REGINLEIF

 

 

 

 

 

 アプリリウス市の港に着いたボルテールは、デュランダルとを下船させると軍基地へと戻っていった。空のエレカを見つけてデュランダルを乗せ、は運転席に座った。安全を確認するとエレカは静かな音を出して走り出す。
 釈然としない気持ちのまま、はエレカを自動操縦に切り替え、隣に座るデュランダルを盗み見た。彼は気持ちよさそうに風を受け止め、黒髪をなびかせている。
 弧に描かれた唇に、は少しだけ不快感を感じた。――いったい、この人は何を考えているのだろう。

 「ん、何かね?」
 「…いえ、何でもありません。」
 「何でもないわけがないだろう。君の顔には何故、と書かれているよ。」

 何が、を言わずにデュランダルは可笑しそうに笑った。は眉を眉間に寄せた。

 「恐らく、地球軍は今回のユニウスセブン落下を機にプラントに対し抗議文を提出してくるだろう。国民をいたずらに不安にさせることは避けたいものでね。そのためには必要なのだよ、彼女の力が。――もっとも『レギンレイヴ』が登場してくれる事に越したことではないがな。」

 それは、と言いかけたをデュランダルは手で制した。

 「彼女の力を借りようとね、こちらに呼んでいるのだよ。是非会っておいてもらおうと思ってね。それだけだよ。」

 それきり二人は黙ったまま前を見据えてアプリリウス市中央に設けられた評議会の施設に到着するのを待った。

 ――『レギンレイヴ』が登場してくれる事に越したことはない。の脳裏でデュランダルが言った言葉がぐるぐると回っている。それはが再び陽下に立つということだ。
 先の大戦が終結し、を待っていたのは戦犯としての出廷だった。その時、デュランダルのおかげで死を免れ、表舞台に出てこないという条件の下での今後は決まった。それをたった二年しか経ていない現在、彼が言う言葉だろうか?
 評議会が見えてきて、玄関先に議長を待っていた議員が数人と護衛にあたる軍人が控えていた。
 エレカは静かに停止し、は直ぐにエレカを降り、議長が座っているほうのドアを開けた。デュランダルがエレカから降りると、議員達は議長に駆け寄った。

 「議長!ご無事で何よりです。――ご苦労だった。」
 「ご帰国そうそうで申し訳ありませんが、直ぐに会議場へ。」
 「あぁ、今行こう。――、後日連絡する。それまでゆっくりしたまえ。」
 「はっ、ありがとうございます。」

 は敬礼して、議長と議員達の姿が見えなくなってから再びエレカに乗り込み、アプリリウスの港に向かった。

 ――ミネルバのみんなは今頃どうしているだろう。無事に地球に着いただろうか。はぼんやりと考えながら流れる景色を眺めていた。
 本来であれば、も地球へ降下しているはずだった。思いがけないところでもらった休暇に悪いとは思いながらもしっかり休ませてもらおうと決めた。
 『―――パイロットは休める時に休んでおけよ!』
 『――あぁ、間違ってもアスランのマネだけはするな?!休んでるのかと思いきやあいつはペットロボの製作してるんだから。』
 『ラクス・クライン嬢への贈り物なんだそうですよ。贈り物を出来る女性がいるのは羨ましいですよね。』
 思い出して、は笑みを漏らした。アスランの事を揶揄しながら明るく笑う彼らの笑顔に少し惹かれていた。

 「ミゲル、ラスティ、ニコル…また戦争が始まりそうだよ…どうしたら平和に暮らせるんだろうね。」

 真っ青な空を見上げて呟いた。

 の実家はもともとユニウスセブンに構えていた。
 父ミュンヒハルトが自身の興した『自身の興したミューズメーカーの発展を願うからだ』と父は笑いながら幼いに言った。『何で?』と聞き返すと父は子供のように満面に笑みを浮かべて『ユニウスセブンはコーディネイターが独立し、発展していく象徴なんだ。パパの会社と同じだろう?だからだよ。』との頭をなでた。

 ディセンベル市へ向かう定期船に乗り、過去ばかりを見ていてはダメだと、は頭を振った。あの悲しみを再び経験しないためにも今の自分に出来ること。――それは先ほどデュランダルが言っていた事を行うことだろうか。はそう思わないけれども、デュランダルの言葉は正しい。彼は人々が笑顔で暮らせる世界を作ろうとしてくれている。心に一抹の不安を抱えながらもはデュランダルについていこうと決心した。――彼なら同じ過ちを犯さないだろう。
 淡い希望を未来に抱いた。

 ディセンベル市のクライン邸は住む人間が減っても昔と変わらずにそこに存在していた。一度は廃墟となってしまったが一年前、が元の姿に戻したのだ。
 "血のバレンタイン"で全てを失ったの第二の実家はここ、クライン邸だ。仕事で両親ともに家に数日いない日はミュンヒハルトが仲のよかったシーゲル・クラインに預けられたものだ。シーゲルにはと同じ歳の娘がいる。彼女がラクスだ。

 クライン邸の門前ではエレカを降り、以前は自動で開いた門を押して入る。今、この広大な屋敷には一人しかいない。
 の職業上、あまり家にいないので、庭の雑草は伸び放題だが、それにも負けず咲き誇る白い花には笑みを浮かべた。"ホワイトシンフォニー"だ。大きな白い花を一輪摘んだ。庭の隅に設けた小さな墓石にホワイトシンフォニーを手向ける。

 「ただいま、シーゲルおじさん、パパ、ママ。」

 ――私は生きてます。そう付け足して、はようやく屋敷に入った。

 元の姿に戻したといっても、家具にはところどころ、銃の後が残っているものがある。業者が『新しいものに買い換えては、』と進言してくれたがは首を振った。見るたびに胸を締め付けられるような悲しみを覚えるが、これは残しておかないといけないような気がしたのだ。

 『アチュッ。』
 「――アツェット!…ただいま。私がいなくて寂しかったの?――そうね、一度プラントに戻ってこれてよかった。アスランの傍に入れない代わりにあなたはずっと私の傍にいてね。」

 アツェット――キツネリスを模したペットロボットはもう一度『アチュッ』と鳴いてに擦り寄った。
 二年前、アスランがオーブに亡命する前、に作って渡したのがこのアツェットだ。ラクスのハロを見て『欲しいな、』と呟いたのを聞いたアスランはにもハロを贈った。そのハロは先の対戦終盤で爆発した。ハロのおかげでは命拾いし、今存在することが出来ている。手元に何もなくなってから『もう一度何か作ろうか?』といったアスランの進言を断ったが、『俺が傍にいてやれないから、代わりに。』とアツェットを渡したのだった。

 翌日、テレビをつけるとどのチャンネルもユニウスセブンの破砕作業についてを報道していた。破砕作業は成功したが、大気圏で燃え尽きなかった欠片は地球の赤道を中心にひどい災害になったとアナウンサーは言う。はぎゅっと手を握り締めた。――また、悲しみが生まれた。膝の上のアツェットが首をかしげ小さく『アチュッ』と鳴くのをは震える手で頭を撫でた。
 カップに注いだコーヒーを手にはソファーに座りながらニュースを見続けた。

 プラントに帰国して三日目、デュランダルはメディアを通じてユニウスセブン墜落の演説をし、また救助の増援などを公表した。
 数日間似たような演説が繰り返され、しかいないクライン邸の通信機が鳴ったのはがプラントに帰国して一週間後だった。

 

 

 「失礼します、議長。」
 「やぁ、。久しぶりだね。ゆっくり休めたかな?」
 「おかげさまで。」

 薄暗い部屋に通され、待っていたのはを呼び出したデュランダルと…

 「!お久しぶりですわ!」
 『Hello! Hello! How are you?』
 「え、えぇ?!」

 ピンクの髪がふわりと揺れ、体のラインを強調するレオタードにロングスカートの衣装がをめがけて飛び込んできた。誰か確認も出来ないままぎゅっと抱きつかれて、はめずらしく狼狽した。デュランダルの唇に弧が描かれ、ははっと我にもどり抱きついてきた人物を引き離す。

 「ラ、クス…じゃないわね、あなた誰?」
 「さすがですわ。ラクス様のことよくご存知なのね。」

 わたくしは、と言いかけたラクス・クラインそっくりの彼女を手で制してデュランダルが口を開いた。

 「私のラクス・クラインだ。彼女にそっくりだろう?」
 「…えぇ、そうですね。」
 「そんな怖い顔をしないでくれないか、。彼女は君も知っている。」
 「、ミーアよ。ミーア・キャンベル!」

 いいですよね?議長。と嬉嬉として戯れる彼女からミーアと名を聞いて、はを見開いた。

 「びっくりした?どう?ラクス様そっくりかしら?」
 「な、んで…?え、どうして…。」

 はミーアからデュランダルに視線を移す。――また、だ。あの不快感を感じる笑みを浮かべて観察するようにデュランダルはを見ていた。

 「ニュースを見ただろうか?」
 「はい、連合軍が実質上の宣戦布告を。…しかし、彼女とは関係が、」
 「関係あるのだよ、。歌姫ラクス・クラインと、の影響力は大きい。それは君自身、先の大戦でよく知っていると思う。悔しいが、私の言葉では国民の心は動かせなくても、君達にならば出来るんだよ。――しかし、君は戦後の裁判で今後このような事をしてはいけないことになっている。ならば、今この状況を抑えることが出来るのは、彼女一人ではないのかな?」
 「、私ラクス様がプラントに戻ってこられるまでの約束でラクス様になっているの。私は大丈夫。ね?」

 ミーアはの手を握ってもう一度、ね?と念を押した。
 しぶしぶ、が頷こうとしたとき、慌しく外から回線が入る。

 「何事だ?」
 「面会中失礼いたします!地球連合軍に動きが!」
 「わかった。他の議員達を直ぐに招集してくれ。――、ミーア頼むよ。」

 はい、と元気よく答えたミーアとは裏腹にはデュランダルを訝しげに見つめるしか出来なかった。彼は少し肩をすくめて部屋を出て行く。入れ替わりに黒のスーツにサングラスをかけた、小太りの男が入ってきてとミーアに席を勧めて、訳の解らないに説明をし始める。

 「お仕事、頑張らないとね。ねっ、。」

 空返事を返して、は言われるままに準備をするしかなかった。が、今説明された内容は先の彼自身の言葉を覆す事に繋がるような内容でもあった。
 ――彼についていくと決めたけれど…どうしてこんなに不安でいっぱいなんだろう。何を、起こすつもりなのか…。

 翌日、ミーアのマネージャーに連れてこられた場所はラクスが心地よいとよく言っていた場所。ここでよく歌ったものだ。風力発電のプロペラは止まっているが爽やかな風が通り抜けていく。
 昨日の地球軍の攻撃が嘘のように感じる。――国民に対し、非難警告が出なかったのだから、今頃ニュースで知ってみんな驚いていることだろう。そして叫ぶはずだ。『もし一つでも当たっていたら…!』『評議会は何をしていたんだ!』と。

 「放映まであと五分少々です。準備はよろしいですか、ラクス様、様。」
 「えぇ、大丈夫です。練習もしましたし。ね、。」

 はミーアに『えぇ。』と返事を返す。『それでは。』とマネージャーは下がり、カメラマンはカメラを二人にむけて待機する。ミーアは地面に腰を下ろしにも勧めるが、は首を振った。

 「ミーア、私はここにいる意味があるのかしら?」
 「もちろんよ、デュランダル議長もおっしゃっていらしたでしょう?は私の隣にいてくれるだけでいいの。――それにしても夢見たい…。私がの隣にいるなんて…!」

 プラントが危険な時に不謹慎ね、とミーアは小さく笑った。

 「ラクス様とは、私にとって…いいえ、きっとプラントの人々みんなが尊敬する人だわ。先の大戦で平和を謳う歌姫。同じく平和を願って剣を振るう戦女神。終盤でラクス様の反逆が騒がれたけれど、終戦と同時に汚名も晴れたようだし。――まさか私がこんな形でラクス様になるとは思わなかったけど!私でも、平和の為に何か出来る事があるというのが、うれしいの!」
 「そ、う…。…ミーアがそう思っているのなら私は何もいえないわ。――決して過去の過ちを繰り返しては駄目なの…。だから、今はミーアの力を貸してね。」

 はようやく笑みを浮かべてミーアを見据えた。ぽかんと見上げるミーアに、は『どうかした?』と尋ねると顔を高潮させて『なんでもない、もちろんよ!』と答えた。

 「お二人とも、本番です。」

 マネージャーの言葉が終わらないうちに、カメラマンは合図を出してを映した。

 ほんの数秒――しかし、効果は絶大だった。プラントのいたるところに設けられた画面にの顔が映し出される。国民はそれを一目見て『だ!』と声を上げた。
 カメラの前のは、マネージャー、カメラマン、隣にいるミーアも思わず言葉を失う。
 伏せた瞼をゆっくりと持ち上げ、顔も上げる。意思の篭った強い瞳はカメラを通り越して遠い先を見通すように、遠い。

 「みなさん、お久しぶりです。です。」

 にこりと微笑み、は隣にいるミーアに視線を移した。カメラはゆっくりと動き、ミーアを映す。に見えすえられてミーアは我に返った。と同じように少し笑みを浮かべ、ミーアはしっかりとした口調で言葉をつむぎだした。――まるで…いや本当に彼女が言っているように。

 『みなさん、どうかお気持ちを静めて…。わたくし、ラクス・クラインの話を聞いてください。この度のユニウスセブンの事。そして、昨日の地球連合軍からの宣戦布告の事。再び核を撃たれ、驚き、憤る気持ちはわたくしも、も…みなさんと同じです。――ですが!どうか今はお気持ちを静めて下さい。怒りに身を任せ銃を持てば、それはまた新たな怒りを呼ぶ元になります。最高評議会は最悪の事態を避けるべく、懸命な努力を続けています。ですからみなさん。みなさんの代表、最高評議会デュランダル議長を信じて…!常に平和を愛してください。』

 が登場したことと、ミーアの演説によりプラント国民の怒りはひとまず収まった。曲のイントロが流れ始め、ミーアは歌いだす。彼女の歌を。彼女が歌う、平和の歌を。

 

 

 

|| BACK || NEXT || TOP ||

 

*20060917*