は出雲空港から飛行機に乗り、羽田空港に降り立った。
 1時間20分程の短いフライトだったが、頭の中では昨日の夕飯後に葉明と話した内容がぐるんぐるんと駆け巡っていた為、とてつもなく長い時間を過ごしたかのように感じられた。
 は他の乗客の後についていきながら、機内で散々思い返していた話の内容をもう一度振り返っていた。



 内線電話を用いて葉明に掛けたが、生憎電話は繋がらなかった。
 たまおが用意してくれた昼食を食べ終え、は食器をそのままに、葉と共によく修行した場所へと足を運んだ。木漏れ日が差し込む山道を抜け、視界が開けた場所は当時と全く変わっていない。手ごろな岩に腰を下ろし、は瞑想を始めた。精神統一もシャーマンとしては必要な修行の一環だ。大地の息吹を感じるように、生命の鼓動を感じるように、ただただ、は自然と一体になる事だけを考え"自分"という存在を希薄にしていく。が大きなあくびをしたが、はピクリとも動かなかった。
 空が茜色になった頃、、と名前を呼ばれ目を開いた。少し離れたところに葉明が立っており、に笑みを向けて夕食じゃぞ、と声をかけた。は慌てて岩からおり、葉明の一歩後ろを歩く。麻倉家の当主に呼びに来させるなんてなんて恐れ多い!は恥ずかしさから視線を地面に落としていたが、葉明からはまったく怒った様子は感じられず、むしろ集中していたことを誉められた。

「葉とは大違いじゃな!あやつは全く修行をしようとはせん!ワシが言っても聞かんしのう。」
「そんなことありません…お祖父ちゃんによくダメ出しされます。」
「ほっほ、そんな謙遜はせんでいい!道孝は厳し過ぎるんじゃ。少しくらい手を抜いてもいいものを…。」
「爺様…、爺様がそう言うのは葉の影響?お祖父ちゃんと同じくらい厳しいって聞いたことがあります。」
「むむっ。」

 葉明はと顔を見合わせ、そうかもしれんのう、と声を上げて笑った。もつられて笑った。

「ねぇ爺様、お話したいことがあるんです。」
「む、なんじゃ?」
「最近、不思議な夢を見るんです。」

 が夢、と言った瞬間、葉明の眉間にしわが寄った。

「夢、とな?どんな夢じゃ?」
「はい。えっと…、着物を着た男の人と、女の人が向かい合ってて話をしてるんです。男の人が"500年後にまた会おう、その時夢が叶う"って言うと女の人が頷いて…、という夢でした。あと、」
「む?もう一つあるのか?」
「はい、今度はどこかの渓谷で、民族衣装を着た男の人と女の人でした。その人たちは恋人同士だったみたいなんですけど、どうも様子が違ってて…男の人が"『スピリット・オブ・ファイア』を手に入れた、後は『グレート・スピリッツ』だけだ"って言うと女の人が怒り出して…でも男の人は"500年前からの約束だから"って言っていました。―――私、男の人は同一人物だと思うんです。人は死んだら輪廻の環に組み込まれる。だから男の人が同じ魂として生まれ変わることはおかしくないないと思うんですが、前世の記憶なんて、しっかり覚えているものなのでしょうか?」
「…十中八九、一つ目の夢と二つ目の夢の男は、の言うとおり同一人物じゃろう。この話、道孝には?」
「していません。お祖父ちゃんに言うと、心配されると思って…、」
「あやつは超が付くほどの心配性で、お主に限っては過保護じゃからのう。…や、この話は夕食後に奥の間で話そう。」

 葉明は呆れた声音で道孝を揶揄し、真剣な表情でを午前中に使用した部屋へ来るように指示した。それきり、屋敷に戻るまで二人は話をしなかった。
 夕食は葉明、たまお、の三人で取った。食事中も、たいしたおしゃべりはなく至極静かだった。葉明は何かを考えているのか、表情が硬く、不機嫌そうな雰囲気を醸し出していたせいで、たまおが居た堪れなさそうに身体を縮めていた。食事が済み、が後片付けを手伝おうとしたが、それはたまおに断られ、葉明が部屋へと促したこともあり、葉明とは奥の間へ移動した。

「さて、や。先ほどの話、結論から言うとお主の前世の夢であろう。自身も、男と同じ時代に転生したのだと思う。そして、前世の記憶を持っての転生は可能か、というエリの疑問じゃが…可能じゃ。だが、この術はとても高度なものであり、麻倉、の両家は競って完成させようと術を試みたが、たった一人を除いてこの術を使えた者はいなかった。その一人とは…、」

 葉明は言葉を切り、苦虫を噛み潰したかのような表情を作った。は葉明の言葉の続きを待った。

「その一人とは麻倉の始祖でもある、大陰陽師、麻倉葉王じゃ。」
「麻倉、葉王…?」
「そうじゃ、つまりの夢に出てきた男はすべて葉王だと言っていいじゃろう。そして、葉王とお主は前世ではとても近しい者同士であったのじゃろうな。」

 葉明は直接的な言葉を避け"近しい者"と言ったが、暗にとその葉王は前世からずっと恋人同士であることを認める言い方だった。では、何故葉明は葉王の事を話す時に嫌な顔をしたのだろうか?

「…その、葉王という人は悪い人なのですか?」
「何故、そう思う?」
「爺様の言う、私の前世の女の人が葉王に『スピリット・オブ・ファイア』を返して!って怒ったんです。でも葉王に返す気は無さそうでした。それに…爺様が葉王の話をする時嫌な顔をしてましたから。」
「…そうじゃ。葉王は忌むべき、麻倉の敵。詳しくはまだ言えぬ。よ、これだけは覚えておれ。お主と葉王はどこかで必ず出会う時がくる。輪廻とはそういう物じゃ。しかし、葉王には近づくでないぞ!…すまぬ、今は話せぬ事が多すぎてきちんと理由を聞かせることが出来なくて。じゃが、後に必ず話す時がある、今はそれだけを肝に銘じてくれぬか?」

 麻倉葉明という、麻倉家の当主が懇願に近い態度で頼む姿に、は事の深刻さを感じ、理由も聞かされないまま頷くしかなった。



 葉明から聞かされた麻倉葉王という名前。も知っているようだったが、彼は口を噤んだままでには一言も話さなかった。は夢の中でしか見た事が無い、葉王の事を考えながら呟いた。

「麻倉葉王ってどんな人なんだろう…。」
『気になるのか?』

 が、律儀にの独り言に対して反応を返したが、は曖昧に笑って誤魔化した。気になると言えば気になるが、出雲空港の搭乗口まで付き添ってくれた葉明が、口を酸っぱくして葉王について勝手な詮索はするな、と言い続けたので、気にしないように努力した。
 羽田空港の到着ロビーを抜け、はモノレールに乗った。浜松町で山の手線に乗り換え、いったん東京駅へと向かう。東京駅で中央快速線に乗り換え、新宿駅へ。再び山手線に乗り換えて池袋に行き、そこから平部池々袋線に乗り換えて埼玉県へ入れば、葉が住んでいるというふんばりが丘はすぐだ。
 海外旅行にでも行くのか?と疑うくらい大きなスーツケースをゴロゴロ引いて、はふんばりが丘駅に降り立った。都心とは違い、人はまばらで閑散としている。道も駅周辺はきちんと舗装されていたが、少し歩くと砂利道へと変わってしまった。
 重たい音を立てながらスーツケースを転がすと、小さな石に引っかかり、思ったように歩けない。いつもはそんなことで苛立つことはないのだが、何度も続くと流石に嫌になってくる。仕舞いには「もうっ!」と不満に声を上げた。辺りの景色は駅前とは打って変わって田んぼ一色である。

「あら、?」
「…え?アンナ!」

 スーツケースを引いて歩くにはかなり困難な砂利道と格闘し、普通に歩いていたならもう葉達が住んでいる家についていてもおかしくは無いだろうという時間の倍を費やしていたところに、聞き覚えのある声が聞こえた。呼ばれて振り返ってみると、そこには、紙袋を提げ、赤いニット帽をかぶり、襟付きのロングコートにブーツ姿の恐山アンナが立っていた。

「久しぶりね、。元気だった?」
「アンナこそ!あたしは見ての通りよ。もう爺様から連絡がいってると思うけど、私もS.F.に参加することになったの。今日からよろしくね。」
なら大歓迎よ。…でも、シャーマンキングになるのは、葉だから。」
「あはは、大丈夫だよ!お祖父ちゃん曰く、私はシャーマンキングを目指すんじゃなくてレベルアップの為に参加するらしいから。」

 はアンナと肩を並べ、参加するに至った経緯を話した。最後に、お祖父ちゃんの気まぐれをどうにかしたい、と不平を零すとアンナは苦笑した。
 いまだに辺りの景色は田んぼだが、ようやく数件の家が見えてきた。その中には民宿らしい一件もある。

「ねぇ、アンナ。家までまだかかる?」
「ここよ。」

 アンナが指差したのは、民宿『炎』と書かれた物件だった。が目を丸くして看板を見ていると、アンナはさっさと門を潜っていった。慌ててその後を追いかけても敷地内に入る。玄関前にはもう一年程会っていなかった葉が、霊と小さな少年と一緒にいた。

「あら、葉。何をしているの?大事な試合前なんだから風邪を引くといけないわ。早く家に入りなさい。」
「お、おぉ…おかえり、アンナ。」
「ただいま。アタシ、今からやることがあるから。を部屋に案内してあげて。」
「お、おぉ…って、?!」
「葉、久しぶり!一年ぶりだね!」

 アンナは用件だけ言ってしまうとさっさと家に入り自室へと向かってしまった。その場に残された葉と、と、小さな少年は顔を見合わせる。

さんっ?!」
「もしかして、まん太君?」
「なんだ、とまん太は知り合いなんか?」

 小さな少年――小山田まん太に名前を呼ばれ、はようやく確信を持つことが出来た。
 まん太の父が経営する小山田カンパニーと、の父ジョンの企業とは取引先の関係に当たる。その為、幼い頃に小山田カンパニー主催のパーティに出席したことがあった。まん太とはその時に知り合い、以後文通を続けていた。
 その事を葉に話すと、そうなんか〜、と変わらぬ包み込むような笑みで頷いた。
 アンナに修行をせず部屋に戻るように言われ、三人と、霊は居間へと移動した。もちろん、の大きなスーツケースは葉が運び入れた。

「それじゃ、オイラちょっとの部屋を用意してくるんよ。まん太、悪いけど、にお茶を入れてやってくんねぇか?」
「ごめんね、葉。荷物も任せちゃって。」
「いいんよ。居間でゆっくりしとけって。」

 うん、とが頷き葉は二階へと上がって行った。まん太の案内で居間に通された。ちゃぶ台の上には見慣れたせんべいが並んでいる。
 まん太はちょっと待ってて、と一度居間から出て行き戻ってくると、その手には三人分のコップときゅうすが用意されていた。

「葉君とさんが知り合いだなんて、びっくりしたよ。」
「私も、葉とまん太君が友達だったなんて、驚いたわ。」

 の"友達"という発言に、まん太は少し照れくさそうに微笑んだ。

「それにしても、まん太君がここに居るって事は、"見"えるの?」
「あ、うん。最初は怖かったけどね。―――さんも葉君と一緒でシャーマンなの?」
「えぇ。ごめんね、黙ってて。」
「ううん。気にしてないよ。…ってことは、お父さんのジョンさんも?」

 そうそう、とは笑みを浮かべた。

「やっぱり"霊が見える"っていうのは、普通の人には畏怖の対象だもの。」
「そうだね。僕も、葉君に出会わなかったら…霊という存在をこんなにも友好的に考えられなかったよ。」

 とまん太は顔を見合せてふふ、と笑い合った。そこへの部屋を用意し、荷物を置いてきた葉が現れた。すっかり和んでいるとまん太に笑いかけ、まん太の横へ腰をおろした。

「葉、荷物ありがとう。」
「いいんよ。―――それにしても、お前の爺ちゃんよく許したな。オイラが東京へ出てくる時に、絶対S.F.に参加させん!って、言ってなかったか?」
「言ってた。それが昨日、爺様のところへ行ったら突然東京へ行け、って言うんだもの。耳を疑ったわ。」
「ウェッヘッヘ。爺ちゃんらしいや。それじゃ、はまだ十祭司とは会ってないから"オラクルベル"も持ってないんだな。」

 葉は、自身の左腕につけていた時計のようなものをはずして机の上に置いた。

「これが"オラクルベル"?」
「そうなんよ。これに"グレートスピリッツ"からの伝令が届くらしい。」

 へぇ、とは感嘆の声を上げた。葉の隣に居たまん太が突然立ち上がり、隣室へ行ったかと思うと一枚の紙を持って再び腰を下ろした。

「『必勝!シャーマンファイト第一次予選試合 ルール表』?」
「そう。これは僕と葉君が昨日まとめた物なんだけど。」

 まん太はそういいながら、ルールを三つ書いた表を指しながらに説明した。
 予選は全部で三試合、その内二勝すれば勝ち抜け。二度の敗北及び試合放棄で完全失格になりオラクルベル剥奪。試合中はお互いがオーバーソウル状態にあってのみ有効とする。シャーマン本人の負傷、または巫力切れ、媒介物の損傷などオーバーソウル状態が継続不可能になると、戦闘不能とみなされ敗北とする。

「なるほどね。つまり、オーバーソウル状態を試合中に解かなければいいのね。」
「そういうことだな。…っても、あのしんどい状況をずっと維持しながら戦わないといけねーっつのが、オイラ的には辛いなぁ。」
「それはきっとみんな一緒だよ〜。」
『そうでもないぞ、麻倉葉。』

 突然現れた狗の霊にまん太は思わずわぁっ、と悲鳴を上げて仰け反った。品の無い叫び声には眉間にしわを寄せてまん太を一瞥したが無視して、葉に向き合った。

はオーバーソウルを覚えてすでに二年だ。そして、儂がこうして自由に出てきても実体化することが出来るのは、この二年の修行の賜物。にとって、儂を具現化するのは息をするのと同等に容易い。S.F.に参加してくるものはO.S.の手練れ認識して臨まぬと…』
「…臨まないと…って、まさか。」

 葉はその結果を想像したのかさぁっ、と顔色を青くしてオイラ頑張るよ!とに誓った。はなんとなく想像できたが確信はできず、全く理解できていないまん太と置いてけぼりを食ってしまった。

 

 

 

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*20060411*
加筆訂正*20080906*