「ここに長居は無用だ。行くぞ。」

 ルルーシュはそう言って自分の兄だった人に背を向けて退出していった。クロヴィスに向かってはザフト式の敬礼をしてから、ルルーシュの後についていった。
 敵軍人達は、何故かルルーシュとを引き止めることはなかった。まだ効いているのか、と感心したようにルルーシュは呟き、さっさと軍人達の脇を通り過ぎて行く。軍本部が展開されていた場所から随分はなれた所で元の服に着替え、避難する人たちに紛れてシンジュクを後にした。
 それから連れてこられたのは私立アッシュフォード学園という学校だった。何故学校に、とは首をかしげたが、ルルーシュからこの学校は全寮制で、との説明を受けて納得した。しかし、ははっとして言い返した。

 「ぜ、全寮制って!あなたは自分の部屋があるから良いかもしれないけど、私はどうすればいいのよ。」
 「その点については大丈夫だ。俺の部屋は男子寮には無い。寮棟と校舎の間にクラブハウスがある。もともとそこは学園の生徒会メンバーしか使用できないんだが、特別にそこに住まわせてもらっている。俺の妹が寮では生活できないからな。」

 ルルーシュの後をついていきながら、そう、とは返事した。

 「ナナリー、だったっけ?あなたの妹さんの名前。」
 「あぁ。ナナリー・ヴィ・ブリタニア。それがナナリーの本当の名前だ。だが。この学園ではナナリー・ランペルージ。そう名乗っている。」
 「じゃあ、あなたもルルーシュ・ランペルージ?」
 「そうだ。俺の事はルルーシュでも、ランペルージでも、好きに呼ぶといい。ただし、間違ってもブリタニア姓を出すな。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは七年前、この土地で死んだことになっている。」
 「…なんだか、悲しいね。」

 が地面に視線を落として呟くように言ったのを、ルルーシュは何がだ、と興味がなさそうに促した。

 「本当の自分を殺すことだよ…、偽りだらけで固められた自身は、本当の自分に戻ることを許されない。それは辛いことだと思う。」
 「…俺は、ナナリーと静かで穏やかな生活が出来れば、それだけで良い。ナナリーが幸せに暮らせれれば、それだけで良いんだ。」
 「…どこの世界も、考えることはみんな一緒ね。そのために何かと戦っているんだわ。」

 そうかもしれないな、とルルーシュは肯定した。
 話ししているうちに、クラブハウスに着いた。玄関を通り抜け、ルルーシュはまずリビングへと顔を出す。

 「お帰りなさい、お兄様。」
 「お帰りなさいませ。あら?そちらの方は?」
 「どなたかいらっしゃるの?」
 「ただいま、ナナリー、咲世子さん。彼女は僕の友人で名前は、」
 「です。初めまして。」
 「学校の課題を今日、ここですることになったんだ。突然で悪いのだけど、彼女の分の夕食も頼んでいいかな。あと、彼女は自宅通いなんだけど、遅くなりそうだから泊めてあげたいんだ。部屋も用意してもらえると助かる。」
 「わ、かりました。」

 は頭をさげて挨拶した。その行動にびっくりしたのはナナリーの隣にいたメイド服姿の咲世子だった。しかし、彼女は何も言わずに、篠崎咲世子です、と名乗り、ルルーシュに夕食の準備を致しますね、と断って席を立った。

 「初めまして、私はナナリー・ランペルージです。…あの、握手をしても?」
 「えぇ、もちろん。よろしくね、ナナリー。」

 はナナリーの手を自分の手に重ねた。ナナリーはの手をぎゅっと握り返し、さんは、とどこか怯えた様に話し始めた。

 「さんは、軍の方か何かですか?手にマメの痕が有りますね。こんなに出来るほど、訓練なさってるのですか?」

 ナナリーの表情を見て、ルルーシュは慌てて彼女は違うよ、と訂正した。

 「俺が軍人を連れてくるわけが無いだろう、ナナリー。彼女は学校でアーチェリー部に所属しているんだよ。」
 「そうでしたか。すいません、さん。私が勝手に勘違いして。」
 「いいえ、気にしてないわ。だからナナリーも気にしないでね。」

 がそっとナナリーから手を引くとちょうど咲世子が三人分の夕食を運んできた。
 はこんなに暖かな夕食は久しぶりだな、と感じた。
 血のヴァレンタインが起こるまでは、両親と食卓を囲い、クライン邸ではシーゲルとラクスと食卓を囲い、楽しい食事をしていた。しかし、両親を喪ってからは軍のアカデミーに入り、軍律で縛られた環境の中で生活をしていたため、食事の時でさえ、私語は出来なかった。クルーゼ隊に配属されてからもしばらくは静かに食事をし、話すようになったのは、ミゲルや、ラスティ達と仲良くなってからだった。

 「、どうした?」
 「え?」

 ルルーシュに初めて名前を呼ばれた気がした。はスープから顔を上げて何?と首を傾げると訝しげに眉を寄せるルルーシュがいた。

 「何、じゃないだろう。嫌いなものでもあったのか?涙がでてる。」

 ルルーシュに言われて、は自分の頬を触った。確かに、濡れている。

 「大丈夫ですか、さん。」
 「えっ、えぇ。ごめんなさい。洗面所、どこかしら?」
 「この部屋を左に出て突き当たりを左だ。」
 「食事中にごめんなさい。ちょっと席を外すわね。」
 「何か、あったのかしら、さん…。」
 「大丈夫、だと思うよ。今はそっとしておいてあげよう?」
 「そうですね。もしかしたら、触れて欲しくない事かもしれませんね。」

 はルルーシュに言われた道を小走りで駆けていった。
 残されたルルーシュとナナリーは顔を見合わせた。
 が戻ってくると、ナナリーの食事は既に終っていて、咲世子がナナリーを自室に連れて行こうとしているところだった。

 「さん、大丈夫でしたか?」
 「えぇ、大丈夫。心配掛けたようで、ごめんなさい。」
 「いいえ。私はこれで失礼しますね。課題、頑張ってください。」

 ありがとう、とは答え、軽く会釈する咲世子に会釈を返し、部屋へ入った。机をはさんでルルーシュと向かい合わせになり、冷めてしまったスープに手をつける。

 「…さっきのは何だったんだ?」
 「ちょっと、元の世界の事を思い出したの。こうやって、食卓を囲んだのは久しぶりだな、って。気付いたら涙が出てた。」
 「そう、か…。お前の世界の話を聞いても?戦争中のようだが、ザフト軍、地球軍とは?」
 「…簡単に言えば、コーディネイターとナチュラル間の戦いよ。コーディネイターとは、遺伝子操作をされた人間の事で、ナチュラルは遺伝子操作されていない人の事を指すの。ザフト軍とは遺伝子操作されたコーディネイターで構成され、地球軍はナチュラルで構成されてるわ。」
 「遺伝子、操作?…なんか突拍子ない話だな。お前はザフト軍、とやらだからコーディネイターという事か?」
 「そうよ。私は二世代目コーディネイター。二世代目っていうのは、一世代目コーディネイターから生まれた子の事を指すわ。現在は第四世代まで誕生している。コーディネイターはね、ナチュラルに比べて全体的に身体能力が上なの。けれど、その恩恵と引き換えに生殖機能は低下している。コーディネイター同士は遺伝子の配列が似すぎているの。だからコーディネイターが住む宇宙ステーション―――プラントでは婚姻統制が布かれているわ。」

 ふぅん、とルルーシュは頷く。

 「宇宙ステーション、という事は、宇宙に住んでいるのか?」
 「えぇ。もともとは地球に住んでいたのだけど、迫害されて宇宙に逃れた。一世代目コーディネイター達は地球を知っているけれど、私達、大多数の二世代目コーディネイターは地球を知らずに育っている。だから、今日、地球の重力にちょっとびっくりしたの。感動もあったけど。そんな事実感してる暇はなかったけどね。」

 揶揄するようにがいうと、ルルーシュはフン、と鼻を鳴らした。
 食事を終え、ルルーシュとはルルーシュの自室へと移動する。に椅子を勧め、ルルーシュはベッドに腰を下ろした。

 「血のヴァレンタインとは?」

 ルルーシュが思い出したように尋ねると、はギュッと服の裾を握った。視線は床に向けられており、ルルーシュからはの表情が見えない。

 「…私達の世界の年号でコズミック・イラ70の2月14日に、地球軍によって引き起こされた悲劇よ。武装していない一般人が暮らしていたユニウスセブンというコロニーに地球軍が突然核爆弾を打ち込んだの。24万3721人が亡くなった。私の両親と、友人の母親が亡くなったわ。」

 の声は震えていて、ルルーシュは泣いているのかと思ったが、顔を上げたは強い眼差しでルルーシュを見つめていた。

 「肉親を殺され、遺された者の気持ちがわかるから、どうしてもあの時、あなたを止めたかった。」
 「…遺される者の気持ちは痛いほど知ってるさ。俺も母親を殺されている。ナナリーに至っては母親を目の前で殺されたんだ。だから、」
 「だからって…人を殺していい理由にはならないよ。」
 「それを、お前が言うのか?軍属のお前が!」
 「私はっ!もう誰も殺しあって欲しくないから、そんな世界を作りたかったから軍に入隊した!――戦争は、まだ終らないけど、」
 「――もういい。この件についてはもう止めよう。俺とお前とでは考え方も違うんだ。俺は俺の道を行く。お前は俺に協力してくれればそれでいい。俺はお前が元の世界に戻る方法を探す、いいな。」

 何か言おうとして、は口を開いたが、結局何も言わずにうん、と頷いた。

 「…私も、質問していい?」
 「何だ。」
 「今日、指揮官の乗る艦の軍人達はどうしてあなたの言うことを聞いたの?普通であればありえない事よ。」
 「…そうだな、お前には話しておこう。お前と初めて出会ったあのシンジュクゲットーで撃たれそうになった時、女が庇っただろ?」

 ルルーシュに言われ、はその時の事を思い出した。

 「あの時、死んだはずの女が突然俺の手を握り、契約を持ち出した。俺はその契約を結び、この力――ギアスを手に入れた。」

 ギアス?とは繰り返す。ルルーシュは力に呼び名がないと不便だからな、と、にやりと笑みを浮かべた。

 「この力、今解ってる範囲で、相手の目を直接見て命令しないといけないこと、命令されるとその命令を受けた者は絶対に守らないといけないことが判明している。」
 「…どうして私にその力を使わなかった?」
 「いざ、という時にしか使わないさ。お前には使わないよ。」

 さて、とルルーシュは話を切り替える言葉を使った。

 「シャワールームと部屋を教える。服は悪いが俺のを使ってくれ。明日、俺は学校へ行くがお前はここで過ごしてくれないか。放課後には戻ってこれるし、それから必要なものを揃えに行こう。この学園への入学手続きもしておく。明後日からはこの学園の生徒だ。」
 「身元がはっきりしない人間をこの学園の生徒に出来るの?」
 「このアッシュフォード学園の理事長はもともと俺とナナリーの後見人だ。そのつてで今も匿って貰っている。一人位増えても大丈夫だろう。何かあればギアスを使えば良い。」

 は頭を抱えたくなった。なんとも、いい加減で俺様野朗に拾われたものだ。しかし、もう文句も言っていられない。歯車は廻り始めたのだ。

 「…これから、よろしく。」
 「あぁ、お前の働きに期待している。」

 ものすごく不本意だけど、とはの心の中だけの秘密だ。

 

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