WIND

 

 

 

 ナルトが一度引っかかったトラップをクナイで断ち切り、地面に着地するまで数分を用いた。は息をつきながらそれを眺め、久しぶりに地面に直立したナルトが喜ぶ様を見ていたがトラップの上さらに仕掛けられていたトラップに引っかかって再び逆さづりになったのを目撃して、先ほどとは比べ物にならない重いため息を吐いた。

 「サル、ナルトはダメかもしれない。」
 「キャーッ!

 が真面目に呟いた言葉をかぶせるように悲鳴が響いた。声の高さから間違いなくサクラだろう。

 「サクラは幻術に引っかかったわけね…。サスケばっかり追うから弱点を容易に晒してしまう…。頭は良く、根性は有る、けど…。『恋は盲目』って言葉を作った人は流石だわ。」

 は瞬身の術を使って、カカシの後を追った。
 カカシを見つけた時、サスケとの鈴取り合戦が行われていた。はその様子をにこにこと眺める。流石"うちは"だ。術のタイミング、身のこなし、どれを挙げても下忍の中ではトップクラスだ。だが、彼には心に問題がある。そういう風に仕向けた彼の兄に、は眉を寄せた。
 が少し物思いにふけっている間に、サスケは印を結びうちはが得意とする火遁の技を出す。もちろんカカシはそれを避け姿をくらました。サスケは辺りを見回すがその姿は見つけられない。気づいた時、サスケはカカシに足をつかまれ、土の中へ引きずり込まれた。

 「お前、早くも頭角を現したな。おかげで『イチャパラ』を読む暇がなかった。それなりに楽しかったけどな!ま、『出る杭は打たれる』って覚えておけ。――、いるんだろ?次はお前の番だな。」
 「バレた?」
 「はぁ…。わざとでしょ。」

 サスケは直ぐ目の前の茂みから出てきたに目を丸くした。カカシと戦っていて気を取られていたと言っても周りにはいつも気を配っている。それを直ぐそこにいたというのに気づけなかった事に上忍と、下忍に成り立ての違いを見せつけられた気がして小さく舌打ちした。

 「カカシ、先生。やりすぎじゃないですか?」
 「これくらいがいいんだよ。それより、早くしないと時間切れになるぞ。」
 「それは困ります。それじゃあ、始めましょうか。」

 カカシは手に持っていた"イチャイチャパラダイス"と書かれた本をポシェットに直した。
 サスケは首を傾げる。ナルトと戦っている時は一度も閉じなかった。自身と戦う前も直しもせず本を閉じただけで戦いの最中にようやく本を手放したというのに、この少女の前では最初から本を直すというのか。
 …とサスケは口の中で繰り返して、目の前でにこりと笑みをカカシに向ける少女を見据えた。
 とカカシはお互いに見据えあったまま動かない。サスケはまだ動かないのかと痺れを切らしかけた。
 一陣の風が木々を揺らし、葉を舞わす。一枚の木の葉が二人の間をよぎった時、サスケは自身の目を疑った。目の前で繰り広げられる戦いは、下忍のものではない。素早い二人の攻防に目をずっと開けていないと見過ごしてしまいそうになる。
 の動きはひらりひらりとしていて重さを感じさせない。サスケがカカシと戦っている時にチリン、チリンと鳴る鈴の音は耳障りだったが、目の前の光景を見ているとそれも一種のリズムのような気がしてきた。それに合わすかの様にキィンとクナイ、手裏剣同士が出す音がメロディとなり、の動きはまるで舞を舞っているような錯覚を覚えた。
 再び風が舞う。チリンと鈴が一鳴りすると、の手に一つ鈴が握られていた。カカシは「あらら。」と残念そうに零すと小さな煙を上げてどこかに消えた。

 「サスケ、君。大丈夫?思いっきり土遁に捉まってるね。」
 「…サスケでいい。俺もお前を呼び捨てにする。それより、お前本当に下忍か?」
 「一応ね。――あぁ、そんなに疑わないでくれるかな?鈴は偶然取っちゃったけど、あれでも結構危なかったんだよ?」
 「そうか?俺にはの方がアイツを押していたように見えたが?」

 するどいなぁ、とは心の中で笑みを浮かべる。しかし、まだ本当の事など話せるわけもなく、曖昧にごまかしておいた。もっともサスケは納得していないだろうが。
 ガサガサと音がして、サスケ、がそちらを振り向くと、サクラが目を見開いて呟いた。

 「こ、今度は生首ぃ…!」

 倒れたサクラをは慌てて抱きとめるが、勢いに負けて一緒に倒れ込んだ。ひとまず、サクラに傷はないのでほっと息を吐く。

 「さて、とりあえず、元の場所に戻ろうか。」
 「…あぁ。…すまないが、此処から出るのを手伝ってくれ。」

 は笑みで答えた。
 気を失ったサクラをサスケとで起こし、説明のあった丸太柱のところに戻るとナルトがすでに柱に縛られていた。
 ぐうぅ、と盛大な音楽会が始まると、カカシは笑みを深めたが言葉は冷たい。

 「お前等、忍者学校に戻る必要ないな。―――以外の三人は忍者をやめろ。」
 「た、確かに鈴は取れなかったけど、忍者をやめろってどうゆう事!!」
 「どういう事も何も、お前達はこの演習の目的をまったく理解していないからだ。下忍になったばかりの者が上忍相手に一人で挑み、鈴を取れると思うのか?――の場合は特別だ。コイツは忍者学校にこそ行ってはいないが育った環境がお前等とは違うからな。…に鈴を取られたのは俺の落ち度と言ってもいい。――ま、話を戻すが。お前達全員で力をあわせれば、経験など関係なく、簡単に鈴を取れただろう。」
 「ま、待ってよ!鈴は三つしかないのにどうやって力を合わせる訳?!一人は必然と丸太に縛られてしまうのなら、力を合わせるより、仲間割れを起こすじゃない!」
 「それが故意に仕組まれたルールだとすれば?」
 「…?」
 「サクラ。この演習はチームワークを試す試験だったの。確かに鈴は人数より一つ少ない。けど、任務において必要なのは他のものとは変えられない仲間を思う強い絆。それを試すには故意に仲間割れを仕向けるルールの下での演習。」
 「…くそぉっ!」

 短い付き合いだが、いつも澄まし顔のサスケが感情を露わにしたことには目を丸くした。サクラも同じようで目を見開いてサスケを見据えている。軽く土煙が上がり、サスケはカカシの下に押さえつけられた。サクラが悲鳴に近い声でサスケの名前を呼ぶ。

 「はぁ…まぁ、落ち着けよ。任務ではチームワークが大切になる。もしそれがなく、先ほどのように一人一人が好き勝手な行動を起こせば、どうなるかは一目瞭然だ。例えば…サクラ!ナルトを殺せ、さもなくばサスケが死ぬぞ!―――と、この様に人質を取られただけではなく、不利な条件を突きつけられる。」

 カカシはクナイをサスケの首にあてがい、不利な状況の例を挙げた。もちろん演技だがカカシの殺気にサクラは思わずサスケとナルトを見合わせるし、ナルトはえーっ、と涙目になりながら焦る。カカシはサスケの上から退き、慰霊碑に向かって歩き出した。はその慰霊碑から目をそむける。

 「これは、"英雄"と呼ばれた人達の名が刻まれている。」
 「"英雄"?!それいい!それいい!!俺ってばそこに名前を刻んでやる!」
 「…あれは任務中に殉職した人達の名前が刻まれている慰霊碑よ。」
 「え…、」
 「そうだ。これには俺の親友の名も刻まれている。―――お前等!もう一度チャンスをやる。昼からはもっと過酷な鈴取り合戦だ。受けたい奴だけ弁当を食え。ただし、ナルトには食わせるな。そいつはルールを破って一人で弁当を食おうとした奴だからな。もしそいつに弁当を食わせたら直ぐに失格にする。いいな、此処では俺がルールだ!」

 カカシはそう言って姿を消した。サスケ、サクラは弁当をおずおずと手に取り食べ始めたが、は弁当をナルトの前に置いて慰霊碑の前に立った。

 「、食べないの?」
 「ナルトにあげる。」
 「ちょっと待ってよ、先生が言った事忘れたの?!」
 「俺も、やるよ。今、アイツの気配はない…昼からは四人で鈴を取りに行く。足手まといになられちゃ困るからな。」
 「さ、サスケ君まで!」

 サクラは自分の手元に視線を落とし、息を飲んだ後、半分以上食べてしまったお弁当をナルトに差し出した。ナルトが照れくさそうにお礼を言う。ナルト、サスケ、サクラの目の前でぼんっと煙が立ち、お前等ぁっ!と叫んで現れたカカシの表情には満面笑みが浮かんでいる。

 「合格だ!」

 は慰霊碑から視線を移し、その様子を微笑ましげに眺めた。カカシが下忍を出すのは初めてなのを知っているだけに、ほっと胸を撫で下ろす。まったくどうなる事かと思ったが、無事に本当の試験も済んだ訳だ。
 三人の表情には戸惑いが隠しきれていない。は苦笑しながらカカシ達に近づいた。

 「お前達が初めてだ!俺の言葉を素直に聞かなかったのは!」
 「…どういう意味だ、」
 「忍の世界ではルールが全て。しかし、仲間を大切にしないのは最も愚かだと言いたいのよね、カカシ、先生。」
 「名前と先生の間に不自然な間があるのが凄い気になるけど、ま、の言うとおりだ。――よし、これで演習は終了!カカシ第七班は明日より任務開始だ!」

 ナイスガイポーズで言うカカシにナルト、サスケ、サクラの表情は笑顔になった。
 ナルトに至っては忍者として認められた事に大はしゃぎで自由の利かない身体をいっぱいに動かして喜んでいる。さ、帰るぞ!のカカシの合図でサスケ、サクラはカカシに続いた。故意にナルトの縄を解くのを忘れているのだろう。――縄抜けの術で簡単に抜け出せれるのに、とは息を吐きながらクナイを投げて縄を切った。

 「ちゃん、ありがとうだってばよ!」
 「そろそろ本気で縄抜けの術覚えた方がいいわよ、ナルト。」

 がそういうとナルトは顔を真っ赤にしてそのうちにな!とカカシの後を追いかけていった。は苦笑しながらその後を追う。
 こうして、ナルト、サスケ、サクラは無事に下忍になることが出来た。

 その次の日から始まった任務は、にとっては数年ぶりのDランク任務だ。子守りをしたり、庭の草むしりをしたり、迷い猫の捜索…。なんというか、平和だ。
 先ほど捕獲した"トラ"という名の猫を依頼主に返したところで、火影から次の任務は、と何個か挙げられる。次は子守りがいいなぁ、とが考えていると、ナルトがダメだしを出した。

 「ダメダメダメー!俺ってばもっとすっごい任務がしたいの!芋ほりとかやってられっかー!」
 「えーっ!赤ちゃんの子守りいいよ?!楽で!!なんでなんでなんでー!」
 「「えーっ!!」」

 ナルトのダメだしにが反対するとサスケとサクラが思わず声を上げた。サスケは直ぐに我に返ってごまかす様に咳払いをしたがそれをしっかり見てしまったイルカは笑みを浮かべる。猿飛は「ならそう言うと思ったわい。」とキセルを吹かした。

 「あっ、サ…火影様!タバコは止めて下さいって言ってるじゃないですか!」
 「老いぼれ唯一の楽しみをとるでない!」
 「へぇ、唯一ですか…。ではサ…火影様のベッドの下に隠してある雑誌は処分してよろしいんですね。」

 がにっこりして言うと、猿飛はぐっ、と言葉につまり渋々キセルにつけた火を消し、自ら窓を開けた。カカシ、イルカ、ナルト、サスケ、サクラはその様子に思わず固まる。
 ウォッホンとわざとらしい咳払いをして、固まっている五人を我に返させると、任務の重要性について説き伏せる。その話をサスケ、サクラはめんどくさそうな表情ではあるが聞き、はうんうんと頷いて聞いている。ナルトは昨日はとんこつラーメンだったから、今日は味噌ラーメンにしよう!と猿飛に背中を向けた。当然、叱責が飛ぶ。

 「もう俺ってばイタズラばっかしていた頃の俺とは違うんだぞ!どうしてじいちゃんやイルカ先生は俺のことガキ扱いばっかするんだ!」
 「すいません、コイツには後で俺から言っておきますんで…。」
 「よい、カカシ。ナルトお前がそこまで言うのなら、特別にCランクの任務をしてもらう。任務の内容はある人の護衛だ。」
 「ほ、本当に?!やった!誰、誰?!お大名様?お姫様?」
 「えーっ!!赤ちゃんの子守りは?!芋掘りは?!買い物はーっ?!」
 「…って変わってるな。」
 「そ、そうだね…サスケ君。」

 Cランク任務という事ではしゃぐナルトとは対象的にがっくり肩を落とす。カカシは、苦笑し、サスケとサクラはには悪いがCランク任務を受けれることにナルト同様心の中で喜んだ。

 「入ってきていただけますかな?」
 「どうした?…みんなガキじゃねぇか。特に一番背の小っこいの。お前本当に忍者か?」
 「あはは、誰だぁ?一番背の小さいのって―――ぶっ殺す!」
 「こらこら、今から護衛する人殺してどうするの。」
 「ワシは超有名な橋建設者のタズナだ。国へ戻り、橋が完成する前までのワシの安全を超命懸けでしてもらう!」

 子守り、芋掘り、買い物…と呟くを、カカシは苦笑しながら宥めて、各自準備の為一度自宅へ戻り、時間を決めて木の葉隠れの里の門前に集合となった。
 必要最低限に纏めた荷物を背負って、はがくりとしたまま集合場所の門にたどり着いた。その様子をみて、サクラが苦笑する。珍しく遅刻してこなかったカカシにナルト、サスケ、サクラは目を丸くしたが直ぐに里の外へ出る事に気を取られた。
 門番がゆっくりと里の門を開く。ナルトは軽快に外へ向かって小走りに駆け出した。

 「出発ー!!」
 「…子守り、芋堀り、買い物…。草野さんとこの赤ちゃんが私を呼んでる…!」
 「はいはい、。いい加減諦めてー。」

 ふらふらと再び里に戻ろうとしたの首根っこを掴んで、カカシははぁ、と溜息を零す。まったく正反対の二人に先が思いやられそう、とカカシは自身の胃の心配をした。未だにDランクの任務を口にするだが、彼女は立派な上忍クラスの忍者だ。腕は信用できる。
 張り切って進むナルトの後ろをタズナ、その隣をサクラ、カカシ、その少し後ろをサスケ、最後尾をが歩いていた。木の葉隠れの里の門を出たときに垣間見た未来に、は先ほどカカシに首根っこを捉まれた時こっそりと耳打ちした。――敵が行動を起こすまでは動くな。狙われているのは誰か確認の必要がある、とカカシは目でに合図し、はそれに頷いた。一番前のナルトが軽傷を負う程度で事が済むのではそれほど用心はしていなかった。軽傷ならば、の医療忍術であっという間に直す事が出来る。
 カカシが波の国には忍がいない事、火影を含めた"五影"の事を話しながら歩く。サクラがカカシに対し他国の忍について質問するので、カカシは笑顔を向けて、サクラに安心するように言った。――Cランクで忍同士の対決は無い、と。本来であればカカシの言う通りなのだが。
 最後尾のが不自然な水溜りの傍を通り過ぎた時、そこから二人の忍が現れ、細かな刃が連なった鎖をの身体に巻きつけ身動き取れない様に封じた。

 「くっ、」
 「?!」
 「クク…先ずは一匹目…。」

 二人の忍は息の合った無駄の無い動きで素早く手を引っ張り合った。血飛沫が飛ぶ。の身体は八つ裂きにされ、ボトボトと地面に身体の一部が落ちる。

 「…キャーッ!」
 「う、嘘だろ、ちゃん…!」
 「二匹目…。」

 ナルトの背後に音も無く現れ、先ほどを殺した鎖を巻きつけようとしたが、サスケの投げた手裏剣が鎖の一部を木に縫いつけ、クナイでさらに直ぐに外れないように固定した。サスケはそのまま襲ってきた忍の上にのり、足で顔を蹴飛ばした。ちっ、と忍達は舌打ちして、一瞬身動きが出来なくなった原因の鎖を外し、一人はナルトへ、もう一人はタズナの方へ向かう。タズナを押しのけ前に出たサクラの前に、サスケがふ、と現れる。振り上げられた敵の腕はサスケに向かって振り下ろされる事は無かった。カカシがタズナを狙った一人を止め、ナルトを狙ったもう一人をが縛り上げていた。

 「!」
 「、ちゃん…。変わり身の術…。」
 「ナルト、怪我は大丈夫?こいつ等の武器には毒が塗ってあるの!早く毒抜きしないと…、」

 が抑えている忍が暴れ、の身体は大きく揺れる。最後にはがもう!と言ってミズキの頭に落とした時のあの拳骨を、その忍の頭に落とすと動かなくなった。ナルトは心の中でだけは怒らせないようにしようと固く決意したとか。
 気を失ってしまった、が捕まえた忍と、カカシが未だに取り押さえている忍を縄抜けが簡単に出来ないように縛り上げると、カカシは息を吐いた。意識を保っている方の忍が何故解った、と尋ねた。

 「ここ数日は雨も降らずいい天気が続いている。もちろん、今日も雨など降っていない。なのに水溜りがあったら不思議でしょ?」
 「お前さん、それを知っていたのなら何故子供達に話してやらんかったのだ?とか言うお嬢ちゃんだって、攻撃されずに済んだかも知れないのに。」

 カカシはそれもそうなんですが、とタズナに対して苦笑する。

 「私達は先ず確認しないといけなかったことがあるんです。―――私達木の葉の忍が狙われたのか、それともタズナさん、あなたが狙われたのか。」

 タズナはぎくりと肩を震わせ、一回り、二回りほど歳の離れた子供を見下ろした。

 

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*20061110*