神燭の連鎖



 灼熱の陽光が激しく大地を照りつける。その光を受けて大地は黄色く反射する。
雨が少ないこの砂の国では、一年を通して高温で乾燥している気候のせいで、辺りを見回しても背の高い緑など見えはせず、 ところどころに耐乾性の強いキク科の植物や、サボテンが疎生しているだけの乾荒原が広がっていた。
 その砂に覆われた大地に集落が一つある。他へ行けばもっと涼やかに過ごせるだろう筈だが、先人達は何を思ってこの地に居を築いたのか。 ―――今となってはそれも解らないが、そこには確かに人々の営みが見られる集落、 砂隠れの里があった。
 里の中の建造物は大よそ、砂と水と泥を混ぜ合わせ、強い日差しを受けてからからに乾いた煉瓦を用いて建てられている。外と変わらず黄色い世界が広がっていて、その中にひっそりと萌える緑が建物の隙間を縫う様に疎らに生息していた。

 小さな垣根がひとつ、かさかさと動く。その中から姿を現したのは、この砂漠に似つかわしくなく小さな虎。さらに不自然なことに、その虎は背中にかごを乗せていた。が、危なげもなく、器用にトタトタと歩いている。
周りの木の葉を甘噛みしたり、根元を掘り返したり。

「こらこら、そのかごの中には私の大切な娘がゆっくり眠ってるんだからね。起こしてやってくれるな」

 虎はしばらく好き放題やっていたが、声が聞こえるとすぐに遊びをやめ、垣根の中へと戻っていった。
走りよった先にいたのは、頭にかごを乗せた大きな虎と一人の女性。大きなそれの鼻先をガシガシと掻きながら、利き手一本で器用に新芽を摘んでいる。

 摘んでは横に手を伸ばし手放す。虎は手の動きに合わせて頭を動かし、収穫物を籠の中に収めていく。虎が動いては屈む。その方向へと手を伸ばす。お互いがお互いを見ずとも、それは確かなものだった。
忍獣との絆。信頼関係。それが息の合った仕事を可能にしている。

「頼りにしてるよ」

 掻いていた手で背中を叩くと、虎はそれに答えるように大きく咆えた。
それを見た小さな虎が、がぁっと口を鳴らす。自分にも任せろと言いたいのだろう。
この光景を頼もしく思いながら、今摘んだ芽を小さな籠にも入れてやった。
 若葉を受け取る手はまだまだ幼いもの。
これから先、時代は大きく恐慌へと移るだろう。
この手が掴むものは何だろうか。幸を作り出すのかもしれない。血で染めるかもしれない。
命を育むかも知れない。奪うかも知れない。
ただ偽りに染まることだけはないように。そう小さな手に願いを込めた。



 「楓様ー!どこにいらっしゃるんですかー?かーえーでーさーまー!!」

 あぁ、ばれたか。
まぁ、それはそうだ。と、山盛りの籠を見て笑った。

 「勝手に外出されては困ります。上役達とお約束があったでしょ?まだ来ないのかってカンカンですよ・・・って、あぁもう!ちゃんまで引っ張り出してきて!」
 「もー五月蠅い五月蠅い。お前の孫か?この子は」
 「それは光栄ですが、あなたのような子供は結構ですよ」
 「ほぉ、上司に向かってそんな口を聞くのか?お前もえらくなったもんだねぇ」
 「そりゃ打たれ強くはなりますからね。ほらほら、早く行ってください。梛璃、手伝って」

 こうなったら素直に従うしかない。視線を降ろすと、思った通り傍らの虎はじっと自分を見つめている。さも、責務を放った自分をなじるかのように。
 でもこれがいつものパターン。梛璃は自分の一番の相方だから。
阿吽の呼吸で行動できるし、けじめの付け所を見落とさない。怠けたい振りをしても梛璃がストッパーをかける。そんな間柄なのだ。
ここで梛璃に頼む此奴の選択もいつものことになってしまったが・・・。

「はぁいはい。梛璃、よろしくね」

 それだけ言うと虎は大きな図体を翻し、足を進めていく。
残されてきょろきょろしている小さなそれは、お行きと目でサインを送ると梛璃を追いかけて行った。

 並んで歩き出したのを見て、こちらも二人、歩き出した。



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