2月14日、聖ヴァレンタインのその日に、地球軍によって一発の核爆弾がユニウスセブンに打ち込まれ、その惨事を『血のヴァレンタイン』と呼ぶようになった。
 その5日後、はザフト軍に志願した。
 シーゲル・クラインと、ラクスに散々反対されたが、その反対を押し切り、はザフト軍の保有するアカデミーへと入隊を果たした。『血のヴァレンタイン』で大切な人を喪った者達や、地球軍の非道な攻撃に怒りを爆発させた者達がこぞって軍に志願していた。大多数はやはり男性だったが、女性の数も少なくはない。
 アカデミーに提出書類を出し、入寮手続きも終え、荷物を取りに最後の帰宅ができる時だった。多くの志願者でごった返していたエントランスで、が彼を見つけたのは奇跡に近かった。

「アスラン?」
「…?!どうして、」

 声をかけられ、気づいたアスランがを見て疑問を口にしたが、すぐにつぐんだ。言葉にしなくても、今ここにいるもの達はみんな同じ気持ちのはずだからである。しかし。

「どうして、君まで。ラクスは?」
「…ラクスは関係ないよ。私がここにいるのは、許せないから、ナチュラルが…。お父様とお母様を殺した…!」

 アスランはがぐっと拳を握り締めたのを見て、何故だか遣る瀬無さを感じた。
 志願者達が、徐々に帰宅して行く中で、その場に根が生えたように動かない二人は時間が止まっているかのように感じたが、その沈黙はが切り裂いた。

「…アスランこそ、どうして?お父様が国防委員だから?」
「違うよ。と一緒さ。母が…亡くなった。」

 アスランは視線をから地面へと向けた。そう、とは淡々と答えた。下手な慰めは不必要だと身をもって感じていた。
 再び沈黙が訪れたが、わずかの間だった。がアカデミーでもよろしくね、と言って踵を返したからだ。

「アスラン、またね。」
「…あぁ、」

 振り向かず言われた言葉に頷くだけで、アスランは遠ざかっていくの後姿を見送った。





*





「まさか、生きていたとは。――いや、私はてっきりユニウスセブンで亡くなったのだと思っていたのだよ。ほら、彼らの住まいはユニウスセブンにあっただろう?――あぁ、そうだな。これからが楽しくなりそうだ。――わかった。君も、くれぐれも大事にしてくれよ?計画の最後の切り札なのだからな。――あぁ、そうしてくれ。――あぁ、気をつけて。また会える事を願っているよ。」

 ラグランジュポイント5に設けられた大規模食糧生産地――通称プラント。
 首都であるアプリリウス市の高所の自室から夜景を眺めながら、男は電話を切って受話器を元の場所に戻した。今まで話していた内容を思い返し、唇を弧に描く。――十六年前ラグランジュポイント4に建設されたGARM研究所から連れ去られ、行方が解らなくなっていた我が子同然の愛しい実験結果。ユニウスセブンの難を逃れ、軍に身を寄せていたとは。

がラウの元に…。」

 男の手の中のワインがゆらりと揺れ、一人の少女の書類を映した。――。二世代目コーディネイター、コズミック・イラ(C.E.)55年生まれ。父の名前はミュンヒハルト・、母の名前はターナ。ミューズ会社の社長令嬢。
 男は投げ捨てるように書類を机に置いた。今更個人データを見る必要が無い。彼女――は男の手によってコーディネイトされ、この世に生を受けたのだから。

「ミュンヒ…どうやら私の勝ちのようだ…。これから楽しくなりそうだよ。」

 男の目が細められ、愉快に笑う声が部屋に響いた。

 




*

 



 月日は目まぐるしく過ぎ去っていった。気がつけばが入隊してから半年以上も経っている。
 C.E.70 9.20。は緊張した面持ちで廊下を歩いていた。
 今日はアカデミーでの総合成績が出るのと同時にどこの隊に配属されるかを発表される日だ。それが終われば、軍人候補生から晴れて正式な軍人となる。
 長いようで短かったこの半年。大好きだった両親、優しくて時には厳しい執事、庭一面に咲き誇る花畑、安心できる家、幸せな日々――それは2.14の悲劇で全て奪われてしまった。どうして、自分だけ生きてるんだろう。どうして一緒に死ねなかったんだろう。そればかりが頭の中をぐるぐるして、振り切るように銃を手に取った。気がつけば、アカデミーに入隊して人殺しの勉強をしている。
 ―――の手は綺麗ですわね。
 そう言ってくれた親友の制止を振り切ってまで軍属になりたいのは、どうしようもないこの憤りの捌け口を求めているからだ。

 「いよいよなのね…。」

 自分に言い聞かせるように呟いて、は重たいドアを押してアカデミーのちょうど中心に設けられたホールに入っていった。

 ホールの中はすでに今日で履修、演習を終え結果待ちの候補生でいっぱいだった。緊張と期待と不安と、さまざまな感情が混じった複雑な表情で成績の発表と配属先をいまか、いまか、と待っている。はごくんとつばを飲んだ。

、中に入ってくれないか?後ろがつっかえてるんだ。」
「え?あ、わっ、ごめんなさい。」

 ふいに声を掛けられての心臓は小さく跳ねた。慌てて道をあけると、優しい緑色の瞳がを見て細められた。その後ろから二人続いて入ってくる。

「アスラン。ニコル、ラスティも。」
「おはようございます、。――わぁ、もうこんなに集まってるんですね。なんだか僕、緊張してきました。」
「おはよ、。昨日は眠れたか?俺は眠れなかったんだ…の事考えすぎて!」
「――さっき九時間も寝たって豪語してたのはラスティじゃないか。」

 アスラン・ザラはさりげなくラスティ・マッケンジーが言った言葉について突っ込みを入れた。はぽかんと眺めていたが、はじかれたようにクスクスと笑い出した。

「朝から元気だね、ラスティ。私の事とか言ってるけど、本当はラクスの事考えてたんじゃないの?だめよ、彼女はアスランの婚約者なんだから!」
「いや、だから俺は本当にの事をだな―――。」
って本当に鈍感なんですね。ラスティがの事好きなのはあからさまなのに。」
「あぁ、普段は鋭いのにな。」

 アスランとニコル・アマルフィーは、冗談だと笑って信じないと狼狽するラスティを交互に見ながらぼそっと呟いた。

 アスラン、ラスティ、ニコル、が入り口から移動し、壁際の方で談笑していると壇上に男性仕官が上り候補生の注意を集めた。友達としゃべっていた人、一人で静かにこの時を待っていた人みんなの視線が集まると、男性仕官はおもむろに話し始めた。

「今日、晴れて卒業する士官候補生達、今から総合成績の発表を行う。上位十名にはトップガンの証として赤服が支給されることになっている。各自の配属先については後ほど個別で行う。成績順に隣室に来るように。――成績開示に移りたいところだが、最後に一つだけ注意しておくことがある。アカデミーの成績が全てでは無い。実戦と訓練とでは臨場感が違う。前線に出てみすみす命を失うような事は無いよう気を引き締めろ!――以上だ。」

 男性仕官が敬礼でしめると、候補生達もそれにならって一斉に敬礼した。
 中央モニターに成績が表示されると、感嘆、落胆、さまざまな声が聞こえてきた。

「あっ、アスラン、一番上にアスランの名前がありますよ!その次は…やっぱりイザークでしたね!――わっ、僕の名前がイザークの下にある。」
「ニコル、それ嫌味かよ?――俺はぎりぎりトップテンに入ってた…。」
はどうだった?」
「ちょっとまってね…まだ見つけてないの。」
「あっ、見つけましたよ!12位ですよ、って。」

 あ、本当だ。というラスティの声に導かれては12番目の欄を見た。――12 。確かに自分の名前だ!は目を見開いて嘘っ、と小さく呟いた。

「どうして嘘だと思うんだよ?」
「実技科目は散々だったし、教養科目もトップスリーは総合成績もトップスリーの人がとってたし。下の方だと思って、下から探してたんだもの。」

 アスラン、ラスティ、ニコルは互いに顔を見合わせてきょんとした表情をしたが誰かがぷ、と噴出し声を上げて笑い出した。周りの人がぎょっとして四人を見たのでは一人恥ずかしくなった。

「実技、ってもなぁ。ナイフ戦、俺は良い線言ってたと思うけどな。――なぁ、アスラン?」
「あぁ、ラスティに同感だ。どうして俺が一番だったのか不思議なくらいだよ。」
のナイフ戦、あの後なんて言われてたか知ってます?誰が言い出したかはわかりませんが――『レギンレイヴ』と。まるで踊っているかの様に相手の攻撃をかわし反撃する。『戦場の天使』とかいってる人もいましたけど、何故か『レギンレイヴ』が定着したんですよね。」
「えぇ?そんな風に言われてたの?」

 はびっくりして大きくなった声に慌ててぱちん、と口に蓋をした。

『アスラン・ザラ、隣室へ』
「あ、じゃあ、行って来る。配属先が一緒だといいんだけど。」

 アスランはラスティ、ニコル、の順に見てにこりと笑うとホールを出て行った。同時に何処からかくそぉっ!という悪態が聞こえた気がしたけれどは気づかなかったふりをした。

「二人は何処に配属されたい?」
「うーん…憧れはクルーゼ隊だな。任務成功率は高いし、クルーゼ隊長はネビュラ勲章を頂いてる程の手腕だ。――まぁ、俺はと一緒なら何処でもいいさ。」
「私といるとラクスの写真とか、サインとか手に入りやすいものね。――ニコルは?」
「僕もラスティと一緒でクルーゼ隊に憧れてますけど、どこの隊に配属されても、僕たちはプラントを守るために戦うだけです。」

 だから違うってー!というラスティの悲鳴を聞かずにはニコルに話しかける。ニコルは笑みを浮かべて自分の気持ちを言うとがんばりましょうね、といって隣室へ移動していった。

 一番から順番に配属先を言い渡されニコルが移動してからしばらくしてラスティが移動し、そのもう少し後でついにの番がやってきた。心なしか、ホールに入ってきた時と同じように緊張してくる。
 隣室のドアをノックしては失礼しますと中に入った。中には先程の男性仕官ともう一人仮面をつけた白服の仕官が座っている。――噂のクルーゼ隊長だ。エリはクルーゼがなぜここにいるのかわからず、一瞬きょとんとしてしまったが慌てて敬礼した。

だね。君には我がクルーゼ隊に来て貰う事になった。」
、クルーゼ隊の話はもう聞いているだろう。がんばってくれよ。」
「はっ。ありがとうございます!」

 配属任命書と集合場所、時刻の示された紙を貰ってはもう一度敬礼して部屋の外に出た。たった一枚の紙切れなのに、とても重たく感じられた。それはこれから奪う命の重さなのかもしれない。

 はこれで見納めだ、とアカデミーの中を一人出回っていた。銃の訓練室、講義を受けたホール、ナイフの演習場、シュミレーションルーム…。笑っていられた時間は、もう直ぐ終わりを告げる。一歩アカデミーの外に出れば新米の兵士だ。笑って、戦争なんて出来ない。ぎゅっと拳を握り締めて一点を睨みつけた。――両親の仇を討つんだ…!

「あっ、!こっちです!!」

 中庭に面した廊下を歩いていた時、先に配属が決まっていたニコルがに声を掛けてきた。見てみるとアスラン、ラスティ、ニコル、イザーク、ディアッカが話している。

「みんなで集まって、どうしたの?」
「写真を撮ろうと思って。も一緒に撮ろう。」

 ラスティがを呼ぶ。その返事代わりに笑顔を返して、は中庭に向かって駆け出した。





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20080701