其之二 始動 =壱=
薄暗い店内に鈴の音が鳴り、光が射し込んだ。
扉から姿を現したのはダンブルドアと先日の女性。
「おお、校長殿。例の三人の件ですな?」
カウンターから一人、腰を大きく曲げた老人が出てきた。店主のトムは人払いを済ませて置いた店内、一
番奥のテーブルへと二人を案内する。
「今から呼んで来ますのでな、少々お待ちを」
空は雲一つない晴天。
開けた窓から身を乗り出してロンドンの風を受ける。
「まさかこんな風に外国にくるなんて、思ってもみなかったなぁ」
瞼を閉じ、口元だけで笑う。
今まで海外へ出たことが一度もなかったは、半ば観光気分で景色を眺めていた。
町は全てがテレビでや雑誌で見た様な煉瓦造りの建物ではなかったものの、全体の雰囲気というか、空気
はなるほどと思わせるものである。
さらに、今こちらは7月だそうだが、日本特有の梅雨と違い湿気が少ない為心地よい。長袖のブラウスも
そのまま降ろしてある。
もう昼食も終えたことだし、何をしようかとかんがえを巡らせる。
と。
「Ms、校長殿がお待ちですぞ」
ノックと共に嗄れた声で呼ばれた。
多分あの声は店主のトムさんだったかな?と思いつつ、急いでドアへ向かう。覗き窓がないのでそっと扉
を開けて隙間から見てみると、やはり腰の大きく曲がった小さなおじいさんが居た。
「あぁ、居ったな。よしよし、あとの二人も一緒に降りてくるよう言っとけや」
トムは言う事だけ言うと、さっさとその場から離れて行ってしまった。
昨日話を終えて、今日はなんだろうと訝しがりながら扉を閉めるが、とりあえず言われた様にしようと奥
へ戻り、脱いであった大きな水干を被ると泰明と頼久を呼びに部屋を出た。
三人そろってパブへ降りると、柱の影に眼に悪そうな外套が見えた。昨日の二人が座っているのだとすぐ
にわかる。
「やぁ、夜はぐっすり眠れたかな?」
おずおずと二人の所へと歩み寄ると、ダンブルドアが声を掛けてきた。お茶でもどうかな?と紅茶だろうものを含んだ。
彼が口へとやっていたティーカップを下ろすと、特徴の半月眼鏡が白く曇っている。それをおやおやと胸の辺りで拭こうとするので、危うく飲みかけの紅茶をこぼしそうになる。
こういうところは見た目通りではある。
勧められるままに椅子に着くと、さっさと封筒が渡された。
「とりあえず中身を読んでくれ。話はその後じゃ」
は三人の真ん中に座ったので、ダンブルドアを正面から見上げた。しかし何も応答はない。にこに
こ笑っているだけだ。
このままでは本当に中を見るまで話しはしないだろう・・・。
今日来た目的も聞かないままではあるが、言われるまま封筒へを手を伸ばした。
中は三つ折りにされた便箋が数枚。
全部出して、手に持ったまま広げてみる。
契約書・宣誓書
当魔法省は、貴殿を留学生とし、援助機関としての特設口座を開くことを認めるものである。
規約を熟読された上、記名されたし。
氏名
住所
生年月日
魔法省大臣
グリンゴッツ銀行
引受先校代表
まず一番上にあったのが契約書だった。後は全て規約の記された紙で、とても細かい文字でびっしりと書
き込まれていた。
思わず顔を上げる。
当のダンブルドアは、相変わらずにこにことしているだけ。仕方なく目を紙上に戻し、読み続けることに した。
1.(特設口座の概要)
特設口座とは、本国以外からの魔法学校への留学又は入学該当者でありながら、入学が資金面に於いて
生活に支障をきたす行いをなる場合に開かれるものである。
これらは魔法学を学ぶ上で支障となりうる・・・・・・・・・・
このような内容から書き始められていた。
気が付けば所々赤くラインが引かれているところがある。多分ここは最低見て置け、ということだろう。
あせることもないので順に見ていく事にした。
2.(申告)
当口座は、魔法省管轄部署の統括代表者の審査を受け、認証された者のみを魔法大臣に申告、受理さ れた者に開かれるものである。
申告書は以下の者の推薦の明記があることを条件とする。
(1)現役校長・副長
(2)魔法省教育部第三等以上の職員(過去在席は五年まで許可)
(3)魔法省外交部職員
「神子・・・」
折角長い文章を読む決心をしたのに、泰明に遮られてしまった。
「もう、何ですか?泰明さん」
「これは何だ?」
「何って、書類です」
「“しょるい”?」
「あ〜、それは忘れてください。・・・・・えっと、今からする約束について、これでいいですか?っていう確認事
を紙に書いたものです」
「わかった。で、これ何だ?」
理解の高い泰明にしては何かおかしい。
「えっと、泰明さん?これがどういうものかはわかりますよね?」
「神子の言う“書類”というものなのだろう?」
(これはわかってるんだ・・・)
「じゃあ何がわからないんですか?」
「初めて見る。これは何と読むのだ?」
ぽんっぽんっぽんっぽんっぽんっぽんっぽんっぽん、ちーん。
もしかしてこれは致命的な・・・・・・・・・
「・・・もしかして、頼久さんも・・・・・・?」
恐る恐る左へと顔を向けると、ものすごい形相で──眉間に大きな皺を寄せ─、紙を睨み付けている頼久が。
昨日は普通に話してたのに何で────。
思い当たる節があるとしたら、二人が京の人間だということ。彼らはアルファベットの存在を知らない。
龍神は“この老人の使うものと同じものを使える”ようにはしてくれた。ということは、もしかして・・・・・・。
「頼久さん、これ読めてます?」
そろそろと様子を伺いながら聞いてみる。
頼久はガクッと肩を落とし、わかりませんと短く答えた。
(やっぱり────)
つまりは翻訳されているのは聴覚的なものだけであって、視覚を介する文字には適用されなかった。ということだ。
が文字を淀みなく読むことが出来たのは授業で英語という科目を履修しているから。といっても、
決して英語が得意であったというわけではない。
おそらく、聴覚によって刺激され、聞き覚えのある単語の並びであれば文章として理解出来るところにま
で言語能力が高められているのだろう。
よくよく見てみれば、読めない(知らない)単語の部分に来ると止まってしまう。
小学生が難しい漢字を読めないのと同じ原理だろう。聞けばわかるが、読むことはできない。
「・・・泰明さん?頼久さんも。私は大体読めますから、後で大切な所だけ教えます。それまで待っていても
らえますか?というか、待ってて下さい」
それからわからない単語をダンブルドアに聞きながら翻訳し続けた。
一度単語の意味を聞けば、もう二度と読めないということはなかった。変換がわかればそのまま頭に残る
様になっているのか・・・。
さすがにそこまではわからないが、便利は便利なので、触れず訳することに集中した。
最後の一文を読み終えると紙をテーブルへと置き、ダンブルドアを見上げる。
「つまりは『祖国へ帰る』か『死亡を確認される』か、いずれにしても学校から除籍されるまで、学費や
生活費の一部を支援してもらえる。ということですよね?」
無言で頷く所を見ると、違はない様だ。
「でも私達、これには当てはまらないと思うんですけど・・・」
規約の二枚目、適用者への賜金分配。ここでは留学生とは魔法学校に1年以上在席した後、他校へと一定
期間席を移すものとして取り扱われている。もちろんはそんなものには所属していない。
さらに、期間・学年・履修教科によって細かく補助額が定められてもある。
「君らに関しては事情が特殊だからのぅ、特別処置を講じたのだ。この書面に関しては給与ではなく貸金
とある。しかし、ファッジが、あぁ、彼は魔法省の大臣なのだがな、少し協力をしてくれれば、両親と死
別してものとして受理してくれると言ってくれたのだよ。だから殆どの事項は無視してかまわないし、全
額支給すると保証されたのじゃ」
言われては、もう一度書面に目を向けた。
確かに、両親・親類と死別し、孤児扱いとされている者に関しては、魔法省から与えられる課題をこなす
限りは必要相当の請求額を全額付与が約束されている。
与えられる課題というところが気にはなるが、資金がなければなにも行動出来ないのは確かだ。
はどれだけ京での生活が恵まれていたかに、再度気が付かされるのだった。
「さて」
暫く無言の時が続いていたが、ダンブルドアが口火を切った。
「今ホグワーツは休暇中でな、来期からの入学としたい。学用品などの諸要項は直に届く手紙に書かれて
おる。なに、他の新入生も親から教えて貰っていたとしても、殆ど何も知らないひよっ子じゃて。心配す
る必要はない」
フォッフォっと独特な笑いを見せながら髭を撫でる姿を見つめる。
本当につかめない人物だと思う。年相応──いや年齢さえ定かではないからわからないが──の表情を見
せることもあるが、只のご老人をいった風でもない。なにか、こう、泰明の師匠を彷彿とさせる雰囲気を
内に持っている感じがする。
彼の隣に座っていた女性──この間の引率の人から紅茶の注がれたティーカップを渡されたので、小さく
お辞儀して受け取った。
言語に関することは十二国記をご存じの方はわかりやすいかと思います。
金銭面はやっぱり大切な部分なんで、しっかり書いておきたいと考えたので、全然知らないながらもなんとか頑張ってみました。
最初は龍神にパトロンさせる予定だったんだけどねぇ;これじゃあかねちゃんは許さないだろうから、正規で(苦笑
ま、後の方は奨学金生活から抜けてじゃらじゃらと(フフフ
2005.09.24up
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