東京・池々袋にあるサンシャインビル60。時刻は午前2時。
 昔は刑務所だった、というこの場所で二つの戦いが行われていた。一つは麻倉葉とホロホロという二人のシャーマンのS.F.予選第一戦。もう一つは…。

「ほう、素早く、且つ安定したO.S.のようだな。」
「あなたがS.F.運営実行委員というパッチ族の人?」

 男はいかにも、と頷いてマグナと名乗った。も倣ってです、と名乗るとマグナはふっと表情を和らげた。の巫力で実体を持ったはマグナを睨みつけながら低く唸っている。

「では、早速だが私に一撃、攻撃を当ててみろ。見事出来ればS.F.参加資格であるこの"オラクルベル"を授けよう。」

 マグナはO.S.した。

「紹介しよう。私の持霊フクロウの精霊でマグネスコープと呼んでいる。」

 マグナの周りを旋回し、を鋭い眼光で見据えている。依然、は低く唸り、いつでも攻撃できる態勢を取った。
 始めようか、とマグナが戦闘開始の合図を出すと、先手必勝とばかりにはマグナに向かって飛び掛った。しかし、それもあっさり交わされてしまう。マグナの持霊であるフクロウは鋭い嘴をに向け、電光石火の如く突っ込んで来る。はそれをひらりと交わし、フクロウの体制を立て直す一瞬の隙を突いて、地面へと押し倒した。

「ほう、」

 マグナが感嘆の声を上げた時、の姿はフクロウの上から消えていた。そして、たった今までマグナの目の前に居たの姿も忽然と消えたのだ。ふむ、とマグナが頷き、唇を弧の形にした。背後から、獣独特の息遣いが聞こえ、マグナの首筋には鋭く磨がれた獣の爪が宛がわれていた。

「―――見事だ。、君にS.F.参加資格となるオラクルベルを渡そう。」
「やった!」

 ありがとうございます、とはマグナからオラクルベルを受け取った。達が居る場所からは見えないが、少し離れた所で声と攻撃に伴う音が聞こえてきて、葉達がまだ戦闘中であることが解った。
 マグナはに気づかれないよう、オラクルベルを操作して巫力値を量った。その数値に目を見開く。―――"彼"が興味を持つわけだ。は一度葉達がいる方向をみて、マグナにもう行ってもいいですか、と訪ねた。

「ああ、私の試験は終了だ。S.F.を観戦したかったところ、すまないな。」
「いいえ!私に必要な物ですし、構いません。」

 その時、ひときわ大きな音が轟いた。もともと寒いこの季節に行われた予選だが、この冷気は何だろう、とは首をかしげながら音のした方へ急ぐ。ビルの三分の一ほどが雪に埋もれているのを見て、は唖然とした。慌ててアンナとまん太がいる所に駆け寄った。

「…葉、は?」
「雪に埋もれていて、判らないわ。―――ただ、ここで負けるようなら…特訓の、スペシャルメニューを追加しないとね。」

 ふふ、と笑うアンナにとまん太の背筋に冷たいものがぞぞぞっ、と走った。
 しばらくしても姿を現さない葉には不安を積もらせた。ホロホロがそろそろ助け出してやるか、と呟いたのが余計に不安を増長させた。葉、と心の中で強く念じると同時に雪柱が立った。

「何ぃーっ?!」
「うおぉぉぉっ!!」

 ホロホロの驚愕の叫び声と、葉の一撃を入れる叫び声が重なる。葉は振り上げた刀を振り下ろした。その攻撃はホロホロの右側を少し離れたところに落ちる。ホロホロは自身に攻撃が当たっていないこと、攻撃が右にずれた事に目を見開きながら、葉を見上げた。表情には何故?といった疑問が浮かんでいる。

「―――お前の巫力、切れてるじゃん。」

 葉が、ニコリとしてホロホロの足元を指差した。ホロホロの媒介であるスノーボードの傍に精霊が横たわっている。

「試合終了、だね。」
「えぇ、そのようね。」

 アンナ、、まん太は二人に近づいた。

「二人とも、お疲れ様!」
「おー、。オラクルベルは?」
「ほら、この通り!」

 は葉が勝った事で少し興奮しながら、先ほど獲得した参戦権を見せた。

「よかったな。」
「うん。」
「…んじゃ、オレは行くぜ。―――アサクラヨウ、この借りはきっちり返してやる。」

 ホロホロは一度深呼吸をして息を整えると、スノーボードを抱え去ろうとした。そこへ葉が、待てよ!と声をかける。

「…んだよ。」
「オイラん家泊まってけよ。」
「あぁ?!何言ってんだ、お前。」
「ナイスアイディアだね!そうだよホロホロ、泊まっていきなよ。私、今まで葉以外のシャーマンと話したことが無かったの。良かったらあなたの話を聞かせてよ。」

 が笑顔で言うと、ホロホロの頬に朱が注した。ホロホロは数回う〜ん、と難しそうに唸る。その優柔不断な態度に、アンナが切れた。

「アンタ!泊まるの?!泊まらないの?!はっきりしなさいよ!」
「どーしてもっつんなら、行ってもいいぜ!」
「「どーしても!!」」
「お前がそう言うなら、いっちょ行ってやるか!」

 ホロホロの上から目線の態度にブチ切れたアンナを宥めつつ、葉とは即答した。ホロホロはエリを見にかっと笑みを浮かべた。スノーボードを抱え直し、んじゃ行くぞ!と先陣きって歩き出した。その行動に、アンナの怒りのボルテージは再び上がったが、そこはが手作りプリンを作ることで抑えてもらった。

「宿泊代は払いなさいよ。」

 鋭い声音の一言に、葉、、まん太は苦笑せざるを得なかった。


 民宿『炎』では、葉が勝利した、との知らせを聞いた木刀の竜たちが大急ぎで祝いの準備を整えていた。真夜中の決闘で、葉、ホロホロ、アンナ、、まん太は炎に着くと軽く身の回りを整えて就寝した。まん太は最後まで家に戻る、と言っていたが、時間が時間なだけに結局、葉の家に泊まることになった。
 そんな五人を気遣って、竜達は普段より静かに行動せざるを得なかった。―――何がOKAMIアンナを怒らせる要因になるかわからないからだ。
 昼頃になってようやく、まん太が起床した。しばらくしてアンナとホロホロが起床してきた。

「…葉は?」
「あ、アンナさん。葉君はまだ寝てるみたい。」

 おはよう、アンナ、と声をかけて来たには優しい表情を向けたのに対し、まん太には目を細めて起こして来て、と言うといつもの場所に腰を下ろした。

「おはようございます、アンナ女将!」

 すっかり板前気分の竜はアンナに挨拶をし、お茶を差し出した。もアンナの隣に座ると、竜がすかさずちゃんの分、と言ってお茶を置いた。

「…全く、一勝しただけでこんなお祭りムードになるなんて、騒がしいにも程があるわ。」
「まぁまぁ、それだけみんな、葉が勝った事が嬉しいんだよ。まだまだ先は長いけど、S.F.はこれからだもの。ね、ホロホロ。」
「まぁな。オレも、二勝して必ず本選へ行く。、お前も葉も予選敗退とかすんじゃねぇぞっ!」

 うん、とは元気よく頷いた。
 おやつの時間を過ぎた頃、ようやく葉が起床してきた。まん太は疲労モードで葉の傍らに立っている。エリはまん太に席をすすめ、お茶を貰いに台所へ向かった。その時、居間からばちんっ!と何かを叩く音とギャアア!と悲鳴が聞こえてきた。慌てて居間に戻ると、アンナは何事も無かったかのようにテレビを見ていて、まん太、ホロホロは目に涙を浮かべて震えていた。葉は、というと、庭先で電気椅子をさせられている。その頬には真っ赤な紅葉が落ちていた。は呆気に取られ、涙を流しながら電気椅子に耐える葉を見つめるしか出来なかった。
 葉の電気椅子修行が終わると、竜達が準備していた祝勝パーティーが始まった。乾杯!と高々にジョッキに入ったジュースを掲げた。は鯛のお造りを頬張り、幸せそうに笑みを浮かべた。
 葉の祝勝パーティーだと言うのに、ちゃっかり参加しているホロホロは、一体どんな心情なんだろう、とは心配したが、どうも杞憂のようだった。ツッコミを入れたまん太に対して、これは友情の儀式だ!と言い切ったホロホロは格好良かったが、もしかしたらタダでおいしい料理が食べれる事に惹かれているだけかもしれない…。

「飲み食い代はしっかり払ってね。」

 アンナの一言が、ホロホロを地面に膝をつかせた。
 その間にもパーティーは盛り上がっていく。どんなシャーマンになりたい、だとか竜の仲間達は空想を展開していく。は料理を口に運びながらその様子を見て、クスクスと楽しそうに笑った。葉がそんなの様子にほっ、としていた事はアンナしか知らない。

「…こんな、こんな可愛い持霊を持つことが出来るなんて…!俺もいっちょ目指してみっかぁ?!」
「アンタなんかに出来るわけ無いでしょ!このヘンタイリーゼント!」

 どんなシャーマンになりたい、という話から持霊の話にまでヒートアップしていた竜は、庭から割り込んできた女の子の声に、庭を振り返った。そこには青い髪を腰まで伸ばし、幾何学模様が印象的なヘアバンド、スカートを身に着けた少女が立っている。

「ぴ、ピリカっ!」
「お兄ちゃんったら、どこで何油を売ってるのかと思えばこんなところで…!何で敵対してる相手の家に泊まりこんで、ましてやパーティーにまで参加してるの?!そんな暇があるなら修行してよ、修行!!…まったく、こんなんじゃ、サポート役としてついてきた私の立場がないじゃない。」

 ピリカと呼ばれた少女はプンプンと不満を口にする。そして、バサッと網を投げたかと思うと、それはホロホロをピンポイントで捕獲した。

「さっ、ホテルに戻って修行、修行♪お兄ちゃんの為に私…地獄の特訓メニュー作っておいてから!」
「まっ、ピリっ、おっ、ちょっ、まだ挨拶が、つか、地面と擦れて痛い!」
「…ホロホロ、お前もか…っ!!」

 どこかで見たことがあるような光景に、葉は思わず涙を浮かべた。突然、ピリカが葉を振り返り、瞳を潤ませて睨みつけた。

「あなたがアサクラヨウ…よくも私達の夢を邪魔してくれたわね!私…絶対許さないんだから!」
「!」
「おい、葉!こいつが言うことなんか気にすんなよ!…確かに、オレはお前に負けた。だが、次は絶対負けねぇ。残りの試合、オレは二勝して本選に行く!だからお前も負けるなよ!本選で会おう!!」

 じゃーなー!と、ホロホロはピリカに引きずられながら去っていった。葉、、まん太は、去っていくホロホロ達兄妹を見送って、小さく息を吐いた。

「葉、」
「ん?」
「第一予選試合の勝利、おめでとう。」

 はにこりと笑って言った。それ以上の言葉は言わない。戦えば優劣がつくのは当たり前で、ましてやシャーマンキングになれるのは、ごまんといるシャーマン達の中のたった一人なのだ。
 の祝辞に葉は込められた意味を悟ったのか、一瞬目を見開いたが笑みを浮かべてありがとう、と返した。

「次はの番、だな。」
「うん。頑張るね!」

 民宿『炎』で葉の祝勝パーティーは夜通し続いた。

 

 

 

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加筆訂正*20080915*