REGINLEIF

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替え、ドッグが見渡せる待機室にが来たときにはシンがすでにいた。頬にまだ少し赤くなっていて、は気まずくて下を向いた。叩くつもりではなかったし、優しくたしなめるつもりだったのに。あの時、驚いたのは回りだけでもなく、思わず手を上げてしまった自身もだった。
 の存在に気づいたシンが何か言いたげそうに口をパクパクさせたが、結局何も言わずに再び機体に視線を移した。はそんなシンの隣に移動し、さっきはごめんね、と素直に謝った。

 「あなたの気持ち、知ってたはずなのに。」
 「…ううん。俺もごめん…。知り合いを悪く言われたら、嫌だよ、やっぱり。」

 シンは素直で優しい子だ。だから余計に怒りっぽくなってしまう。シンの口から謝罪が出てくるとは思ってなかったので、は目をパチパチさせ、にこりと笑った。

 「さっき部屋に通達があったわ。ボルテールとルソーが先にユニウスセブンに向かってるの。機体発進後はジュール隊長の指揮に従え、といわれたわ。」
 「えぇ?じゃないのかよ?」
 「あら、私の指示に従ってくれるの?シンが私の言うとおりに行動したことがあったかしら?」

 がおどけた様にクスクス笑うと、シンは顔を赤くしてバツが悪そうに視線をそらした。――そういえば、上からの命令に従ってはいるものの、最後までやり通した事が無い。未だに隣で笑っているをジト目で見ると、はごめんごめん、とようやく笑うのを止めた。

 「イザーク…ジュール隊長の指示といっても、多くないと思うわ。私達はユニウスセブンの破砕作業を手伝うだけだし。気楽に行きましょう。」

 がそういうと、シンの緊張が少しほぐれた気がした。レイが待機室に静かに入ってくると、シンはしきりにチラチラとレイを見た。は首を傾げたが、シンの仕草が可愛いのでにこにこしながら見ている。

 「…なんだ。」
 「べ、べつに…!」
 「、ユニウスセブンまで後1200だそうです。」
 「解ったわ。」
 「シン、気にするな。俺は気にしていない。お前の言ったことも正しい。」

 レイがそういったのを聞いて、はようやく意味が判った。レイに言われてほっとしたのか、シンに笑みが戻った。

 

 『モビルスーツ発進三分前。パイロットは搭乗機にて待機してください。』
 「さぁ、行きましょうか。」

 が声を掛けると二人は頷いて立ち上がった。
 の気持ちは未だに葛藤を繰り返している。頭で解っていても、心が追いつかない状態だ。ドッグの無重力に身体を投げ出し、ヨウランの補助でフォルセティのコクピット前でとまると、ヨウランはもう今は完全に修復されたジンを指差した。

 「、あいつも出るそうですよ。――アスラン・ザラ。」

 あいつ?とが首を傾げたのでヨウランは名前を付け足した。嫌な物を踏んだ時のように顔をしかめたので、アスランに対しあんまりいい印象がないらしい。はそう、と淡々と答えた。その返答が意外だったのか、ヨウランは目をパチパチさせた。

 「どうかしたの?」
 「いや、がそんな態度をとるなんて思って無かったですから、」
 「アレクッスさんが、アスラン・ザラだとしたら考え得る行動だから驚く必要がないからよ。」

 がクスクス笑うとヨウランは困ったように曖昧に笑った。

 『発進停止、状況変化!ジュール隊がユニウスセブンでアンノウンと交戦中!各機、装備を対モビルスーツ戦闘用に変更してください。換装終了しだい、各機発進願います。』

 メイリンの放送にシン、レイ、、ルナマリア、アスランに衝撃が走った。はドッグに回線を開き、装備変更を急がせた。
 換装に時間はかからなかった。目の前のカタパルトが開き、星屑の宇宙が広がる。は目を細めてそれを見ていた。

 『進路クリアー フォルセティ発進どうぞ!』
 「フォルセティ、発進します!」

 スラスターを踏み込んでバーニアを一気にふかした。
 中央カタパルトからシンのコアスプレンダー、続いてチェストフライヤー、レッグフライヤーが射出され、の後からはルナマリアのザクが、反対のカタパルトからはレイのザク、そしてアスランが搭乗したザクが射出された。

 ユニウスセブンではすでに激しい戦闘が広げられていた。―――ジンでこうまでも!今、ザフトの主力モビルスーツはザクだ。は敵ながらパイロットの腕に感心した。

 『ちっ!あいつら!!』
 『あの三機…!今日こそ!』
 『目的は戦闘じゃないぞ!』
 『解ってます。けど、あいつらどうにかしないと、これじゃあ破砕作業もできないわ!』

 が口を挟むまもなくシン、レイ、ルナマリアはバーニアをふかして戦闘に入ってしまった。は息を吐いて、ほらね、と肩を落とした。―――シンが最後まで私の言うとおりに行動しないじゃない。

 『!なんとか言ってくれ。君から言えば、』
 「無理よ。熱い彼らを止めるのはモビルスーツで敵を撃つことよりも大仕事なんだもの!」

 突然アスランから開かれた回線に、の心臓はドキドキしていた。ピピピ、とコクピット内にロックされたと知らせる警報が鳴る。は向かってくるビームをひらりとかわし、敵の武器に照準して撃ち落とした。

 『…軍に復隊したんだな。アーモリーでフォルセティが現れた時、まさかとは思ったが。』
 「ご、ごめんなさい、アスラン…。この話は無事に破砕作業が終了したあと、ゆっくりしましょう?―――ブランクがあるからって、打ち落とされないでよ!」
 『あぁ、そうしよう。カガリの雷が落ちるのを覚悟しておけよ!』

 それだけは勘弁、とは呟いて新たに現れたジンを撃った。モニターと、武器を打ち落とされたジンは一目散に反転する。横目でアスランを追うと、コクピットは狙わず武器だけを打ち落としている。――ごめんなさい、アスラン…本当にごめんんなさい。は心の中で謝罪した。
 強奪された、カオス、ガイア、アビスはシン、ルナマリア、アスランと交戦している。はメテオブレイカーをもって作業する工作班の援護をしながら、破砕支援にあたった。時折、振ってくるビームをかわしては打ち返すのを繰り返した。ミネルバから発進して、時間的には数十分だろうに数時間もここにいるようなとても長い時間を感じた。

 ユニウスセブンのちょうど中央あたりで、メテオブレイカーが一際明るい閃光を放った。地面に大きく亀裂が走り、ようやく、半分に破壊することが出来た。兆しが見えてきて、思わずぱっと笑顔が咲く。だが、このまだまだ細かく砕かないと、欠片は地球の地面に到達してしまう。――この邪魔がなければ、大気圏の摩擦で消失するくらい粉々に出来たのに。は悪態吐いた。

 『グッレイトォッ!やったぜっ!!』
 『まだまだだっ!もっと細かく砕かないと…。』
 「そうね、欠片一つも地表に落とさないくらいにしましょう。」
 『なっ?!アスラン…?!』
 『アスラン!貴様こんなところで何をやっている!!』

 イザークの開口一言目は相変わらずアスランの事で、は思わずぷっと噴出した。口は悪いが、イザークは誰よりも仲間思いでアスランを信頼している。また、憎まれ口を叩かれ、イザークと幾度も衝突してきたけれど、アスランもイザークは第一に認めている。――やれやれ、とが心の中で呟くと、ディアッカがの心境を代弁してくれた。

 「久しぶりね、元クルーゼ隊がそろうなんて。」
 『そうだな。…こんな所で再会してもうれしくも無いけどな。』

 ディアッカの言葉にはごもっともと頷いた。一人足りない事には目を伏せて想った。脳裏に彼の笑ったときの笑顔が思い浮かんで直ぐに消えた。―――敵が攻撃してきた!強奪されたアビスだ!

 『はメテオブレイカーを守りつつ応戦しろ!』
 「了解!」
 『イザーク、左だっ!』
 『うるさい!今は俺が隊長だ、命令するなっ民間人がぁっ!!!』

 イザークに指示され、はメテオブレイカーを運ぶザクに並んだ。固定し、起動させ上を見上げると、アビスの左足が爆発し、援護に入ったカオスの縦が半分ライフルが爆発した。はメテオブレイカーから離れ、参戦しようとしたが、ボギーワンから帰還信号がうたれ、カオス、アビスは追撃されないうちに、と逃げるように反転した。

 しばらくして、ミネルバからも帰還信号が打たれた。ディアッカの悪態が無線越しに聞こえてくる。は慌てて高度を確認した。――限界高度か…!ユニウスセブンは半分に割れてからも、メテオブレイカーで破砕してきたがまだまだ大きいし、このまま帰還しても…。

 『!お前はボルテールに移乗と通達が来た。デュランダル議長はすでに移乗されている。』
 「えぇ?!どうしてよ、私ミネルバ配属よ?」
 『俺が知るか!とにかく、お前はミネルバに戻らず俺達と一度プラントに帰還だ!』

 これ以上の反論は許さない、という風にイザークは無理やり回線を切った。その時、の機体にもテキストオンリーで指示が表示された。――ミネルバはユニウスセブンと共に降下、破砕作業を続ける。はミネルバ配属のパイロットであるが、デュランダル議長と共に移乗されたし。
 議長命令であれば仕方が無い。は地球の重力につかまらないうちにユニウスセブンから離れた。ボルテールに収容される前、一度だけ振り返る。先のほうは大気圏に入ったのだろうか?チラリと赤い光が見えた。

 「お父様、お母様…。遺体をユニウスセブンから出してあげれなくて申し訳ございません。」

 フォルセティはイザークの機体の隣りに収容された。偶然にもイザークはの今の呟きを聞いてしまい、コクピットの中で強く手を握り締めた。無線越しに小さく聞こえる嗚咽。遣る瀬無い気持ちがイザークの心の中に広がった。

 

 ボルテールの更衣室を借り、女性仕官から軍服を受け取ると、は汗を流して袖を通した。少しサイズが大きいようで、袖から指先しか出ていない。かといって替えがある訳でもなく、仕方が無いのではそのまま更衣室から出た。少し離れたところで、見慣れた後姿を発見した。――軍服の色が違うけれど、あの銀髪と金髪コンビは間違いない!イザークとディアッカだ!

 「イザーク、ディアッカ!」
 「よぅ、。久しぶり。さっきはお疲れさん。」
 「無駄話してる暇は無いぞ、。議長がお前を呼んでいらっしゃる。」
 「あ、おい、無駄話って何だよ!」

 久しぶりの二人には声を上げて笑った。
 戦後の復旧支援の際、は裁判で戦犯として裁かれようとしていた。一介の兵士ならば裁判が開かれる事すらなかっただろう。しかし、はいたずらに戦火を拡大させたと罪に問われた。ラクスが国家反逆罪で追われている間、その混乱の沈下と、新たな闘志を湧き上がらす為にとパトリック・ザラが新たなプラントのアイドルに仕立て上げた事が大きな理由だった。
 もちろん、その裁判でイザークは弁護してくれたが、それでも力が及ばずに銃殺刑という判決が下ろうとしたとき、ギルバート・デュランダルが声を上げたのだ。
 その時の様子は、今でもよく覚えている。明るい茶色の瞳がキッと前議長アイリン・カナーバを見据えて、澄んだ声ではっきりと弁護の言葉を言ったのだ。―――そのおかげで、イザーク、ディアッカの三人はここにいる事が出来ている。

 白い軍服をまとい、背筋をぴんとして歩くイザークは以前よりも頼もしくなっている。隊長らしく指示を出しているところを見るとクルーゼに及ばずながらも信頼できる人物だ。隣りを歩くディアッカを見ると不意に視線がぶつかった。イザークを視線で訴えると、うんうんと頷きが帰ってきて、とディアッカは笑い声を噛み締めて肩を震わせた。

 「言いたいことがあるならはっきり言えっ、ディアッカ!」
 「あ〜?なんで俺に言うわけ?」
 「貴様しかおらんだろう!」

 がいるじゃん、とディアッカはを見た。イザークも視線を動かした。は未だに肩を震わせている。イザークの頬に朱が入って、声を上げようと口を開いた時、出端を折られた。

 「じゃない?!」
 「えっ?あっ、シホ!わぁっ、久しぶり!!」

 ふわりと移動してきたシホ・ハーネンフースを受け止めて、は笑顔を向けた。イザークは苦虫をつぶしたような表情をし、逆にディアッカは口笛を吹いてご機嫌だ。

 「ミネルバから通達があって、議長とが移乗すると聞いてびっくりしたのよ!」
 「私もよ。けどシホに合えるとは思ってなかったから嬉しい。ずっとイザークの下にいたの?」

 そうなの、とシホは笑った。

 「いつも癇癪ばっかで、もう本っ当に大変なんだから!けど、いつも被害はディアッカが受け止めてくれるから私は、」
 「…おい、シホ。その辺にしておけ。は議長に呼ばれてるんだ。」
 「そうだった。ごめん、シホ。また後で話しよう?」
 「わ、引き止めてごめんね、また後で。」

 シホに見送られ、イザークの後ろを着いて行きながらは再びクスクスと笑い出した。イザークはそっぽを向いているが微かに頬が赤い。

 「ここだ。」

 イザークの声が少しムキになってるのはこの際、触れないほうがいいだろう。はクスクス笑いをやめてありがとう、とお礼をいった。
 俺たちは艦橋にいるから、といって去っていったイザークとディアッカの後姿を見送って、はデュランダルがいる部屋のベルを鳴らした。返事の代わりに扉が開いたので少しおどおどしながら中に入った。

 「突然ですまないね、。」
 「いえ、大丈夫です。それより、どうなさったのですか?私も移乗する理由が解りかねるのですが…。」
 「その事について君を呼んだのだよ。まぁ、掛けたまえ。」

 はデュランダルに席を勧められて、デュランダルと向かい合うように正面に腰を下ろした。

 「君の考えを聞いておきたいのと、ユニウスセブン落下の事でプラント、地球共に混乱しているだろう。君にはその混乱沈下の手伝いをしてもらいと思ってね。」
 「…と、いいますと?」
 「君にもう一度、表舞台に立ってほしいのだよ。」

 デュランダルは満足げににこりと笑う。は眉間に眉を寄せる。

 「ですが、それは大戦後の裁判で真っ先に罪に問われた事項です。私は同じ過ちをしたくありません。」
 「いや、そうではないんだ。言い方が悪かったかもしれない。君はただ隣に立っていればいい。―――ラクス・クラインの隣りに。」

 ただ、立っているだけ?誰の隣りに?そんなの気持ちを読んでデュランダルは彼女の名前を挙げた。の目が大きく見開かれてデュランダルを凝視した。――デュランダルは嘘を言ってるようには見えないし…。

 「あの、私の聞き間違えでしょうか?今、ラクス・クラインと…?彼女は、」
 「あぁ、ラクス・クラインだ。――正確にはラクス・クラインの偽者だがな。」

 彼女は今地球にいるはず、といおうとしたの口は中途半端に開かれたままで、デュランダルを見据えている。デュランダルはにこりと笑った。

 『まもなく、到着します。』

 アナウンスが入ると、デュランダルはやれやれ、と頭を振った。

 「アーモリー強奪事件からユニウスセブン落下…まったく次から次へと忙しいものだ。プラントに着いたら休暇に入ってくれ。また後日連絡を入れよう。その時、彼女と対面してもらおうと思っている。」

 デュランダルはもう一度に向かって微笑んだ。

 

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*20060601*