『グレートスピリッツの意思により、あなたの予選は行いません。本選開会式に直接おいで下さい。』

 のオラクルベルに届いたメールは、現在予選試合を頑張っているシャーマン達にとって一番欲しいメールに違いない。
 このメールが届いたのは、葉にエールを貰ってすぐだった。ピピピ、と規則的な機械音がして、操作すると画面に表示されたのは、の予選通過の案内だ。

「…どういう、事?」
「オイラに聞くなよ…というか、オイラにとっては羨ましいけどな。」
「…けど、フェアじゃない。」
「そうだけど、オイラ達がここで文句を言っても仕方が無いだろ?S.F.はグレートスピリッツの意思が試合を組んでるんだし…人を相手にファイト出来ないけど、その分自身を磨く時間が出来たじゃねぇか。」
「う…ん。」
「納得できねぇって言うなら、オイラでもアンナでも、いつでもの相手をしてやるぞ。が満足するまでな。それで、オイラの試合へ応援に来てくれよ。爺ちゃんが言ってたけど、人のファイトを見ることも修行なんだってな。」

 ウェーヘッと、葉は笑って部屋に戻ろう、と促した。は渋々オラクルベルの表示を元に戻し、葉の後ろについて部屋に戻る。葉との様子を見ていたアンナとまん太がどうしたの、と声を掛けてきた。

の予選通過が決まった。」
「えっ?!なんで?!」
「さぁ?グレートスピリッツの意思だってさ。」
「…本当なの?」
「うん…。アンナ、電話借りれる?お祖父ちゃんに連絡したいんだけど。」
「この家、電話なんて無いわよ。」
「…いい加減、電話くらい買おうよ、アンナさん…。」
「あ、そうなんだ。んじゃ式神に知らせてもらうね。」

 呆れたようにまん太が電話を購入することを勧めたが、アンナは不必要よ、とばっさりまん太の意見を切り捨てた。は部屋に飾ってあった生け花の葉を一枚取り、O.S.させる。麻倉家で葉明がよく使用していた式神が現れた。
 この様子を見ていたまん太と竜はおおーっ、と感嘆の声を上げる。式神はの言葉を受け取って、ふわりと宙に舞い、西に向かって飛んでいった。

「少し時間がかかるけど、これいいや。」
「…そうね。郵送と比べて早いし、確実だもの。じゃ、は今後どうする?」
「しばらく自主トレする事にする。葉の試合には応援に行くね!機会があったら他のシャーマン達の試合も見たいけど…偵察と勘違いされる確立が高いだろうし…。」
「そ。それじゃあ、葉の組み手とかの相手をしてやって。なら良い修行相手だわ。」

 うん、とはアンナの言葉に頷いた。
 の本選出場を知らせるメールを受け取った数日後に葉の予選第二戦が決定し、春休み最終日は葉、アンナ、、まん太の4人で猪口浜外国人墓地を訪れていた。下見と花見を兼ねて、早い時間から4人は猪口浜に来ていたが、現れたS.F.運営委員パッチ十祭司のシルバとアンナがどこかへ行ってしまうと、葉、、まん太の3人は春の眠気に誘われないように戦っていた。尤も、まん太は眠気では無く、寒気と戦っていたようだ。
 日が傾きだすのと同時に、雲行きも怪しくなり雨がしとしとと降り出した。は傘を買いに行ってくる、と葉とまん太に言い、外国人墓地を離れた。そのあと直ぐに葉と、対戦相手のファウスト[世のS.F.は始まった。
 が墓地に戻ってきた時にはすでに葉は巫力を殆ど使い果たし、地面に這い蹲っていた。アンナは自分で雨具を買いに行っていたようで、すでに合羽を身につけている。ちょうど葉についての話をしていて、は黙って聞いていた。葉の境遇と、の境遇は類似している部分が殆どだ。忌み嫌われ、仲間はずれにされるのは、正直まだ気が楽だった。加えて妙な力が備わっていて、辛い幼少時代を過ごしていた。みかねた両親が、ジョンの祖国であるイギリスへ住居を移したこともある程だ。
 殆ど巫力の残っていない葉と、一体だけに巫力を絞ったファウストとの試合結果は、火を見るより明らかだ。葉の巫力切れで負けが決定し、負傷した葉とまん太を病院へと急いで運んだ。
 傷が癒えるまでの2ヶ月間、は学校と病院と自宅の往復を繰り返す日々だった。試合がないからといって怠けてばかりいられず、アンナにメニューを組んでもらってそれをこなし続けた。
 将来シャーマンキングになる葉には、俗世間での学業はあんまり重要なことではないかもしれない。しかし、必要最低限の教養として学ばなければいけないことは多々ある。学校で学んだことは全てノートにまとめて、葉がいつでも復帰できるようには準備していた。もちろん、それはまん太も一緒で、退院後、学校の授業に遅れないように、プリント類を何度もまん太の元へ届けた。小山田家の人と病室前などで鉢合わせする事もあり、その度に婚約の話を持ち出された事は、葉、まん太には言っていない。アンナは言わなくても"聞いて"いるだろう。別に知られても構わない話だが、なんとなく葉には知られたく無かったので、何も言わないでいてくれたアンナには感謝の気持ちで一杯だ。
 退院が間近になった頃にまん太が葉の病室を訪れた事を、はアンナから聞いた。まさか葉がまん太の事を見限るとは思っていなかったので一度出雲へ帰る、と言った時はビックリしたものだ。だが直ぐに葉の気持ちを汲んで頷いた。待ってるね、と一言言い、後日退院した葉を見送った。

「…いいの?も道孝様から戻ってくるように言われていたじゃない。」

 葉が入院して3日後に、道孝から式神が届いていた。修行をつけるから出雲へ戻って来い、との事だったが、学校もあったし、葉の様態も気になっていたので断っていた。

「私も戻ったら、アンナが一人になるじゃない。それに、私はここに居た方がいいような気がする。…ただの勘なんだけど、今出雲に戻ったらダメなような…嫌な感じがするんだよね。」
「そう。それなら、東京に居た方がいいわね。シャーマンの勘は結構当たるもの。…じゃあ、今日は女2人ね。夕飯はが作ってくれるのかしら?」

 ふふっ、と顔を見合わせて笑い合い、夕飯の買出しをアンナと一緒に行った。
 葉が出雲に帰省して5日後、葉明からアンナに出雲へ来るよう指示があった。アンナは葉が置いて行った春雨を持ち、出雲の麻倉家を訪問した。それにもついて行った。仲原家に寄ろうかと考えたが、一度家に戻ると数日は外に出してもらえない予感がしたので、近寄りもしなかった。アンナがイタコ術でまん太達の動向を探り、現地に行ってみるととんでもない事態になっていた。しかし、アンナの一声に、犯人のポンチとコンチは白状した。この霊達は、いつまで経っても学習しない。人を騙して面白がっているのだ。は前触れも無くを呼び出し、2匹の霊を懲らしめた。
 それから、アンナ達は場所を移動して葉が入ったといわれる黄泉の穴の出口付近に向かった。そこでたまおは"コックリさん"を始める。  黄泉の穴は魂の修行場である。3時間経ってもうんともすんとも反応しないたまおのプランシェットに、まん太は苛々を抑えきれず声を上げた。その数十分後。

「! 来ました!ポンチ、コンチは葉様を発見、もう出口に近いそうです!」

 ようやくたまおのプランシェットが反応し、葉の居場所を知らせた。たまおがメートルのカウントに入ると、は鼓動が早くなっていくのを感じた。

「よう。みんな久しぶりだな。」

 ボサボサの頭で、着ている服のあちこちが擦り切れ破れている格好で、葉はいつもの笑顔でみんなに挨拶をした。

「ふふっ、相変わらずだね、葉。」
「おー、なんだも帰って来てたんか。家には行ったんか?」
「お祖父ちゃんに捉まると長いからね。避けて来た。」

 ウェッヘッヘ、と笑う葉にあわせて、も笑みを浮かべた。

「フン、あんたにしてはなかなか頑張ったんじゃないの?とりあえず、お疲れ様。」
「へへ…今回はいろいろみんなに迷惑かけちまったからなぁ。ま、とりあえずオイラの家に行こうか。流石に腹が減るのだけはまいった!」

 葉の言葉に頷いて、麻倉家へと向かった。
 麻倉家に到着して葉は風呂へ、アンナ達は客室へと案内された。たまおが食事の準備をしている間、は久しぶりの麻倉家の庭でO.S.の訓練をしてみた。見慣れた風景、馴染んだ環境のせいか、普段よりも精神が安定していてO.S.の調子も良かった。
 夕食をみんなで取り、その後はそれぞれ今夜就寝する部屋へと案内された。は相変わらずいつも使用させてもらっている部屋に宛がわれた。布団に横になるとすぐに眠気がやってきて、そのまま眠ってしまった。庭で葉が新しいO.S.スタイルを習得しているなんて全く気づきもしなかった。

 は夢を見ていた。夢の中で、一人の少年が佇んでいた。黒い長髪に、白いマントで上半身を覆っている。大きなピアスが動くたびに揺れる。

「(あなたは誰?)」

 声を出しているつもりだが、それは音としてから発せられることは無かった。しかし、少年は気づいたようで、を見据えた。その時、はどこかで見たことがある顔だと思った。

、もうすぐ君に逢いに行くよ。」

 少年はそれだけ言い、にこりと笑って消えた。
 ははっとして飛び起きると、空はすでに明るくなっていた。とは言ってもまだ明け方で、屋敷は寝静まっている。

「…今の夢、」
『おはよう、。早いな。』
、爺様が口を酸っぱくして言っていた、忌むべき人って…」
『? 麻倉葉王の事か?』
「麻倉、葉王…。もしかして彼が…?」

 の呟きには首を傾げた。しかし、は物思いに沈んでいる為かに見向きもしなかった。
 S.F.本選出場者が集う開会式まであと5日。

 

 

 

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加筆訂正*20080929*