ストライク・ルージュがアークエンジェルに収容されるや否や、アスランはを抱いて地面に降り立った。連絡を受けていた救護班がの姿を見て息を呑む。血の気は失せ真っ青な顔色に、腹部の出血。一刻も早く治療を施さなければ、命の保障は出来ない危険な状態なのは明らかだ。  を担架に横たわらせ、医師達が触診を始める。遅れてマリューや、ヘリオポリスの学生達がドッグへ集まってきた。

「失血量が多すぎる!の血液型はっ?!」
「O型です!はO型です!」

 アスランが叫ぶように答えた。
 そんなアスランを落ち着かせるかのように、医師は険しい表情をしつつも至極落ち着いた声で頷いた。

「わかりました。――おいっ、早く医務室へ移送しろ!――ラミアス艦長、この状況下では難しいかもしれませんが、できるだけ早くを医療器具が整った施設に移す方が良いです。艦の医務室では出来る治療も限られていますし、彼女の体内にまだ銃弾がある場合早く取り出さないと…、」
「わかりました、なんとかします。」

 マリューが救護班リーダーの者に頷くと、彼は担架で先に運ばれて行ったの後を追いかけた。ドッグには、マリュー達を始めとしたアークエンジェルのクルーに、イザーク、ディアッカ、アスラン、カガリ、キラが残った。誰もがの姿に言葉をなくし、ただ彼女が一命を取り留めるのを祈るしかなった。

「おい、アスランっ!なんだあのの傷はっ!!」
「…っ!!」

 イザークはアスランの胸倉を掴み、怒鳴りかかった。床に視線を移したままアスランは何も答えない。それが余計にイザークを苛つかせた。

「おい、イザーク。今ここで、俺達が言い争っても仕方がないだろ!とにかく、早く医療器具が整った場所へを搬送するのが一番にしなくちゃいけないことだ。プラント側への申告は、お前に任せて良いよな?」
「…っち、解った。直ぐに手配する。」

 ディアッカに宥められてイザークはアスランから手を離し、デュエルの方へ歩き出した。ようやく、ドッグに集まっていたクルーたちも自分の持ち場へと戻り始めた。戦闘は終了したとはいえ、は危険な状態であるし、各軍とも混乱しているだろう。本当に忙しいのはこれからだ。
 アークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアスがブリッジへ戻ろうとしたところへ緊急の通信がエリが運ばれたであろう医務室から入る。

「はい、マリューです。」
『艦長!O型の人はそちらにいますか?!の失血量が多く、保存していた輸血パックでは足りないんです!』
「なんですって?わかりました、直ぐに向かわせます。」

 まだドッグに残っていたメンバーは通信を切ったマリューに、不安そうな視線を投げかけた。

さんの失血量が多くて輸血用の血が足りないわ。O型の人は急いで医務室へいってくれる?」

 マリューの言葉に頷き、O型の人は医務室へ急いだ。
 医務室では四方八方に飛ぶ指示の喧噪に包まれていた。
 医師たちの慌しいやり取りの中、につながれたライフスコープの電子音が淡々との命をカウントしている。必死にの意識を取り戻そうと声をかけ輸血を行うが、顔は青白いままだった。医学を修めた者でさえ、一目見ただけで生きている、とは言い難い程だ。
 そこへ飛び込むようにして入室してきたのは、アスランだった。彼を一目見て、医師の一人がアスランを誘導し、慣れた手つきで採血の準備をし始める。アスランに続いて続々とO型の血を持つ人たちが医務室に入室し、医師たちは順番に彼らを採血していく。

「先生、俺の血いくらでも使ってくださってかまいません!だから、を…!」
「ええ、気持ちは解ります。では少し多めに採血しますね。私たちも最善を尽くします。」

 アスランは採血を受けながら、顔色の無いを見据えた。申し訳ない程度の設備の中で辛うじて繋がれている命。無性に遣る瀬無くなり、アスランはぎゅっ、とチューブを繋がれていない方の手を握り締めて、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

、死ぬな…、俺との約束を忘れるな…!」






*





「それじゃあ、行って来るよ。いい子にして待ってるんだぞ。――シーゲル、いつもすまないな。を頼む。」
、シーゲルさんの言う事をよく聞くのよ?いいわね。ラクスちゃん、と仲良くしてあげてね。シーゲルさん宜しくお願いします。」
「あぁ、いってらっしゃい、ミュンヒ、ターナ。のことは心配要らないよ。」
「おじ様、おば様、いってらっしゃいませ。」
「お父様、お母様いってらっしゃい!気をつけてね!お土産よろしくね!」

 処置を受けていたは確かに意識を失っていた。だが、不思議なことには過去の夢を見るかのように白濁混沌とした空間から眺めていた。

 クライン邸の門前。
 シーゲル・クラインと娘のラクス、そしては、の父親であるミュンヒハルト・、母親のターナの背中を並んで見送った。
 両親はの家の私用車に荷物を乗せ、振り返ってもう一度手を振った。もにこやかに振り返す。もう一度、お土産絶対忘れないでねー!と念を押して言うと、シーゲルとラクスを笑わせた。
 仕事の関係で家を空けがちな両親はを一人、クライン邸に預けることが多かった。その日もユニウス市の第七プラント、農業プラントとも呼ばれるユニウスセブンでの仕事のために、をクライン邸に預け2月16日に迎えに来る、と約束して仕事に出かけたが、その約束が守られることはなかった。

 陶器が割れる音がクライン邸のリビングに響く。
 入っていた紅茶が衝撃で床に飛散する。絨毯がじわじわと紅茶を吸い上げ、染みを広げていく。まるでの心情を表わしているようだ。そんなの視線はリビングに設けられたテレビに注がれていた。
 アナウンサーが必死の形相でたった今起こった出来事をリポートしている。宇宙空間でもうまく重力を発生できるように、と開発された砂時計形のプラントの中核に、一発の爆弾が撃ち込まれ宇宙空間に飛散している映像が映し出された。

<2月11日に宣戦布告をした地球軍が、本日食糧生産プラントの一つであるユニウスセブンへの攻撃を開始しました!一発の核爆弾がユニウスセブンの中心に命中。居住していた24万3721人の生存の可能性は…皆無です。繰り返します…>

 は目の前が真っ暗になった感覚を覚えた。嘘だ、と小さく呟いた。
昨日、元気よく出発していった両親を見送った。両親は16日に戻ると約束して、お土産にたくさん野菜を買ってくるから、の手料理が食べたいと言っていた。その両親が、戻らない?

「嘘、だ…」
、大丈夫…ですか?」
「ラクス…、私…」

 ラクスの瞳を見て、は現実を受け止めるしかなかった。両親は、戻ってこない。
認めてしまうと、不思議と心が少し軽くなったような気がした。の心の中に確固たる何かが決まった瞬間だった。先ほどのような眩暈を感じる事もない。

「ラクス、私は大丈夫…。しばらく部屋で休んでいい?」
、わたくしが傍にいますわ。だから、」
「…ごめん、一人にさせて。」

 差しのべられたラクスの手を振り払ってもう一度ごめんね、と言うとはクライン邸にいつしか出来た自室へと戻った。
自室へ戻る途中、メイド達の中からも嗚咽が上がった。みんな、ナチュラルに憤りを感じている。
 の自室はクライン邸の南館に設けられていた。日の光を遮断するようにカーテンを引き、薄暗い部屋のベッドに腰をおろして息をついた。両親の笑顔が脳裏に浮かんで消えていく。決意は変わらないが、それを実行するのにまだ勇気が足りない。の目尻に溜まった雫がゆっくりと頬を伝った。
 どのくらい同じ姿勢のままでいたのか、控えめに自室の扉をノックされた音で、は我に帰った。

、大丈夫か?」
「シーゲルおじ様?」

 扉を開けると、そこにはやつれた表情のシーゲルが立っていた。そこでは時刻がすでに深夜を回っている事に気がついた。
 部屋へ入ってもいいだろうか、と聞かれ、はすぐにどうぞ、とシーゲルを招き入れた。部屋に入るや否や、シーゲルはすまない、とに謝った。

「おじ様?」
「私のせいだ…、私が、もっと地球軍側としっかり交渉していればこんなことには…!」

 シーゲルが今まで戦争を回避しようとしていたのはも十分に知っていた。だからこそ、彼がこのように辛いのもよくわかる。は鼻の奥がツンとして、再び視界がぼやけて来るのを感じた。

「おじ様のせいじゃないわ。だって、おじ様は、私たちコーディネイターが戦わずして独立できるようにずっと口頭での説得をされてきたのですから。おじ様の頑張りを一番傍で見てきたのはラクスと私でしょ?おじ様がそんな辛い顔することなんて…。」

 はそれ以上言葉が出なかった。しかし、シーゲルの姿を見て、揺れていた物が定まった。他の言葉の代わりに出てきたのはシーゲルのやつれた表情を驚愕へ変貌させるものだった。

「おじ様、私、ザフト軍に志願します。」
「な、何を言ってるんだ!そんな危険な事、」
「だって、おじ様!私は許せない!宣戦布告からたった三日…。しかも、武装も何もしていないただの農業プラントに核が撃たれたんですよ?!」

 は興奮してきたのかはぁ、はぁと息を荒げてシーゲルに対抗した。

、君の、許せないという気持ちは痛いほど解る。だが、君を軍人にするわけにはいかない。もし君まで命を落とすようなことがあれば、私はミュンヒやターナに顔向けできない!―――解ってくれ。」

 シーゲルの言葉にはっと目を見開いて、は決まり悪く視線を床に落とした。そんな様子のの頭をゆっくりと撫でて、シーゲルは今は休みなさい、と優しく声をかけた。

「今はとにかく、休息が必要だ。しっかり休みなさい。また話し合おう。」
「…はい、」
「うむ、いい子だ。はミルクティが好きだったね。持って来させるから、それを飲んで落ち着いたら眠りなさい。いいね。」

 はい、とが頷くとシーゲルはおやすみ、といって退室した。





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20080608