がルルーシュの秘密を知った日以降、学内ではルルーシュ・ランペルージとがツーショットでいるのが当たり前となった。
 ルルーシュは言うまでもなく容姿端麗有能多才。生徒会の副会長もこなす優等生。若干授業態度に問題があっても、教師が作った100点満点のテストを120点の好成績を収めるため、ルルーシュを妬む者も、教師自身もぐうの音が出なかった。片やはというと、成績は上の中、容姿も一般的な可愛らしいといった程度。しかし、人懐っこく、明るい性格でクラスのムードメイカー的存在だったからか、誰からも好かれ、人気だった。そんな二人が付き合っているらしい、と噂が流れるのに時間はかからなかった。もっとも、"歩く広告塔"である生徒会長が、副会長の恋愛について見逃すはずがなく、学園内で知らない者はいないというのが現状だ。二人とも人気があった為、付き合ってると周囲に知れた時は、それはそれは残念がる声が学園のあちらこちらで聞こえたが、並べば絵になる二人に誰もが祝福した。
 最初は条件だらけのこの行動に嫌々付き合っていただったが、しばらくするとそれにも慣れ、今ではルルーシュが居ないと寂しいと感じる程だ。

「…待て待て待て、ちょっと待て自分。"寂しい"って何よ。」

 恒例となった帰宅したら連絡をする、という約束を律儀に守って電話を切った後、は呟いた。

 二人が一緒にいるようになってからか、自然とクラブハウスにいる事も多くなった。
 余談だが、は部活の大会で優勝を収めた。部活動を休んでまでルルーシュの保身に協力してやれない、と言い切ると彼は素敵な笑顔を浮かべ、それなら俺が部室で終わるまで待つよと言いい、本当に次の日からハチミツレモンを持参して部活動に励むを応援していた。そんなルルーシュの姿を見た部員達が、優勝しないとボコる!と血相を変えて詰め寄ったため、は死に物狂いで勝たなければいけなかった。その結果、優勝した。

さん、お兄様から聞きました。部活で優勝したんですって。おめでとうございます。」
「ありがとう、ナナリー。」

 クラブハウスのリビングでルルーシュの妹、ナナリーとお茶を楽しんでいた。現在、ルルーシュはC.C.と自室で作戦会議を行っている。除け者にされたは手持無沙汰でいた時、ちょうど通りかかったナナリーのお茶の誘いに乗ったのだった。

「私、嬉しいです。お兄様って正論を言ってるのですけど、その言い方が相手の方を逆撫でするような言い方なので敵を作りやすいタイプなんです。けど、さんとお付き合いしてるって、ミレイさんから聞いて…。あの…、よかったらお姉様ってお呼びしても?」
「え、えぇ。ナナリーの好きに呼んでもらって構わないわ。私一人っ子だから、妹が出来たみたいで嬉しい。」

 可愛らしい申し出に否と言えず、は承諾するしかなかった。偽りの関係をいつまで続ければいいのか解らない。純真無垢なナナリーに対しは心の中でごめんなさい、と謝った。

「それにしてもお兄様ったら、お姉様をおいてC.C.さんとお話だなんて…。お兄様に対して言えない事があったら私におっしゃって下さいね。お兄様、私には頭が上がらないみたいだから。」

 うふふ、と優雅に笑う盲目の少女の笑みに、は何故か黒いものを見たような気がした。誰だ、純真無垢な少女っていった奴!

 月日が経つのは早いもので、とルルーシュが一緒にいるのはもはや当たり前と周囲が認識したころ、ゼロの活動はエスカレートしていった。そのせいか、ルルーシュは学校を休むことが多くなり、当初は自宅待機を命じられたは、学校でナナリーの傍にいるように頼まれた。さすがに夜は自宅に帰らないと父が怖いので一緒にいる事は出来なかったが、昼間ナナリーと一緒にいる分には問題なかったので二つ返事で承諾した。
 ゼロの戦場がトウキョウ租界に近づいているというニュースを耳にしたのは、朝からルルーシュの姿を見なかった日の事だった。クラブハウスのナナリーの部屋へ向かおうとエントランスホールに入った時、ちょうど生徒会室から出てきたミレイと目が合い、ひらひらと手を振られたので軽く会釈した。

「他の生徒はみんな自宅や寮で待機してるみたいだけど、家にいなくていいの?あなたのお父様、心配してるんじゃない?」
「その父が学校に行けってうるさくて。それにルルーシュからもナナリーの傍にいて欲しいって頼まれたから…。」
「ふぅ〜ん、お熱いようで。最近ルルーシュと会えなくて寂しいんじゃないの?」

 ニヤニヤと笑うミレイに苦笑を返した。

「ご想像にお任せしますよ。」
「あーあ、つまんな〜い。」
「つまらないって、ミレイ会長…。」
「だって、もルルーシュも淡々としてるから、からかい甲斐がないわ!もっと顔を赤くしたりとか、慌てるそぶりをみせるとか、誰かさんみたいに表情に出してくれるとわかりやすいし、面白みもあるんだけどねー。」

 それにもは苦笑するしかなかった。もともとルルーシュが好きでこのような関係になったわけではないし、協力という形をとっているが、どちらかと言えば強制されている。確かに、最初は嫌々だったけれども最近そのような思いはない。ルルージュが『ゼロ』だからだろう、とは結論付けていた。彼に言われればたとえ相打ちとなっても喜んで敵を倒しに行く。

「ところで、ナナリーのところへ行くんだったけ?ナナリーならリヴァルやシャーリー達と生徒会室にいるわよ。もどうぞ。」
「ありがとうございます。」

 ミレイに促されて、生徒会室に足を踏み入れた時、バタバタと数人クラブハウスに入ってくる音がした。何事だと振り向くと、動くな!と銃を突き付けられて命令された。バイザーで顔は隠されていたが、この服装は…。

「ここは、我々『黒の騎士団』が占領する!抵抗しなければ危害は加えない!そのままその部屋に入れ!」

 銃を向けられ、丸越しの達は言われるまま行動するしかなかった。
 アッシュフォード学園が黒の騎士団に占領された。生徒達はみんな恐怖からから、身を寄せ合って一か所に集まっている。はミレイ、リヴァル、シャーリー、ナナリーと一緒に生徒会室にいるよう指示された。『』を知る黒の騎士団員が、大人しくしている、と約束するなら生徒会室にいてもいい、と便宜を図ってくれた。
 生徒会室の窓から外の様子を見ていた四人は、上空に黒の機体と白の機体が対峙しているのを目撃した。二機の間でどんなやり取りがあったのかは解らないが、白の機体が地面に着地すると、機能は突然停止した。

「おいおい、スザクやばくないか?!」

 リヴァルが慌てて声を上げた。は憎らしげに白の機体を睨みつけた。枢木スザク。日本人のくせにブリタニアに魂を売り、ましてやユーフェミア皇女の騎士になった男。
 は自分の立場もわきまえず、その場で枢木スザクを冷罵してやりたかった。日本人の恥!おまえに武士道の精神は持ち合わせていないのか!と。ゼロは尋常ならざる力を用いて戦っているので、正々堂々とは言い切れなかったが、それでも日本を裏切ったスザクに比べればよっぽど日本人らしいと思っていた。

お姉様、」
「心配よね、ナナリー。私もとても心配。でも、黒の騎士団の人達は、絶対みんなに危害を加えたりしないからね。だから、ルルーシュを待とうね。」
「はい…、でも、」
!私達、スザクを助けに行ってくるから、ナナリーと一緒にいて!」
「え?!そんな、危ないですよ!!外にも黒の騎士団が、」

 頼むわよ〜!とミレイ達は行ってしまった。残されたとナナリーは顔を見合せて、困惑した。

「みんなの無事を祈るしか、ないよね…、行っちゃったし。」
「そうですね…。」

 そこへ、ミレイ達とも、黒の騎士団とも違う第三者の声が割り込んだ。入口に注目するとそこには少年と、男が一人立っている。

「初めまして。僕はV.V.。君がナナリーだね。そっちは確か、だっけ。」
「どこから、」

 入ったの、というの声は途中で遮られた。V.V.の後ろに立っていた男が素早い動作での背後に回り手刀を落とした。ドサリと床に崩れ落ちた音に、ナナリーが肩を震わせ、お姉様?と声をかける。の返答がない事に恐怖を駆られ、何度もの名前を呼んだ。

「大丈夫だよナナリー。は気を失ってるだけだ。それより、僕と一緒に来てほしい場所があるんだ。もちろんもだよ。それじゃあ行こうか。」

 V.V.は一方的に用件を言うと、ナナリーの車椅子を押して生徒会室を出て行った。を抱き上げた男もV.V.の後を追い、生徒会室は無人となった。
 が気がついた時、白で統一された清潔そうな部屋に寝かされていた。天蓋付きのベッドの枕元には、咽返りそうなほどの薔薇が花瓶に活けられている。窓から明るい太陽の光が差し込んでいて、幻想的な光景に夢を見ているのかと錯覚しそうになった。現実へと引き戻したのは、首筋の鈍い痛みだった。湿布が貼られ、手当てされている様子からすぐに殺されるようなことにはならなさそうだ。
 コンコンと二回、控え目なノックが鳴った。返事をする前に入ってきたのは数人のメイドで、彼女達は何も言わずにの元に近寄り、ベッドから起き上がらせた。
 断りも入れずに行動したことに対して文句を言おうと口を開いたその時にメイドの一人が言った。

「皇帝が謁見の間にてお待ちです。わたくし共がお手伝いいたしますので早く身支度をお済ませ下さい。」

 何がどうなっているのか、起きたばかりのには現状について行くだけ頭が回らなかった。
 素早く湯浴みをさせられ、その間に用意されていた服に着替え、乱れていた髪は綺麗に纏め上げられた。普段はあまりしない化粧も、薄く施されると、部屋を追い出されるように退出させられた。その行動に今度こそ文句を言おうとしたら、次は外で待っていた使いの者に手を掴まれ、こちらですと引きずられるようにして移動することになった。散々な扱いに文句の一つもいえないまま、は謁見の間に押し込められた。
 床に落ちていた視線を恐る恐る上げると、玉座には、厳格な顔つきをした男が優雅に座っていた。画面越しでしか見た事がなかったが、彼は確かに、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアだ。

「ようやく来たか、。」

 名前を呼ばれただけなのに、はその場で縮み上がった。まるで縫いつけられたかのように足が竦んで動く事が出来ない。父が爵位持ちだとはいえ、位の低い父は皇帝に謁見することなどなかった。当然、が謁見することなどない。だが、どうしての目の前にはブリタニア皇帝がいるのだろう。

「そのように怯える必要は何もない。ワシが聞きたいのは一つ。ゼロについて、だ。」

 その場で動けないに対し、語りかけるようにシャルルは話し出した。大きな身体をまるで重さを感じさせないような動きで玉座から立ち上がり、一歩ずつ近付いてくる。

「ゼロに、ついて、ですか…?」

 自分の声が震えているのが解った。声だけじゃない、足も震えていて、今にも腰が抜けそうだ。

「そう、ゼロについて。お前は何を知っている?」
「な、にも…、」
「ほう?何も知らんとな?」

 シャルルは面白そうに声音を変えた。はその場で近づいてくるシャルルを見据え、なんとか立っている事だけで精いっぱいだった。

「ゼロの正体も、お前は知らんというのか?」
「!」
「何もお前を咎めようとは思っておらん。ワシの質問に対し、素直に答えればよい。ゼロの正体を、知っておるな?」

 嘘は許さない、と口にはしていないが、シャルルにはそう思わせるだけの厳格な雰囲気が備わっていた。はごくりと生唾を飲み込んだ。
 
「は、い、」
「名前を知っているか?」
「…ルルーシュ・ランペルージ、」

 手を伸ばせば触れられる位置で、シャルルは止まった。は目尻に涙をためて、シャルルを見上げている。がくがくと震える足がいまにも崩れ落ちそうになっている。ようやくからルルーシュの名を聞きだしたシャルルは声を高らかに笑いだした。

「いかにも!ルルーシュだ。ブリタニア帝国第17皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。愚かな我が息子。よ、お前はそこまでは知らんだろう?」

 の瞳は驚愕に見開かれた。震える唇からこぼれた言葉は声にならなかった。

「あやつはお前を騙し、イレヴンを騙し、自分自身も騙してワシにはむかった!その代償に、ゼロは死んだ。」

 シャルルの言葉には耳を疑った。ゼロが死んだ…、ゼロはルルーシュだ。ルルーシュが死んだ…?ブリタニア皇帝は我が子をも目の前で殺せるというのだろうか。

「し、んだって…、」
「奴が死ねば、愚かなイレヴン共ははむかってこんだろう。ブリタニアに対し、二度も戦い、そして敗れた。希望は潰えた。そして、お前は両方の血を持つ者。それゆえにブリタニア人でありながらイレヴンの肩入れを、ゼロの手助けをした。本来であれば反逆者として裁かねばならぬ。だが、チャンスをやろうではないか。お前の父は、爵位は低いがワシに、ブリタニアに貢献しておる。その褒美をやらねばならん。」

 はシャルルを見上げて、ついに涙をこぼした。シャルルの双眸に怪しく輝く模様が浮かび上がった。ルルーシュにギアスをかけられそうになった時、見た模様だ。

「全てを忘れ、偽りの平和の中で父と暮らすが良い、よ。自身の血の事を忘れ、ゼロのことを忘れ、ルルーシュの事を忘れ、徒人として生きるがよい。」
「嫌だ…、嫌だ!」

 は必死の思いで抵抗した。シャルルのギアスがどんな風にかけるギアスかは解らないが、自然とシャルルから顔を背けて目を固くつぶった。背後に人の気配したかと思うと、羽交い絞めにされ顔を上げさせられる。無理やり目を開かされたの瞳にはシャルルの顔が映った。

「シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。に偽りの記憶を。」
「―――――――っ!!」

 の意識はそこで暗転した。  




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