁星を身につけていた。そして、夢で見た"彼"に確かに似ている。

「そう唸るなよ、。今日は何もしないよ。ただに会いに来たんだ。お前ならわかるだろう?僕と彼女は実に千年ぶりとなる再会となるのだから。あぁ、我慢できなくて少しだけ会いに行ったこともあるけれど。だから、少し口を閉じていてくれないかな。」

 口調は優しげな声音でお願いしていたが、表情は命令だった。依然としては低く唸り続けていたが、の顔を覗き込むように、彼と話をさせて、と囁いたので渋々従った。

「ありがとう、。」
「…でも、それ以上は近づかないで。」

 解ったよ、とハオは肩をすくめて残念そうに了承の意を告げた。
 ハオとの間には、会話をするには不自然な距離が開いていた。出雲を出て東京へ来る前、葉明が詮索はするな、と何度も注意していた事を忘れたわけではない。しかし好奇心を抑える事はできず、今の距離を保つ事が、ができる最大の譲歩だった。は緊張した面持ちでハオを見据えたが、彼はにこりと笑みを浮かべたまま、を見つめている。なかなか切り出そうとしない彼に、先に口を開いたのはだった。

「…私に、何の用?」
「そんなに警戒しないでくれよ。さっきも言ったけど、僕は君に会いに来たんだ。」
「それなら、あなたの用件は終わったわね。あなたと私、もう会ったわ。」
「そうだね。じゃあ、もう少しここにいて、僕と話をしよう。」
「あなたと話をすることなんて、」
「あるだろう?例えば、夢の事だったり…僕の事だったり、ね?」

 ははっとしてハオを見た。依然として彼はにこにことしている。

「最近、は僕の夢を見たはずだ。―――もうすぐ君に逢いに行くよ、そうメッセージを残したはずだけど。」
『そうなのか、?そんな話は一度も、』
「千年前の僕は陰陽師だった。当時習得した夢渡しの術を用いた。」
「私は、小さい頃からよく夢見を行ってきた!」
「だから違う、そう言いたいのかな?ふふ、まぁそれでもいいさ。」

 は鋭い眼差しで彼を見据えた。人の夢にまで手を出すなんてなんて趣味が悪いんだろう!前世の私はどうしてこんな人を好きに?の脳裏にはそんな疑問が浮かんでいた。

「僕はシャーマンキングになる。人を滅ぼし、シャーマンだけの世界を作るんだ。その世界では僕の隣にいて欲しい。」
「嫌よ!」

 ハオは至極驚いてを見つめた。まさかがそんな事を言うとは露にも思っていなかった、と言わんばかりに目を見開いている。だが、すぐに表情を戻して、頷いた。

「…ふ、麻倉と仲原の入れ知恵か。やれやれ、困ったものだな。あいつらはどうしても僕を倒したいらしい。」
「どういう事よ、」
「流石にそこまでに話してはいない、か。僕への敵対心を煽る様な事しか言わず真実を告げないのはどうかと思うけど、今は仕方が無いか。―――あぁ、開会式が終わった様だね。」

 ハオに促されて背後を振り返ると、選手達が出てくるのが見えた。その中に、葉とホロホロの二人の姿を見つけると何故かとても安心した。ほっとしたの表情をみたハオは仕方ないか、と肩をすくめてに近寄る。気づいたに声をかけようとしたが、ハオが左手を上げて静止の意味を示すと、思わず行動を止めてしまった。その隙にハオはの顎に手を沿え、頬にそっと口付けを落とした。は驚き、慌ててハオから距離をとると感触の残る頬を手で押さえた。
 
「約一ヵ月後、横茶基地に集まるよう指示がある。その時にまた会おう。僕が言った事よく考えておくといい。」

 ハオはにこりと笑顔を向けて、宙を舞った。続いて現れたO.S.に、は目を見開いた。巨大なO.S.を作り上げるにはそれと同等の巫力が必要になってくる。ハオにはそれだけの力があるという事だろう。今までに見てきた夢で出てきた男は、葉明曰く全て葉王だという。ならば、あの持霊は、

「あれが、五大精霊の一つ"スピリット・オブ・ファイア"、」
「おーい、ー!」

 大丈夫なんか?と声をかけてきた葉にどこか上の空でうん、と答えるとはそのまま黙り込んでしまった。葉とホロホロは顔を見合わせ、様子の違うを訝しげに思ったがまだ気分が優れないのだろうと思い早く帰ろう、と促した。それにもは生返事を返し、歩き出した二人の後に続く。

 「(爺様は、彼を『麻倉の忌むべき敵』と称した。彼は『あいつらは僕を倒す』と言った…。けれど葉や私の今の実力は、彼の足元にも到底およばない…。)」

 本当に戦うつもりなのだろうか、とは疑わずにはいられなかった。

 

 

 

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加筆訂正*20081117*