WIND

 

 

 

 

 「先生、身体の具合はどうだい?」
 「医学を修めている者もいますので大丈夫です。しかし一週間ほど動けなくて…いやはやお恥ずかしい。」
 「写輪眼ってすごいと思ったけど、たいした事ないのね!」
 「はい、カカシこれ飲んで。それと、この黄色の兵糧丸は朝と夜に一粒ずつね。チャクラの回復を早くしてくれる。まだ身体がしびれてると思うからこの白い錠剤飲んでね。」
 「ほーぉっ。お嬢ちゃん、超物知りじゃのう!」
 「育ての親が医者でしたから。」

 の満面の笑みに全員が頬に朱をさした。
 やっとのことでたどり着いたタズナ家は湖面の上に建てられていた。耳を澄ませば水の流れる音が聞こえ、清清しい気分にしてくれる。
 カカシをタズナの娘・ツナミが用意してくれた布団に横たわらせ、その脇でがせっせと薬を渡していく。が医療関係に精通しているのは当たり前だった。育ての親が医者で、ほんの四、五歳だったも軽傷の処置は大人顔負けの手際の良さだ。
 タズナはもう襲われないだろうと高を括って大笑いしながら汗を拭ったが、の心はモヤモヤしていた。――何か、見落としているのではないのか?

 「それにしても、あのお面の子一体何者だったの?」
 「あれは霧隠れの暗殺部隊…抜け忍を追いかける部隊がつけるお面だ。彼等の総称は"追い忍"――名の通りだな。任務は主に里を抜けた忍の抹殺。」
 「さ、里を抜けたら殺されるの?!」
 「…忍の身体は多くの秘密を持っている。生きている間は隠す事が出来るが死体はできない。故に里の秘密を握ったまま抜けた忍を野放しには出来ないから追い忍部隊が結成されたわけだ。もし、俺が死んで死体が処分されなければ、彼等は容易に写輪眼の秘密を暴く事が出来る。同時にそれは木の葉の里を危険に晒す事になる。」
 「音もなく、匂いもなく…。それが忍の最後よね。…よくザイチが言ってたわ。」
 「―――、お前は何者だ、アイツが言っていた"閃"(きらめき)とはなんだ?」

 パチンと小物入れの蓋を閉めてが呟くと、サスケは相変わらずの訝しげに顔を歪めてに問いかけた。は小さく息を吐き、カカシを見る。小さく頷くカカシに、はようやく重い口を開いた。

 「…再不斬が言ってた通りよ。あ、でも当主の隠し子じゃないからね!私は一族の遺産。"閃"とは私の異名らしいけど、詳しい事は私も知らないから、話せない。」
 「サスケ、そう警戒しなくてもいいだろう。の動きはザイチという一族当主がじきじきに教え込んだものだし、医療忍術もちゃんと修行をして修めているんだ。それにな…もお前と同じなんだ。一人を残して全てを奪われている。」

 カカシに言われて、サスケは口をつぐみ、バツの悪そうな顔をして視線をずらした。――相変わらず酷い人、とはカカシを見たが、正直助かった、と思う。まだ、ナルト達に正体は明かせないのでここはカカシの言う言葉に合わせて、相手の弱みに漬け込み、嘘を重ねて行くしかない。
 カカシはしばらくすると寝息を上げ始めた。ツナミにくつろいで頂戴、と言われて各自自由な時間を過ごす。はリュックから本を取り出して読み始めた。背表紙は『人体の不思議』。しかし、中身は手配書だ。書かれた内容にもう一度目を通す。波の国の抜け忍はそう多くない様だが、一癖、二癖もある厄介な忍ばかりで、は内心息を吐いた。大刀を振り回すのは再不斬だけではない、七人居た筈だ。――ふ、と脳裏に見えたギザギザの大刀に思わず盛大な溜息をついてしまった。

 「…そんな本読んで面白い?」
 「うーん…普通。サクラも読んでみる?将来医療忍術に携わるのならこの本必須だよ?」
 「…、今は遠慮しておく。」

 盛大な溜息は退屈からだと思ったサクラがに寄る。は苦笑しながら本の中身を本来の内容に戻し、表紙をサクラにかざして見せた。そこには、細部に描かれた人体構造がカラーでプリントされている。――確かに、少々グロテスクだ。サクラは笑みを引きつりつつ丁重に断った。
 の本に興味をなくしたのか、別のものに興味を持ったのか、サクラはから離れていった。相変わらず視線の先にはサスケがいるが。は水の音に耳を傾けながら眼を閉じた。――こんなにゆっくりとした時間を過ごすのはいつ振りだろう。
 今よりも六つ、七つ歳が小さい時はよく水堂を抜け出して猿飛、ザイチ、ホムラ、コハルと一緒に小川へ遊びに出かけたものだ。彼等は将来忍になりたいと言って遊びながらも忍の修行をしていた。それを見るのが楽しかった。
 水堂を抜け出す時は決まって猿飛とザイチが壁に張り付いてを迎えに来た。は重い冠を机に無造作に置いて、出来るだけ身軽になるように着ていた服も脱いだ。女としての特徴はまだない身体だったのに、猿飛とザイチは良く顔を赤くしていたな。
 はふふ、と思い出に耽りながら笑みを浮かべた。

 「うわぁあぁっ!」
 「きゃーっ!」

 悲鳴にびっくりしてが眼を開けると、ナルトがカカシが寝ている足元でひっくり返っていた。

 「…新しいゲーム?」
 「ちゃん、酷いってばよ…。」
 「ナルト!もっとうまくやりなさいよね!――もう少しだったのに。」
 「だって、カカシ先生ってば急に目を開けるんだってばよ。寝るならマスク外して寝ろってばっ!」

 サクラがナルトの頭にコツンと拳をお見舞いする。カカシはの薬のおかげでいくらか軽くなった身体を起こした。そして、ポツリと呟くように零す。

 「…再不斬は生きている!」
 「「「えーっ?!」」」

 ナルト、サクラ、タズナの声が重なった。

 「―――やっぱりね…どうしても腑に落ちない事があったんだ。」
 「えっ、、どういうこと?!だって死んだって確認したのじゃない!」
 「うん、確かに再不斬は死んだの。瞳孔の開き具合、心肺停止…。だから、私は死亡と診断したけど、あの追い忍が使った武器を思い出して?」
 「――千本!そうか…。」
 「そう。確実に急所を指さないと死に至らない、殺傷能力が極めて低い武器だ。そして、あのお面の子は再不斬の死体を持ち帰った―――つまり、あの子は再不斬を助けに来たって事だな。」
 「カカシ先生、どうするんだってばよ?!また戦いになるんじゃ?!」
 「あちらが見逃してくれない限りまた戦闘になるでしょうね。仮死状態にしたのから、一時的に身体の機能は停止。筋肉の硬直も若干見られたから…恐らく、再不斬の身体能力から一週間前後ね。それまでは動けないはずよ。」
 「その間、何もせずに過ごすのは時間の無駄だな。俺の身体のリハビリもかねて…お前達に修行を課す!」

 が大よその時期を算出すると、カカシはナルト、サスケ、サクラに対して修行を言い渡した。
 松葉杖をついて、カカシはナルト、サスケ、サクラ、を近くの林に連れてきた。随分と背の高い木が多い林だ。

 「高い木ばっかりね。」
 「メタセコイヤね。スギ科で春に芽吹き、秋には紅葉、冬は落葉する。二百万年前に絶滅したとされていたけど自生木が見つかって"活きた化石"と呼ばれているわ。冬でも青々と茂ってるのはメタセコイヤではなくてセコイヤね。」
 「ちゃんってば本当、物知りだってばよ…。」
 「そうかな?読書好きだからかもしれない。…あ、ナルトもこの本読むといいよ。」
 「…また今度なっ!」

 はにこりと笑ってポシェットから文庫サイズの本を取り出した。タイトルは『有毒・無毒の木、草、花の全て』とかかれている。

 「こら、の言ってることは正しいぞー。忍たるもの知識は幾らあっても無駄ではないからな。有毒・無毒の草木は知っておかないと任務の際困るぞ。」
 「…それで?この林で何をするんだ。」
 「はぁ…。サスケ、そんなせっかちになるなよ。―――ここでする事は木登りだ!」

 今まであまり協調性を見せなかったナルト、サスケ、サクラの三人が初めて同じ表情をした瞬間だった。カカシはにこにこと笑みを浮かべて、木登りの重要性を話す。途中おバカな質問にカカシ、サスケ、、サクラは息を吐いた。

 「んー、とまぁ、理論は今話したとおりだが、実際に身体で覚えてもらうしかないからな。先ずどんな感じかを見て、それから各自で練習だ。」

 カカシはゆっくりと木に向かって歩き、幹に足をかけた。地面と平行に上へ上っていくカカシに、ナルト、サクラは開いた口がふさがっていない。上から四つのクナイが降ってきて、それぞれの地面の前に刺さった。

 「それで今いけるところまで印を打て!次はその印の上を目指して練習しろ。最初はなれないから、助走をつけるといいだろう。――それじゃあ、始め!」

 四人は一斉に上り始めた。
 ナルトは一歩目ですでに地面とこんにちわしている。サスケは四分の一ほど上ったところで地面に立った。はタッタッタッと軽快に上り、横目でサクラを見ると、彼女は随分と高いところまで上った。はひとまず木の頂にまで上りつめ、クナイを刺して地面に舞い降りた。

 「どこまでいったんだ?」
 「てっぺん。」

 サスケの問いに正直に答えると一睨みされた上にちっ、と舌打ちまでされた。カカシはサクラを褒めて、引き続きチャクラコントロールの修行を言い渡すと、に後を頼むといってタズナの家に先に戻った。
 その後、三人は躍起になって木に登り続ける。
 やがてサクラが幹に身体を預けた。やはり、男女の身体能力差は大きい。サスケは徐々に上がって行ってると言っても少しずつ少しずつで、ナルトは最初の頃こそ上手くいっていなかったがコツがつかめたのかサスケに追いついてきている。はその様子を横目で見ながら『こんな時、あなたはどうする?!』と書かれた忍の本を読んでいると、頭上に影が差した。

 「…。」
 「何かな、サスケ。」
 「…コ、コツとか無いかよ。」

 サスケはそっぽを向いていたが、心なしか頬が赤い。は耳を疑ったが、すぐに笑みを浮かべてサスケに対し留意点とアドバイスをしてやった。ベルトから小さな白い粒を取り出してサスケに渡す。

 「少し体力が戻るから食べるといいわ。あんまり無理しないようにね。私、先にサクラとタズナさんの家に戻るから。」
 「あ、あぁ…。」

 頑張ってね、とはサスケに背を向け、サクラの元へ行こうとするとサスケがを呼び止めた。先ほどよりも顔が赤い。

 「…ありがとう。」

 は笑顔で応えた。
 ナルト、サクラにもサスケに渡した白い粒を与えて、とサクラはタズナの家に戻った。
 ナルト、サスケを待った為少し遅い夕食を終え、客人なんだからゆっくりして、というツナミの言葉を跳ね除け、はツナミと一緒に後片付けする。
 小さい頃は台所に背も届かず、育ての母によく苦笑されたものだ。それでも自分なりに父母の手伝いをすると、父と母は優しく微笑んでの頭を撫でてくれた。――彼等の最期を看取ることは叶わなかったが、満足そうな微笑で眠るようにして亡くなったとコハルから聞いた時は一晩中泣いた。

 「ヒーローなんか、いるもんか!」
 「んじゃ、お前なんか陰でピーピー泣いてろよ!…ふんっ。」
 「ちょっとナルト!」

 サクラが眺めていた写真の不自然な切り取りをタズナに尋ねると、彼は少し戸惑ったが静かに語りだした。その話は何故波の国に橋が必要なのか、タズナが命を狙われる元凶にも触れられていた。カカシ、ナルト、サスケ、サクラは静かにそれを聴いている。ツナミは台所に立ったまま、水場のふちを握り締めた手が震えている。はそれに気づいたが何もいわずにタズナの話に耳を傾けた。そして、タズナの孫であるイナリが泣き喚いた。
 イナリはリビングをで、自室へ引き篭もってしまった。サクラに諌められナルトは鼻を鳴らしてリビングを出て行った。

 「ナルト、どこ行くの?」
 「…証明してやるんだ。ヒーローはいるんだって事!」
 「ちょっとお父さん!イナリの前であの人の話しはやめてっていったでしょ!」
 「…。」

 気まずい雰囲気の中、は静かに外に出た。家の丁度裏側で、イナリが座っている。親しい人を目の前で亡くす痛みは、言葉では言い表せないのを身に染みて知っている。

 「イナリ君。」
 「…姉ちゃん…。」
 「ごめんね、ナルトがあんな事いっちゃって。…でもね、ナルトも本心で言ってる訳じゃないんだ。彼はね、生まれた時から両親がいないの。だからお父さんとかお母さんとか…良く知らないんだと思う。―――私も、本当の両親の顔知らないんだ。」
 「え…、」
 「私の話になるけどね、聞いてくれるかな?実は他の人にあまり話しした事ないんだけど。」

 はふふ、と笑みを浮かべてイナリの隣に座った。イナリに向けていた視線を、水面に浮かぶ月に移す。

 「私ね、生まれて直ぐに捨てられていたんだって。本当なら死んでた。けど、幸運な事にお父さん、お母さんって呼んでた人達が私を拾ってくれて、育ててくれたんだ。私が四、五歳になる位までは一緒に住んでたんだけど、それからは別々に暮らすようになったの。」
 「何で?姉ちゃんの事嫌いになっちゃったの?」
 「ううん、違うよ。その頃の周りの状況が悪くてね…一緒に住みたかったけど、別々に暮らすしか方法がなかった。別々に暮らし始めて一年が経った時、私の身に不幸が起こってね。私は意識を無くしたの。次に目が覚めた時、お父さんとお母さんはもう亡くなってた。」

 イナリは息を呑んでの横顔を眺める。は困った風に笑いながらイナリを見て、また水面に視線を戻した。

 「次にね、私のお父さんになってくれた人。私の大切な人になった。一緒にいると楽しくて、ずっと後ろを付いて回ったの。――イナリ君と同じ。どこに行くのも、何をするのもずっと一緒で。でも、目の前で殺された。悲しくて悲しくて、毎晩泣いてた。そしたらね、ある人が言ったの。『泣いてばかりでどうする!アイツはお前の泣き顔なんて見たくないんだ。』って。――言われて初めて気がついた。彼は私の笑顔が好きだった。だがら私がずっと笑っていられるように一緒にいてくれてたんだ・って。」
 「笑顔が、好き…。」
 「そう。だから、私はもう泣かないんだ・って決めたんだ。私はまだ小さくて、何も出来ない子供だけど、死んでいった最初のお父さん、お母さん、そして新しくお父さんになってくれた人。みんなが心配しないように私は強く生きていくんだ・って。――きっと、イナリ君のお父さんだってそう思ってるよ。お父さんもイナリ君の事大好きだったんじゃないかな。その大好きな人がいつも涙ばっかり流してると心配になっちゃうよ?」

 はイナリの頬に残る涙を拭って、笑顔を見せた。自惚れるつもりはないが此処にいる誰よりもイナリの気持ちを汲んで上げれるのは自分だけだと思った。だからは猿飛、ホムラ、コハル以外に、三忍と呼ばれる人達しか知らない身の上話をした。――イナリにはこの悲しみを乗り越えて強くあって欲しい。きっとイナリの父もそう望んでいたはずだ。
 気配を消して物陰に立って話を聞いていたカカシはに気づかれないように静かにその場を去った。

 「…うん、うんっ。僕、頑張るよ…!」
 「うん。」

 イナリ、とツナミが呼びに来て、二人は顔を見合わせて部屋に入っていった。

 

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*20061115*