の機嫌は朝からすこぶる悪かった。
 ルルーシュに無断で学校を出ていた事がバレて理不尽な事で怒られるわ、C.C.からは思いもしなかった情報を聞かされて目を丸くした。
 ラクスが地球軍に保護されており、人質にされたというのだ。これでは何のためにが護衛として彼女についていたのかわからない。何も出来ないままはラクスの安否を気遣うばかりで一夜を過ごした。
 朝食の席でナナリーは雰囲気の違うに少し困惑していたようだった。しかし何も聞いてこないのはが現れる前にルルーシュに何か言われていたからかもしれない。静かな朝食を終え、三人は登校した。
 の席は一番後ろの窓際の席だった。隣の席は空いているらしく、誰もいない。静かに席に着くと寄ってくるのは今日も元気いっぱいのシャーリーだった。いつもなら笑顔で返すエリなのだが、心ここにあらず、といった感じでシャーリーへの挨拶もそこそこにぼぅっと窓の外を眺めた。―――ラクスは無事だろうか。離れ離れになる前、ラクスの救命ポッドを保護したのは地球軍のモビルスーツだったことになる。どうして、私も一緒に保護してくれなかったのだろうか!人質とはどういうことだろう…。あれだけ自身の本名は名乗らないように再三いったにも関わらずばれたということは、彼女は馬鹿正直に答えてしまったんだな、と呆れと彼女らしくて笑みが零れる。
 そんなの様子をシャーリーはルルーシュに尋ねるものだから、ルルーシュの蜂谷にもうっすらと青筋が立っていた。
 教師がSHRを始める為に教室に入ってきた。は相変わらず窓の外を眺めており、右から左へと教師の話を流していた。転入生の話が持ち上がった時、クラスはどっとざわめき立ったが、その転入生が教室に入ってくるとクラスはしん、と静まり返った。そこで初めては教壇を見た。教師の隣に、スザクがアッシュフォード学園の制服を着て立っている。の目が見開かれた。

 「枢木スザクです、よろしくお願いします。」
 「あー、みんなも知っての通り、彼はクロヴィス殿下の殺害容疑をかけられたが、あれは誤認逮捕だったんだ。これからは同じ教室で勉強する、仲良くな。――それじゃあ枢木の席だが…。・クライン!手を上げて。」

 スザクを凝視していては反応が遅れた。慌てて手を上げると教師が指差し、スザクに席を勧めて教室を出て行った。その途端、生徒達同士でひそひそ話が始まる。そんなことには見向きもせず、スザクはまっすぐエリの隣の席にやってきて椅子を引いた。を見て、スザクは軽く目を見開いた後少し残念そうにの名前を呟いた。

 「あ、あの、」

 は自分がスザクに対し本名を名乗っていなかったと思い出し本当のことを言おうとしたが、と名前を呼ばれた。スザクの後ろにルルーシュが立っていた。彼はスザクを見向きもしないでちょっと、と言葉を濁してを教室から連れ出した。その際、入口付近で一度立ち止まり詰襟を直した。
 を呼び出したわりに、ルルーシュは黙ってどこかに向かって歩いている。は仕方なくルルーシュの後を静かについていった。着いた先は屋上だった。そよ風が肌に気持ち良い。

 「、今は目立った行動は控えろ。」
 「別に目立ちたくてスザクに声をかけているわけじゃ、」
 「お前の気持ちも解ってるつもりだが、今は間が悪い。とにかく、俺に話を合わせていろ、いいな。」

 ルルーシュはにそれだけいうと、視線を校庭へと移した。そんなルルーシュにははぁ、と息を零して苛々する気持ちを落ち着けようと努めた。頭の中はもうぐちゃぐちゃである。そこへ、屋上の扉が控えめな音を出しながら開き、出てきたのは栗色の癖毛が特徴的な転校生だった。

 「ルルーシュ…。あ!ごめん、」
 「気にするなスザク。は知ってる。」

 何を、とルルーシュは言わなかったがそれでスザクには理解できた。ほっとした表情をしてスザクはルルーシュとがいるところへ来た。

 「七年ぶりだな、このサイン。」
 「"屋根裏部屋で話そう"だろ?安心したよ、ルルーシュが無事で。あの女の子は?それに…君と、…彼女との関係は?」
 「落ち着けってスザク、ちゃんと話すから。スザクの言う娘とは、はぐれてしまったんだ、あの騒ぎで。その事は軍の方が知ってるんじゃ?――そうか。との関係は…お前は気がついてると思う。俺との瞳の色を見れば。」
 「それじゃ、やっぱり、」
 「あぁ、紫色の瞳は皇族特有だ。だが、俺もに会うまではのことを知らなかったんだ、この十七年間ずっとな。信じられないけど…。それで今は縁があって一緒にこの地で生活している。から話は聞いた。…その、スザクが誤認逮捕された日、それに昨日一緒だったんだってな。偽名を使うように指示したのは俺なんだ。その…、すまない。きっと嫌な思いをさせたと思う。」
 「ううん。気にして無いよ。理由が理由だからね。…じゃあ、本名を聞いても?」

 スザクがそこで初めてルルーシュからに視線を移した。は一度ルルーシュを見る。彼は小さく頷いた。はルルーシュからスザクへと視線を移し、口を開いた。

 「。スザク、本当にごめんなさい。あなたに名乗った、という名は私の愛称なの。」
 「か、良い名前だね。」
 『かぁ、良い名前だね。』

 柔らかい微笑み付きで言われ、は思わずヘリオポリスでキラに会った時の事を思い出した。似ても似つかない二人なのに、どうして。がスザクを凝視したまま何も言わなくなったので、スザクは首をかしげた。

 「?」
 「…えっ、あ、ごめん、なんでもないの!ちょっとぼぉーとしちゃって…。あの、私先に戻ってるね。」

 逃げるように屋上から立ち去り、は誰もいない階段の踊り場で大きく息を吸って吐き、壁伝いにずるずると座り込んだ。

 「帰りたい、ラクス、アスラン…キラ…。」

 一方、屋上に残されたルルーシュとスザクは呼び止める間もなく行ってしまったを見送った。

 「ルルーシュ、あ、ルルーシュって普通に呼んでたけど、大丈夫かな?」
 「あぁ、以前の俺は死んだことになってるから、今はルルーシュ・ランペルージと名乗っている。」
 「そっか。…ねぇルルーシュ、の事だけど。」
 「なんだ?」
 「昨日、僕と一緒に居たけど、その時僕の上司にも会ってるんだ。」
 「本当か?…解った、注意するよ。が見つかれば俺達も見つかってしまうからな。」

 教えてくれてありがとう、とルルーシュが微笑むとスザクも微笑み返した。
 その日一日は、教師も生徒もどこか落ち着かない雰囲気の中過ごした。いつも通りだったのはルルーシュと、だけだ。スザクも見た目は他の生徒の見る目を気にしていないようだったが、誰でも囁き声や、視線は気になるものだ。はまだ教科書を持っていないスザクに見せてあげながら筆談で気にかけたが、スザクは大丈夫、は気にしないで。と返してくるばかりだ。
 放課後、は生徒会室に赴いた。ルルーシュはスザクをナナリーに会わせる為に準備してくる、と自室の方へ行ってしまった。恐らく今日は生徒会に出ないつもりなんだろう。せめて会長には連絡していけば良いのに、とは内心思った。
 生徒会室にはルルーシュとカレンを除く全員が集まっており、机の上には相変わらずの書類の山があった。

 「あ、!待ってたわ〜っ!早く、早く〜。」
 「ミレイ会長…この書類の山って…。解りました、やります!やればいいんでしょ?」

 期待の眼差しで見つめられればもそういわざるを得なかった。しかし、も無償でやるわけにはいかない。にやり、と何か思いついたような笑みでミレイに向かって微笑んだ。

 「ミレイ会長の美味しい紅茶とクッキー楽しみにしてますね。」
 「おおーっ!、ナイス!ミレイ会長俺も楽しみだな〜。」
 「ミレイちゃんのクッキー付きなら私も頑張ろうかな…。」
 「はい、はぁいっ!美味しいクッキーと紅茶付きなら俄然頑張っちゃう!」
 「あー!もうっ、に一本取られたわね。おっけー、諸君!それでは準備に行って来るから、頑張りたまえ!」

 ミレイはやられたー!などとくすくす笑いながら生徒会室を出て行った。残されたメンバーは机に向かって書類の山に手を伸ばす。も席について書類に手をつけた。
 パソコンの音と、カリカリと書類に字を書く音が生徒会室を満たしていた。いつもなら直ぐにふざけるリヴァルは静かに作業しているし、シャーリーは何度か伸びをしながら机に向かっている。ニーナとはパソコンのキーボードをリズムよく叩きながら、書類の山を減らしていった。
 残り僅かになった頃、ようやくミレイが芳ばしい香りを漂わせながら生徒会室に戻ってきた。

 「作業はかどってるー?…って、おわっ、あんなに書類があったのに、もうそれだけ?」
 「あ、会長お帰りなさい〜!いい匂い。」
 「静かだったからついついはかどっちゃってねぇ。ま、入力は殆どがしたんだけどさ。」
 「ふぃー!最後の一枚終わりっ!と。あー、いい匂い。ミルクたっぷりの紅茶と食べたい…。」

 が最後の書類の入力を終え、大きく伸びをしながら匂いを嗅ぎ、そう言うと以外の全員が笑い出した。訳がわからず、が首を傾げるとリヴァルがそのギャップが良いんだよね!といった。うんうん、と頷くのはミレイ、シャーリー、ニーナだ。

 「どういうこと?」
 「はそのままでいいって事よ。さて、お茶にしましょ。のおかげで早く終ったしね。」

 ミレイがウィンクをして紅茶を注いだ。
 空が暗くなるまで生徒会室で談笑し、はようやく自室へ戻った。リビングではルルーシュとナナリーがスザクをもてなしているのだろう。彼らの邪魔をしないようには自室で本を読みながら夜を過ごし、いつの間にか寝てしまっていた。
 翌朝、目が覚めては伸びをしながらタオルと着替えを手にシャワールームへ向かった。少し熱めのお湯をかぶり、目を覚まさせる。
 シャワールームを出ると、ルルーシュがこちらに向かって歩いてきていた。彼も手にタオルを持っているのを見ると今からシャワーを浴びるようだった。よくここで会うな、とは思いながらルルーシュにおはよう、と声をかけた。

 「おはよう。昨日は気を使わせたようだな。」
 「七年ぶりだったんでしょ?邪魔なんてできないわ。」

 がにこりとして言うと、ルルーシュの表情が緩んだ。おや、とは瞬く。珍しいこともあるものだ。今日は槍が降るかな…。

 「、声に出てるぞ。」
 「えっ?!」

 緩んだ表情を一気に険しくさせてルルーシュがを諫めた。が慌てるとその様子にまた少し表情を緩ませて、それから少し悲しそうな顔をした。

 「何かあった?」
 「…スザクに昨晩他人のフリをしよう、と言われた。」
 「どうして?友達でしょう?」
 「…俺は保身に走ったんだよ。ナナリーを危険な目には合わせたくないから、自分の身分がばれるのを恐れたんだ。――もちろん、それはお前もだ、。昨日の屋上での話でわかったと思うが、お前も皇族の一人となっている。もっとも、王家のどこを探してもお前の史実なんて出ては来ないがな。」

 ルルーシュは自嘲するように言った。

 「…なんとかならないの?」
 「スザクは言い出したらキリがないんだ。もう、時間が解決してくれるのを待つしかない。」

 ルルーシュは息を吐き、タオルを握り返してシャワー浴びてくる、とシャワー室へ入っていった。はその後姿を見送り、同じ様にはぁ、と息を吐いて自室へ戻って登校する準備をした。
 スザクより先に登校したはいつもと同じ様にクラスメイトとの談笑に笑みを零していた。しかし、スザクが教室へ入ってくると、クラスメイトたちはいっせいに口を閉ざし、スザクを見る。彼は静かに教室の一番後ろの席に着席し、一時間目の授業で使う教科書とノートを鞄から取り出して前を向いた。ひそひそと話す声だけが教室を満たしていた。
 休み時間ごとにそんなやりとりが繰り返され、ようやく放課後になった。生徒達は部活動などで、教室をさっさと出て行く。残ったのはスザクとだけだ。

 「ねぇ、スザク。」

 が話しかけると、スザクは顔を上げて周りに人が居ないことを確認してから何?と首をかしげた。

 「、…、ルルーシュにいったんだけど、僕らは他人なんだ。そんな親しげに呼んだらだめだよ。」
 「どうして?私は、」
 「君は、」

 皇族なんだから、とスザクは小声で話した。は違う、と力強く言った。

 「スザク、私は皇族じゃない!」
 「え、でも、ルルーシュは、」
 「私の瞳の色の説明を省く為にルルーシュはただ嘘を言ってるだけよ。私は本当に一般人なの。父は日用品の会社を興した人だし、母は元お手伝いさん。確かに、友人にちょっと有名な子がいるけど、でも、私は本当に何も関係ないの。この瞳の色は、その…生まれつきなんだけど。」

 最後の方を自信なさそうにモゴモゴいうと、スザクはぷっ、と噴出して笑った。は首を傾げる。何か面白いことを言ったっけ?

 「くっくっ…、わかった、わかったよ、。僕はエリを信じる。ルルーシュがも皇族だと言うのにはきっと彼の考えがあるからだろうね。本当の事は僕と、とルルーシュの秘密にしておこう?」

 うん、とが笑みを浮かべた。さっきまでそっけなかったスザクが、今は笑顔でと言葉を交わしているということが素直に嬉しかった。今なら、スザクの言う他人のフリを撤回できるかもしれない。

 「だからね、スザク、私達他人のフリなんて、」
 「それはダメだよ、。僕は無実だといえ、一度はクロヴィス殿下の殺害容疑をかけられたんだ。それに、イレヴンだし。そんな僕と一緒にいたら、君まで何か言われてしまう。」
 「そんなの、関係ない!他人の評価なんて気にしない!私が、スザクと話ししたいのだし、一緒に居たいと思ってるんだし、他人に私の行動や思いを制限なんてさせない!だから、スザクもそうやって言うのを止めて。あなたはどうしたいの?一人でいたい?せっかくの学校なのに?」

 がまくしたてるとスザクは数秒の沈黙の後、困ったような笑みでには敵わない、と零した。

 「イレヴンだから、覚悟はしていたんだ。あまり友好的に接してもらえないって。でも、この学園に来れて良かった。ここにはも、ルルーシュもいる。あまり、表立っての付き合いはやっぱり君たちに迷惑がかかるから、だからこっそりとでも、いいかな。僕は君たちと話するのは…。」
 「もちろんよ!そのうちこっそりと話も出来なくするわ。」

 が力一杯言うと、スザクは翡翠の瞳を細めて微笑んだ。その笑みがとてもアスランに似ていて、はどきり、とする。

 「?熱でもある?」
 「え?熱は無いよ?―――って、ごめん、電話が鳴ってるから取るね。」

 顔が赤いことをごまかそうと至極普通に答えると、タイミングよく携帯がなった。スザクに一言断っては電話に出る。

 「――はい。あれ、ルルーシュ?」
 『おい、猫だ!猫を探せ!仮面を奪われた!』
 「えっ?ちょ、それって―――っ!」
 『校内にいる諸君、よぉっく聞きなさい!――猫だ!校内をうろついている猫を探しなさい!クラブ活動は一時停止。猫を見つけ出した部活には予算を優遇します!』

 ルルーシュの電話と同じタイミングで校内放送が流れた。ミレイの声は至極楽しそうに弾んでいる。電話の向こうでルルーシュが悪態吐いた。

 『…っち、会長めっ、余計な事をっ!』
 『更に、猫を捕まえた人には副賞として生徒会メンバーからのキッスのご褒美があるわよっ!』
 「…えぇーーーーーっ?!ちょ、ちょっと待ってよ!キスって!!」

 ミレイの爆弾発言には思わず通話を切ってしまった。かけなおそうかと思ったが、ルルーシュもそれどころでは無いだろう。

 「、生徒会メンバーなの?」
 「そうなの!困る、大変困る!!ごめん、スザク!私自分の為にも、猫を探してくる!」
 「あ、それじゃあ手伝うよ!」
 「だ、ダメよ!スザクは!」
 「どうして?一人で探すより、二人で探した方が、」
 「そ、そうだけど、だ、ダメ!絶対ダメ!だって、だってスザクが捕まえちゃったら、」
 「あぁ…キスのことだね。心配しないで。もし僕が猫を捕まえてもそれは辞退するよ。誰も僕にしたくはないと思うよ?」
 「そんなことない!」

 思わずはそう言ってしまった。スザクはきょとん、とを見つめ少し頬を赤らめた。なんでスザクが頬を赤らめるのかは首をかしげたが、自分が言った言葉を頭の中で繰り返してようやく何を言ったか理解した。その瞬間、スザクよりも顔を赤くした。

 「あ、あの、えっと、その、」
 「あ、うん…、」

 二人とも顔を赤らめたままで見詰め合うこと数秒。校内放送はまだ続いている。

 『えっと、確か足が悪かったと思います。足音が左右で違ってましたから…。あ、あと、その猫はこんな風に鳴きます。"にゃあ〜"。』
 「! とにかく、急いで猫を!」
 「そ、そうだねっ!」

 とスザクは教室を飛び出していった。

 

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*20071011*