白いナイトメアから逃れ、ルルーシュとは機体から降りた。ルルーシュにとっては数時間ぶりの、にとっては初めてゆっくりと感じた地上だ。プラントも地球に似せて重力を発生させてはいるが、生活場所は主に宇宙空間の戦艦の中だ。

 「やれやれ、ようやく検問だな…。おい、行くぞ。俺についてこい。」
 「…ねぇ、着替える必要はあるの?」
 「ある。意味は直ぐにわかるだろう。」

 ルルーシュが数人の軍人に向かって、服を脱げ、などと不躾な命令を下したにも関わらず、軍人達はわかった、とその場で服を脱ぎ始めては赤面して慌てて視線を外した。隣でルルーシュがふん、と鼻を鳴らしたのが聞こえたが、それは聞こえなかったフリをした。
 手渡された下級兵士の服を纏い、顔がわからないようヘルメットを被る。ルルーシュの後ろについて敵軍の中を歩く。確かに、軍人達の中を私服で歩くには目立つだろう。ルルーシュに至っては学生服だ。それだけでどこの所属かわかってしまう。敵兵は最初、銃を向けIDを言うように指示してくるのだが、その度にルルーシュがヘルメットを取りここを通せ、と言うと、どういうわけか了承の返事が返ってくる。

 「どういうこと?」
 「今は言えない。」

 が何度尋ねても、ルルーシュの返答は今は言えない、だ。
 艦橋だと思われる扉の前の兵士も、ルルーシュが通せ、というと了承の言葉を残して道を開けた。
 部屋の中は艦橋とは思えない煌びやかさがあった。が知っている艦橋はそれはもう、殺伐としていていつも死が隣同士だ。それに比べてここはなんて華があるのだろう。死なんて恐怖を微塵も感じさせない。

 「バトレーか?何をしている、早く行かんか。」
 「あなたの身辺を守る兵士は皆、席を外しましたよ、殿下。」
 「?! 誰だ?!」

 ルルーシュはヘルメットをつけたまま、上座に座る男に銃を突きつけた。

 「私が何者か正体を明かす前にやってもらいたいことがあります。」

 ヘルメットの下ではルルーシュがにやりと笑っているに違いない。
 ルルーシュは先ず停戦命令を、と指示する。銃を突きつけられた男は、随分と余裕がある表情で、正体不明の男の声にしたがってマイクに手を伸ばし、クロヴィス・ラ・ブリタニアと名乗り停戦を呼びかけた。
 停戦を宣言すると、はあらかじめルルーシュに指示されたように艦橋の電気を全て落とした。部屋は薄暗くなり、顔がはっきりと見えない。は暑苦しかったヘルメットを取り、床に置いた。

 「もういいのか?」
 「ええ。上出来です。」
 「次は何だ?歌でも歌うか?…それとも、チェスのお相手でも?」
 「チェス…懐かしいですね。覚えていませんか、アリエスの離宮でチェスをやったこと。」

 ルルーシュは薄暗くなった部屋でようやくヘルメットを脱いだ。クロヴィスと名乗った男はん?と訝しげに眉を寄せ誰だ、と問い詰めた。ルルーシュが一歩前に出て、顔を見せるとクロヴィスは目を見開かせた。

 「ル、ルルーシュっ?!」
 「お久しぶりです、兄さん。今は亡きマリアンヌ后妃が長子、第十七皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。」

 息を飲んだのはだったのか、クロヴィスだったのか。

 「お、お前は、七年前に…、」
 「死んだはず、ですか?戻ってまいりました、全てを変えるために!」

 ルルーシュは、跪いた姿勢から再び立ち上がり、銃を突きつけクロヴィスに近寄る。先程の余裕のある表情から、一変して、クロヴィスの表情には焦燥が感じられた。

 「や、やぁ、嬉しいよ。君が生きているという事はもちろんナナリーも、」
 「えぇ、生きていますよ。相変わらず足と目は不自由ですが。」
 「そ、そう、か。どうだい?私と、本国に、」

 また外交の道具とするつもりか?と、ルルーシュは至極冷めた目でクロヴィスを見下ろし、言い放った。クロヴィスは息を呑んだ。思い出させるかのようにルルーシュは自身がこの地へ送られるハメになった理由を言う。

 「母さんを、殺したな!」
 「違う!私じゃ無い、私じゃ無いんだ!本当だ!信じてくれっ!」
 「なら、本当の事を言え!俺の前では誰も嘘などつけない。」

 ルルーシュが誰だ、ともう一度問い詰めると、今までおびえていたクロヴィスは椅子に靠れ直し、ゆっくりと口を開いた。

 「第二皇子シュナイゼルと、第二皇女コーネリア。彼らが知っている。」
 「奴らが首謀者か?!――そこまでは知らないか…。」

 クロヴィスが二人の名前を言うと口を噤んでしまい、ルルーシュは落胆したように呟いた。クロヴィスは再び目の前の銃口に焦り、私じゃ無い!と叫んだ。ルルーシュは静かに銃口を下ろし、わかった、と頷いた。その様子にクロヴィスはほっ、と胸を撫で下ろす。

 「しかし―――、」

 ルルーシュは再び、銃口をクロヴィスに向けた。はぎょっとして目を見開いた。

 「なっ?!何をするつもりだ!は、腹違いとはいえ、実の兄だぞ?!」
 「お、おいっ!ルルーシュとかいうヤツ!兄弟喧嘩にしては物騒だぞ!」

 は慌てて、ルルーシュとクロヴィスの間に割り込み、クロヴィスからルルーシュを少し遠さげた。の後ろでクロヴィスが小さく息をついたのがわかる。ルルーシュはそれが癇に障った。

 「お前には関係ない。そこをどけ。」
 「嫌だ!目の前で肉親殺しをしようとしているヤツを見逃すと思うか!」
 「そいつは罪もない人間を大量に殺した!死んで当然だ!」
 「このわからずやっ!」

 ルルーシュが銃を構えなおし、照準をクロヴィスに向けた。は慌てて銃をだし、動くな、と叫んだ。

 「私の、射撃の腕はさっき見たでしょ。」
 「だから、どうした。撃つなら、撃てばいいじゃないか。俺に撃たれる覚悟があれば、の話だがな。」

 はぐ、と息を呑み、ルルーシュはにやり、と唇を吊り上げる。クロヴィスはただ、の後ろで息を潜めるようにして事の成り行きを見守っている。

 「…フン、覚悟が無いならでしゃばるな!」
 「!」

 ルルーシュはトリガーを弾いた。それを見たもトリガーを弾いた。だが、銃声は一つしかせず、ひぃっ、と引きずった声を上げたのはクロヴィスで、うっ、と声を上げたのはルルーシュだ。銃が後方へ飛び、の銃口からは小さな煙が昇る。

 「貴様!」
 「この人を殺して、後悔するのはあなただよ。私は…私には"視える"から。だから、止めて。」

 ルルーシュはぎり、と唇を噛んだ。ここまで来て、邪魔されるとは計算外だった。異世界から来た軍人を信じるなんて、どうかしている。自分の行動を悔いたが、ルルーシュは床に視線を落とし、小さな声でわかった、と呟くように言った。
 はその声をしっかり拾い、ほっとして背後に庇っていたクロヴィスを見て笑顔を作り、ルルーシュに駆け寄った。
 次の瞬間、の腕を掴んだルルーシュが思いっきり引っ張り、手から銃を奪うとクロヴィスに向け、が声を荒げる前にその口を自身の口で塞いだ。の後頭部を左手でしっかりと離れないように押さえ込み、トリガーに力を込めた。
 鈍い音がしたのは後方からなのか、それとも目の前からなのか。
 ルルーシュは慌ててから離れ、口元を押さえる。血が出ていた。の唇にも血が付着していたが、それを拭う事もせず、ただ少し潤んだ瞳でルルーシュを睨みつけ、背後を振り返って絶命した男を見据えた。

 「どうして…?」
 「奇麗事で、世界は変えられないからな。」
 「自分のお兄様でしょ…?」
 「さっき、お前にこの世界の話をした時、話していなかったことがある。俺はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第十一皇子であり、第十七皇位継承者。七年前、母が殺された後、人質としてエリア11――日本に送られた。その後、ブリタニアは俺達がこの地にいることを知りながら宣戦布告した。――察しの良いお前なら、もうわかるな?」
 「…それしか、出来なかったの?」
 「…あぁ、俺は、ブリタニアを破壊する!」

 力強く言い放つルルーシュに向き直り、は手を上げた。パン、と音が響き、ルルーシュの頬に赤い痕がついた。

 「何のつもりだ?この世界の情勢も知らぬ人間が。」
 「…それはさっきのキスのお返しよ。勝手に、するといいわ。いずれ、あなたは必ず後悔する。全てを失ったときにね。」

 は、床に転がっていた銃とヘルメットを取り、退室しようとすると、待て、と制止を掛けられる。肩越しにルルーシュを見て、何?と尋ねた。

 「お前はもう俺の共犯者だ。勝手な行動をすることは許さない。俺の目の届く範囲で監視する。」
 「あなたの傍にいるなんて、嫌よ。私は元の世界へ戻る。その方法を探すわ。」
 「あてはあるのか?」

 は、口をつぐんだ。元の世界に戻るあてなど、あるはずが無い。本来であれば救命ポッドの中で数日を過ごし、延命装置が切れて死ぬ運命にあったのだ。そもそも、この世界に紛れ込んだこと事態が奇跡である。

 「…ないわ。」
 「フン。なら、俺と共にいたほうがお前にとっても良いのではないか?身分証明も出来ないお前がどう元の世界へ戻る方法を探すのか、それはそれで面白さがあるが。人に訊くにしろ、それなりの説明が要るだろうな。それを話せば十中八九、お前は精神科行きだ。」
 「…何がいいたい?」
 「では、率直に言おう。お前の腕と、その頭脳が欲しい。俺の傍にいて手伝え。その代わり、俺はお前が元の世界に戻る方法を探そう。この世界にいる間の生活の保障をしてやる。――どうだ?悪くない条件だと思うが?」

 ニヒルな笑みを浮かべて、ルルーシュはを見据える。確かに、よく知りもしないこの世界で頼れるのは目の前にいる男以外にいない。別に探すとしても、自分の経緯を話せば精神科へ連れて行かれるのがオチだろう。だが、一刻も早く、元の世界に戻りたい。ラクスは無事でいるだろうか、アスランと、アスランの友達だというキラは傷つけ合っていないだろうか。

 「―――わ、かったわ…。ただし、私は人を殺さない。敵であっても、味方であってもだ!」
 「いいだろう。交渉成立だな。」
 「あ、最後に。」
 「何だ。」
 「私に先程のような事をしてみろ。今度はお前の頭に風穴を開けてやる。」
 「先程…あぁ、キスのこと…。―――わかった、肝に銘じよう。」

 先程、といわれ、ルルーシュは顎に手をあて考えるフリをしてみせ、わざと声に出しての羞恥に歪む表情を引き出そうとしたが、それはによって打ち込まれた銃弾によって失敗に終った。
 が撃った銃弾はルルーシュの頬すれすれを横切り、壁へと直撃し、冗談でない事を悟ったルルーシュはを怒らせてはいけない、と早くも肝に銘じた。

 

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