「わ、たしは、」

 が話し出したのと同時に、一機の機体が屋内に入り込んできた。も、ルルーシュと名乗ったアランも音がし、砂煙を上げる方を見た。

 『ここで何があった?!ブリタニアの学生と一般人が何故ここにいる?!答えろ!さもなくば、』

 チッ、とルルーシュは舌打ちを打った。面倒な事に巻き込まれる前に早くここを離れないと、と気持ちが急く。だが、は現れた機体に目を丸くし、モビルスーツ…?とルルーシュが聞いたことが無い言葉を呟いた。

 「おい、ここではゆっくりと話も出来ない。場所を移動する。協力しろ。」
 「え?」
 『答えろ!』
 「そこから降りろ、今すぐにだ。」

 ルルーシュはに反論を許す間も与えず、軍人達を自害に誘導した時のように命令した。しかし、機体の人間はお前、何様のつもりだ、と至極普通に怒りの感情を表している。何かを悟ったのか、ルルーシュは突然手を上げて機体に向き直り、に最初名乗った名を用い、父は公爵だと告げた。そして、を見、目線だけで指示を出す。もルルーシュに倣い、両手を挙げて名乗る。

 「・クライン。歌手を目指している、専門学校の学生です。」
 「胸の内ポケットにIDカードが入っている。確認して欲しい。保護を頼みたい。彼女は私の友人だ。同様に保護して欲しい。」

 機体から一人の女が降りてきて、手は上げたままで、と指示する。ルルーシュの表情はニヒルな笑みだ。

 「よこせ、お前のナイトメアを。」
 「ナ、イトメア?よこせって、そんな無茶苦茶な―――」
 「わかった。」

 え、とは言葉を零した。先程自害した軍人達と一緒だ。無茶苦茶な要求がすんなりと受け入れられてしまう。

 「何をしている、行くぞ。」

 結局、は反論も出来ずにルルーシュについていくしかないのだ。
 操縦席にルルーシュが座り、ボタンを触っては、設定を確認していく。は操縦席の後ろの僅かな空間に身を小さくして座っていた。ヘリオポリスで奪取したモビルスーツより小さく、小回りが利く機体に興味が無いわけではないが、こんなものを見、こうして乗り込んでしまうともう信じるしかない。――本当に知らない世界なのだと。

 「ラクス、大丈夫かな。…大丈夫、よね。だって、モビルスーツに抱えられてたし。…私、ちゃんと戻れるのかな…。」
 「何の話だ?」
 「…なんでもないわ。こちらの話。――ところで、あなたの名前はルルーシュでいいわけ?アラン・スペイサーは偽名でいいの?」
 「…あぁ。それよりお前、俺の本名を聞いてなんとも思わないのか?」
 「別に。特に何も思わないし、感じないわ。あなただって、私の名前に何も興味を示さなかったじゃない。…これでも私、有名人なのよ。」

 の答えに、ルルーシュは目を見開く。ブリタニア姓を聞いて何も思わない、という事は一体どういうことだ?とぼけたフリをしているのだろうか?しかし、にそんな素振りは見受けられない。今日、世界の約三分の一を占める超大国の、この日本を始めとする諸外国を支配下においているブリタニアという国家を知らない。加えて、姓が有名という話を初めて聞いた。――どうやら、自分と彼女との間には何か食い違いが起こっている。

 「どうやら、お前と俺との間で話しが食い違ってるな。正直に話せ。」
 「あなた…、はぁ。良いわ、話してあげる。ただ、話す以上あなたには信じてもらわなくてはいけないわ。きっと、後悔するわよ。それでもいいの?」
 「フン、後悔するかどうかは聞いてから判断する。言え。」
 「…偉そぶってるところがイザークそっくり。」
 「何かいったか?」
 「なんでもないわ。――私は、さっき自害した軍人達に向かっていったように、ザフト軍クルーゼ隊に所属している軍人よ。父の名はミュンヒハルト・。世界的に日常生活品への大きな影響を及ぼしているミューズ会社の社長の娘。数ヶ月前、地球軍が極秘で製作していたモビルスーツの情報証拠を得るために単独で中立都市ヘリオポリスにて諜報活動をし、六機製作されたモビルスーツの五つを奪取。だが、一機を奪取し損ね、私が所属する隊は現在その最後の一機を破壊する為に作戦行動中。そこに、私の幼馴染から直々に護衛の任務依頼があって、私は彼女に付き合い、血のヴァレンタインの本拠地、ユニウスセブンへ下見に行ったの。そこで運悪く地球軍と遭遇して、私と幼馴染は救命ポッドに入れられ、宇宙空間へ射出され、助けを待っているところ、私だけブラックホールに飲み込まれた。…そして、今に至るわけ。」

 聞いた事もないような言葉を挙げられ、ルルーシュは瞬いた。地球軍?ヘリオポリス?血のヴァレンタイン?宇宙空間?…ブラックホール?!途方も無い話とはこういうことだ。これは話しの食い違い、などという次元ではない。この話を信じるというならば、これは。

 「異世界、といえばいいのかな…。多分私はブラックホールに吸い込まれた事で、あなたの世界に紛れ込んでしまった。さしずめ、時空異邦人といったところかしら。」
 「な、何故、そんなに楽観的なんだ。…自分がいた、元の世界とは別世界だぞ?!」
 「状況把握が出来ず、ただ慌てたり、焦ったりすることは子供がする行動よ。私はもう子供じゃない。自分の身の振りくらい、自分で出来るわ。」

 はまっすぐな瞳でルルーシュを見る。手が震えている事には気付かぬフリをして。の視線を受け、ルルーシュはこの話が冗談ではないとようやく認めた。今まで心のどこかでそんな夢物語、と笑っていたが信じるしかない。

 「…わかった、お前の話を信じる。詳しく聞きたいこともあるが安全な場所に避難してからだ。いいか?」
 「えぇ、いいわ。私に拒否権はないしね。私はここの世界のことを全く知らない。今この状況でほり出されても生きる確立が下がるだけ。私はまだ死ねないの。元の世界に居る人にまだ伝えていない事があるから。」

 そうか、とルルーシュは相槌を打って、前に向き直った。携帯を取り出し、ある番号へダイヤルを廻す。

 「シャーリー、今テレビあるか?…ニュースをみてくれ。シンジュク方面の事で何か言っていないか?――交通規制だけ?理由は何か言っているか?――あぁ、わかった。ありがとう。あ、妹に帰りは遅くなるって伝えてくれないか?じゃ。」

 携帯電話の向こうから聞こえた女の子の声には、納得した。あぁ、この電話の相手の女の子はこの少年が好きなんだ、と。声の僅かなトーンで相手に対しどんな風に思っているかわかるのは、の特技だ。なのに、操縦席に座るこの少年は簡潔に用件だけ聞き、電話を切る。あろう事か、電源まで切ってしまった。

 「電源切るなら、さっきも切っておきなさいよ。」
 「うるさい。」

 ぼそっ、と聞こえない程度に呟いたつもりだったが、しっかりルルーシュの耳に届いてしまっていたらしい。
 ルルーシュは何度か場所を移動した。はただ静かにして座っているだけだ。いつも肩身離さず身につけているロケットペンダントを取り出して開く。そこには両親とクライン議長、ラクスが写っている写真と、アカデミー卒業の時に一緒にとったクルーゼ隊の写真がある。

 「私が戻るまで、みんな無事でいて…。」

 はロケットのふたを閉め、一度だけぎゅっと握り締めてから元の場所に戻した。

 「おい、これからこの戦域の敵を倒す為にレジスタンスを動かす。」
 「…それを私に言ってどうするの?」
 「どうもしない。お前と話すのはもっと後になる、という事だ。」

 ルルーシュはそう言って、どこで手に入れていたのか、無線機を用いて指示を出し始めた。は小さく息をつく。全く、この俺様野朗は、と心の中だけで悪態吐くが、にはどうしようもできない。仕方なく、現状把握に操縦席の後ろから顔を覗かせて、ディスプレイを眺めた。

 「さっき電話した時に、テレビはシンジュク一帯の交通規制しか報道していなかった。つまり、これは全てを片付けた後、軍に都合の良いように報道する為だ。」
 「なるほど、敵はここにいるだけで援軍はない、と言いたいのね?」
 「流石だな、話が早い。そこで、お前の知恵も借りたい。なんせ俺はただの学生なのでな。」
 「私にこの世界でも人殺しをしろというの?」
 「人殺しをしろとは言っていない。知恵を貸して欲しいといっているんだ。…お前には生きる理由があるのだろう?」

 にやり、と笑みを浮かべる目の前の男を、はこれほど殴りたいと思ったことは無い。だが、ルルーシュの言うことはもっともだ。こんなわけもわからない場所で、アスランに気持ちを告げる前に死ぬわけには行かない。

 「…私に、大まかな地理と、世界状況、敵軍、この機体の特徴を説明しなさい。」

 やってやろうじゃない、私は、ここで死ぬわけにはいかないんだから。
 ルルーシュから説明を受けて、はわかったと答えた。地図が正しいことを再確認して、策を講じた。

 「…悪くない。指揮はお前が――、」
 「指揮はあなたが。今までもあなたが指示してきた。ここで私が入ったらレジスタンスに余計な混乱を招くわ。」
 「そうだな。」

 ルルーシュは頷き、無線機を取った。
 戦局は、思っていた通りに進んでいった。レジスタンスに機体―ナイトメアフレームというらしい―を渡す為、地上に降りたとき見つけたチェスの駒をタン、タン、と進めながらルルーシュは優越感に笑みを浮かべた。

 「これで、チェックだ。」

 タン、とキングを置く。モニターには、ロストされた機体が表示されていく。ルルーシュは高らかに笑い声を上げた。

 「やれるじゃないか!やれる、やれるぞ!ブリタニアを倒す事が!」
 「! ねぇ、喜ぶのはまだ早いわ!陣形を整えて!」
 「フン、何を言っている。敵のナイトメアは倒したぞ。」
 「…っ、今は時間がない!言うとおりにしろっ!今から数分後に敵の援軍が現れる。こちらの連携ははっきり言ってないも同然。策を講じねば死者がでる!」
 「何を根拠に…、」
 「いいからっ!私の言うとおりにしろ!敵の数は一機!装甲は白を基調としたナイトメア、とかいう機体だ。今、私たちが乗っている機体とは違い、新しいモデルのようだ。スピードがとても速い。搭乗しているパイロットも相当の腕を持っているみたいだ。そんなヤツに機体操作が素人同然の者が勝てるわけがない!そいつが現れたら、銃で牽制しつつ後退!陣形を建て直した後、一斉に攻撃を仕掛けて、相手を倒す!」

 ルルーシュは眉を寄せ、何の冗談だ、と思ったがの剣幕に押され、無線機に手を伸ばした。

 「…数分後に敵の増援が来る!敵に遭遇したら一定距離を保ちつつ陣形を変え、敵を包囲し、全員一斉攻撃しろ!―――これでいいのか?」
 「え、えぇ…。」

 無線をオフにして、ルルーシュはに向き直るが、は不安そうに目線を下に向けていた。

 「言いたい事があるならはっきりと言え。言葉にしないと伝わらないだろう。」
 「…そうね。今の命令、レジスタンスは守れないわ。相手のパイロットの腕が良すぎる。それに機体の、」
 『おいっ、聞こえるか?!敵に遭遇した。言われたとおりしているんだが、敵のスピードが速すぎて…っぅわあぁぁぁぁっ!』
 「?! お、おいっ?!」
 『銃を撃っても実弾を弾くんだ!ど、どうすればっ、ああっ?!』

 の言葉をさえぎって、無線が入る。無線の向こうではレジスタンス達が次々と機体を奪われていった。ルルーシュはを睨みつけて、何を知っている、と低く唸った。

 「私は何も知らない。ただ視えるだけ…。大丈夫、レジスタンス達はみんな無事に脱出してるから…、死者はいないわ。それよりも、私達も移動しましょう。ここにいたら白いナイトメアやらに見つかる。」

 がそう言ったと同時に、近くでコンクリートが割れる音がし、二人が振り向くと目の前には白い装甲のナイトメアが急接近していた。

 「こっ、こいつか!作戦を潰したのは!!」

 白いナイトメアの攻撃を受け止めた時、かかった負荷に思わずはぐっ、と声を漏らす。ルルーシュは舌打ちし、よくも!と叫ぶ。反撃も出来ないまま、敵ナイトメアの力に押され、廃ビルの上の階から下へと落とされていった。

 「っち、仕方が無い!ここで脱出を、」
 「ちょっと、前を見て!敵は目の前よ!」

 の言葉にルルーシュは前を見る。敵はの言うとおり、目前におり、遠心力を利用して、蹴りを一撃食らわす。まともに攻撃を受けたルルーシュとの乗るナイトメアは後方へ倒れた。

 「〜〜痛っ!ど、ういう神経してるの?!眼前の敵から注意をそらすなんて!それにどうして反撃しないのよ!これじゃあいい的だわっ!」
 「うるさいっ!少し黙ってろ!…っこのナイトメアさえ現れなければ…!」

 ルルーシュが体勢を立て直そうと操縦桿を握り直したが、敵ナイトメアはとどめ、と言わんばかりに腕を振り上げ攻撃しようとする瞬間だった。そこへ、赤いナイトメアが割り込んできた。

 『借りは返すぞっ!』

 その一瞬の隙をは見逃さなかった。

 「ちょっと、代わって!」
 「え、あ、おい!」

 ルルーシュはに操縦席を奪われるように、退いた。はパネルをタッチして操縦の説明を高速で読み飛ばしていく。あまりの速さに、ルルーシュは目を見開いた。ディスプレイに表示される機体のソースは流れるように下から上へと動く。

 「キャリブレーション…CPGを再設定…ニュートラムモジュール直結…よしっ、システムオンライン、ブートストラップ起動!」

 最後のパネルキーを叩き終えて、は操縦桿を思いっきり引き、後方回転をして、敵から距離を取った。

 「痛っ!たんこぶの所ぶつけた!〜あぁ、もう!重力があるの忘れてた!」
 「〜〜っ!!もっと安全運転しろ!」
 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!で?!これからどこへ行けば良いの?!」
 「検問所へ!あそこに用がある。」

 わかった、とは答えた。が書き換えたOSは白いナイトメアと同じくらいのスピードで検問を目指す。だが、後方から敵が近づいているのを知らせるアラームが鳴り、そちらへ注意を向けると先程の白いナイトメアが追いかけてきている。

 「っち、邪魔ね、あの機体!どうにかしないと!」
 「倒せるのか?!」
 「やってみなくちゃわからない!」

 は銃を構え、照準を後方敵、白いナイトメアに定めた。ボタンを押し、銃を撃つが案の定かわされてしまう。

 「やるわね、あのパイロット。でも、私に勝とうなんてまだ早いわ。」

 はそう言うや否や急ブレーキをかけて機体を停止し、次の瞬間にはトップスピードで元来た道を戻り始めた。――つまり、トップスピードで敵に向かっていった。
 白いナイトメアに攻撃された、あの蹴りをも同じ様に敵に食らわす。急停止してからの突然の攻撃に、白いナイトメアの操縦者は息を飲んだ。乗っているのはレジスタンスではないのか?この第七世代ナイトメアフレーム・ランスロットの動きについてこれるなんて…!ただのサザーランドが、ここまで!
 敵が怯んだのを確認したは再び敵に銃を向け、発砲した。しかし、攻撃に気付いた敵のパイロットは間一髪のところで避け、の攻撃が当たる事はなかった。だが、敵の機体に傷はつけれた。

 「…ふん、フェイズシスト装甲に似たようなものね。これが限度か…エナジー残量のこともあるし、検問へ向かうわ!」
 「倒さないのか?!」
 「大丈夫、足止めするから。」

 が検問所に向かって走り出すと、敵はもちろん追ってくる。それを確認してはわざと敵に攻撃が当たらないように銃を撃った。敵の進行方向に障害物を増やしているのに、驚異的な機動力でそれを避け、距離を縮めて来る。は舌打ちした。機体はやはり、あちらの方がいいらしい。
 突然、敵のナイトメアはくるりと方向を変え、落下してきた人を抱きとめた。とルルーシュはその行動にえ、と言葉を漏らす。

 「…戦闘中に人助け、」
 「…あれに乗ってるヤツ、本当に軍人?」

 ルルーシュはさぁ、と答えるしかなかった。

 

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