神燭の連鎖



 夜叉丸は恐る恐る部屋へと顔を覗かせた。
と、ひそひそと身を寄せ話し合う面々がいた。

「やっぱりお前が言いすぎだったんだ」
「おっ、おまえだって同意しただろう」
「そっそんなこと今更言われてもだなぁ・・・先代の話を出したのが失敗だったんだ。誰だよその話を出そうって言ったの」

泣きつくハゲに言い逃れしながら頭を抱えるヒゲ。

「はぁ・・・・・・」
「長・・・どうなるでしょうか・・・あの楓がおとなしく言うことを聞くとは思えませんし・・・。」

一方こちらは此方で二人、頭を抱えて唸っていた。
長と呼ばれた最長齢の老人は、そのまま寝込んでしまいそうなくらいに蒼白としていた。こうなるとこがわかっているのならば止めておけばよかったものを。
夜叉丸は何があったのかわからないものの、そのまま入り口から覗き見しているわけにもいかないので、声を掛けて入室した。
上役達はその声でようやく夜叉丸の存在に気付いたらしい。いや、楓が戻ってきたのだと思ったのかも知れない。大きく体を萎縮させ、数秒動きが止まったままであった。

「あの?大丈夫ですか?」
「あ・・ああ、お前か。驚かすでない」
「いえ、別にそんなつもりはありませんでしたが・・・」

「夜叉丸よ」

滑稽な空気が引き締まった。夜叉丸もそれを感じて態度を変える。

「楓の監視は怠ってはおらんだろうな?」
「もちろんです。ですが、研究内容につきましては、なにぶん私自身関わらせてもらえないことも多いので・・・。それに梛璃もいます。あの子はなかなかに出し抜けるものではないことを念頭においていただきたく。もちろん楓様もですが」
「そのあたりは想定内だ、これからも細かな報告を期待している」
「承知しております」
「そしてだ、この件に関してお前に話がある」
「と申しますと?」

長が話を続ける。

「そろそろお前にも神獣の話をしておかねばならぬ。知らねば今後の行動の必要性に気づけぬだろうからな」
「しんじゅう、ですか?」
「そう、神獣だ。この話はもちろん極秘情報であることには違いないが、真実は一人しか知り得ないことなのだ。そして今から話す内容も伝えられているだけで、真偽は不確かであることも頭に入れておくように」

始めに曖昧な説明を入れてから、長は砂隠れの里の歴史を語り始めたのだった。

砂隠れの里が今の地に建ったのは相当の時を遡る事になる。
当初この地には、キャラバンが行き来するための逗留地が、小さいものから大きなものまで、幾数かあった。
その中の、オアシスを所有する大きなひとつが護衛を商売にしようと周辺の無名の忍を集め出した。この事業は大きくなり、都と呼べるほどに大きなものとなった。
しかし、急激に大きくなりすぎたためにとうとう逗留地のトップが忍達の動向を把握しきれないところまできてしまったのだ。そこで都と忍の隊を区分し、ここに砂隠れの里と名を襲名したところから始まる。
逗留地のトップはさらなる拡大をと、里の半数を連れて新天地の開拓へと都を出て行った。それから長い年月をかけ、各自成長し、風の国と、国から依頼を受ける隠れ里という構図が完成した。しばらくして当代里のトップは最強の忍者の証である影の名を頂いて、風影と名乗るようになった
そしてまもなく、ある旅人が里を訪れる。そして言う。この里のオアシスは不自然だと。
風影自ら面会の場を設けさせ、話を聞くと、この里では人柱の儀式を習慣して行っていないか?と言う話であった。要は水を呪術的なもので呼び寄せているのではないかと、そう疑われているのだ。
もちろんそんな事実は無かった。ただ、このオアシス付近で行方不明になる者が極々たまにいるのも事実だった。人が多く集まる場所だから仕方がないと思っていたのだが、それがおかしいことなのだろうか?と不審に思い始めた。
急遽隊を組み調査が始まったが、泉の中から死体が上がることはなかったし、里の外周辺でも見つからなかった。
いつの間にか神隠しにあって、贄とされていたのだろうか?そんな噂が広まり始めた矢先、調査隊があるものを持ち帰った。
発掘されたそれは白い球体だった。発掘した本人の話によると、泉のほぼ中央付近の砂の中から見つけたものらしかった。
急いでもう一つの調査隊を組ませ、同時進行で捜索にあたることとなった。

数日後、里はまた大ニュースに驚いた。オアシスが一夜にして枯れ果てたのだ。厳密には果ててはいなかったのだが、それほど小さくはない泉が消えては住民の不安はもちろんのことだ。
あの白いものを掘り出したのが原因ではないのか?そんな論争があちらこちらでみられるようになった。
中には過激派も組織され、発掘した調査員を引きずり出せとクーデターも起こった。
悪いことは続くものだ。球体も一度は泉に戻されたが水が戻ることはなく、当事者である調査員は自害しこの世を去った。
さらには失踪した者の詳細がわかることはなく、調査隊は3年という区切りをもって解散することとなった。

「結局水はどうなったのですか?」
「水は泉が戻らないとわかった時点ですぐさま次の水源の捜索が始まってな、地下から安定した水を確保できるところを見つけたのだ。今も各所にある井戸がその当時作られたものだと伝えられておる」

それから、数日も経たないうちにまた事は起こった。
研究に宛がわれる予定だった白い球体が紛失したのだ。里中は泉の祟りだなんだと大騒ぎとなった。
程なくして、自害した調査隊を埋葬した僧が急死したことが伝えられる。しかし、まもなく新しい水源が確保され、今までの騒ぎは忘れ去られ瞬く間に消えて行った。

「話を戻そうか」

水は確保できた。
そして、それを発見したのは発掘者の言葉からであったのだ。
彼は亡くなる少し前から大きく変わった。不眠が続き、神経質になっているところにクーデターが重なったこともあっただろう。
しかし、他に正式な原因があった。それが神獣なのだ。
発掘された白い球体。あれは紛失されたのではなく、発掘者本人の体に徐々に吸収されていたのだ。
風影が率先して情報の真偽を操作、隠蔽し、話を知るのは風影と上役のみとされた事実。
当人の話で、突如現れる白い球体が形を変え獣の形を取り、その光の一部が自身の体内へを消えていく夢を毎夜見続けていたことが発覚した。

「我等は神隠しと泉の消失、獣の形を取ることからそれを“神獣”と呼ぶことを決めた」
「現在までの宿主の話から、神獣はその身に圧倒的な力と、この地に里が出来る以前からの歴史を宿していることが判明した。そしてこの神獣を管理し、里から出さないために設けられた組織が我等上役なのだ」

突如明かされた里の機密事項の連続に驚いた夜叉丸は声を無くした。それでもそれなりに納得しようとしているのだろう、指を顎にあて頻りに眼を動かしている。
たまにふつふつと思い付いたことを呟き、音にしてまた自分へと還元させる。
そして、唐突にある点へと到達した。

「守鶴を・・・釜から出すのですね?」



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