─────ここは・・・・・・?

     元の世界に戻ってきたんじゃないの?─────



其之一  別れ =壱=

 「藤姫とも明日でお別れかぁ。さみしいね」
京を鬼の野望から救った龍神の神子、は、目の前に居る少女に語りかけた。



京に災いが降り、破滅の危機にさらされた時に現れると言われる、その身に龍神を宿すことが出来る人間。これが龍神の神子。
は現代の世界から、時空を越え、鬼の首領・アクラムの手によって京と呼ばれる都へと召喚された。

京へと渡る前、はどこにでも居る普通の女子高生だった。
勉強に追われ、友達と取り留めもない話で盛り上がる。そんな平凡な毎日を過ごしていた。
その日もテストがあるのに寝てしまったから、早く学校に行って覚えないと。って家を出たところで・・・。
私は誰かに呼ばれた気がして(ってアクラムのせいだったんだけど)、意識も定まらないままに通学路沿いの神社に入っていった。
咲き乱れる桜と、散りゆく花びらに吸い寄せられるようふらふらと奥にある井戸へと近付いていく。



ここから呼ばれてる。



一緒に居た天真君には聞こえなかったみたいだけど、確信があった。

申し訳程度の囲いをくぐって、その四角い井戸の正面に立つと古い木の蓋へと手をつく。


隙間だ。
蓋には割れ目があった。
私の目はそこを離れなかった。




─────在た・・・




声がした。


目の前にあるのは苔生した井戸。確かに人がすっぽり入ってしまう位の大きさはある。
でも今考えれば、「在た」と言うのはおかしい。
そのときは多分おかしいと考えることすら麻痺していたのかもしれない。
私が覚えているのは、ただ桜を眺めていた。ということだけ。

気が付いたのは京の藤姫の家、つまりは左大臣家の屋敷の中だった。
暗い、誰もいない部屋。
隣の部屋から声が聞こえたので、そちらへ姿を見せた。

それが始まりだった。

それからは龍神の神子を守護する者だという八葉と呼ばれる八人の人達と共に、鬼の放った怨霊を封じ、龍脈をつなぐ各所を浄める毎日。
初めは「現代に帰るには鬼を倒すしかない」という理由から力を行使していたものの、京の人達と触れ合う間に、ただ純粋に、この人達を助けたい。そう思う様になっていた。



この闘いの根源はとても悲しい所にあった。

鬼と呼ばれる一族。彼らは色素の薄い髪に碧い瞳と、そして京の人が持ち得ない強大な能力を有していた。
遠く離れた地からやってきた彼らは、当時未開の地であった京を第二の所在として少数ながらも平穏に暮らしていたらしい。

時は流れ、次第に人口を増していった倭人はその開かれた土地を狙い、一方的に侵略することを選んだ。

理由はその一族の持つ力。
このころには倭人も王を中心とした集団で生活していたため、王よりも上の地位がでることを恐れたのだろう。
それでもいくらかは共存できた。

しかし、それも束の間。

大きな力は畏怖の対象となる。
ちょっとした偶然が恐怖へと変わった。
いつからか一族は負の力ばかりを使う様になったためか、陰の気を増していったのだ。


そのときからだろう、『鬼』と呼ばれる様になったのは。



時が経ち、無名の土地は京と名付けられ、多くの人が住む都となった。

京に住む人間は姿を見ただけで慌て逃げる。そうでなければ罵倒され、石を投げ、ある時は鎌を振るう。

瞬く間に同胞は数を減らしていった。


何故優れている我らが虐げられねばならない─────。



何故我々が蔑まれ、罵られねばならない─────。



何故─────。




それを彼らは自分たちを守る為だと言う。

ならばこちらも力をふるおう。


受け入れられぬと言うならば滅ぼしてしまえばいい。



先に奪われたのは我らなのだから。




力の無い者など生きている価値などない。





こうして争いは始まり、長きに渡って確執は深まった。

今に至り、現首領アクラムによって一層激しさを増した争いは神々等も巻き込み、最後には黒龍を召喚してしまった。
黒龍は破壊の神。主に龍神と呼ばれる、つまりに宿るものと対となる存在。
抑える為には白龍を呼び出さなければならなかった。

それは器のの身体に降ろす。ということ。自身を失うかもしれない危険な行為らしい。
が、幸運な事には無事戻ったし、対の神子だった天真の妹、森村蘭も器の任から外され京の土地は豊かな自然を取り戻した。



京を救い、任を全うした。ということでら現代からやって来た四人──森村天真・流山詩紋・蘭──、そろって現代の世界へ帰ろう。という計画になったのだ。


その時が明朝・・・。






 (いつまでかかるかなって思ってたけど、結構あっという間だったなぁ・・・)
「はい、神子様。京を救いいただきましたことは大変有り難く思っております。
 ですが、藤はとても淋しいです。もっと・・・・・・ずっと神子様に居てほしゅうございます」

健気で、いつも凛としていた星の一族の末裔。代々龍神の宝玉を守り、神子に使える一族なのだが、それでもやはり十歳の少女だ。頬に添えられた単の袖がなかなか離れない。
「泣かないで。ね。今日はいっぱい、いっぱい話しましょ。
 思い出の中だけでも一緒にいられるように」
「はいっ」
の言葉にぱっと顔が晴れる。満面の笑みをこぼし頷き答える幼い姫に、は安堵し少女から笑顔を守ることができて本当に良かったと改めて感じるのだった。


それから二人は、時間も忘れ、藤姫付きの女房に怒鳴られるまでずっと話し続けた。






翌朝──。


久しぶりに通すブレザーの袖は、妙に懐かしく、少し肌に冷たかった。

「神子様。ご用意は整いましたでしょうか?」
藤姫の声に返事はせず、几帳を揺らし姿を現した。
こちらではずっとしまい込んでいた制服。とは言ってもブラウスとスカートはちょくちょく着ていたので改めて思うことは特になかった。
それでもブレザーを着ると一転して、自分はこちらの世界の住人ではない。と思い知らされる。

ふと藤姫の顔を見ると、少し陰りがちだった。目の下には薄く隈もできている。
きっと自分も似たような顔をしているのだろうと思う。
が、今日を逃すと五行の力の相互作用の関係で次は約100年後になってしまうらしい。
帰らない訳にはいかないのだ。


これまた久しぶりのローファーを履き、屋敷の表門へと歩みを進めると、泰明、頼久を除く七人の仲間が待っていた。
(泰明は結界を張る為、頼久は時空の穴を開く場となる神泉苑周辺の警護の為)
「よぉ、早ぇな。てっきり帰りたくねぇとか言い出してしぶってんじゃねえかって思ってたぜ。
 ・・・まぁそれはそれでオレは別にいいんだけどよ・・・・・・(///)
「おや、君もなかなか隅におけないねぇ。イノリ」
イノリは顔を真っ赤にしながらも、眉をきつくひそめて後ろの友雅を睨み据える。
茶化した友雅は軽く微笑み返すだけ。
「なんだってんだよ。お前らだって残って欲しいと思ってるく────」
「はいはい。は俺らと一緒に現代へ帰るんだ!蘭も取り返した!残る理由はねぇ!!」
天真のヘッドロックがイノリの言葉を遮る。
「おや、それじゃあ私も参加させてもらおうかな」
「「友雅ぁ!!!」」


「あの・・・まだ少し時間はありますが、泰明殿や頼久も待っているでしょうから、そろそろ参りませんか?」
今まで後ろの方で静かにしていた永泉が声をかけた。
「そうですね、何事もなく事が進むともいえませんし。では永泉様、藤姫をよろしくお願いします。
 他の皆さんは武士団の馬で。神子殿の馬は私が牽きましょう」

「俺がやる」
鷹通の言葉に天真が名乗り出た。
ここでも水面下の争いが・・・;

「天真殿は妹殿を見てさしあげたほうがよろしいのではないでしょうか?」
「(う゛・・・)いいんだよ!あいつは。・・・・・・詩紋にやらせる」
「えっ、先輩ひどいよ。ボクだってちゃんと一緒に行きたいのに」

「ふむ、ではこうすればいいのかな」
急な友雅の言葉と、短いキャッという悲鳴が鷹通、天真、詩紋を振り向かせた。

振り向いた先に声の主はなく、友雅によって馬の上に押し上げられていた。そして自身もヒラリと足を掛け、跨った。
「くそっ、降りろ!友雅!!」
天真の叫びもむなしく、前に座らせたを両腕で囲み三人へと笑いかける友雅。
「いつまでもそうしているといい。ハッ!」
お先に。っと馬の腹を蹴り門を潜ると、二人を乗せた馬はあっという間に屋敷の敷地を出ていってしまった。
電光石火の所業に呆気に取られる三人。


この様子が気に入ったのか、藤姫と蘭は互いに顔を見合わせクスクスと笑った。




さて始まりました遙ポタ(笑
一応遙か初見の人の為に説明をば。という回でした。
知ってる人にとっては煩わしい話だったかと;
後々面白可笑しな展開になる予定なので、お付き合い下さいなw