=八=



「うむ、よかろう。よく聞くのじゃ。今からここに一人、先生が入って来られる。その袋を持って付いて行くのじゃ。それからある家にはいるだろうから、その家の暖炉に火をつけなされ。まぁ、これは先生がやってくれるじゃろう。そして袋の粉を一握り放り込め」

ここからが大切じゃ。
一呼吸おいて、言われた言葉は驚くべき言葉だった。























部屋に入ってきた女性は、三人を一瞥すると真っ直ぐにダンブルドアの所へ向かった。
椅子に座する校長に耳打ちする。

棚の間から見える窓からは、黄金色の光が射し込んでいる。京を出たのが遅かったわけではないから、あちらとこちらでは時間の流れにズレがあるのだろう。

「ついてらっしゃい」

少し威圧的な声。それは先の女性のもので、いつの間にか話しも終わったようだった。
さっきはあっという間に通り過ぎてしまったので見ていなかったが、この女性は随分年を重ねている外見に似合わず、背筋もピンと伸び、行動も機敏である。
長細いメガネのレンズと、一文字に結んだ口元が印象的で、いかにも厳しそうな顔付きをしている。

カツカツと扉へ向かい、開けると、三人に無言で退室を促す。
は足に不揃いな大きなローファーをなんとか操り、扉へと向かった。そして扉の前でぐるりと振り返る。

「しばらくお世話になります。失礼しました」

小さくお辞儀をし、顔をあげるとダンブルドアは笑って手を振っていた。
ドアをくぐりながら振り向き、もう一度軽くお辞儀をする。


女性はさっきの一言以来無言のままで案内を続けた。
三人も静かに歩を進める。というよりも、服が邪魔で余裕がないのだ。

頼久も泰明も普段から寡黙であるということも理由にはいるのだろうけれども・・・。

スカートのはまだましな方だったと言える。ブレザーがずり落ちることと、ローファーが中ですべって歩きにくい事以外に特に不便を感じることはなかったから。
問題は頼久と泰明。
頼久は袖をたくし上げているものの、肩から胸へ射籠手を止めていたベルトが両腕に自由を幾分か奪っていたし、ズボンもダボダボ。ブーツは非常に重そうで何度も躓きかけている。
そして泰明。
彼は狩衣の長い前身ごろを引きずりながら歩いている・・・。
袖も何もしないままなので、廊下を擦り少しずつ土色に染まっていく。
まだ石畳だったからよかったものの、地面で更に雨なんて降っていようものなら、それはもう大惨事である。


そんなこんなではあるが、なんとか辿り着けたらしい。
引率の女性が足を止めたのは何とも古ぼけたお屋敷の前だった。
屋敷は壁中に蔦が這い回り、庭らしき場所には雑草が思うがままに生活している。窓は埃を被っているためか、曇って中が見えないし、見える所は硝子が割れているか窓自体が外されているかだった。

吸血鬼でも住んでそうなイメージかも・・

ギィィィ・・・・・

扉を開けるのにさえひどく軋んだ。中は薄暗く、埃っぽかったし、至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされており、気味が悪い。
西日も手伝って、屋敷の中に長い影ができた。
人から十何年も距離を置いている屋敷なのだとすぐにわかるほど、中は陰惨なものであった。は1歩進む度に、頭上の巣に動く存在がないか、顔や頭に糸が付かないか確かめ、周りをきょろきょろして回った。
まぁそれらはもちろんながら、前を行く頼久が払ってくれているのだけれども。



「ここです」

程なくして、四人は小さな暖炉の前に集まった。















「暖炉にですか?!」

あまりの突飛な発言に思わず大声で聞き返した。

「っわっ・・!!っとっと・・・・」

反動で危うく渡された袋を落としそうになったが、寸でのところで持ち直した。
大丈夫かな?と様子を伺われ、返事もしないままではあるが、話を再開されたのでそちらに意識を向ける。

「まぁ待て、色が変われば触れても火傷などせぬし、熱くはない」
「そんなのって、あるんですか?」
「そういうものだと思っておればよいよ」

訝しげにダンブルドアを見上げると、彼は少し苦笑いをしていた。

「ここからが大切じゃ。この袋の粉は飛行粉末と言ってな、暖炉に一掴み入れ行き先を言えば、その場の暖炉まで飛ばしてくれるものなのだよ。先にも言ったが火に焼べたら、炎の色がかわるのでな、それを待って暖炉へ入るのじゃ」


それから私達は、自分達が行うべきことの説明を、一言もこぼさずに聞き取った。

















「では火をいれますよ」

引率の女性はそう言って小さく棒を振った。
暖炉に向けられた棒先から小さな光が走り、燃え残っていた木にあたり、弾けた。
すぐさま紅く、なめるような炎となり、4人の顔を照らす。

「さぁ、一握りずつ取りなさい」

残りはこの女性が持ち帰ることになっているらしい。
指の間から逃げていく灰のような粉を握りしめる。

「では神子殿、お先に失礼いたします」

先頭を買って出た頼久が炎へと粉を投げ入れた。

あっ・・

粉が炎の元、薪に乗って数秒すると、今まで猩猩緋猩猩緋しょうじょうひしょうじょうひに燃え上がっていた炎がじわじわと黄色味を増し、最後には淡萌黄となり、部屋を照らした。

「すごい・・・・炎色反応みたい・・・・」
「色が変わる理由はそれと殆ど同じです。マグルの者達は確かにそう言いますね。この粉は燃焼による酸化にのみ反応し、昇華します。この昇華のエネルギーで移動するのですよ」

のつぶやきに女性が答えた。
もとは先生だからであろうか、今まで必要事項を僅かにしか口にすることはなかったのに説明に関しては饒舌だった。

説明を終えると、すぐに頼久に指示を出す。
長い裾らをなんとかまとめて暖炉の中へ身を進める頼久。今はこうして身体が縮んでいるから難なく入れるが、元の身体であったならばまず無理だっただろう。

最初はおそるおそるであったが、炎が熱くないとわかったのか、ひょいっと薪を跨ぐと火の中心に立った。

「いいですか?“漏れ鍋”ですよ」

念押しの言葉に頷く頼久を心配気に見つめる。
見つめ過ぎたのだろうか、視線に気付いた頼久が少し困った顔つきで笑い返してきた。その顔もすぐにいつもの引き締まった顔に変わり、そして

「漏れ鍋!」

ゴォッ!!
頼久の言葉と同時に、炎が大きく舞い上がった。
彼の姿が黄緑の炎に包まれる。

「頼久さんっ!!」

説明は受けていても、見慣れないものはすぐに順応できなかった。身体中の血液が逆流するような感覚、思わず彼への心配から叫んでしまった。

「コホンッ」

あっ・・・・・///

自らの失態に、少し間を空けて気が付いた。
途端に冷えた顔が熱くなり、前を、他の二人を見ていることができなくなった。


次は・・・

「神子、先に行け。お前が残ることはよくない」

泰明が言う。
はい、と暖炉へ向き合う。先程まで黄緑であった炎は、元通り赤々と燃え続けている。

右手の粉を炎へと投げ入れて、炎の色が変わるのを待ってと・・・・・・
指示されたことと、先程の頼久のことを思い出しながら作業を反芻する。

炎は熱く、この中に今から入るのだと思うと、すぐにでもこの手の粉を捨てたい気分になった。

でもま、仕方ないか。頼久さん先行っちゃったし
頼久が先に行ってくれなかったらもっと不安になっていただろう。このためにすすんで先に行ってくれた、頼久はそういう男だ。




「漏れ鍋!!」


は意を決した。




今まで不信感丸出しだったのに、急に素直なさん。
理由は泰と頼がなんにも言わないから(ぉ

飛行粉は独自設定です。
陰陽道の理が好きな癖に理系なもんだから、色々関連づけたくなるんだよねぇ;
                                  2005.08.29up