REGINLEIF

 

 

 

 

 暑い、と思った。
 残暑の名残で照りつける太陽に手をかざしながら、は目的地までジープを走らす。式典用にコーディネートされたジンやザクの足が時折目の前に振ってくるものだから、は用心しながら軽快に車を飛ばした。
 ―――彼が到着するまで時間があるはず。は腕時計をチラリと横目で見やって、いたずらが成功した時のような得意げな表情を作ってニヤリと笑った。

 コズミック・イラ73.10.2。
 進水式を明日に控え、ラグランジュポイント4,アーモリー1ザフト軍用機地は大忙しだった。あちこちから飛び交う大声に、小さくうるさい、とは呟く。とはいっても表情は楽しそうだ。ジープを邪魔にならない所に止め、もう一度腕時計を覗き込んだ。―――うん、時間はまだある。はキョロキョロあたりを見回し、視界に赤服を纏い、金色のセミロングの髪が飛び込んでくると、そちらへ一目散に駆け出した。

 「レイ・ザ・バレル!OS解析はまだなのか!」

 その声にギョッとして周りの兵士が声の主に視線を向けた。呼ばれた本人はこうなることを予測していたのだうか?驚いた様子もなく、静かに振り返った。

 「やはり、教官でしたか。」
 「レイにはかなわないなぁ。ヴィーノ、ヨウラン、シンなら絶対引っかかったのに!」
 「いえ、少しびっくりしました。」
 「…まじめな顔で言わないで、なんだか悲しくなっちゃう。」

 とレイの様子をみて周りの兵士からクスクスと声が聞こえると、は急に恥ずかしくなって近くの兵士を真っ赤な顔で睨み付けた。―――真っ赤な顔で睨まれても怖くないぞ、とその場にいた整備隊長が豪快に笑いながら言うと、はべーっ、と舌を見せた。
 場の空気が緊張からほぐされたようにリラックスした雰囲気になり、整備士、兵士が再び仕事に取り掛かると、ところで、とレイは切り出した。

 「教官明日の進水式に出席なさるのですか?」
 「ええ、そうなの。個人的ではなく、任務でね。」

 任務、と聞いてレイが眉を寄せた。

 「ほら、護衛よ。ご・え・い。最高評議会議長ギルバート・デュランダルの。」

 は片目をつむってにっこりと笑う。ふわりと、とレイの髪を風が乱した。

 「あっ、ごめんねレイ、もうじき到着なさるみたいだから行くわ。」
 「わかりました。何もないとは思いますがお気をつけて。」
 「ありがとう。―――あっ!」

 はすでにレイから少し離れたところにいる。周りの喧騒も手伝って声が聞こえにくいが、伝えたいことだけ伝えると、は駆け出していった。
 レイはその後姿を見送ってふっと笑みを浮かべる。まわりの兵士たちもにこにこしながら作業を続けていた。

 『レイ!次に会うときはよ!教官なんて呼んだら…。覚悟しなさいね!』
 「わかりました、。」

 レイはもう本人には聞こえないが、しっかりと返事した。

 

 バリバリと空気を裂く音を鳴らすヘリコプターから一人の男性が降りてきた。四人の従者の中心にいる男性が、プラント最高評議会のデュランダル議長だ。

 「遠路、お疲れ様です!」
 「すまないね、。君もミネルバに配属された事で忙しいだろうに私の護衛等を頼んでしまって。」
 「いえ、滅相もありません。」

 はデュランダルに敬礼して、二、三言葉を交わすと、デュランダルの三歩後ろを歩いた。だが四人の従者、もといと同じ議長護衛の人たちはの分のスペースを作っただけで、動こうとしない。は不思議に思って首をひねった。それを見たデュランダルがクスクス笑って、に言った。

 「君の力を疑っているわけではないが、備えあれば憂いなし、というじゃないか。」
 「は、はい!あの、私はそんな、」

 が顔を紅潮させてわたわたしたのをデュランダルはにこりと微笑み、よろしく頼むよと一言言って前を向いた。は穴があったらそこに今すぐ駆け込みたい気持ちになった。の両脇に立っていた従者がぷ、と噴出し、それをごまかすように二度咳をした。
 結局、デュランダル議長を中心にその少し後ろをが、その周りを四人の従者が守る形で会議場所へと歩いていく。は内心大きく溜息を吐いた。―――これでは、どっちが守られてるのかわからない。

 建物はすぐ目の前だというのに、デュランダルがふいに立ち止まった。不思議に思っては顔色を伺う。

 「、君はここまで出いい。」
 「えっ?ですが議長、」
 「君に話していなかったが、今日オーブの方がいらっしゃる。君が久しく彼女と会っておらず、つもり話もあるだろうが席を外しておいてくれないだろうか?ここまでありがとう、すまなかったね。」

 デュランダルが心苦しそうに表情を歪めたので、何か言おうと開きかけた口は無意味にパクパク動かしただけで、何も言葉にしなかった。しぶしぶうなづいたに満足してデュランダルは大きく頷くとまた後程、といって中に入っていってしまった。
 何のための護衛だったのだろう。がその任務についていたのはデュランダルがこの基地に降り立った場所から建物の入り口に入るまでだった。は手持ち無沙汰になってしまい仕方なくあたりを見回しながらブラブラしていた。

 「だーかーらーそこはこうだって!こんな並びじゃ見た目が悪いしやりにくいってば!」
 「で…ですが、これは式典ですし、私は指示ポイントにMSを…。」
 「いいから!今直ぐこっちに変えるの!!」
 「おい!これここでいいのか?」
 「ちょっと、待ってください。すぐ行きます。」

 なんて、みんな生き生きしてるんだろう。はぼぅっと式典の準備に急ぐ兵士たちを眺めながら息を吐いた。

 「あの、さんですよね?」
 「えっ?あ、はい、そうですけど。」

 は不思議そうに二人の女性兵士を見た。二人の表情は緊張と期待が混じったような困ったような顔でを見据えていた。

 「私たち、あなたに憧れて軍に志願したんです!ここでお会いできるなんて光栄です!」
 「先の戦争終盤では和平を謳ってくださって私、とても心強かったんです。ラクス様がプラントを裏切ったって聞いてショックだった後だったので…。」

 は困って曖昧に笑った。自分は人に尊敬されるようなことはしていないし、先の戦争終盤でメディアに出たのは、前代表議長パトリック・ザラの命令だった。ラクスも、裏切りたくてプラントを裏切ったのではないし、そもそも、最初から裏切ってはいない。誤った情報が彼女たちに記憶されていて、は泣きたくなった。

 「握手していただいていいですか?」
 「え、えぇ。」

 右手を差し出して、彼女たちが代わる代わる握っていくと、ありがとうございました、と言って持ち場に戻っていった。

 

 自分の機体、フォルセティが収容されているドッグに立ち寄り、整備士達に状態を聞いては腕時計を見た。―――基地を見て回っていただく予定なのだ。デュランダルがそういったのを思い出し、近くを通っているかもしれないとは整備士達に声をかけてドッグを出た。アーモリー1ザフト軍用基地には多くのオーブ移住者がいる。停戦条約を結びんでいたとしても、プラントにナチュラルはいないので、彼らももちろんコーディネイターだ。
 カガリはきっと憤慨してるのだろうな。はその光景が簡単に脳裏に思い浮かんできて苦笑した、その時だった。

 耳が痺れる様な警報が鳴り響き、進水式を迎えるというお祭り気分は一変した。兵士たちは銃を握りなおし、整備士達は急いで確認を済ませるとパイロット達をコクピットに誘導した。
 あちらこちらで爆発が起こり、ハンガー、ドッグが破壊されていく。

 「六番ハンガーだ!機体が奪取された!」
 「何?!おい、早く捕獲しろ!―――ちっ、いったい誰が!」

 六番ハンガーと聞いて、の脳裏に新しくロールアウトされる三機を思い出した。機体名は確か―――。

 「カオス、ガイア、アビス!!」

 が叫ぶのと、その三機が現れたのは同時だ。地面を強くけって、はフォルセティが収容さえているドッグに飛び込んだ。

 「―――出れる?!」
 「バッチリだ!―――その後はミネルバに降りてくれ!」

 了解、と軽く敬礼してコーディネイターならではの運動能力でフォルセティのコクピットに身を滑らせた。
 パチパチパチとスイッチを押し、フォルセティのメインコンピュータを起動させる。

 「フォルセティ、発進します!早く避難して下さいねっ!」

 スラスターを踏んで、の機体フォルセティはドッグの屋根を突き破って偽りの大空に飛び出した。
 モニターにカオス、ガイア、アビスの三機と、インパルスの文字が表示される。はハンドルを握りなおし、カオスにライフルを向け、照準を定めた。

 『!』
 「シン!命令は?!」
 『捕獲!―――だけど、こいつら…!』
 「そうね。なかなか手強い敵のよう…なんとしても阻止するわよ!」

 了解、と返事が返ってきてはトリガーを引いた。紙一重でカオスは避ける。

 「そこのザク早く離脱して下さい!」

 は敵が片腕のないザクから注意をそらさせる為、ライフルを挑発するように打ち込んだ。ザクからの返事はないが、息を飲むのが微かに聞こえた気がした。
 どうしてこんな事になってしまったんだ!は愚痴りたかったが、それどころではない。目の前の軍の機体は容赦なく攻撃してくるし、プラントを傷つける。穴が開くようなことだけは絶対に回避したい。―――ヘリオポリスが脳裏を過ぎった。

 「…強奪部隊なら、外に母艦がいるわねっ!」
 『―――ちっ、フォルセティまでいるとは聞いてないぜ!ネオのヤツ…!!だいたい新型は三機のはずだろう!』
 『俺が知るか!アウル、分が悪い、離脱するぞ!』

 二機が空へと飛び上がると、もすかさず空へ飛び上がった。
 インパルスはガイアと交戦中、カオス、アビスはフォルセティと距離を開けたいのか息の合った攻撃をしてくる。はそれらをうまく回避しながら、スラスターを踏む力を込めた。

 『!』
 『教官!』
 「レイ、ルナ!」

 は二人の機体を確認すると、すばやく捕獲の指示を出した。しかし、今この現状をみれば捕獲が難しいのは手に取るようにわかる。

 「外に出すと、次に何が起こるか…ここで止めるのよ!」
 『『了解!』』

 二人は散開して、敵に攻撃する。敵パイロットの腕もなかなかのようで攻撃ひとつかすらない。
 突然、ガイアの動きが止まった。はアビスに照準をむけ、トリガーを引きつつもガイアに首を捻った。―――これはチャンスだ!一機でも破壊しておくに越したことはない。アビスからガイアに照準を向け、はトリガーを立て続けに引いた。
 狙いは良かったのだが、カオスに邪魔をされ、攻撃が当たる事は無かった。は短く悪態をつく。
 突然行動が停止したかと思うと、ガイアはまた突然動き出し戦地を離脱した。狙いをプラント表面にしてトリガーを引いている。はサッっとした。―――もし、プラントがヘリオポリスのようになったら…!考えを振り切るようにスラスターを踏み込んで一気に加速した。

 『なんて奴等だ!奪った機体でこうまで…!』
 『脱出されたら終わりだ!それまでになんとしてでも捕らえる!』
 『わかった!って、えぇ?!』
 「ルナ、どうかしたの?!」
 『バーニアの調子が…!』

 は攻撃に注意しつつ後方を振り返った。シン、レイの後ろから黒い煙を上げ、ルアの紅いザクウォーリアが速度を落としていく。は反転して、ルナのザクウォーリアに並び補助した。

 「シン、レイ!後は任せるわよ!」
 『『了解!』』
 『教官!私のことより、行って下さい!』
 「あら、この状態でミネルバまで無事に戻れるの?補助が必要でしょ?」

 はシンとレイに頼んだわよ、と声を掛けてルナマリアの機体を支えながらミネルバへ降り立った。
 奪取された三機を逃がすつもりは毛頭ないが、心のどこかで長期戦になりそうだと考えてる自分にはっと気がついて頭を振った。
 無事にルナマリアをミネルバに収容させ、の機体もその横に並ばせてコクピットからいそいそと這い出た。ラダーに足を掛けて下に下りるが高さ半分の所で待ちきれなくなって飛び降りた。ザクウォーリアの修理に急ごうと道具を持って走っていた数人の整備士が突然振って降りてきたにギョッとしていたが、慌てて持ち場へ急ぐ。

 「エイブスさん、ルナの機体よろしくね!私、艦橋に行ってきます!」
 「あぁ!」

 は整備隊長であるマッド・エイブスに声をかけ、一目散に艦橋目指して飛び出していった。
 途中ですれ違う兵士たちは何事か、と目を丸くしてを見ていたが走り去りやすいように通路の真ん中を空けてくれた。緑の軍服を着てはいるが、実力は白服を着ていてもおかしくないほどだし、特務隊に所属していると言われても頷ける。それより、何よりも、プランと全体がを、という人物を信頼していた。はプラントにとって、かけがえの無い存在だった。

 「失礼します!グラディス艦ちょ…デュランダル議長?!」

 は目を丸くして艦橋の入り口に棒のように突っ立った。何か物言いたげに口をパクパクさせるばかりでその声が出てこない。議長は目を細めて口元を緩め、に席を勧めた。

 「、突っ立っていないで座りなさい。これからミネルバは彼らを追って発進する。」
 「えっ!あっ!」

 はデュランダルの言葉に驚いて声を上げ、ミネルバの画面に映ったインパルス、ブレイズザクファントムがプラントの外に出て行ってしまったのを見て再び声を上げた。バカ!と声を上げたがったが、デュランダル議長に、グラディス艦長、トライン副長もいたのでぎゅっと口を結んで進められた席に腰を下ろした。

 

 

 

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*20060531 加筆訂正*