『我が名はゼロ!弱き者よ、我を求めよ!強き者よ、我を恐れよ!撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ!』

 そう宣言して、突如現れたのがゼロと名乗る仮面の男だった。
 もっとも、仮面の下が男性なのか女性なのか判別できないので男と称していいものか悩むところだけど、性別などどうでもいい。彼は、現われてすぐにエリア11の希望となった。
 皇歴2017年。日本が神聖ブリタニア帝国に敗戦して7年目の事だった。
 ゼロ!と声高に叫ぶ民衆の中に、はいた。
 はブリタニア貴族の父と、日本人の母との間に生まれたハーフだ。父は、爵位は低いが人望が厚く皇族からも気に入られているため、エリア11で暮らす事を特別に許可された。それもこれも、7年前生き別れとなった母を探して、再び一緒に暮らすためだ。
 今年17歳のは、私立アッシュフォード学園の2年生に在籍している。毎日授業を受け、放課後は部活で汗を流し、寮ではなく家に帰宅して、父と談話しながら夕食を取り、翌日の学校の準備をして就寝という規則正しい生活を送っていたが、ゼロを名乗るテロリストが現れてから、生活態度は一変した。彼は日本を独立させるという。もし、本当にそんな事が出来れば正々堂々と胸を張って母と一緒に暮らす事が出来る!そんな淡い希望を彼の双肩に掛け、ブリタニア人として暮らしながらも、日本人としてボランティアと称したテロ活動の支援に力を注いでいた。
 ある日、生徒会長のミレイ・アッシュフォードが猫を探すよう放送をかけた。は生徒会メンバーに気になる人もいなかったので、特に気に掛ける事無く部活動に励んでいた。部員に顔を洗ってくると一言断りを入れ部室を出ると、目の前を仮面をつけた動物が軽やかな足取りで走り去っていった。大きさや尻尾の形から、あの猫を探しているのかな、という程度で見送ったのだが、猫の後を追っていた少年と目があった。同じクラスで、副生徒会長のルルーシュ・ランペルージだ。

「い、まの猫…、被って、いたも、のを、見たか?!」
「え?えぇ、何か仮面みたいなの被ってたね。」
「"今見たものを全て忘れろ!"」

 息も絶え絶えのルルーシュの瞳をみて答えたら、命令された。訪ねておいてその言い草!と思う間もなく次の瞬間、の口から出たのは分かった、との了承の返事だった。
 よしっ、とルルーシュが再び猫を追って走り出した。は、はっと我に返りあれ?と首を傾げた。ルルーシュと会話したその一瞬だけの記憶がないのだ。違和感を感じながらも、は本来の目的を果たすために水場へ急いだ。

 猫騒動から月日が経って、の記憶から一瞬の違和感の事などほとんど忘れかけていた時の事だった。
 大会を控え、遅くまで残って練習していたは、一人学園内を歩いていた。学園内だし、街灯があるとはいえテロ活動が盛んになっているご時世だ。早く帰宅しようと早足になりながらクラブハウスの横を通り過ぎようとした時、人の声に思わず身を隠した。どうやら男性と女性が言い争っているようだった。時間を考えてか、さすがに声を抑えての会話は内容まで聞き取れなかった。は出刃亀したくて身を隠したわけではないので、自分のとった行動に自嘲しながら人口の光の下に出た。木の枝か何かを踏みつけたようで、音を出してしまったために、誰だ!と鋭い声を浴びせられた。びっくりして思わず小さく飛び上がり、声の先を見据えると確かに男性と女性がいた。女性はすぐに建物の中へと姿を消したが、男性は目を見開いてを凝視した後、すぐさま鋭い眼光を向けて命令した。

「"今の事は忘れろ!"」
「え…、その声…ルルーシュ・ランペルージ?」
「?!」

 が一人の名前を挙げると、明らかに男性は動揺した様子を見せた。だが、それも束の間で、彼はずんずんとの傍に寄って来て、鞄を持っていない方の手を掴み、クラブハウスへと強引に引っ張った。

「え?えっ?!ちょ、ちょっと!」
「黙れ!とにかく部屋に入れ!」

 はぁ?とはルルーシュの行動に抵抗する間もなく、彼の自室であろう部屋に押し込まれた。

「お前…、同じクラスのか。」
「そ、そうだけど…これは、どういうこと?何で部屋に入らないといけないのよ。…って、その服装、…まさか『ゼロ』?」
「迂闊だったな。だから言っただろう?ギアスの使い方には気をつけろ、と。」

 第三者の声にが振り向けば、ベッドの上で優雅に紅茶を飲んでいる女性がいた。先ほどの女性なのだろうか。ルルーシュは疲れたようにはぁ、と重い溜息を零し、椅子に腰をおろした。は訳が分からずその場に立ち尽くすしかなかった。

「くそっ。そういえば、には一度ギアスをかけたんだったな…。」
「ギ、アス…?」
「あぁ、あの猫騒動の時か。ふふっ、お前よっぽど慌てていたんだな。」
「猫、騒動…。え…あ…あ、あぁー?!」
「おい、静かにしろ!何時だと思ってるんだ。ナナリーが起きる!」

 注意するルルーシュに向かって指差し、はパクパクと口を動かした。猫騒動の時、確かにさっきと同じような命令をされた!

「どうするんだ、ルルーシュ。お前の正体がバレたぞ。」
「元はと言えばお前のせいだろ、C.C.。」
「ほ、本当に『ゼロ』なの?」

 はルルーシュを上から下まで何度も見直した。服装はゼロと全く一緒だし、仮面は確かにベッドの上に無造作に置かれていた。ようやくが、ルルーシュ=ゼロだということを認識した時、ぽろりと涙が零れた。ぎょっとしたのはルルーシュだ。

「お、おい!なぜ泣く!」
「本当に、ゼロなんだ…。ゼロだぁ…。」

 うわーん、と泣きだしたにルルーシュはハンカチを手渡し、さっきまで座っていた椅子に座らせた。それを見たC.C.が揶揄するように紳士だな、と言うと部屋を出て行った。ルルーシュは泣き続けるの背中を撫ぜながらはぁ、ともう一度溜息をついた。

 翌朝、が目を覚ますと見覚えのない天井が目に飛び込んできた。ううん、と小さく唸って伸びをする。そこではっと気がついて、飛び起きた。タイミングよく部屋のドアが開き、お盆を持って入ってきたルルーシュと目が合う。

「あ、あの、」
「先に言っておくが、着換えさせたのは俺じゃないからな。」

 ルルーシュにそう言われては自分が来ている服を見下ろした。男性物のパジャマだ。

「っ?!」
「朝食、ここに置いておくぞ。それと、携帯が鳴っていた。恐らく家族からだろう。バスルームはこの部屋を出て左の突き当たり。タオルはあるものを使ってくれて構わない。俺は先に学校へ行く。今日、が学校に来ても休んでも構わないが、話があるから放課後必ずここへ来い。いいな。…それと最後に、昨日の事は誰にも言うな。言えば、」
「言わないよ!誰にも、言わない。絶対に!!」

 ルルーシュの言葉を遮ってが力強く言えば、ルルーシュは数回目を瞬かせたが、分かったと返して部屋を出て行った。
 すっかり閉まったドアをしばらく見つめていたが、ほこほこと湯気の立つ朝食を食べるために、急いで着替え、教えてもらったバスルームに向かい簡単に身なりを整えた。部屋に戻っていただきますと両手を合わし、おいしそうな食事に手をつける。一口頬張って、はうむ、見た目を裏切らずおいしい!と幸せいっぱいの笑みを浮かべ、食事を忙しなく口に運んだ。…ランペルージが作ったのだろうか。そう思うと、何故か笑いが込み上げて来てぷっと小さく吹き出した。鞄から携帯を取り出すと、着信履歴がすべて父の名前で埋まっている。慌てて掛け直すと、涙声の父が出迎えた。

!!心配したんだぞ!どこで何をやってるんだ!パパは、がテロに巻き込まれたのかと気が気でなかったんだぞ!』
「パパ、ごめんなさい!昨日、あまりにも遅くまで部活してたものだから、友達の部屋に泊めてもらったの。」
『それでも、一言連絡ぐらいよこしなさい!とりあえず、一度家に帰ってきなさい。学校は休んでも、遅刻して登校しても構わないから。今日だけ許す!』
「わかりました。今から帰ります。本当にごめんなさい。」

 電話を切って、ほっと息をついた。絶対学校は休むな、と厳しい父が休んでもいいなどと言うぐらい心配させた事に罪悪感を感じながら、ごちそうさま、と再び両手を合わせた。荷物を持って部屋を出て行く。食器などそのままだけど大丈夫かな、と少し気にかけたが、そんな事よりも早く帰宅して父に顔を見せないと安心して仕事に行けないだろう、とその事ばかりでは足早に学校とは逆の方向へ歩き出した。
 放課後、ルルーシュがクラブハウスに入ろうとした所へ、ぐったりした様子のがやってきた。
 結局は学校を休んだ。自宅へ帰ると、泣き腫らした父がエリー!!と号泣しながら抱きついてきたのだ。その時、父の鼻腔をくすぐったのが男性物の香水の香りだったようで、真っ赤な眼をくわっと見開き問い詰められた為に、必死に身の潔白を証明しなければいけないはめになったのだった。

「…何故そんなに疲れているんだ。」
「身の潔白を父に証明してたのよ!何度言っても解ってくれなくて…泣きたいのはこっちの方だわ。」

 はぁ、と重たい溜息をついたに、自業自得だなと苦笑しながら、ルルーシュは部屋へ誘った。恨みがましく睨みつけるを部屋に入るよう促す。ルルーシュは椅子をに勧め、鞄をベッドの傍に置いて、学ランをハンガーに掛けてカッターシャツの第一ボタンを緩めた。

「さて、単刀直入に言う。お前を俺の監視下に置く。ギアスが効かない以上、そうするしか方法は無い。」
「ええ?何を言ってるのよ!誰にも言わないって言ってるじゃない!」
「信用できないな。」
「う。確かに、あなたと仲が良い訳じゃないし、私もあなたの立場だったら念には念を、と思って同じ行動を取ると思うけど…でも、それでも、信用して欲しいの…。ゼロは、イレヴンだけじゃない。私の希望でもあるの!」

 ベッドに腰を下ろしたルルーシュとは逆に、は椅子から立ち上がって訴えた。の言葉にルルーシュは眉間にしわを寄せる。

の希望?」
「…そう。私は、ブリタニア人の父と日本人の母から生まれた、ハーフだから。」
「そうか…。しかし、それだけでは他人に言わない、と信用できる理由にはならない。」
「そうね。でも私はゼロが現れてからずっと"ボランティア"をしてきたの。」
「!」

 の言葉にルルーシュは目を見開いた。

「まさか『』か?!」
「え、何で知ってるの?!ゼロはトップに立ってる人よ!そんな…、黒の騎士団でもないのに、会ったこともないのに…。その名前を知ってるのは両親と、"ボランティア"の仲間だけだと思ってた…。」

 よっぽど嬉しかったのか、の目尻には涙が溜まっていて、瞬きをすればすぐに零れ落ちそうだった。ルルーシュはハンカチを手渡しながらに椅子に座るように言い、いつもの癖で手を顎に当てて考えた。嘘は言っていないだろうし、学生の身で"ボランティア"までしていたのだ。信用するには十分だろう。それに、"ボランティア"のは有名だった。団員達が声を揃えて、彼女がどれほど献身的に支援しているかを言っていたからだ。

「…ならば話は早い。信用しよう。だが、」
「…何?」
「やはり、念には念を入れておきたい。出来るだけ俺と行動を共にしろ。」
「…あのー、自分が何を言ったかわかってる?えーと、昨日の今日で、さっきの私を見て、家庭の事情を解っていただけたと思ったのですが…。」
「だから『出来るだけ』と言っただろう?何も四六時中俺と一緒にいろとは言っていない。そうだな、俺がごく普通に日常生活を送っている時は一緒にいてもらおう。ゼロとして活動する時、まで手に負えないからな、自宅で待機すること。登下校は一緒にできないが、家を出る時と帰った時、俺に連絡しろ。」

 は唖然としてルルーシュを見据えた。それって、つまり…、世間一般でいう…。

「まるで『恋人』みたいだな。いいじゃないか。私もちょうど話し相手が欲しいと思っていたんだ。」
「C.C.!勝手に入ってくるなと言っただろう。」
 
 あ、やっぱり恋人とか彼氏彼女とか、そういう関係に思われるよね。エリは勝手に入ってきたC.C.と呼ばれた女性とルルーシュが言い争っているのを呆然と見つめていた。

「まぁ、そういう事だ。よろしく『』。」

 俺のことも名前で呼ぶように、とルルーシュはニヤリと笑った。は今後自身に振りかかるであろう災難に頭を抱えた。




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