は小さく息を吐いた。
 あれだけの警備の中でクロヴィスが殺されたのだ。犯人が軍内部にいるだろうと噂になるのは火を見るより明らかだった。国としては犯人をブリタニア人から出すわけにはいかないだろう。そこで白羽の矢が立ったのが、元日本人である名誉ブリタニア人だ。ジェレミア卿は純血派だと聞いた。名誉ブリタニア人をさぞかし煙たがっている事だろう。そのジェレミアという男がスザクを無実とするわけが無い。有罪にしてしまえば、この地における名誉ブリタニア人制度を撤廃する事が出来るのだ。
 まだほんの数日しかこの世界で過ごしていないが、イレヴンと呼ばれる日本人とブリタニア人との間には、ナチュラルとコーディネイターの間にある憎しみと同じ物が存在しているのだろう。支配者と、被支配者。そこからの独立。二つの世界は全くの違うものなのに、どうしてこんなにも似ている?はそれが不思議でならない。

 「スザクを、助けなければ。」
 「…どうやって?」
 「それを考える。」

 大きく息を吐きながら、疲れたようにルルーシュはベッドに腰を下ろした。そこへ、死んだはずだった少女が部屋へ入ってきた。

 「…どこへ行っていた?」
 「なんだ、私は洗面所へも行ってはいけないのか?」

 ぐ、とルルーシュは黙る。少女はを見て昨日は名前すら教えなかったな、と話し出した。

 「私はC.C.という。私の事はそう呼べ、。」
 「! どうして、私の名前…。答えろ、あなたは何を知っている?選ばれた者とはなんだ?」
 「昨日も言った。今は言えない、と。しつこいのは嫌いだ。」

 はこれ以上聞いてもイタチごっこにしかならないと、はぁと息を吐いて問い詰めるのを止めた。それよりも、スザクだ。

 「ねぇ、ジェレミア卿って知ってる?」
 「…少しだけだがな。そいつがどうかしたか。」
 「そうね、彼のだいたいの性格からどう行動するか予測が出来れば、スザクを助け出すのは意外と簡単かもしれない。」
 「そんなことが出来るのか?」
 「…さぁ?」

 は悪戯を思いついたかのように笑った。それを訝しげにルルーシュは睨みつける。そこへC.C.が助け舟を出したのか、ルルーシュの逆燐に触れる為なのか、どちらとも取れる発言をした。

 「いいじゃないか、に任せておけば。お前と違って、は守れる力を持ってるぞ。それにあの"力"もあるしな。」

 部屋の温度が二、三度下がったのは気のせいではないはずだ。
 翌日、登校すると生徒は直ぐに講堂に集められた。校長の話を生徒達は静かに聴いている。は瞳を閉じ、少し顔を俯かせてその話を聞いていた。プラントでも、こうしてよく追悼した。血のヴァレンタインの犠牲者に対し、それから幾度となく地球軍と戦い散っていった兵士達に対し、そして、ヘリオポリスでのモビルスーツ奪取作戦の時には、オロール、マシュー、ミゲル、ラスティに対して。ふとラクスがいっていた言葉を思い出す。人はどうして戦うのだろうか、と。

 「…そんなの、私が知りたいよ…。どうして、人は殺しあわねばならない?」

 殆ど音にならないように呟く。それにはっとしたかのようには顔を上げ、舞台の上にいる校長を見据えて再び呟いた。

 「そうよ、大切な人を殺された、その悲しみを殺した者に報復する為よ。」

 の周りには他の学生もいたが彼らはみな、意識を校長に向けていての呟きは聞こえていなかった。斜め前にいたルルーシュだけがその音を拾い、肩越しにを見据えていた。

 「ルッル〜シュっ!なぁなぁ、午後はどうする?授業もなくなったし、前から頼まれていたコ・レ、でも?」
 「ダメよ!賭け事は。」
 「堅いなぁ、シャーリーは。いいじゃんかよぉ。」
 「…そうだな、もう辞めるよ。それよりも手ごわいのみつけたんだ。」

 校長の長い話から解放された学生達は私語を楽しみながら各々が向かう場所へ歩いていく。ルルーシュもリヴァルとシャーリーと談笑しながらひとまず生徒会室があるクラブハウスへと向かって歩いていた。は三人の後ろを静かに歩いていた。何かを考えるように手を顎に当てたり、口元に添えたり、とそわそわしていた。

 「、どうかしたか?」
 「…え?何が?」

 ルルーシュが声をかけると、続いてルヴァルもちゃん、どうかしたの?と声をかけてきた。声をかけられるまで自分はぼうっとしてたのか、と自覚するとすっかりこの生活に馴染んでしまっている事にも気付かされた。軍人として、失格だ。

 「ううん、なんでもない。ちょっとぼうっとしてたみたい。」
 「そう?気分悪いなら先に部屋に戻っててもいいよ。私達生徒会室に寄るけど、」
 「本当になんでもないよ。大丈夫。」

 前にいたはずのシャーリーがわざわざの下までやってきて顔を覗き込んでいた。無駄な心配をかけてしまったな、とは申し訳なく思い、なんでもなかったように繕った。なら、いいけど。とが作った笑みにつられまだ心配そうにしていたシャーリーも笑顔を作った。
 生徒会室に着くと、既にミレイとニーナがいて、机には大量の書類が置いてあった。

 「あ、来た来たぁ。待ってたのよ〜。」
 「な、ナンデスカ、この書類の山…。」
 「何って、みてわかるでしょ〜。授業も無くなった!突然空いた時間をどう過ごそう?そんなみんなの悩み解決にこのミレイさんが一役買ったって訳よ!ささっ、みなの衆、はよう席に着け。」
 「会長、俺予定があるので帰らせていただきます。」
 「却下。リヴァル君ってば…私のお願い聞けないの…?――ってルルーシュ!どこへ行く!」
 「自室ですよ。ナナリーも帰ってきてるだろうしこの事伝えに行かないと。」
 「ひ、ひどっ!俺をまた置いていくのかよ〜。」

 ルルーシュはリヴァルにだけ聞こえるように顔を近づけ、惚れた弱みだろ?と茶化すと生徒会室を出て行った。はこの後の予定は何も無いからいいか、と席に着き、書類を一枚とって目を通した。簡単な入力作業だ。が着席したのを見て、ミレイはに近寄り豊満な胸にの頭を抱え込んだ。

 「は良い子ねぇ〜!」
 「ちょ?!ミ、ミレイ会長!!」

 突然のことに思わずの声がひっくり返ると、どこからか笑い声が聞こえてきた。最近、突然のことに対する反応速度が落ちている気がする…。は反省した。

 「さ、リヴァル、シャーリー席に着いた着いた!」
 「会長、カレンは?」
 「体調が悪いんだって。仕方ないよね。ってことで、みんなカレンの分も頑張る!」
 「会長!俺も頑張るからみたいにぎゅーって抱擁して欲しいなぁ。」
 「はいはい。黙って〜。」

 ミレイから解放されてはほぅ、と息をついた。シャーリーにくすっと笑われ、頬を薄く赤に染めた。リヴァルの冗談をミレイは軽く流してさぁ、やるわよぉ、ガァツッ!!と気合を入れたのを合図に全員がパソコンを起動させた。
 数十分後、生徒会室に響くのはパソコンを打ち込むキーボードの音が一つだけだった。大量にあった書類の山はすでに残り僅かになっている。

 「…ってば、処理がすごい早いね…。」
 「そ、そうね。」
 「そういう次元の話か?キーボードの打ち込み速度、並じゃないぜ?てか、あれ書類に目を通してるのか…?」
 「見ながら打ち込んでるから書類どおりなんだと思うよ?ってか、打ち込む速度が速すぎて画面が流れてるのですが。」

 を除く四人が、作業の手を止めて凝然とを見つめていた。いったん集中すると周りが見えないのか、は四人の手が止まり、見られていることにすら気がついていないようだ。の手元と画面を横からシャーリーとリヴァルが覗き込み、向かいに座っていたミレイとニーナがの背後から画面を覗き込んだ。とんでもない速さで流れる画面は、もはや言葉の羅列が自動でスクロールされているようにしか見えない。

 「これで終わりっと。」

 最後の書類を打ち込み、はタンっとエンターキーを押してファイルを保存し、更新した。確認の為もう一度最初から見直すが誤字脱字は無い。小さく息を吐いて、ようやくは四人がの周りでを見ていたことに気がついた。

 「うわ!み、みんな…、どうしたの?」

 いつの間にかを中心に集まっていたことに対してびっくりし、変な悲鳴を上げてしまった。こんな醜態、ディアッカ達の前で晒せない。ほとほと、自分は反応速度が鈍っている、と再自覚させられた。 

 「…。」
 「は、はい!」

 ミレイに呼ばれ、は何かまずい事でもしただろうかと不安になった。みんな早く帰りたいのだろうな、と思い少しでも早く終らせる為に殆ど一人でやってしまったのだ、もしかして、怒らせてしまった?
 の表情が不安気にミレイを見据えていたが、ミレイは逆に満面の笑みでの手を握りしめた。

 「す、すごいわ!あなたはこのアッシュフォード学園にいなくてはならない人だわっ!!あぁ、どうしてもっと早くこの学園に来てくれなかったの?!」
 「え?…えぇ??」
 「いやー、、マジで最高!これからも頼むなっ!」
 「ど、どういうい…み?」
 「ッ!!もう大好き〜!!」
 「しゃ、シャーリーまで?!ニーナぁ…、」
 「ってば、本当にすごい…。」

 手を握り締めるミレイ、目を輝かすリヴァル、横から抱きしめてくるシャーリーに、最後の頼み!とが見据えた先には、頬を染めて敬愛する人を見るような眼差しでニーナに見つめられ、は絶句した。誰か助けて〜、と心の中で叫ぶとタイミングを見計らったかのように生徒会室のドアが開いた。立っていたのはこの学園の生徒会副会長。

 「…何を、やってるんだ?」

 この時ばかりはルルーシュが救世主に見えた。
 のおかげ、と言っても過言でもない入力作業は本来予定していた終了時刻よりだいぶ早く解散した。はルルーシュの後についてルルーシュの自室へと入った。入ると同時に充満するピザの匂い。その根源はルルーシュのベッドの上で彼のシャツだけを見につけたC.C.だった。はドアの前で固まったように動きを止めた。どこから突っ込みを入れて言いのだろうか…。

 「早くドアを閉めろ。――あぁ、言っておくがお前が考えているような事実はないからな、誤解するなよ。」
 「…というか、このピザの匂いどうにかしないの?」
 「どうにかできるなら、とっくにしてるさ。」

 ルルーシュは睨みつけるようにC.C.を見据えた。彼女はそんな視線もお構いなしにピザをほお張ってご満悦だ。話を聞くと、四六時中ピザをほお張っているらしい。…それであのスレンダーな身体つき…羨ましい。

 「今日の16時、旧東京タワーでレジスタンスと会う。と初めて会ったあのシンジュクゲットーで動かした奴らだ。」
 「よく彼らとコンタクトできたわね。」
 「あぁ、レジスタンスの一人がこの学園にいたからな。」
 「それって、カレン・シュタットフェルト?」
 「なんだ、知っていたのか?」
 「いいえ、今のルルーシュの返答で100%確信できたわ。…彼女、身体が弱いはずなのに昨日の歓迎会で勢いよく飛んだコルクの栓を薙ぎ払った。それに違和感をずっと感じていたのよね。無理して演技しているような…もっともそのようだったみたいだけど。」
 「赤いグラスコーを覚えているか?あれに搭乗していたのがカレンだ。」
 「ふぅん、そうだったの。それなら、彼女の操縦の腕はエース級ね。」

 が言いながらソファに腰掛ける。そこへC.C.がそういえば、と話に入ってきた。

 「も確かエースだな。ヒルドだったか、機体の名前は。」
 「…C.C.あなた、何故私の世界の事を知っているの?」
 「さて、何故だろう。」
 「…はぁ、もう良いわ。今は言えなくてもいつかは教えてくれるでしょう?」
 「さぁな。」

 もう一度息を吐いて、はC.C.からルルーシュへと視線を移した。彼は二人が話している内容に耳を傾けつつも準備をしていたらしい。

 「、私服に着替えろ。旧東京タワーに行ってもらう。」
 「え?会うのはあなたでしょう?」
 「会うのは会うが、東京タワーではない。…移動しながら話す、とにかく着替えてクラブハウスの外で待っていろ。」

 やれやれ、とは腰をあげて自室へ向かった。
 薄い黄色のカットソーにジーンズ地の膝丈スカートを着て踝ソックスにおしゃれ運動靴を履いてクラブハウスの外へ向かうと、ルルーシュは茶色のジャケットにストレッチパンツを穿き、黒い鞄を持って待っていた。行くぞ、と促されてルルーシュの隣に肩を並べる。これを、と差し出されたのは黒い携帯電話。

 「展望ラウンジにあるインフォメーションカウンターに彼女の名前を出して預けて欲しい。後はまっすぐここへ戻っていろ。俺が彼らに昨夜の作戦を話す。」
 「…もし、協力が得られなかったら?」
 「その時はこの力を使うさ。もっとも、カレンは俺達に協力する。」
 「驕りは身を滅ぼすわよ。」
 「これは驕りじゃない、確信だよ。」

 ルルーシュはいつものようにニヒルに笑って見せた。

 

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