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=弐= 「遅い。」 神泉苑の泉の前に泰明・頼久が待っていた。 「着いて早々”遅い”はないだろう、泰明殿。これでも私は早く来られるよう貢献したつもりなんだけどねぇ」 楽しそうに後ろを振り返る友雅。 その視線の先には、丁度追いついてきた残りのメンバーがバタバタと走り寄って来る姿があった。 「くぉら友雅ぁ!!!何先に行ってんだよ。お陰でオレは大変な目にあったんだからな!!」 「イノリ、苦労は買ってでもしておくべきだよ。君あたりの頃はね」 さっきまでの騒動を強制的に途切ってしまった余波が、収まるどころか大きくなり、ここで爆発していた。 天真はといえば後ろで詩紋になんとかなだめられている状態で・・・ 「ちょっと・・・みんなっ」 なんとか喧嘩を止めようとあかねは歩を進めた。が、肩をつかまれ止められた。鷹通だ。 「朝から空気が沈んでいましたからね。盛り上げようと必死なのでしょう。 朱雀,青龍のうち、詩紋殿,天真殿は神子殿と御一緒にお帰りになります。 その分他の皆よりお寂しいのだと思います」 「それでも・・・」 「大丈夫ですよ。直に収まります」 鷹通の言葉にしぶしぶではあるが見守ることにした。 「神子。始めるぞ」 「あ、ハイ。」 他の者など知ったこっちゃない。といった風にツイッと泰明が更に泉へと踏み出した。 すでに祓を済ませた泰明の髪は水気を帯び、太陽の光に反射した露が光の粒となって見えた。 あかねは辺りを見回す。 いつの間にか喧嘩も収まっていたようで、天真と詩紋は両サイドに来ていたし、友雅は後ろからひらひらと手を振っていた。 その様子に安心し、再び前の泰明を見る。 時空の穴を開ける準備に入る彼を、皆神妙な面持ちで見守った。 泰明は胸の前に右手を掲げ、片手で印を結ぶ。 左手には、今までに集めた四神の札を持ち、呪を唱え始める。 十人は静かにその姿を見つめる。 「先ズ太極アリ、之両儀ヲ生ズ。両儀ハ四象ヲ、四象ハ八卦ヲ生ズ・・・。」 すっと膝を曲げ、札を 東に青龍、降三世明王符 西に白虎、大威徳明王符 南に朱雀、軍茶利明王符 そして北に玄武、金剛夜叉明王符 と順に並べ、置いてゆく。 「乾天、兌沢、離火、震雷、巽風、坎水、艮山、坤地、諸神ニ勧請願イタテマツル・・・。」 次第に四枚の札の中心を、黒い点が見え隠れしだした。 ほんの点だったそれは、少しずつ接する空間を浸食し、ひとまわりもふたまわりも大きくなっていく。 皆がそれを目にした頃には、掌大の黒い穴が泰明の前に浮かんでいた。 泰明の低い、耳に心地よい祝詞に耳を澄ませる。 「・・・・国ツ神、八百万神等共ニ聞食セト曰ス。」 少しずつ大きくなりながら、ゆっくりと泰明の頭の高さ程まで揚がり、そこで静止する。 「急々如律令。」 「ーーーーーーっ」 泰明が最後の一言を言い終えた瞬間、いきなり強風が目前に押し寄せた。 十人は袖で顔を覆う。 「くっ、何事ですか。」 「神・・・神子殿。御無事ですか。」 冷静な鷹通と、どこまでも神子殿命の頼久。 「おい、どうなってんだ?」 飛ばされかけ、友雅にキャッチされたところでイノリが叫んだ。 「まだ止む気配はないねぇ。」 「っつー、友雅ぁ。お前何余裕こいてんだよ。」 「ちょっと、天真先輩。そんな事言ってる場合じゃないって!っわっっ!!」 と御三方。 皆飛ばされまいと必死に堪えている。 「問題ない。」 皆に聞こえるか聞こえないか位の、だがよく通る声で一声すると、泰明は指先を下に向け、パンッ。と柏手を打った。 カッ──── 目前の泉から光が天へと立ちのぼった。 光は一瞬、龍の幻影を映す。そして一気に天へと駈け登ると、さっきまでの嵐が止み、十一人の前に大きな光の穴が姿を現した。 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。と思う。 此処に同席する十人は魂が抜けてしまったかの様に立ちつくしていた。 「すげぇぜ。これが時空の穴ってヤツか。」 呟く声はすぐに風に溶ける。 イノリは穴を見ながら、”この穴はまるでこの世界すべてを飲み込んでしまうのではないか”と畏怖さえ感じた。 当然だ。龍神の力を使い開いた時空の穴は、四神の札を持ってしてやっと御せるもの。大きさだけでもおそらく、牛車が二つ並んでもすんなり通るであろう程だ。 内には白濁とした流れが渦を巻いている。 「僕達、こんな所を通って来たんだね。」 「だろうな。向こうじゃ俺は顔を掴まれてたからわかんねぇけど。詩紋、お前は覚えてるのか?」 「ううん。風強くて・・・。目瞑っちゃってたから・・・・・・」 二人は半月前の事の始まりを思い出し、今まであったことを懐かしんだ。 天真と詩紋、両人とも八葉の一員である。 あのとき井戸に近づいたから、あかねと一緒に京に連れられたから選ばれたのか、それとも選ばれていたから引き寄せられたのか・・・。 今となってはどうでもいいことではあるが、この出来事で多くのことを学んだ。思い出も、心からの友も得た。 様々なことがあった世界ではあるが、ここは自分たちの生きる世界ではない────。 神々のいたずらに流された時間は、今ここで戻さなければならない。 なんだか無意識に憂鬱な気分になった。 急に溜息をついたあかねへ、訝し気に天真が目をやる。 「何溜息なんかついてんだ。ほら、帰るんだから早く行こうぜ。みんな待ってんだ。半年も居なくなってりゃ怒られはするだろーが、これ以上心配事を長続きさせる訳にはいかねーだろ。」 「わかってる。」 あかねは穴だけを見る。 天真の言葉はどうでもよかった。 (帰れる。でもそれはここにいるみんなと、京との別れ────。) 現代へ戻る為に鬼と戦い、札を集め、龍神を呼び出し、ここまでやって来た。はずなのに・・・・・。 嬉しく思うどころか、後悔している自分を見つけてしまったのだ。 (でも、もう・・・後戻りは・・・・・できない────。) まっすぐに穴を見据える鋭いその眼からは一筋、温かな雫が頬をつたった。 穴を開ける際の祝詞、めっちゃ頑張りました!!ほめてほめて~(オイ 持ってる陰陽道系統の本全部、改めて見直しましたよ。 うちのこだわりどころはこういうところにあります。 ちょこちょこそっちの道の内容入れていくと思いますが、よくわからなかったら「ふ~ん」で終わらせて置いてください(え よくわからないものなんですよ。こういうものは。 らび自身も読んだ本の範囲でしか知識を得ていないわけですし、あくまで創作。ちょっと作ってますし(苦笑 次回は話の中で結構重要なキーが落とされてる話になりそうです。
=弐=