スザクが連れて行かれ、はそれを呆然と見送るしかなかった。彼は冤罪だ。真犯人は別におり、自分はその共犯者ではないか。無実である彼をこのままにはしておけず、どうにか助け出す必要がある。しかし、にはどうしていいか解らず、結局途方に暮れた。
 その後、どうやってアッシュフォード学園まで戻ったか記憶は定かではない。気が付けば目の前に学園の門があり、は見つからないようにこっそりと門をくぐって、今朝出てきたクラブハウスに向かい、渡された鍵を使ってルルーシュの部屋にもぐりこんだ。
 年頃の男の子の部屋とは思えないほど、綺麗に片付けられた部屋はヴェザリウスの部屋を思い出させた。それでも、アスランは趣味のメカを持ち込んで、訓練の合間にラクスへ贈るハロを製作したり、ニコルはピアノの楽譜が散らばっている時があった。ディアッカは年頃らしく、グラビアの雑誌を読んでは、が部屋を訪れるたび慌てて隠していたりしたし、イザークは今度こそアスランに勝つ、といってチェスを引っ張り出してはあれやこれやと策を練っていた。…つまり、閑散としている艦の士官部屋ではあったが、各々の趣味が見て取れた。しかし、ルルーシュの部屋はどうだろう。本棚には難しい言葉が並んでいるし、机にも教科書などの必要最低限しか揃えられていない。辛うじて、備え付けの小さな机にチェス盤があるくらいだ。

 「複雑な家庭の事情、ってやつかしら。」

 それを言うなら、私もなかなか複雑な家庭よね、とは自嘲するように笑った。
 日も西の空に沈み、夜の帳が下りてきた頃、ようやくルルーシュが帰って来た。は本棚から引っ張り出した本を読み終わっては机に積み上げていた。ルルーシュが帰ってきた時には山が出来上がっていた。

 「おかえりなさい。」
 「すまない、今日は買い物にいけそうにないな。」
 「構わないわ。それよりも、私はどうすればいい?」
 「あぁ、理事長に話はつけた。明日からこの学園の生徒だ。それと住む場所だが、このクラブハウスの一室を貸してくれる。咲世子さんに俺の友人と紹介している手前、俺達の部屋の近くではないんだが。」
 「寮に入らなくていいの?」
 「上手くいってあるから、もし理事長になにか言われたら合わせておいてくれ。まぁ、そんな機会なんてあるとは思わないがな。あと、この学園の生徒は必ず部活に入らないといけないんだ。とっさにアーチェリーなどと言ってしまったが、どうする?」
 「どうするって、私が決めてもいいの?」
 「いや、お前に決定権はないな。アーチェリーと生徒会の兼部をしろ。とはいっても、アーチェリーは殆ど同好会扱いなんだ。練習も毎日ないし、その練習日でさえ、部員は自由参加でいい。」
 「…私、ちゃんと学校に行ったことが無いからはっきり断定はできないけど、それって部活動として機能してる、って言って良いの?」

 いや、部活動じゃないな、とルルーシュも肯定しては息を吐いた。

 「お腹、空いただろ。咲世子さんに言ってるんだ。夕食を用意してくれている。」
 「ルルーシュ、話したいことが。」
 「急ぐ事か?」
 「えぇ。でも少し時間が必要なの。」
 「…夕食後に。ナナリーと夕食を一緒に食べる約束していたんだが、大幅に遅れているんだ。」
 「解ったわ。」

 はルルーシュに部屋の鍵を渡し、昨夜と今朝、食事を取った部屋に向かった。
 夕食が終ったあと、ルルーシュはナナリーを自室に連れて行き、は咲世子を手伝って後片付けをしていた。洗い物を流しに運び、洗剤を流し終えた食器を拭いて重ねていく。特に話すこともなく、二人は黙々と作業をしていたがふいに咲世子が話し出した。

 「さんは、日本をご存知なのですか?」
 「え?」
 「その…、初めてお会いした時、お辞儀をなさったし、食事を開始する時も、終えるときも手を合わせていらっしゃったから。ブリタニアの方はまず、日本式の挨拶はしません。ですから、不思議に思って。」
 「そう、ですね。私の母が地きゅ…いえ、私が生まれる前日本で過ごした事があったそうです。そのとき日本の文化や習慣に触れて、良かった事を私にも教えてくれたのだと思います。だから、私も自然とその動作を。」

 あやうく地球、と言いそうになったのをはごまかした。咲世子は不思議な表情をしたが、その事を追求はせず、そうですか、と目を細めて微笑んだ。自国のいい所を褒められれば喜ばない人はいないだろう。彼女は名誉ブリタニア人だと、ルルーシュから聞いた。イレヴンは役所へ行き、届出をすることでブリタニア人になれるという制度らしい。しかし、現実は、同じ民族である日本人からは裏切り者と罵られ、ブリタニア人になったのに名誉ブリタニア人が、と卑下されている。一体、彼女は何を思って名誉ブリタニア人になったのだろう。
 片付けも終わり、リビングへ戻ると、ルルーシュの姿は無かった。先に部屋に戻ったのだろうかとルルーシュの部屋を訪ねる。

 「ルルーシュ、部屋にいる?さっきの話なんだけど、」
 「か。悪い、その話は明日だ。」

 ドアをノックして返答があったものだから、は部屋に入ろうとした。しかし、返って来た答えは先程とは違う。訝しげにルルーシュを見ると、彼の視線はある一箇所に留まっている。そちらを見ると、そこにはシンジュクゲットーで死んだはずのあの少女が立っていた。

 「な、なんで…?」
 「ほう、お前か。今回選ばれた者は。」
 「選ばれた、者?どういうこと?」
 「今は教えられない。――ところで、その力気に入っているようだなルルーシュ。」
 「この力、やはりお前が?」

 にやり、と少女は笑う。

 「後悔しているか?私と契約した事。」
 「いいや、後悔など。むしろ助かっているさ。俺のスケジュールを大幅に前倒しにしてくれたんだ。」

 は呆然と目の前の少女を見据えるしか出来なかった。あの時、少女は確かに額を打ち抜かれて死んだはず。人間が生き返る事などありえない。
 気が付くと、少女は服を脱いでルルーシュのベッドに潜り込んでいた。話の途中でベッドに潜り込まれたのか、ルルーシュは話を聞こうと詰め寄っている。だが、その詰め寄り方はとんでもない誤解を招きそうだ。――ベッドに横たわる少女の顔の横に手をついて体重を支えているが、今にも覆いかぶさろうとしている。の頬に少しだけ朱が差す。だが、それも少女の一声で苦笑に変わる。

 「男は床で寝ろ。」

 結局は昼間街を歩いた事も、その時知り合った少年が犯人に仕立て上げられ誤って逮捕された事もルルーシュに言う事が出来なかった。
 与えられた部屋に戻るとベッド脇の机に真新しい制服と教科書、鞄等が揃えられていた。それを手にとり、一つ一つ確認するように眺めた。学校に通う、という事が初めてだ。今までは家庭教師から全てを学び、アカデミーで人を殺す術を見につけた。教養を、同じ年頃の少年少女と学ぶ機会は無かった。それが今回ブラックホールに飲み込まれ、異世界に飛ばされた事により経験できる事に、少しだけ喜びを覚えた。
 シャワーを浴びて、はそそくさとベッドに潜り込んだ。自然の重力下での生活はなかなか辛い。プラントでも重力を発生させてはいるが、思ったよりも体が重いのだ。これが、地球という惑星なのか。素直に愛しいと思った。
 翌朝、制服に袖を通し、短いスカートの裾を引っ張りながらオーバーニーソックスを履き、筆記用具と、用意されていた時間割を元に教科書を鞄に詰めて部屋を出た。

 「おはよう、ルルーシュ。」
 「あぁ、」
 「眠たそうね。」
 「ソファで寝たから寝つけなくて。ところで、昨日の話とは?」

 朝食を手早く済ませ、二人は校庭をゆっくり歩く。話しかけにくい雰囲気なのか、学生達はルルーシュに挨拶もなく、ちらりと視線を向けるだけで、校舎に入っていく。

 「昨日、朝クラブハウスを出てから実は街を歩いたの。土地勘が無い物だから。それとシンジュクゲットーに行こうと思って。」
 「勝手な行動はするな!」
 「悪かったわ。けど、結局シンジュクゲットーにはいけなくて。公園で休んでると男に絡まれてね。騒ぎにするのは私も困るからなんとか穏便に済ませようとしてたら男の子が助けてくれてね。その子に街を案内してもらったの。」

 ルルーシュは何故か面白くなさそうにふぅん、と頷いて続きを促した。がその男の子が、と続きを言おうとすると、先生がおーい、と声をかけてきた。

 「ルルーシュ!…と、そちらは?」
 「おはようございます、先生。彼女は今日からこの学園に通う・クラインさんです。」
 「おはようございます。」
 「あぁ、おはよう。お前達、早く教室へ行けよ?もう直ぐ授業始まるぞ。」
 「先生!今度の論述試験の問題、教えてくださいよ。」

 何故こんな時に関係のない話を?とは横目でルルーシュを見た。彼の左の瞳が紫から赤くなっている。これがギアス、とは内心呟く。ギアスを用いて尋ねられた先生はすらすらと問題を述べる。言い終えるとはっと、我に戻り、何をしているんだ、という表情になった。

 「先生!今度の論述試験の問題、教えてくださいよ。」
 「何言ってるんだルルーシュ。そんなこと聞く前に真面目に勉強しろよ。お前はやれば出来るんだからな。」

 はぁい、と返事をして、ルルーシュとは先生を見送った。姿が見えなくなってから、はなるほど、と頷く。

 「ギアスは同じ人間には通用しないのね。」
 「…の、様だな。っと、教室へ行こうか。転入生ならば挨拶があるだろう。」
 「ルルーシュ、話は終ってない、」
 「手短に話せ。」
 「その少年が、殺害容疑をかけられ軍に捕獲されたわ。」

 何、とルルーシュの眉が動いた。

 「明らかに、軍内部の事情のようね。捕まった少年はもともと日本人で。」
 「名誉ブリタニア人、という事か。」
 「その時、私はどうすることもできなかった。彼の無実を知っているのに。」
 「解った。そのことに関してはまた追って俺から話す。」

 は頷いて、ルルーシュと教室に向かった。
 今まで人に囲まれる事は度々会ったが、こんな風に設問攻めにされる事はなかった、とは心の中で溜息をついた。

 「クラインさんは…。ねえ、って呼んでもいい?」
 「どうしてまたこっちに?」
 「寮の部屋はどこ?一緒に遊びに行ったりしましょう?」

 ひとつひとつの質問に丁寧に応答していたのが悪いのだろうか、質問は後をやまない。その度に矛盾がでないよう、慎重に答えなければいけなかったので全ての授業が終わる頃には机に突っ伏していた。

 「転入生は大変だな、クラインさん?」
 「…。」

 ルルーシュがの席の傍を通る時こっそりと言ってきた。人を馬鹿にしたような声色には人事だと思って、とルルーシュを軽く睨みつけたが、その視線を無視して、ルルーシュは赤い髪の女の子の元へ言ってしまった。ははぁ、と息をついて帰り支度を始めているところに、イエローブラウンの長い髪を揺らしながら少女が一人近づいてきた。

 「クラインさん!私シャーリー・フェネット。生徒会のメンバーなんだ!シャーリーって呼んで。」
 「生徒会、あぁ、うん、よろしくシャーリー。私もって呼んで。」

 よろしく!と、シャーリーは満面の笑みでの手を握った。

 「ルルーシュの奴俺をおいて…。あ、俺リヴァル!俺も生徒会メンバーなんだ、よろしくなっ。」
 「よろしく、リヴァル。」

 が微笑むとリヴァルはうっすらと頬を赤く染めた。シャーリーが浮気者、とぼそっと呟いたのをリヴァルは慌ててごまかしながら、じゃ、行こうかとを誘った。

 「行くってどこへ?」
 「生徒会専用のクラブハウスよ!今日はとカレンさん、さっきルルがどこかに呼び出した子なんだけど、二人の歓迎会をするんだよ!」

 はシャーリーの言葉に瞬いた。

 

|| NEXT || BACK ||