皇歴2018年。
 はブリタニア本国で父と二人暮らしていた。母は幼いころに亡くなったと、父から聞いた。母がいなくて寂しいと感じる事はない、とは言い切れなかったがそれ以上に父が惜しみない愛情を注いでくれた。
 父は爵位が一つ上がった。人望厚く、皇族からお気に入りの父だ。今まで下位爵位で満足していた父が可笑しいと周囲の者が声を揃えて言い、昇進を祝った。
 その日、は家で休んでいた。体調が悪いとかそういうのではなく、なぜか家にいないといけない気がしたのだ。メイドにアールグレイティーをミルクで、と頼み、テレビをつけて何か面白いプログラムはないかチャンネルを回している時だった。
 突然画面に仮面の男が現れ、ゼロを名乗った。同時に、は頭痛を覚えた。ズキン、と一度痛みがしたかと思うと、頭の中で巨人がドスンドスンと足踏みをするかのように酷く頭が痛んだ。頭を抱え、倒れ込んだを目撃したメイドは手に持っていた紅茶を落とし、悲鳴を上げた。その悲鳴を聞いた家の者が集まり、倒れているエレナを目撃してそれぞれが医者に連絡したり、父に連絡したりと忙しく動き回った。
 テレビからは今もなお、ゼロの演説が続いていた。
 数時間後、は自室で目が覚めた。知らせを聞いた父がベッドの傍におり、が目覚めたのに気がつくと思い切り抱きしめた。しばらくした後、様子はどうだ、と優しく尋ねられ、は大丈夫と微笑んだ。あれほど痛かった頭痛はすっかり無くなっていて、何故倒れたのか不思議なほどだ。  エリア11に再び現れたゼロの報道は、メディアを毎日賑わさせた。画面のゼロ見るたびに、はどうしても彼に会いたくなった。理由はない。は父に、アッシュフォード学園に再び通いたいという意志を伝えた。
 ゼロが現れたことにより、エリア11は再び混乱の地になろうとしている。そのような危険な場所に一人娘を送り出すなど、親としては反対だったが、娘の意志も尊重したかった父親は、最終的に渋々承諾した。ただし条件があり、アッシュフォード家の庇護下にいる事だった。
 もう8,9年前になるだろうか、マリアンヌ王妃が殺害された事件で、後継人だったアッシュフォード家は落ちぶれてしまった。亡き王妃の忘れ形見がエリア11に送られその後すぐに開戦。かの地で亡くなった皇族の弔いのために、アッシュフォードはブリタニア本国を離れ、エリア11に腰をすえ、学園を開校したのだと聞いた事がある。一年前、もアッシュフォード学園に通っていた。

 父の許可をもらったは、エリア11の地面を久し振りに踏み締めた。昔住んでいた思い出もあり、懐かしいとは思うが、それとは別に泣きたくなるような、切なさが胸に込み上げてきた。不思議に感じながらも、はアッシュフォード学園に赴き、一年ぶりにミレイや理事長と対面した。
 復学するだけだったのに、は教室の前で挨拶させられた。照れくささと懐かしさではにかみながら自己紹介をし、クラスメイトに暖かく迎え入れられたは、ルルーシュの隣の席に座ることとなった。

「またよろしくね。ランペルージ君。」
「あ、あぁ…。よろしく、さん。」

 ルルーシュはに対し笑顔で応えた。隣に座ったの注意が前に向けられると、ルルーシュの表情が曇った。クラスメイト達は以前の噂を覚えていないようだった。の反応を見ても明らかだ。みんな、記憶を書きかえられており、更にルルーシュとの関係まで操作されていた。だが、そこまでする必要があるのかルルーシュには解らなかった。の記憶からルルーシュとの関係を消去したのには頷ける。はゼロとルルーシュの関係を知っていた。だが、他のクラスメイトは?
 ルルーシュが記憶を取り戻した時、はブリタニア本国に戻った、とミレイから聞いた時に、ある程度推量はしていたが、まさかブリタニア皇帝が関係を知っていたとは思わなかった。だが、偽りの記憶としても全てを忘れているというのならば、もう巻き込まない方がいいだろう。ルルーシュはそう決心して、今後との関わりは必要最低限に収めた。

 カラレス前総督がバベルタワー襲撃事件の際に殉職し、その後任としてナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女が選ばれた。
 そのニュースはすぐにエリア11中に広まり、ポスターなどで告知されるようになってから彼女の姿を見ない日はなくなった。そのせいなのか、再び頭痛がを襲った。何かを思い出せ、と言うように頭の中をドンドンと叩くように頭痛がする。鎮痛剤を飲んでも、気休め程度にしかならず、は少しやつれていた。
 のそんな様子に、ルルーシュは久し振りに挨拶以外の言葉を口にした。

「おい、大丈夫か?顔色が悪いようだけど。」
「大丈夫、大丈夫。ただの頭痛だから。さっき鎮痛剤飲んだし、そのうち治るよ。」

 が無理に笑ってごまかしているの知っておきながら、結局ルルーシュはその先の会話をつづける事が出来なかった。
 その後、何度も具合が悪そうなを目撃したが、ルルーシュにはに気をかけるよりも他にやるべき事があった。が希望だといったゼロとして、ブリタニアからエリア11を、日本を取り戻すために東奔西走した。
 その最中、生徒会長のミレイ・アッシュフォードがようやく単位を満たし、卒業するというニュースが学園を駆け巡った。彼女の卒業イベントとして『キューピッドの日』と名付けられたその日は、男子生徒は青い帽子を、女子生徒は赤い帽子をかぶり、相手の帽子をかぶると、強制的に恋人になってしまうらしい。
 ミレイらしい考えにはクスクスと笑いを零したが、正直自分には関係ないイベントだと侮っていた。

「おい、そっちに行ったか?!」
「いや、こっちでは見ていない!一体どこに行ったんだ、俺達の天使!」

 さーん!と、声を上げながら数人の男子生徒が走り去っていった。物陰に隠れてやり過ごしたは大きく息を吐いた。気になる異性がいる人にとっては、恋人となる絶好のチャンスだが、いない人にとっては迷惑極まりないイベントなだけには逃げ回る羽目となった。相変わらず頭痛は変則的にやってくるし、イベント中もいつ痛みの波がやってくるかわからない。はもう一度息をついて保健室に逃げ込むことにした。
 保険医もいない部屋は静かで、隠れるには絶好の場所だった。コップ一杯の水と鎮痛剤、被っていた帽子をベッド脇の机に置いて、はベッドに横たわった。目を閉じて耳を澄ませてみる。外ではルルーシュく〜んっ!とか、ー、どこにいるんだー!とか、騒がしいけれども、保健室の周囲だけは静かだった。
 シャッ、とカーテンを動かす音では気がついた。時計を見ると一時間経っていて、少し寝てしまっていたようだった。喉が渇いたな、と机に置いたコップに手を伸ばし、水を飲んで再び机に戻したとき、異変に気がついた。薬と水と一緒に置いた帽子が無くなっている。はっとして、カーテンを開けると、そこにはの帽子を被ったルルーシュが立っていた。

「目が覚めたのか。体調は大丈夫なのか?」
「え、うん。大丈夫。…その、私の帽子、」
「あぁ。その、…、」

 珍しく言い淀むルルーシュには目を見開いた。いつも自信満々で、はっきりした言動にまさか彼でも悩むことがあるんだな、と少し的外れな事を考えていたは、反応が遅れた。

、」
「…えっ、は、はい!」
「俺は、君が好きだ。」

 言葉は出なかった。真剣な眼差しを向けられて、嘘だという勇気はなかった。ルルーシュは確かにをファミリーネームではなく、ファーストネームで呼んだ。冗談ではなく、本気で気持ちを告白されたのだ。その時、いつもの頭痛がを襲った。小さく呻いて、準備していた薬に手を伸ばす。その手を遮ったのはルルーシュだ。その行動に少し苛ついたが、射抜くような視線をに浴びせた。その鋭さに既視感を抱く。ルルーシュは自身が被っていた青い帽子をの頭に乗せて言った。

、思い出せ。君自身の事を!」
「何を、言って…?」
「ルルーシュ発見!…っとと?おお??な〜んだ、カップル誕生か!」

 第三者の声に、ルルーシュとは思わずぱっと離れた。ミレイが残念!と言いながら保健室に入って来て、ルルーシュとを見比べ、にっこりと笑った。

「結局落ち着くところに落ち着いちゃったみたいね!ルルーシュ、あんた自分の気持ちに気づくの遅すぎよ!」
「え?」
「か、会長!」
「あっれぇ〜?は気がついてなかった?ルルーシュってば、が本国からまたこっちに戻ってきた時からずっと視線で追いかけてるのよ?少し前まではそんなそぶり見せなかったのに、いつの間に!って感じ。まぁ、私にとっては楽しいひと時だったけどね。」

 うふふ、と笑うミレイにルルーシュは口をぱくぱくさせ、結局右手を額に当てて小さく息を吐いた。はミレイから視線をルルーシュに移しじっと見据えた。そういえば、先ほどまでの頭の痛みがない。

「さて、ご両人。ルールは覚えてる?これで恋人同士ね!」

 綺麗に笑うミレイに言われて、ようやく実感が出たのか、は急に恥ずかしくなって下を向いた。ルルーシュはの手を取り外に出よう、と促した。
 こうして、ミレイ・アッシュフォードの卒業イベントは幕を閉じた。

 ルルーシュとが全生徒公認のカップルになると、の気持ちは次第に変化していった。もともと容姿端麗で有能多才のルルーシュだ。恋心としてではなく、憧れはあった。それがだんだん恋心に変化するのに時間はかからなかった。一緒にいる時間が出来ると彼の人柄がよく見えてくる。近寄りがたい雰囲気から、怖い人なのかと思っていたはルルーシュが意外と情に脆い一面を見せられ、認識を改めた。ルルーシュは優しかった。
 クラブハウスのルルーシュの自室で談笑しながらお茶を飲んでいる時、控え目のノックの後、兄さん、と呼ぶ声が部屋の外からかかった。にはそれが何故か、お兄様と聞こえて、何も考えずに名前を口にした。

「ナナリー?」
「え?」
「!」

 開いたドアの前に立っていたのはルルーシュの弟のロロだったのに、はなぜ女の子の名前を呼んだのかわからなかった。

「あ、ごめんなさいロロ。誰かと勘違いしていたみたい。えへへ、本国と勘違いしちゃった。」
「そう、ですか。」
「何だい、ロロ。」
「あ、えっと、夕飯何にするかな、と思って…。」

 わ、もうそんな時間なんだ!と、は慌てて帰る支度をした。その様子を無言でルルーシュとロロの二人が見つめる。

「長々とごめんね、ルルーシュ。また明日ね。ロロも、また明日。」

 は退出して、自室として宛がわれている学生寮へ戻って行った。残された部屋で二人は顔を見合わせる。

「兄さん、さんの記憶戻ったの?」
「いや、解らない。皇帝のギアスが弱まっている?いや、それならば他のみんなの記憶も戻っていかないとおかしいだろう…。戻りつつある、と言ったところか…。だが、確実に記憶が戻るとすれば何か心的もしくは外的ショックが、」

 そう言って、ルルーシュは不自然に言葉をとぎらせた。ロロが訝しげに兄さん?と呼ぶ。

「そうか、ゼロだ。」
「ゼロが?」
「全てを忘れ去られているようだが、ゼロを見て、何か思い出しかけているのかもしれない。」

 ルルーシュはそう言って、晩御飯の準備手伝うよと、ロロに退出を促した。に記憶が戻ってほしいのか、現状のままでいて欲しいのか、複雑な心境だった。
 その後も二人の仲はそれ以上進展することは無かった。尤も、ルルーシュが学校を休みがちになり、すれ違いの生活が続いていたため、いつの間にか二人の関係は途切れていた。
 は相変わらずアッシュフォード家の世話になって学校に通っていた。放課後は部活動に勤しみ、帰宅すると部屋でニュースを見るようにしていた。ゼロを見るたびに切なさが込み上げてきて、泣きたくなる。
 ある日、一人で買い物に街を歩いていた。店角を曲がろうとした時、突然曲がり角で立ち止まった。脳裏に流れ込んでくる様々な過去の記憶。どれも自分が知っている物ではない。

「…そうだ、私はブリタニアとイレヴンのハーフ。ゼロに憧れて…ゼロはルルーシュで、そして、」

 今までの違和感が解消された瞬間だった。
 しかし、にはどうすることもできなかった。支援したい黒の騎士団はすでに国外に追放されてしまっている。母を探しにゲットーへ立ち入りたいと思っていたが危険な事は父との約束でできなかった。
 どうすればいいのか、どうしたいのか、その気持ちの整理をつけるためにもルルーシュと話がしたいと思ってアッシュフォード学園に急いで戻ったが、ルルーシュの姿は相変わらず見当たらなかった。
 
 月日が流れるのを堰き止めることなど出来ず、はその流れに流されてきた。
 世界はブリタニアと中華連邦をはじめとする合衆国に二分されたかと思えば、今や皇帝ルルーシュの治世の下で強引に統一されようとしている。一体何が本当で何が嘘なのだろうか。は思い出した過去の記憶と、忘れていた期間との思い出を抱きしめて、画面に映るルルーシュを見つめていた。
 そう言えば、告白の返事をしていない。その返事を含めて、自分の素直な気持ちを伝えたいと強く思った。
 チャンスは意外とすぐに訪れた。ルルーシュが合衆国に参加すると表明し、その調印式の会場にアッシュフォード学園が選ばれた。当然、一般市民は入場が禁じられ、学生たちは一時学外へと出るように指示されたが、はこっそりと隠れてルルーシュを待っていた。カレンに案内されて校内を歩くルルーシュの前にが現れたのは講堂へ向かう途中の道だった。二人は驚きに眼を見開き、同時にの名前を呼ぶ。

「カレン、久し振り…。生きててよかった。」
も…。ブラックリベリオンの後本国に戻ったって聞いていたから、」
「うん。強制帰国させられて…前皇帝に記憶を書きかえられた。」
「! …記憶が戻ったのか。」
「うん。 ねぇカレン、ほんの数分でいいの。ルルーシュと二人で話をさせて。」

 でも、とカレンは言い淀みルルーシュを見た。小さくうなづいたルルーシュに、少しだけよと言い残しカレンは席を外した。

「いつ、記憶が?」
「ちょっと前かな…。ちょうどシャーリーがテロに巻き込まれた頃だと思う…。」

 それを聞いて、ルルーシュはジェレミア・ゴッドバルトが手下になった時の事を思い出した。彼が街の人々に掛けたギアスを無効化している時、偶然にもはギアスキャンセラーにかかっていた。

「全て思い出したの。私はで、だということ。ゼロの正体を知っている。そして、ルルーシュ・ランペルージが好きだということを。」

 はルルーシュの目を見てはきりと言葉を紡いだ。彼の眼が軽く見開かれた。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。私は、あなたがゼロでも、ルルーシュ・ランペルージでも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでも、その他の名前でも…どんなあなたでも好きです。」

 今さらだけどあの時の返事、とは恥ずかしそうに笑いながら言った。気がつけばエレナはルルーシュの腕の中にいた。

「ル、ルルーシュ、」
…!」

 抱きしめ合っていたかったがが今はゆっくりとしている時間はなかった。すぐに身を離し、ルルーシュはまた連絡をすると言うと、離れたところで待っていたカレンのところへ行き、振り返る事無く真っ直ぐ講堂へと向かっていった。カレンだけが後ろ髪引かれるように何度も振り返っていた。そんな二人をは姿が見えなくなるまで見送っていた。
 ルルーシュから連絡がきたのは、一週間経った頃だった。あの調印式の後、局面は一気に緊張し、今の今まで忙しかったのだろう。

か?』
「ルルーシュ…大丈夫?」
『あぁ、俺は大丈夫。それよりも大事な話がある。明日の夜20時に学園の屋上に来てくれ。』

 後はその時に話す、と用件だけ言うとルルーシュは電話を切ってしまった。
 翌日の指定された時間に、待ち合わせ場所に行くと、久し振りに学生服を着たルルーシュがいた。の表情に思わず笑みが浮かぶ。

「ルルーシュ、」
、来たか…。」

 手を伸ばせば触れられるくらいの距離では立ち止まった。月光に照らされたルルーシュの顔を見る。アメジスト色の瞳は、前ブリタニア皇帝にそっくりだ。

「本当はゆっくり話したいんだが、時間がない。聞いてくれ。」

 うん、とは頷いてルルーシュに続きを促した。

「ブリタニアが合衆国に参加したといっても、歓迎ムードでない事は火を見るより明らかだ。だが、俺はこのまま世界を一つにする。その後にやってくる物こそ、本当の平和だと思っている。しかし、そのままだと真の平和とは言えない。しばらくすればまた戦いになるだろう。」
「どうして?」
「明確な"敵"がいなくなるからだよ。人類とは、他人を虐げ、自分が優位になる事ばかり考えている。それが今までのブリタニアだ。ブリタニアは国内で戦いが起こらないように、業と他地域に敵を作り、人種を団結させてきた。」
「そ、うか。だから、敵がいなくなれば身近な人を敵にして攻撃するのね?」
「そうだ。再び戦いが起こらないためにも、俺は悪王になる必要がある。そして、その悪王を討つのは、"ゼロ"でなくてはいけない。」
「それって、まさかルルーシュ、」
「あぁ、俺は死ぬ。」

 ルルーシュの告白に、は言葉を失った。少し前まで、同じクラスで、隣同士の席で、キューピットの日からは本当にすぐ隣にいたのに、ルルーシュはもう遠くの人になるというのだろうか。

「ナナリーは?ナナリーはどうするのよ?!ルルーシュは、ナナリーのために今まで戦ってきたんでしょう?」
「ナナリーの幸せが、俺の幸せだよ。ただ心残りだったのは、君の事だ。」

 ルルーシュは優しい眼差しでを見つめた。そして、流れるような仕草で装着してた特殊コンタクトを外し、魔法の言葉を口にした。




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