REGINLEIF

 

 

 

 「ミネルバ発進します、コンディションレッド!」
 「はい! ミネルバ、発進します。コンディションレッド発令!パイロットは直ちにブリーフィングルームへ集合してください。」

 艦長のタリア・グラディスが厳しい声で告げると、まだ幼い少女の声が応答して艦内に放送を流した。はデュランダルの隣に腰を下ろしていたが、モビルスーツのパイロットだ。席を立ち、ブリーフィングルームへ向かおうとするとデュランダルの手が優しくの手を包んだ。

 「リィ、君はここで補助をしてくれないか?みんな優秀な人材だが、経験が少ない。君が助けてあげて欲しい。」
 「しかし議長!シンとレイを助けに行かなくては、」

 は議長の申し出を断ろうとしたが、睨まれる様な強い眼光に怯んだ。艦長の方をチラリと見るとタリアは小さく頷く。は再びシートに身を沈めた。

 「索敵急いで!インパルス、ザクの位置は?」
 「インディゴ53 マーク22 ブラボに不明艦1。距離150です。」
 「それが母艦ね。署名をデータベースに登録。以降対象を"ボギーワン"とします。」
 「同方向157 マーク80 アルファにインパルス、ザク。交戦中の模様です!」

 はスカートの裾をぎゅっと握る。しわが寄ったが気にしている場合ではない。画面を見つめこの戦況をどうすればいいのか頭の中で案を張り巡らせた。三機がボギーワンに収容されてしまったからには、撃たねばならない。

 「ボギーワンを撃つ!ブリッジ遮蔽!」

 やはり、そうなる。は大きく息を吐いた。
 タリアに怒鳴られた副長のアーサー・トラインは慌てて通信管制を担当しているメイリン・ホークから離れ持ち場に戻った。先ほどまで狼狽していた声音とは違い、しっかりとした口調で指示を出す姿は艦長を補佐する頼もしい副長そのものだった。だが、今度は議長が少し狼狽してたずねた。

 「彼らを助けるのが先ではないのか?」
 「議長、ここは母艦を撃つ方が敵を引き離すには一番手っ取り早い方法なんです。――グラディス艦長、インパルス、ザクを艦に戻しましょう。」

 がそういうと、タリアは頷き、帰還信号を撃つ様に指示した。
 ひとまず、モビルスーツでの戦闘は終了だ。まだ気が抜けないが、一つ肩の荷が下りては小さくほっと息を吐いた。

 「ボギーワン離脱します!イエロー71 アルファ。」
 「メイリン、インパルス、ザクの収容を急がせて。グラディス艦長!」
 「えぇ、このままボギーワンを叩きます!進路イエロー アルファ。」

 逃げる敵艦を追いかけて、攻撃し続けるが当たらない。ミネルバに搭載されている火器はアーサーの指示通りに火を噴く。しかし、敵艦はそれをひらりとかわしてしまうので歯がゆかった。の脳裏にはこの場合逃げ切るとしたら、自分が指示を出す場合どのように逃げるだろうかと考えていた。はボギーワンの艦の形をみた。自分なら―――両弦の推進剤予備タンクを分離させ、その後爆発させて怯んだところを一気に加速させて逃げるだろう。

 「グラディス艦長!攻撃停止して下さい!そして直ぐに艦の位置をずらしてください、敵は艦の一部を爆発させてこちらが怯んだ所で逃げるつもりだわ!」
 「ボギーワン船体の一部を分離!」

 が言ったのと、敵艦が一部を分離させたのは同時だった。タリアはの意見を聞き入れ、直ぐに実行したが少しばかり遅かった。ミネルバの目の前で爆発を起こし、大きな振動がミネルバを襲った。

 「バートさん、ボギーワンの位置は?!」
 「待ってください!―――見つけました、レッド88 マーク8 キャリー!距離500。」
 「逃げたのか?!」

 は小さく悪態吐いた。あれだけ距離を詰めて、さらに自分が予測したどおりの行動を敵はやってくれたというのに。―――もう少し早く言えばよかった!は自分が情けないやら腹立たしいやら、ごちゃごちゃした感情に拳をきつく握り締めるしか出来なかった。
 レイが艦橋へ入ってきて、は弱弱しく笑ってお疲れ様と呟いた。レイはデュランダルがミネルバに乗り込んでいた事の方がよっぽど驚いていたのだろうかへの返答はあ、あぁ。と曖昧になった。

 「やってくれるわ。こんな手で逃げようだなんて。」
 「だいぶ手ごわい部隊のようだな…。」
 「ならば尚の事!あんな連中にあの機体が渡れば…。」
 「グラディス艦長…私がもう少し早く進言していれば…。」
 「いいえ、。あなたの進言があったから被害が最小限で抑えれたわ。まだ追いつこうと思えば追いつける距離…。―――議長、今からでは下船頂く事も出来ませんが、私は、本艦はこのままあれを追うべきだと思います。」

 議長のお考えは、と尋ねられて、デュランダルはタリアからへと視線を移した。

 「私もグラディス艦長と同意見です。」

 デュランダルの眼がはどう思っている?という問いに感じられて、素直に思ったことを口にした。にこりとデュランダルが微笑む。大きく頷いてタリアに向きなおりしっかりとした口調で追跡続行を許可した。

 コンディションがイエローに戻り、ひとまずの戦闘終了に艦橋はほっとした雰囲気になった。進水式も終えてない新型艦がこのままボギーワンの追撃に出たことで、新人兵士達はやや緊張した面持ちをしている。
 デュランダルはそんな彼らのフォローをに任せ、自分はタリア、レイを連れて士官室で休んでいるというオーブ首長国連邦代表カガリ・ユラ・アスハのところに向かった。

 「トライン副長、メイリン、みなさんもお疲れ様です。」

 はひとまず艦橋にいた全員にねぎらいの言葉を掛けた。気を抜ききってはいないが議長、艦長がいなくなったことで、艦橋はずいぶんリラックスしてる。はクスクス笑った。

 「のさっきの進言のおかげで爆発の直撃を防げてよかったよ。」
 「それにしても、敵が行動する前にわかるなんてな。」
 「以前、似たような事をザフト側がしたんです。だからもしかしたら、とは思ってました。けど艦が直撃を防げたのはマリクさんの操縦捌きのおかげですよ。」

 がにっこりすると操縦席に座っていたマリク・ヤードバーズは顔を紅くした。艦橋は笑い声に包まれた。

 戦闘後の機体整備で大忙しのドッグにが現れたのはアーサーの追撃開始の放送があって十分後だった。エイブスに怒鳴られ、おろおろしながらもマニュアルどおりに作業する新人整備士の傍を無重力に従いながらふわふわと横切る。

 「落ち着いてやればいいわ。あなた、解析の成績よかったもの。」

 がそういうと、新人整備士はびっくりして顔を上げた。最初何を言われたのかわかっていなかったのだろうか、ぽかんとした表情での顔を凝視していたがはっとしたかと思うと今度は頬を真っ赤にしてわたわたし始めた。はクスクス笑って整備よろしくね、と告げるとルナマリアのザクを整備しているヨウラン、ヴィーノの元へ向かった。
 初めての戦闘という人も少なくないだろうに、この艦は本当によく動く。は自分が初めて戦闘に出た時の事を思い出した。

 アカデミーを出た後、緑の軍服を支給されクルーゼ隊に配属された。初めての任務はヘリオポリスでの潜入捜査だった。地球軍の新型モビルスーツが製造されているという情報をつかみ、その真偽を確かめるため、成績は赤服を着る人たちには及ばないながらも、が抜擢された。男性が多軍の中で女性は情報収集の際、重宝される。―――情報を引き出すためには自分の身体を使え、との事だ。つまり、性別の観点での初めての任務が決まったのだった。

 「しっかし、嘘みてぇ。実戦なんて信じられない。」
 「あぁ…。」

 まだ幼さが残る声には思い出すのを止めた。ザクのコクピットを覘いていたヴィーノ・デュプレが外で解析をしているヨウラン・ケントに話しかけた。

 「けど、どうなるんだろう…。まさかこのまま戦争、ってわけにはならないよなぁ?」
 「そうならないようにするのよ。」
 「わっ!リィ教官!」

 ヴィーノはふわりとやってきたの手を握ってコクピットの前で止める。頬に朱が入るとヨウランがすかさずこのラッキースットパーとふざけて言った。

 「ルナのザクの調子は?」
 「バーニアが少し故障していただけみたいです。後は問題ありません。」
 「そう、よかった。二人ともずいぶんなれたものね。アカデミーの頃とは大違い!」

 がにっこりして言うと、ヨウラン、ヴィーノもつられてにっこりした。

 「リィ教官のおかげです。解析が苦手で、授業のあと一人居残りさせられたとき判り易く教えてくれたし、テスト前、どうしてもできないところ最後まで一緒に手伝ってくれたりとか。」
 「俺もそうだった!ほんと、リィ教官がいてくれてよかった!」
 「あら、私のおかげじゃないわ二人の努力の結果でしょ?―――あっ、言い忘れてた。これから私の事はリィね?」
 「「えっ?」」
 「だって、ここはアカデミーではないし、私はただのパイロットなんですもの。」

 片目をパチンと閉じるとヨウラン、ヴィーノは顔を見合わせ再びを見てにっこりと笑った。二人はに向かってはい、と元気よく返事した。下からエイブスに呼ばれ、との話する時間は終わりを告げる。申し訳なさそうに眉を寄せるヨウラン、ヴィーノにはいってらっしゃいと笑顔で見送って、自分の機体の方へ移動した。
 片腕のないザクが修理を受けている。――あの時のザクだ。横目で見遣ってフォルセティのコクピットに到達すると中に入り込んでOS解析に勤しんだ。あのザクに、いったい誰が乗っていたんだろう。シンが倒れ、アビスに攻撃されそうなところを助けたザク。動きは熟練したパイロットのようだった。

 「オーブのアスハ?」
 「うん。あたしもびっくり。」

 そんな声が聞こえてきて、は顔を上げた。モニターとにらめっこして、眼がとても疲れている気がした。両腕を上に上げて大きく伸びをして、コクピットから出た。ルナマリアのザクのコクピット前でシン、ルナマリアが話している。は二人に声を掛けようと自分の機体を軽く蹴った時、ルナの楽しそうな声が聞こえた。

 「随員の人、アレックス・ディノって名乗ったけど…。アスラン・ザラかも。」
 「えっ?」
 「え?」
 「あ、リィ教官!先程はありがとうございます。」

 無重力に漂っているに手を伸ばし、ルナマリアはの身体をザクのコクピットに引き寄せた。はありがとう、と言うのもそこそこにルナマリアに話の続きを促した。

 「アスランが乗ってるの?」
 「え?教官知らなかったんですか?!」
 「リィってアスラン・ザラの事知ってるの?」

 シンが口に出すとよりもルナマリアが目くじら立ててシンを見た。

 「シン、教官を呼び捨てにしない!何度言ったらいいのよ。――それに、教官がアスラン・ザラを知ってるのは当たり前でしょう?先の大戦で教官がどこの隊に配属されていたのか忘れたとは言わせないわ。」
 「わ、わかったから。ルナ、落ち着いて。」

 はクスクス笑ってそのやり取りを見ている。ルナマリアははっと我に返えって顔を赤くした。

 「わっ、すいません教官…。」
 「いいのよ。それに、ルナも私のことはリィでいいのよ。」

 私はただのパイロットだもの、と先程ヨウラン、ヴィーノに言ったことと同じ事を言うとルナマリアの顔がぱっと明るくなった。

 ルナマリアにOSの解析を見てほしいと言われはザクのコクピットの奥に入った。続いてルナマリアが入ってきてシートに座る。コクピット内は一人乗りなのだから二人が入ると流石に狭いが、まだ女性同士でよかったとは思った。――これが男同士だったら…。はぶんぶんと頭を振った。ルナマリアが不思議そうにを見ていた。

 「ここなんですけど、」

 ルナマリアはOSを広げてに見せる。は後ろから覗き込む形で一緒に解析していた。外でシンとヨウランが話をしている。は丁寧につづられたOSを熱心に見ていたのでシン、ヨウラン、ルナマリアが別の場所を見ていたことに気づかなかった。気づいた時には目の前にシンの姿が無く、ただ怒声がドッグに響いた。

 「流石、奇麗事はアスハのお家芸だな!」
 「シン!」

 何が起こったのだろう、はルナマリアを見て簡単にいきさつを聞いた。理由が何であれ、憤り、立場もわきまえず声を荒げることはよくない。はシンをたしなめ様とルナマリアに動いてもらいザクのコクピットから這い出た時だった。

 『敵艦補足!距離8000 コンディションレッド発令 パイロットは搭乗機にて待機せよ。』
 「ルナ!」
 「はいっ!」

 はルナマリアと一緒にドッグを飛び出した。後ろでリィ!と呼ぶ懐かしい声が聞こえたが後ろを振り返っている暇は無い。地面に足がつくと一目散に更衣室へ急いだ。あの部隊がただの海賊なのか、それとも地球軍なのか。もし地球軍だとしたら…。
 はパイロットスーツに着替え、ヘルメットを右手に今の考えを打ち消すように頭を左右に振った。―――もし、もし地球軍だとしたら…再び戦争が始まる!

 更衣室とドッグの往復を済ませると、は自分の機体フォルセティのコクピットに滑り込むようにして搭乗した。パチパチとボタンを押して機体を起動させる。光化学映像が入り、シンとルナマリアが先制だとメイリンが告げた。は了解、と頷く。
 二人の発進シークエンスが始まって、は回線を開いた。

 「デブリ帯での戦いになるわ。ルナは確か苦手だったわね、デブリ戦。敵はこの地理を生かして攻撃を仕掛けてくるはずよ。待ち伏せしている確立が高いわ。危険な宙域だから気をつけて!」
 『『『了解!』』』

 飛び出していった二人をコクピットの中から見送って、は胸の前で手を組む。一緒に戦ってきたかつての戦友ならまだ安心して送り出せたかもしれないが、今ここにいるのは初陣の兵士ばかりなのだ。彼らの実力を疑うわけではないが、祈らずにはいられなかった。

 

 

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*20060531 加筆訂正*