=拾=



「見つけた・・・・。見つけたぞ」





声がした

低く、地よりすら下を這うような冷たい声





「あのときの異変の原因はこいつか。クックックック・・・、ずっと感じていた。


 さあ、来い。


 お前が手に入れば全てが覆る」





まるで玩具を見つけた子供の様な感情

だがその笑みは似て否なる歪んだ笑い


(誰────────?)


目を開いたつもりではいるが、映るものは何も無い

暗闇の中に自分の体だけがポツンとあるだけ

冷気だけが漂う影の世界

無理矢理に目をこじ開けようと、瞼に左手指を添えてもみるが
変化は無かった


(夢…にしては感覚が───)




ざわっ



急に下ろした左手に何かを感じた

!!!

は叫んだ
なのに声は出ない

否、出ているのかもしてない

しかし闇がすべてを飲み込んでいく


ぞくり


体中の感覚が無いはずなのに、それでも毛が逆立つ嫌な感覚が頭から離れない

ゆっくりと目を




















部分部分に沿って動かしていく
心臓は今にも飛び出していきそうなくらい、大きく脈打っている


じわっ


嫌な汗が出ている感じがする

早く確認して、汗をぬぐいたい

本気でそう思った

夢ならここで早く覚めてほしいし、現実だとしても勘違いであって欲しい

そんな思いで少しずつ視線を下にやっていく



(───────────!!)


先ず目に白い何かが見えた
見えた途端に──神経がどうかしてしまっているのか─その白い何かに温度を感じた


(ひっ──)


今までの感覚とは比べ物にならない

触れられているところはつかまれているというより、添えられている感じに近い
が、温度はなまなましく伝わってくる

ヌメヌメと蠢き、人間の手の様な形をとったり、ただの粘液粘液ジェル(ジェル)状のものだったり、様々に姿を変えた


目が、視線が外せない

体はカタカタ震えるし、硬直し、自分の意思はどこか遠くへ行ってしまっているようだ
白い何かを見る事以外許されない






「さぁ」






声と共に、じわりじわりと這い上がってくる



「いやぁ!!」









「「神子(殿)っ!!」」

バンッという音と一緒に聞こえた声に、遠くへと諦めかけた自己が呼び戻された。
さっきとは違う、聞きなれた、心地よい────。

「神子っ、何があった!!」
「神子殿!意識はありますか?どうか御返答を!!」

泰明と頼久だ。
きっと異変を感じ、部屋へ走りこんで来たのだろう。視界はぼやけているが、宝玉宝玉ぎょく(ぎょく)がそう謂う。

浮き上がった意識が、また沈んでいく。

「神子!!」
「神子殿!!」

(さっきのは…夢──。大丈夫、二人が居る。もう…平気…──。)

実際に顔の筋肉が動いてくれたかはわからないが、散り散りになっていく精神をなんとか留め、笑みを作った。

(惜しかったなぁ…。泰明さん頼久さん、今きっとすごい顔してるんだろうけど……よく見えないや。)

頭の中ではこんなことを思ってはいるが、やはり意識を留め置くことはつらく、手放してしまう。
はそのまま眠りに就いた。




「泰明殿、神子殿は?」

枕元に膝をつき、袖衣での涙を拭う泰明に、頼久が厳しい声をやる。

「眠っているだけだ」
「では先程の……」
「あぁ、僅かな気の乱れの後、大きく揺らいだ」

袖から手を出し、の額へと手を翳す。気を探り、状態を見る泰明の手は微かに震えていた。が、安静を確認したのか、震えも止まり手を下ろした。

「このまま休ませていろ。直に気がつく」

部屋を辞そうと身を返した泰明、を見つめる頼久、二人の顔には苦渋の色が窺えた。
見慣れぬ者には判らぬ微細な加減。しかし、部屋の空気は恐らく初見の者がここに来たなら、数秒も居られはしないだろう程まで張り詰めていた。


自室に戻った泰明は、部屋に置かれていた花瓶から花を一輪抜き取り、花弁を口に啣えた。そのままの状態で器用に呪を唱え、部屋を一周する。
手は幾数もの印を結び、足は独自の反閉、口からは大祓詞大祓詞おおはらえのことば(おおはらえのことば)を連ねて。

(部屋にではなく、神子自身に穢れが残っていた。しかし、呪詛の形跡が無かったのも事実。何が狙いか───)

最後の一言を終えた時点で、元の位置に戻った。
懐から薄紙を取り出すと、口に寄せる。白い花弁を紙の上に移したことを確認すると、短く別の呪を唱え、二本の指─人差し指と中指─で撫ぜた。

紙の上からは花弁が消え、中央に文字が浮かんでいた。










ほのかな暖かさを共に、鳥の声が聞こえた。

「ん〜っ・・・・」

あまりに急に目を開いたので、窓からの光が眩しい。が、やがてそれにも慣れてくると、ゆるゆると瞼を上げぼやけた視界をクリアにしていく。

「神子殿?!」

頼久の声。目を擦る時の衣擦れで気付いたようだ。
心底安心した様な声が心地よく響き、大きく背伸びをするを愛おしそうに見つめる。

は周りを見、自分が部屋のベッドに寝かされていたことに気が付いた。

「あれ?私、何時の間にベッドに・・・、もしかして頼久さんが?」
「はい、御倒れになって一刻程お休みでおいででした。もうご息災でしょうか?」
「・・・・・・ずっと看ていてくれたんですか?」

昨日のことを思い出す。
覚えているのは、ベッドに座りこれからどうしようかと考えていたら、そのうちウトウトしてきたこと。そしてあの夢を見た。

「申し訳御座いません・・・・・・。またもこのような・・、神子殿の危局に間に合わず、危険な目に・・・」

跪き頭を下げる頼久の表情は、には見えないが、先程と一変し重々しい。

(唯一無二の御方を、私は────)

「頼久さん。私、平気だったんですから。顔を上げてください。こう見えても丈夫なんですから!今は寝過ぎてしんどい位です」

くすくすと笑い、体を起こすと跪く頼久の左頬に手を添えた。

「だから、・・・今は、もう少し居て下さいね・・・」

は声の調子を落として言った。
急にのことであったため、頼久は何事かと勢いよく顔を上げる。すると、思いがけずの顔が近くにあったことに目を丸くさせた。
その移り変わる頼久の表情に、は頬を弛ませる。

「私はもう十分休みましたから、頼久さんもゆっくり時間とってください」
「ですが・・・!」
「大丈夫です。だから、ね」

こうなってしまうと、頼久はの言う事を聞くしかなくなってしまう。渋々ながらも了承し、泰明が呪符を持って戻って来たことを機に、二人で各自の部屋へと戻っていった。

「はぁ・・・」

はベッドに仰向けになり、札を見上げる。

「結局夢のこと話さなかったけど、いいよね・・。多分」

瞬く間にいろんなことが起こりすぎた。これ以上の問題は起こらないといいんだけどなぁ・・・と思いつつも、それは避けられないのだろうなという確信もある。
ただの夢だったってオチは期待できないかなぁ・・・・。
頼久にはああ言ったが、未だ疲れと眠気は随分と残っていたようで、すぐに規則正しい寝息が立てられた。


の部屋の前には、ドアに凭れ掛かる頼久が居た。そして些かなその気配を感じ取ると、口元を緩め、軽く溜息を吐くのだった。




白い手がうねうねは、なんとか某怪談小説に近づけようと頑張ったんですけどねぇ・・・
語彙力の少ないうちには無謀でした(⊇Д`)

区切りが悪いけど、長すぎるのも嫌なんでここで分割。
そのうち統合したりして(ぉ
↑統合しました                                   2005.09.13up 09.23加筆