REGINLEIF

 

 

 

 

 はコクピットの中で胸の前で手を握り合わせたまま前を見つめた。時折入る状況説明に眉を寄せる。―――敵艦に動きが無いのはおかしい。インパルスはボギーワンまで距離1400の所まできているというのに。ははっとして艦橋に音声のみの回線を開いた。

 「デコイです!」
 『デコイだっ!』

 と青年の声が重なった。―――この声はアスランだ!はなぜ彼が艦橋にいるのかは知らないが、向こうからの返答を待たずに回線を切った。アスランがいるならこの艦は大丈夫だ。もちろん、アスランがいなくても艦長のを信頼しているし、この艦は自分が沈ませない!ドッグにいる整備士達にフォルセティから離れるように指示した。

 『待て、何を!』
 「カタパルトへ移動して、いつでも直ぐに飛び出せるようにしておくの!エイブスさん、艦橋へ発進許可取って下さい!」

 エイブスの焦った声を抑えて、はカタパルトへ動く。レイにも後に続くように指示した。がいつでも発進できる準備を整えたとき、艦が大きく揺れた。カタパルトは閉じているし、回線を開いても外の状況はわからない。エイブスから伝えられる断片的な情報には嫌な予感を覚えた。今は小惑星を盾にして攻撃を回避しているとか…。
 再び大きな揺れが艦を襲った。

 『、発進許可が出た!しかし、カタパルトが通常通り開けない、歩いての発進になる。』
 「了解! レイ、聞いたわね。行くわよ!」
 『了解。』

 はレバーを握りなおし、機体を発進させた。
 外へ出ると、想像していた以上の被害だった。四番、六番スラスターは破損し、ミネルバは身動きできない状態だ。さらに、ミサイルで細かく爆破された小惑星の欠片がミネルバの頭上からふさぐように振ってくる。この状態から抜け出すとしたら…。

 「右舷のスラスターをふかすのと同時に、右舷に攻撃しその爆風で艦体を押し出せば…。」

 果たして、この考えはグラディス艦長に浮かぶだろうか。何しろ、ミネルバの艦体にも多少の被害が出る。いや、艦長じゃなくてもアスランが進言してくれれば…。そこで、は思考を止めた。目の前に現れた敵モビルスーツにライフルを照準し、トリガーを引いた。
 敵はの攻撃をかわす。だが、に続いてレイが攻撃したのをかわしきれずに一機墜落した。もう一機のモビルスーツはミネルバの方へと向きを変える。レイがすかさず追い、はモビルアーマーと向き合った。
 ガンバレルのついたモビルアーマーには既視感を覚えた。
 大戦後半からはストライクに搭乗機を変更した事と、一時期あのアークエンジェルに同乗したためしばらくは忘れていた。以前も経験した嫌な戦い方は彼を連想させる。

 『フォルセティ―――レギンレイヴじゃないか。これはこれは…。』

 敵アビルアーマーから放たれる攻撃をかわしながら、は回線の声にはっとした。―――そんなバカな!だが、回線から聞こえてくる楽しそうなこの声音は彼のものだ。

 「誰よ、あなた!」

 返答ある訳が無いが言わずにはいられない。ライフルを照準して、敵のガンバレルを一つ打ち落とした。悔しそうに舌打ちしたのが無線越しに聞こえてはニヤリとした。
 小惑星の欠片が、一定の方向に動く。ミネルバがボギーワンにタンホイザーを照準して打ち込むのが見えた。

 『くそっ!よもやあの状況から生き返るとは!』
 「ま、待ちなさい!逃がさないわよっ!」

 反転したモビルアーマーを追いかけてはスラスターを思いっきり踏み込んだ。ミネルバを攻撃しようとしたモビルアーマーをレイが阻止する。モビルアーマーは再び反転した。―――ボギーワンから帰還信号が打たれた。
 しばらくしてミネルバからも帰還信号が打たれる。は大きく息を吐いてミネルバに向かった。――結局ボギーワンは堕ちなかった。そして、奪取された機体も、奪還、破壊もままならなかった。

 機体が収容され、はコクピットから飛び出た。パイロットスーツの下は汗でびっしょりだ。更衣室に戻りパイロットスーツを脱ぎ捨て簡易シャワー室に逃げ込むように入ると、蛇口を一気に捻って頭から水をかぶった。
 すっかり汗を流すと、さっさと水滴を拭き、緑の軍服に袖を通した。ちょうど、ルナマリアが着替えに入ってきたところで、機体が収容されてからそんなに時間がたっていないのにが汗を流し終えたと知ってすばやい動作に目を丸くしていた。
 デッキと一般士官室とをつなぐ昇降機のところでシンとレイに合流した。

 「みんなお疲れ様。」

 がねぎらいの声を掛けるとシンが笑みを浮かべた。

 「ってすごいな!」
 「どうしたの、突然。」
 「あたしとシンが先制したじゃないですか。あの時、敵はデブリの物陰で待ち伏せしたんです。けどがあらかじめ言ってくれてたから、十分な心構えができました。」

 とっぴょうしもなくシンが話し始めたのでが首を捻るとルナマリアがその補足をした。はああ、と頷く。デブリ帯での戦闘は地理を生かした戦いをする。が言った事は当然の事だったが、『が言った事』だったからなのか、シンはすごい、を連続した。

 「敵は…落とせなかったけど。」
 「それだけの敵、と言うことよ。落ち込むことは無いわ。ただ、これからが気になるわね。」
 「そうですね。」

 沈んだ声を出したシンを勇気付けるようにはなるべく明るく声を出したが、これからの事を考えると気落ちした。レイもに頷く。―――本当にこれからどうなるんだろう。
 昇降機の扉が開き、シン、レイ、、ルナマリアの順に廊下に出るとメイリンがやってきた。メイリンは艦橋でオーブの随員がアスラン・ザラであったことを告げると、の身体がピクリと動いた。

 「アスラン・ザラ…あいつが…?」

 シンがいぶかしげに呟いた。

 「みんなは休憩室に行くのでしょう?だったら、私はいったんここで別れるわね。」
 「えっ?は行かないんですか?」
 「…ショーンの遺品整理に行くわ。」

 今にも泣きそうな声では無理やり笑顔を作った。あっ、とメイリンから声が漏れる。

 「、俺も、」
 「ううん、いいから、休憩して。突然の実戦だし、疲れてるはずよ。私は…慣れてるから。」

 シンの申し出を断っては四人とは逆方向に歩いていった。今は少しだけ一人でいたい。考えることが沢山あった。今回の新型機奪取の犯人、今後の世界情勢、突然の実戦に戸惑いを隠せない新人兵士達の事や、同船しているというカガリと、そして何より―――。

 「どうして、プラントに…。どうして議長と対面するのよ、アスラン―――。」

 なぜか無性に泣きたくなって、涙がこぼれた。廊下に粒状になった水滴が浮遊した。

 

 

 類は友を呼ぶ、という言葉をはこんなにも腹立たしいと思ったことは無かった。考えることがまた一つ増えてしまった。
 ショーンの遺品整理も終わり、部屋で休んでいた所へルナマリアがやってきたかと思うと、ブリーフィングルームへひっぱっていかれた。興奮しきったルナマリアは力加減も考えずにの腕をつよく握っていたので、ブリーフィングルームに着いた時には手首にくっきりと赤く手形が浮かんでいた。その箇所を少しさすりながら部屋を見渡すと、アカデミー同期の彼らと、休憩中の数名のクルーがいる。いったい何事だ?の頭にハテナマークが浮かんだ。

 「ユニウスセブンが動いてるんです!」
 「えぇ?!」

 は声を上げてメイリンを穴が開いてしまうのではないかと思う位凝視した。――ユニウスセブンは百年の単位で安定起動にあるはずだ!それがどうしてまた…。めったにお目にかかれないの姿にその場にいたクルーたちはギョッとした。中には俺のが…、などとよく判らない言葉を発しているクルーがいる。

 「、落ち着いて。」

 ルナマリアはフリーズしたかのように突っ立っているの目の前で手をひらひらさせて席を勧めた。

 「けど、なんでまた…?」
 「さぁな?隕石でも衝突したか、また何かの影響で軌道がずれたか…。」
 「地球衝突コースって聞いたけど、本当なのか?」
 「うん…。バートさんがそういってた。」

 ヴィーノがの疑問を口にしてくれた。当然考えられる原因をヨウランが述べる。シンが疑問を口にすると、一番真っ先にこの事件を知ったメイリンが頷いた。はルナマリアの右となりで手を組んでいた。―――ユニウスセブンが地球へ落ちる様な事になれば、ラクスは…、オーブは…、地球の人達は…。一つ嫌な事を考えてしまうと、次々に悪いことしか浮かばない。

 「大丈夫ですか?顔が真っ青よ。」
 「うん…、大丈夫、気にしないで。」

 そうは言ってみるものの、みんな心配そうにを見ていた。はユニウスセブンで両親を亡くした事を言っていないし、言うつもりもない。同情なんて欲しくないからだ。

 「アーモリーでは強奪事件。それも片付いてないのに、今度はユニウスセブン。一体どうなっちゃってるのよ。…で?今度はそのユニウスセブンをどうすれば言い訳?」

 ルナマリアはヨウラン、ヴィーノの順に見る。二人ともどうすればいいのかわからず、俺に聞くなよと顔に書いてルナマリアの視線から逃げた。はぎゅっと口を結んだ。あれだけの質量を持った物だ。簡単に軌道修正できるものではないだろう。しかし、このままの状態で放置すれば地球に衝突する。その被害を考えるとぞっとした。――では、それらが無理なのであれば…。
 は覚悟を迫られた。しかし、迷ってる暇も無い。

 「「砕くしかない。」」

 とレイの言葉が重なった。

 「砕くったって、あれを?!」

 ヴィーノが目を見開いてとレイを交互に見た。は俯いているので表情がわからない。ヴィーノはレイに目線で説明を求めた。

 「軌道変更など不可能だ。衝突を回避したいのであれば、砕くしかない。」
 「けど、あれでかいぜ?ほぼ真っ二つに割れてるっつっても最長部は8キロも…。」
 「えぇ?そんなもん、どうやって砕くっていうのさ!」
 「それに、あそこにはまだ亡くなった人達の遺体も沢山…。」

 ヨウラン、ヴィーノはお手上げと言わんばかりの口調だ。メイリンは砕くと聞いて、遺族の人を思い浮かべたのだろう。はぎゅっと手に力を入れた。―――今、泣いてはだめだ!感づかれてはだめだ!自分に強く言い聞かせたが、砕きたくないという自分が容赦なく泣き叫んでいる。

 「だが、衝突すれば地球は壊滅する。そうなればそこに生きている物、在る物、何も残らない。」
 「は、はは…。地球、滅亡…?」
 「そう、だな…。…けど、」

 ははっと顔を上げた。――砕きたくないけれど、砕かなければ地球は、ラクスは…!以前、死者の名誉より、生者の恥を。そういったのは誰だった?自分ではなかったか!は少しでも迷った自分を責めた。

 「けど?なによ。」
 「それも、しょうがないっちゃぁ、しょうがないんじゃないか?不可抗力だろ?それに、変なゴタゴタも綺麗に無くなって…案外楽になるかもな、プラントにとっては。」
 「ヨウラン?!あなた、なんて事を、」
 「よくそんなことが言えるな!!」

 なんて事を言うの!と続けようとしたの言葉を遮って同じような怒声が入り込んできた。――カガリだ。一瞬の事に、みんなびっくりして立ち上がり敬礼した。シンだけはしなかった。はシンを横目で見て小さく息を吐いた。
 カガリは今の発言が頭にきていて、周りをよく見ていないらしい。の存在に気づかずに言いたい事を言っている。後ろでアスランがに気づき目を見開いていた。―――しまった、とは思った。アカデミーで教官をすると言ったきりで、軍に復帰し、ましてや再びフォルセティに乗っているとは言っていなかった事を思い出した。

 「この事態がどういう事か、地球がどうなるか、どれだけの人間が死ぬのか!それを本当に判って言ってるのか?!」
 「…っ、すいません…。」
 「っ!やはり、そういう考えなのか?!お前達、ザフトは!」

 カガリに言われて、は心臓を鷲掴みにされた気がした。自然と下落ちていた視線をカガリに向ける。その時、ようやくの存在に気づいたカガリが息を呑んだ。

 「…?!お前、なんで!――変わったんじゃなかったのか?!」
 「よせよ、カガリ。」

 アスランが静かにカガリをたしなめた。カガリはがどうしてここにいるかを問い詰めたかったが、今にも泣き出しそうに、苦しそうな表情をしているにもう一度怒声を浴びせる気になれなかった。

 「…別にヨウランも本気で言ったわけじゃないさ。そんなことも、わからないのか?アンタは。」
 「何だと?!」
 「シン!言葉には気をつけろ。」

 たしなめたレイにそうでした、と頷いてシンはカガリを挑発するように呟いた。

 「この人、偉いんでした。オーブの代表でしたもんね。」
 「お前っ!」
 「いい加減にしろ!カガリ!」

 アスランはカガリの一歩前に出て、シンを睨んだ。すると、シンの前にが立ちアスランと向かい合う形となった。思いもしなかった事に、アスラン、シンも目を丸くする。

 「申し訳ございません、アスハ代表。後で言い聞かせておきますのでここはどうかお怒りを静めてくれませんか?――アレックスさん、アスハ代表を部屋までお連れ願います。」
 「?!何言ってるんだよっ!俺はコイツに、」

 パン、と乾いた音がブリーフィングルームに響いた。――がシンの頬を叩いたのだ。みんなびっくりしてその光景を凝然と見ている。シンは叩かれた場所に手を当てて目を丸くしてを見ていた。――家族を亡くした事をそれとなく話した事があった。だから、は気持ちを判ってくれていると信じてたのに!

 「"この国の正義を貫く"って、アイツはそういったんだ!あの時、その言葉で誰が死ぬ事になるのかちゃんと考えもしなかっただろうに!何も解ってない様な奴に、解った様な事言われなくない!」

 シンはとカガリを順に睨み、ブリーフィングルームから飛び出した。はその場所で拳を握り締めた。シンの気持ちは痛いほど解るし、あの大戦をカガリと共に戦ってきたから、カガリの憤りも解る。
 はその場に立ち尽くしたまま、人の気配がなくなっていくのを待った。そして、誰もいなくなった時、涙がぽろぽろと目尻から零れた。

 

 

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*20060531 加筆訂正*