翌朝、午前七時を過ぎた頃にドアをノックされ、ルルーシュが声を掛けた。音に敏感なはそれで直ぐに目覚め、ドアを開けた。そこには学生服をきっちりと身につけたルルーシュが立っている。

 「朝ご飯の支度が出来たと咲世子さんが。ご飯を食べ終えたら、一度家に戻るフリをして、またここへ戻って俺の部屋で待っていろ。場所は解るな?」

 は頷き、洗面所へ向かった後、昨夜夕食を食べた部屋に行く。ドアを開けると既にナナリーは朝食を終えようとしているところだった。

 「おはよう御座います。」
 「おはよう御座いますさん。どうぞ掛けてください。」
 「夕食に次いで朝食までもすいません。」
 「いいえ。気になさらないで。」
 「いつもお兄様と二人だからたまにはこうして違う人とも食事が楽しいです。」
 「そう、ありがとう。頂きます。」

 が挨拶をして、咲世子に促されるままに席に着くとナナリーが話しかけてきた。今までの経緯をルルーシュから簡単に聞いていたはナナリーに対して素直な気持ちを言う事が出来た。それから、昨日のように手を合わせて食事を開始した。
 朝食を終え、はお礼を咲世子、ナナリーに言い、ルルーシュに言われた通り、一度家に戻る為クラブハウスを出た。その後をルルーシュも追う。

 「今日は生徒会があるからな。早めに出なければならないんだ。あとこれ。俺の部屋の鍵だ、後で返すように。」
 「部屋にある本を読んだり、パソコンを使っても?」
 「構わない。ただし、あんまり触るなよ。」
 「…あなた、私を信用しすぎてない?」
 「お前は俺を裏切らないだろ?」

 ニヒルに笑って見せ、じゃあ、とルルーシュはクラブハウスへ戻っていった。そういえば昨夜、あのクラブハウスはもともと生徒会が使用していると言っていたな、とぼんやり考えながら、は学園の外へ出るため、校門の方に向かって歩き出した。いくら部屋に戻って待っていろ、と言われても一度家に戻ると言っている手前、すぐに戻るのは気が引けた。もっとも、誰にも見つからず侵入出来る自信はあったが。
 一部の生徒は校門から学園へ入ってくるのを見て、は出来るだけ人目につかぬように校門をくぐった。トウキョウ租界、そう呼ばれていたなと考えながら、は朝の街並みを歩く。通学する者、通勤する者、朝の運動をしている者など、その風景はプラントでも見受けられたものと一緒だ。

 「…そうね、ただ、世界の常識が違うだけで、人の営みはみんな一緒なのね。」

 は適当な公園のベンチに座り街の様子を見て、思わず呟く。ここにいると、ナチュラルとコーディネイターの戦いが激化する前の風景を思い出させる。まだ一日も経っていないのに、早くもホームシックになっている自分が居る事に気付いた。…そういえば、プラントにはもう何ヶ月も戻っていなかった。ヘリオポリスで地球軍が新型モビルスーツを製造しているという噂の証拠を得る為、早くからヘリオポリスへ潜入していたし、モビルスーツを奪取作戦後は取り逃がした最後の一機と"足つき"を追って宇宙空間を駆けた。そこへラクスから護衛の任務が入るとは思ってもいなかった。プラントへ直ぐ戻る事は出来ず、結局近くを警備中だった友軍のロジャード隊に迎えに来てもらい、ラクスの搭乗するシルバーウィンドと合流して、この有様だ。

 「…ラクス、シーゲル様…ニコル、イザーク、ディアッカ、…アスラン。」

 はベンチの上で器用に足を引き寄せ、膝こぞうを抱え込んだ。いつも首から提げているロケットペンダントを服の上から握った。そうすれば、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
 ふいに影が落ちて、は顔を上げた。そこにはルルーシュとはまた違う、にやりといやらしく笑う男が二人いた。

 「彼女〜、どうしたの?気分でも悪い?よかったら俺達の部屋で休まない〜?すぐそこなんだけど。」
 「…。」
 「あぁ、怯えなくても大丈夫だよ〜。君、ずいぶん長い間ここにいただろ〜?お腹空いてない?おごるよぉ?」

 はあからさまに眉をしかめて、腕時計を見た。時間は九時を過ぎたところだ。男達が言うように結構長い間この場所にいたものだ…だから目をつけられたのか?は小さく息をついて、立ち上がり男達を無視して歩き出したが、それを男達が許すわけもなく、腕を掴まれて無理やり振り向かされる。

 「おいおい、無視するなんてちょぉっと酷くないか?」
 「俺達の話聞こえているんだろ?なんとか言ったらどぉよ?」
 「…手、離してくださる?痛いのだけど。」

 は今すぐにでもみぞおちに拳を落としたい衝動を我慢して静かに言う。しかし、男達はにやにやと笑みを深めて、手を離す気配は全くしない。

 「手、離したら彼女行っちゃうだろぉ?この時間にここにいるって事は学校サボリなんだろ?いいじゃん、俺らと遊ぼうぜ?」
 「結構です。」
 「つれないなぁ。そんなに眉間にしわ寄せてるとせっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」

 そんな心配お前らになんてされる必要はない、と心の中で悪態吐く。こんな男達、軍人の自分ならば一捻りできる。しかし、できるだけ目立つ行動はしたくなかったので、我慢してひ弱い女を演じる様に腕を振って男の手を離そうと試みたりしたが、案の定、男はより力を込めてしっかりと握り締めてくる。

 「ちょっ、離して下さい!」
 「俺らと遊んでくれるならねぇ〜。」
 「もうっ、いい加減にしてくださいっ!人を呼びますよ!」
 「人を呼びますよ、だって!可愛い〜。」

 の声色を真似てみせた男に、堪忍袋の緒が切れた。我ながら沸点が低いと思った瞬間だったが、ナーバスになっている所へちょっかいかけてきたこの男達が悪い、と言い訳して、は掴まれている腕をひねって男の腕を掴んだ時だった。

 「もういいでしょう?彼女、嫌がってるじゃないですか!」
 「あぁ?誰だ、お前!」
 「関係ないヤツは引っ込んでろ!しかもお前、イレヴンだろ?!何イレヴンが俺達ブリタニア人に歯向かってるんだよ!失せろ!」
 「では、お聞きしますがそんなブリタニアの方が嫌がってる女性を無理やり連れて行こうとするんですか?紳士的ではないですね。」

 と男達の間に一人の少年が割り込んだ。歳のころはと同じくらいだろう。そんな彼はを掴んでいた男の腕をあっさりとひねり上げ、笑みを浮かべて問い詰める。少年に腕をひねりあげられ、男は苦痛に顔を歪め有効的な文句も言えないまま、尻尾を巻いて逃げる犬の如く退散していった。立ち去る時に、覚えてろよっ!とベタなセリフを残したので、は思わず噴出しそうになるのを我慢しなければいけなかった。

 「大丈夫ですか?」
 「え、えぇ、助かりました。ありがとう。」
 「いいえ、人助けは当たり前ですから。」
 「あ、あの…イレヴンって…?」

 は何のことだっただろう、と首をひねったが、イレヴンという言葉を聞いた少年は心苦しそうに表情を歪めて、あ、と声を漏らした。少年が話し出そうとした時に、はようやく、この地は日本という国で、その国を神聖ブリタニア帝国が制圧したことを思い出した。イレヴンとは日本がエリア11という呼び名に変わったことから日本に住む人を指している、と昨日ルルーシュから聞いたばかりではないか。…なら、彼らはゲットーと呼ばれるところに住んでいる。ゲットーの地理には詳しいのではないだろうか?

 「あの、本当に助けてくれてありがとう。私、シンジュク、ゲットー、と言うところのキュウチカテツ?って所に行きたいの。土地勘が無くて、どう行けばいいのか解らないので、教えてもらえませんか?」

 にこりと笑って言えば、少年は気まずかった表情を一転させて目を見開いた。だが直ぐに眉間に眉を寄せて訝しげに聞き返した。

 「シンジュクゲットーへ何の用があるんですか?あそこは昨日毒ガスが散布されて人が沢山死んだんです。今も軍によってその地域は閉鎖されていて、行く事は無理ですよ。」
 「毒ガス?」

 そんな事はルルーシュから聞いていなかった。しかし、直ぐにあの少女の事だったのだろうか、と推測する。

 「そうだったんですか…。あの、じゃあ、このあたりの地図がもらえるところを教えてもらえませんか?」
 「君、最近本国から来た人?」
 「えぇ、父の都合で。なのでまだ学校への手続きもしていなくて。」
 「そうなんだ。…君は、嫌じゃないの?イレヴンと…、」

 我ながら上手い嘘をつくものだと、内心関心しているところへ少年は何も疑わず頷く。だが、少年は続けて言いにくそうに言葉を濁したのではそれを察して、どうして?と首をかしげた。逆に聞き返されて、少年は、え、と呟く。

 「ブリタニア人とか、日本人とか、ただ容姿や母国語、文化、習慣が違うだけで同じ人間でしょ?確かに、今の世界情勢としては相容れないのかも知れないけど…、互いに歩み寄ればきっと仲良くなれると思うの。違うかしら?」
 「―――…そうだね。」

 少年はぱちくりと瞬きをした後、翡翠色の瞳を細めて柔らかく微笑んでの言葉に賛成した。その笑顔にもつられて微笑み返す。なんて柔らかい笑みをを浮かべるんだろう、ニコルに似てるなぁ、なんて考えたのはだけの秘密だ。

 「…あぁ、そう言えばこのあたりの地図がいるんだったね。もし良かったら僕がこのあたりを案内しようか?…君が、イレヴンと一緒に行動するのが嫌じゃなかったら、だけど。」
 「本当?とても嬉しい!お願いしてもいいかしら?――私の名前は・クラインよ。あなたは?」
 「僕は枢木スザク。よろしく。」

 よろしく、とは枢木スザクと名乗った少年の手を握った。
 はスザクの案内を受け、トウキョウ租界付近の地理を把握できた。スザクがまだ数時間だけなのに、とビックリするのではスザクの説明が上手いからだよ、と笑みを浮かべた。こんなにも早く把握するのは、確かに一般人では無理だと思う。それはの遺伝子が操作されていて、一般人よりも情報を処理する能力が高いからだろう。日がすっかり高くなり、お腹も減ってきた所ではそろそろ戻ろうと口を開こうとした。

 「あの、私――、」
 「ねぇ、。お腹空かない?」

 の言葉はスザクの言葉と被った。

 「あ、うん、お腹空いたね。」
 「ね。天気も良いし、露店で何か買って食べようよ。」
 「えっ、でも私、実はお金も持たずに家を出てきちゃったから、」
 「気にしなくて良いよ。」
 「悪いわ。本来なら、私がお礼する立場なのに。」
 「んー、じゃあ、今度会うことがあれば、その時はに頼むよ。それでどう?」

 そう言われて、はうん、と頷くしかなかった。元の世界であれば、今までの報酬や、ラクスのコンサートについてバックコーラスをした時のギャラが口座にあるが、この世界では無一文だ。空腹でも数日は耐えられる、ここでルルーシュの部屋に戻った方がやっぱ良いだろうと思う反面、もう少しこの世界の事をスザクから聞きたい、という気持ちが勝った。
 はスザクに導かれて、広場へと向かった。
 広場は平日とは思えない賑やかさがあった。加えて、上流階級を漂わす品もあった。

 「この広場の露店のホットドックがとっても美味しいんだ。」
 「そうなの。スザクったら本当に美味しそうに話すから、とても食べたくなったわ。」

 身振り手振りで、美味しさを表現するスザクにはくすくす笑いながら歩みを進める。こんな風に話をしながら街を歩いた事は初めてだった。プラントでは常にボディガードが付いていたし、軍に入ってからは休暇申請をしても休みの日は日頃の疲れを取る事だけに専念していて、街に出てきたのも久しぶりだ。

 「確か、この辺りのはずなんだけど…、」
 「貴様!こんなところで何をしている!」

 きょろきょろと辺りを見回し、目当ての露店を探していると、どこからか怒鳴り声が聞こえてきて、スザクとはその方向を見据えた。

 「し、しかし、この場所での営業許可はとっております、」
 「そんな事はどうでもいい!邪魔だ、店を片付けろ。」
 「そ、そんな、」
 「まだ言うか!イレヴンの分際で、我らブリタニア人に歯向かうのか?!」

 制服を着た男が二人、理不尽な理由を店主に突きつけ、挙句銃まで取り出したのでは眉をしかめた。スザクもと同じ様な表情をしており、ぎゅっと拳を作ったのをは見逃さなかった。

 「ちょっ――、」
 「止めてください!無抵抗な民間人に銃を向けるなんてっ!」
 「なんだ、イレヴンが!お前もこいつの仲間になるか?!」
 「おい、ちょっと待て!…お前、どこかで見たことが…。――我々と同じ軍の人間だな?」

 が止めに入ろうとすると、スザクが銃を向けた男の手を座り込んだ店主からそらした。それに激怒した男が再び声を荒げるが、それを制止した男がスザクを軍の人間と確認を取った。スザクは一度を見て、はい、と答える。は目を見開いた。

 「名誉ブリタニア人のくせして、我々に楯突くのか!」

 スザクが銃口をそらした手を振り払い、男はスザクを殴り飛ばそうとした。スザクはとっさに目をつぶるが、予想した痛みはなかなか襲ってこず、ゆっくりと瞼を持ち上げると、が男の拳を受け止めていた。

 「なんだ、お前は!」
 「、」
 「あなた方は崇高なブリタニアの軍人なんですよね?でしたらこれ以上野蛮な行為はお控えになられた方が良いと思われますが。」

 にこり、とは微笑みながら男の拳を握り締める。その強さに、男は眉をしかめた。そこへ、男たちとはまた別の声が割り込んだ。

 「それくらいにしておけ!」
 「ジェレミア卿、しかし、」
 「そちらのお嬢さんが言うとおりだ。これ以上我らブリタニア軍人の品を落とすような行動は慎め。…ところで、貴様、名は?」
 「ぼ…、私は枢木…スザクです。」

 ジェレミア卿と呼ばれた男は店主に絡んでいた軍人達をひとまず持ち場へ戻らせ、スザクの名を聞いた。はほっと胸を撫で下ろしながら、未だ座り込んでいる店主の下へ駆け寄り、立ち上がらせる。店主は小さな声でありがとう、と言うとそそくさと店へ戻り、商品の準備をし始めた。少し大事になってしまったな、と思いつつも、スザクと話を再会させようと振り向くと、ジェレミアはスザクを拘束するように、部下に命令していた。

 「ま、待ってください!何かの間違いです!僕…私はやっていません!」
 「ちょっと待ってください!何の騒ぎですか?!」
 「あぁ、お嬢さん。奴に何もされていませんか?」

 スザクを無理やり連行しようとするジェレミアに詰め寄れば、彼はの心配をしてくる。訝しげにジェレミアを見据えると彼は小声で、彼はクロヴィス殿下殺害の犯人なのですよ、と告げた。は目を見開いてジェレミアを見据えた。

 「?! クロヴィス殿下が殺された…?何かの間違いです!彼は違います!」
 「物的証拠があるのです。これから、尋問する為枢木一等兵には軍本部へ同行してもらいます。」

 連れて行け、とジェレミアは指示し、指示を受けた部下達はスザクを車へ押し込んだ。では、とジェレミアはに向き直り、車に乗り込んで去っていた。その場に残されたは、呆然と見送るしか出来なかった。

 

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