神燭の連鎖



 来るべき闇の前、朱い陽が里を染めた。それも瞬く間に沈み、暗闇が厳しい寒さを連れてやってくる。 砂漠といえば灼熱の世界を想像するだろうが、太陽の熱が届かない夜になるとあっという間に極寒の世界へと転ずる。熱を吸収するものが少ないことはもちろん、昼間に温められた地表は夜、宇宙空間に向けての放射を起こす。その際に周りの温度を連れる為、地表付近の温度は低下するのだ。
通常これを妨げるものが雲の存在。雲に含まれる水蒸気が放射の一部を地表に戻すので、温度低下が防がれる。が、この砂漠には自然界に含有できる水が極端に少ない為雲が出来にくい。よって昼間と夜間の大きな気温の差が生まれる。
 楓は隣の部下から大きなマントを受け取り、羽織った。
布は地面すれすれまであり、二人並んで歩く姿はさながら遠国の晴請いの呪具のようでもあった。


「で、上役達は何の用で私を呼び立てたんだっけ?」

 里の少し奥にある、高い建物の最上階。そこは有事の際上役の集まる会議室がある。その部屋の前で楓はおおっぴらに言った。
横で小さく溜息が聞こえた様な気もしたが、気に留めず扉を押し開けた。

「聞こえておるぞ」

 部屋の一番奥、正面に座った老人が嫌味な視線を向けながら言った。
楓は特に悪びれた様子もなく、入り口に一番近いイスに座る。そして案内役の部下が退室して行くのを横目でちらりと見やったあと、円形の台の向こうに座る4人の顔をキッっと睨んだ。彼らは上役の中でもかなりの古株。

「あの話はお断りしたはず。今更どんな条件を出されようと一切変更はありえない」
「お前に否定権などあったものか。なにがどうであろうと、この件は全会一致の採択なのだ」
「そうだとも。お前しか扱えうる者が居ないのだ。どうあっても参加してもらう」
「いいや、そんな気は毛頭ない。それに未だ私しか居ないというのであれば幸いだ。絶対白紙に戻させていただく」

 楓の声は、今までの飄とした雰囲気からガラリと表情を変えた。
今にも前の4人を射殺しそうな剣幕で対峙している。

「そう言ってお前の代になってから何年も停滞したままだ。先代は快く引き受けてくれた。お前も知っておろう」
「あぁ、よく知っている。だが、あれが快くだとよく言えたものだな。あんな監禁紛いのことまでやって」
「少し気が立っていたようであったから静養させただけのことではないか」
「ほぉ、では人質までとって脅迫したことをこの国では静養と言うのか」
「・・・・そんなことまで知っていたのか」
「ほぉ?そんなこと?私がどういった存在だったかをお忘れか?だからこそその力を欲しているのではなかったのか」

 マントの裾を捌いて大きく足を組み、前の人間達を見ていることも汚らわしいと言わんばかりに横を向いて頬杖をつく。
この話はもううんざりだ。砂の化け物“守鶴”をわざと取り憑かせ、その大きな力をもって里の戦力の底上げを試みようというもの。簡単に言うようではあるが、これには大きなリスクが伴う。守鶴は生易しい存在ではなかったのだ。他のどんな尾獣よりも凶暴で、宿主の意識を侵食する。耐えきれない者はすぐに人格を獲られ、戦力どころか里を滅す危険因子となりかねない。
そこで楓の出番となったのだ。
楓は膨大な知識を有している。正式には楓を憑代にするものが保持する情報、それが上役の狙いだった。

「確かに、お前が受け継いだ“神獣”の力はよく知っている。いや、知らなければこの里はここまで大きくはならなかっただろう。
これは義務なのだ。里の繁栄を願うならば協力せよ」
「そうやって先の二人に守鶴を憑け、引き剥がしたんだったな。そして命を奪った」
「耐え切れんかったやつらのことは忘れよ」
「貴様等!剥がすことで絶命することを最初に知りながら二人目を犠牲にしておいて!」
「里の為だ・・・・・・」

 楓が机を叩きおろした音が大きく響く。上役等も今度ばかりはと楓に切り込んでいったため、互いの主張の押し付け合いとなり、埒があかないまま一時間近くが経っていた。
外はすでに闇に包まれ、部屋のライトがつくる影を濃くしていく。そんな中、何度この場を放り投げて退席しようと思っただろうか。楓はそんなことばかりを考えていた。

「何も我々も足踏みばかりしていたわけではない」

 最長齢である一人が初めて口を開いた。
演出気なこの流れに楓は大きく眉をよせた。が、不機嫌な楓を差し置いて老人は説明を続ける。
言うには、先代の時に足りなかったのは移植における体内バランスらしい。それを聞いてぴくりと反応を示した。

「その点お前には先代からの神獣の力、そして独自の薬理の知識がある。
お前が生かすために、密かにそれの研究をしていたことは知っておる。が、資材不足の為に進んでおらぬことも。そこで我等から援助を申し渡そうと言うのだ。」
「違うっ」
「違わないだろう。結局お前も里の戦力不足は肌で感じ始めておるのだ。だが、犠牲を出したくはない。死者が出ねばいいのであろう?」
「守鶴を蘇らせなければ死者がでることもないっ」
「いや、お前はどこかで研究者として、自分の研究結果を立証したいとも思っている。守鶴に関わることはお前には避けられないこと。諦めて参加するのだ」
「なんなら今までのデータだけよこせ。お前のもとをうろうろしている医療忍者でも居らんよりはましであろう?」

 くそっ!悪態を吐くしかなかった。このままだと知識もままならない忍に方術を預けることになってしまう。そしてそのあとに待つ苦悩も・・・・。
駄目だ。夜叉丸にそんなものを負わせるわけにはいかない。あの子には辛すぎる。

「まぁよい。お前もそのうち反対できなくなることもあるだろう」
「この話ももうそれほど先延ばしにはできないのだ。いいな?今期中だけ猶予をやる。じっくり考えておくことだ」
「・・・・・これだけは訊いておきたい。研究のことはどこで知った?」
「聞いてそれを信じるのか?」
「聞いてから考えるさ」

 答えてゆっくりと腰を上げた。
そう、まだこの話に私は不可欠なのだから。焦る必要はない。部屋を後にして階段を下りようとした時、下から上がってきた夜叉丸を見て思った。

「楓様?」
「話は終わったから。帰るよ」
「すみません、このあと上の資料を見せてもらう予定があったんです。あー、でも今上役達機嫌悪いかな・・・。どうでしょう?」
「そうか。お前なら大丈夫なんじゃないか?しっかり勉強しときなよ」
「はい」

 もう知ってしまったことをこいつは察しただろうか。いや、こいつ自体この話の全てを知っているわけではないだろうに。

「なるほど、聞かざるを得ない状況か・・・」

 上へと階段を上っていく夜叉丸と下へと降りていく楓。煌々とした電灯から離れていく自分と近づいていく夜叉丸。

深みへ降りる覚悟をするときが来たのだ。



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