=九=



ひゅっ




「うわぁ!っとっと・・・」

いきなり煙突に吸い込まれ、意識がはっきりしないままに吐き出されてしまったせいで、勢いよく飛び出してしまった。
勢いを殺そうと試みるが足が追いつかず、前のめりになって、ついにはぶかぶかのローファーの中で足を滑らせてしまう。

「きゃぁっ!!」

こけた。
手を前に出そうとするが、手を大きく隠してしまっている袖のお陰で前に出せない。

ぶつかる!!


・・・・・

あれ?

予想した衝撃はいつまで待っても来ない。それに、今もある温かなこの感じは・・・・・
脇の下に手を入れ、軽く体を持ち上げられる。体勢を戻されると紫苑の髪が映った。頼久だ。
正面で待機していたらしい彼に受け止められたお陰で床との衝突を免れたは、そのまま近くのテーブルへと連れられる。

先程の驚きで気が紛れていたのだろうが、椅子に手をついた途端に気分が悪くなってきた。

うぅ・・・これが移動手段・・・・

フリーフォールの逆バージョン若しくは逆バンジー。
いや、それらの方が断然ましだと、そう思った。
あんな狭い場所からものすごい初速度で弾き出され、加速していく。到着先へは足から入るものの、小さな穴に突っ込んでいく瞬間をこの目で見たときは、もう命の危機さえ感じた。
ダンブルドアは今回1回きりと言ったから、もうやることはないだろうとは思うものの、二度とごめんだ。


バフッ

そうこうしているうちに泰明も到着したようだ。

「身体ごと遠方へ飛ばす術か・・・いや、入れ替え・・・ならばあの粉は・・・・・」

出てきたその場で思案に耽るあたり泰明らしいというかなんというか・・・
今し方自らに起こった現象について、早くも解釈を立てようとしている。
ていうか、なんでそんなに平然としていられるんだろうか・・・

「泰明さん、こっちで────」
「君らかい、異国の客とは」

ひぃっ
横からいきなり声が聞こえた。
手を振り、泰明を呼んだのすぐ隣には老人が座って・・いや、立っていた。
老人の腰は湾曲し、本来の身長の半分といった所だろうか。振り向いた皺皺の顔に、抜けた歯の後が不揃いに映える。
先程の絶叫マシンの次はお化け屋敷だろうか・・・・

「神子殿、この者がこの屋敷の主人だそうです」
「ハッハッ、屋敷という程でもないがな。トムだ、いらっしゃい」

頼久の言葉に次いで店主が頭をあげる。
いきなり姿を見せるのはこっちの通例なの?と思うほど、こちらの人間は神出鬼没だ。

「校長殿から話は聞いておるよ。さっそく案内しよう。連番で部屋を開けておいたからな。あぁ、もう飯は食べたのか?」





階段を上がりながらいろいろと説明を受けた。
説明といっても明日の午後、例の校長先生と引率を受け持った女教師が話をしにやってくる。というものが主で、あとは部屋の説明やら食事のこと。まもなくして目的地についてしまったので、聞きたいことがあればまたな。と別れた。


充てられた部屋は廊下の一番奥、向かいは泰明の部屋で隣が頼久。
空き部屋の手入れは丁寧にされており、とても居心地がよさそうに感じる。
風を入れようと正面の窓を開けるとロンドンの町がよく見えた。これからどんな生活をおくるのだろうか、としばらくぼんやり想像しながら体を冷やした。

ダンブルドアが使ったあれは多分魔法で、持っていたものは杖なのだろうと思う。
自分が元居た世界では空想の中での話。でも京に行って、これもまた有り得ないはずであった“術”を使い、怨霊と対峙した。
ならば魔法があったってなんらおかしな事はない。

『神子、神子ヨ』

龍神だ。

『天ノ青龍ト地ノ玄武ヲ此処ヘ』

















むこう(むこう)で朝餉を食べてあまり時間が経っていないので食事は断ったが、代わりにと紅茶とプレーンスコーンが届けられた。
はベッドに、テーブルを挟んで壁際に泰明が、そして頼久は窓の下に座る。

『先ズダ。神子、手ヲ』

言われたとおりに両手を少し前に出し、膝の上に置いた。

『窪ミヲ作レ』

少し腕をあげ、水をすくう形に動かす。
と、掌から水が湧き出した。急な出来事に錯覚かとも思った。だが手にはひんやりと心地よい水の感触が確かにある。
水は手の器をうめていった。

「えっ・・・わっわっ・・・!」

零れる!!

『神子、気ヲ散ズルナ。』
刻々と嵩を増す水は、とうとう手から溢れるまでに増加し、の足へと伝った。

『見ルガヨイ』

龍神の言葉に床を見ると、手から溢れだした水は、床板を通り越すよう消えていく。今もなお手から水が溢れ続けているにも関わらず、の手以外には何物も濡れることはなかったのだ。
目を再び手に戻す。と、手の器の中心に青い光が見えた。
それは少しずつ大きく、体積を増やしていく。そしてなめらかな三角錐の形をとると、あったはずの水が消え、青い結晶のみが手の中に残った。

「これは・・・?」

米粒より少し大きい位の結晶。手に取り光に翳してみると、中は結晶というよりも水を閉じ込めた様で、まるで水中から空を見上げている感じがした。

『我ハ暫シ眠リニ就ク。其ヲ星ノ一族ハ、宝玉トハ別ニ“龍ノ涙”ト呼ンダ。使イ方ハ神子次第、如何様ニモ為ロウ。常ニ身ニ着ケテ居ロ』
「はい、大事に持っておきますね」
『其レカラ、龍ノ涙ハ神子以外ヲ受ケ付ケヌ。水ニ浸セバ浄化ヲ得ラレルガ、直接体内ニ入レル様ナ事ハ神子以外セヌヨウ』
「は・・・はい」

なんだかとっても危ない物を渡された気がするのは私だけだろうか・・・





この龍の涙は結構大きなkeyだと勝手に思ってます。
てなわけで、忘れた頃に大きな役割を持って再登場してくれちゃう予定。
神子様は最強なのでなんでもあり(笑

                                  2005.09.12up