空にだんだんグラデーションが出来始め、優しいオレンジ色の光が三人を包み込んだ。は空を見上げ、人工ではない、自然の夕日に感動していた。
 予期せぬ事故で異世界に紛れ込んでしまっただが、唯一つ良かったと思うのは、夢にまでみた母なる惑星、地球で、軍からかけ離れた、一般の、しかも学生生活を送れる事だった。ヘリオポリスで学生生活を送ったとはいえ、あれは潜入捜査であり、軍から与えられた任務行動だった。だからこうしてまったく軍が関係ない生活は血のヴァレンタイン以来だ。――もっとも、この世界ではルルーシュの手伝いとやらでテロリスト紛いの事をやらされているが…。

 「弱い事は、いけない事だろうか。」

 ぽつりと呟くようにスザクが言った。スザクの三歩後ろにユフィがいて彼の言葉に耳を傾けている。はそんなユフィの後ろから、スザクの背中を見つめた。

 「十歳のあの頃…、世界はとても悲しい物に見えた。飢餓、病気、汚職、腐敗、差別、戦争とテロリズム。…繰り返されるのは憎しみの連鎖ばかりだ。だから、誰かが断ち切らないといけないんだ、そんな悲しい連鎖は。」
 「…そんなのただの理想よ。」
 「そうだね。全て、とは言わないよ。だから、せめて大切な人が平和に暮らせる世界を…、戦争の無い世界を。」
 「どうすれば?」
 「僕には、わからない。だけど、目指すことを止めてしまえば父さんは無駄死になってしまう!」

 スザクの背を見つめながら、はぎゅっと手を握り締めた。――本当に、本当にその連鎖を断ち切ることが出来れば、大切な人を喪わなくて済む?戦争の無い、世界になる?スザクの言葉がの耳に残る。の瞳から自然と涙が零れた。――元の世界は今、戦いの混沌の中だ。

 「…?」
 「、大丈夫ですか?」

 は、嗚咽を漏らしていたらしい。スザクとユフィが心配げにを見つめていて、スザクの手がの肩に触れた。

 「本当に、その連鎖断ち切ることができるのなら、戦わずに済む…のかな…?」
 「、君も戦争で誰か?」
 「お父様とお母様、沢山の友人を喪った。みんな、大切で、守りたくて。でも、敵の中に友人がいて、どうすることも出来なくて…ッ!」
 「…。」
 「戦いたくない、本当は戦いたくない。もう銃を向け合うことなんてしたくないのに…ッ!」

 涙を止めようと、拭っても、拭っても涙は溢れてくるばかりだ。父と母を奪った地球軍が憎い、ラスティを撃った相手が憎い、ミゲルを撃ったキラが憎い。でも、キラを撃とうと銃を向ける自分が一番、憎い。
 今まで命令されるがままに行動してきたにとって、スザクの言葉は自分の全てを否定されたような気持ちになった。しかし同時に新しい道を示された気がした。辛いけれど、それを乗り越えた先に夢に見た平和な世界があるのだと。
 ふいに身体を引き寄せられ、気がつけばスザクに軽く抱きしめられていた。

 「今は…、泣いたらいいと思うよ。我慢ばかりしていると、泣きたくても泣けなくなるんだ、だから…、」

 はぎゅ、とスザクの服を握りしめ、顔をうずめた。優しく背中を撫でられ、余計に涙を誘う。あやすように頭を横からなでられた。――ユフィだ。
 一瞬だけはスザクをぎゅ、と抱き返し身体を離した。涙拭いながらごめん、と呟く。

 「…みっともないところ見せてごめんね!今の忘れて!」

 は目尻の涙を拭いきって、スザクとユフィを安心させる為だけの笑みを浮かべた。二人とものぎこちない笑顔に気付いていたが、何も言わずに頷いた。

 「ほんと、ごめんね…。みんな辛い思いをしているのに、ね。」
 「、お気になさらないで――――?!」

 ユフィが全て言い終わらないうちに、爆音が聞こえ、黒煙が立った。三人は反射的に音が聞こえた方向へ視線を向ける。

 「な、何が?」
 「スザク君っ!」

 が呟くように言ったのと、大きなトラックが一台、三人の近くへやってきて女の人の声がしたのとほぼ同時だった。スザクが女の人に向かって、セシルさん、と呼びかける。

 「純血派同士の内部紛争なんだ、とっとと逃げよ。あぁ、それと。釈放残念でしたァ。また付き合ってもらうよ。」
 「ここは危険よ、さ、乗って!」
 「待ってください!ランスロットの戦闘データを取る、チャンスではないでしょうか?」
 「ランス、ロット…?」

 ほほぅ、とセシルと呼ばれた女性の後ろから男性が声を上げた。眼鏡をかけたプラチナブロンドの髪の男は、スザクを見、ユフィ、そしてへと視線を移して軽く眼を見開いた。しかし何も無かったかのようにスザクに視線を戻し、それじゃランスロットの発進準備にうつらないとねぇ、と言いながらトラックの 中へ移動する。

 「ここでお別れだ、ユフィ、。僕はいかなくちゃならない。」
 「スザク、」
 「ランスロットなら止められるはずだから、だから!二人はここから出来るだけ離れるんだ。この道をまっすぐ行けば租界へ繋がる道に出るから。いいね!」

 スザクはトラックへと乗り込み、戦闘が行われている場所へ向かって行ってしまった。残されたとユフィはしばらく顔を見合わせたが、ユフィが突然スザクたちが行ってしまった方向へ走り出したので慌ててその後を追いかけた。

 「ちょ、ユフィ?!どこへ行くつもり?!」
 「戦闘が行われている場所ですわっ!」
 「危ないわよ!生身の人間がっ!!」
 「ですが!見過ごすわけにはいきません!」

 は舌打ちして、ユフィの後を追いかけた。コーディネイターの身体能力をもってすれば、あっという間に追いつける。ユフィを追い越して、はユフィに向き直った。

 「確かに、見過ごすことは出来ないわ。だって純血派同士の争い、ということは仲間同士で争っているってことでしょう?だけど、そこへあなたがいってどうなるの?自ら危険の中へ飛び込むなんて、」
 「、私はあなたとスザクに嘘を二つつきましたわ。一つは悪い人になど追われていない。これは直ぐに見破られましたが、もう一つ。私はユーフェミア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第三皇女です。」

 なっ、とは言葉を失った。眼を見開いてユフィ…ユーフェミアを凝視する。そんなの様子をどこか寂しげに見つめ、ユーフェミアははっと思い出しての傍を走りだした。も慌ててユーフェミアの後を追う。

 「ユフィ…ユーフェミア様!」
 「、私を行かせて!私が行けば、私の名の下に戦闘を止めさせることが出来ます!だから…!せめてあなただけでも安全なところへ!」
 「何馬鹿な事を言ってるのですか!そんな事させれないわ。ここには護衛もいないのに!あなたが行くと言うのなら、私があなたを守ります!こう見えても、私はれっきとした訓練を受けた軍属の身よ!」

 再びがユーフェミアを追い越した。しかし、今度は足を止めずにユーフェミアに向かって手を差し伸べる。一瞬きょとん、とした表情をユーフェミアは浮かべたが、直ぐに笑みを浮かべての手を握った。

 「急ぎますよ!スカートの裾を踏まないように。」
 「えぇ!」

 二人は廃屋と化した闘技場へと入っていった。
 グラウンドらしき場所では四機のサザーランドと、白いナイトメア――おそらくランスロットとスザクが呼んでいた物――と、二機のサザーランドが向かい合っていた。

 『ケイオス爆雷を使う。』
 『『『?!』』』

 四機いるナイトメア側の一機がそう呟き、機体の装甲から爆弾を取り出して空中へと投げた。そこへ、ユーフェミアがおやめなさい、と叫びながら飛び出し、も慌ててユーフェミアの後を追った。その場でナイトメアに乗っていた者たちがユーフェミアの姿に気付いたのはケイオス爆雷が既に空中で発砲の段階に入っているときだった。それを確認したは、急いでユーフェミアの傍に駆け寄り彼女の頭を守るように上から重なり、隠していた銃を取り出して爆雷へと向けた。
 最初の一発目をは驚異的な射撃の腕と、動体視力を用いて打ち落とした。しかし雨のように降り注ぐ爆弾を全て打ち落とすことは不可能で、万事休す!と目をつぶったが頭上で兆弾する音が聞こえ、うっすらと視界を開けるとランスロットがとユーフェミアを守るようにバリアを展開していた。
 時間にしてほんの数秒がまるで長い時間のように感じられた。発砲が止まると、バリアは消失し、の下にいたユーフェミアが立ち上がって前に進み出た。

 「双方とも!剣を収めなさい。我が名において命じさせていただきます。私は第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!この場は私が預かります!下がりなさい!」
 『真に申し訳ありませんでした!』

 サザーランドが形式の礼を取り、白いナイトメア――ランスロットからはスザクが降りてきて非礼をわびた。はそれをまるで映画のワンシーンかのように見つめていた。ルルーシュの友達だという、スザクが、あのナイトメアに乗っている。は自分の掌を見つめた。初めてこの世界に来た日、ルルーシュに連れられるがままナイトメアに搭乗して、白いナイトメアと戦闘した。それが…そのナイトメアのパイロットがスザクだっただなんて。

 「これじゃ、キラと同じじゃない…、どうすれば、どうすればいいの?」

 は掌で顔を覆った。涙を流しているわけでもないけれど、胸が痛かった。
 ユーフェミアの命令で、四機のサザーランドは撤退、スザクのナイトメアの背後にいた二機も同じく撤退し、ランスロットはトラックへと収納された。ユーフェミアを政庁に送るということになり、も便乗して租界まで送ってもらえることになった。

 「君、名前は?」
 「え、私、ですか?」
 「ロイドさん!不躾ですよ!私はセシル・クルーミー。こちらはロイド・アスプルンドさん。特別派遣蕎導技術部所属よ。よろしくね。」
 「あ、はい。私は・クラインです。」
 「ふぅん。・クラインねぇ。」

 意味深にロイドは頷き、の名前を復唱する。元の世界ではの名前を知らないものは殆どいないが、まさかこちらの世界に知っている人が居るのだろうか?

 「君、瞳の色が紫なんだねぇ。生まれつき?」
 「え?…えぇ、生まれた時から瞳は紫色ですが…。あの、何か不都合でもあるんですか?」
 「もう、ロイドさん!ちゃんが怖がってるじゃないですか!瞳の色が何か問題でもあるんですか?」
 「うーん、あるって言えばあるんだけど、無いって言えば無いんだよねぇ。」
 「どっちなんですか、それ。」

 スザクが苦笑してロイドに話しを促す。ロイドはうーん、と数回唸った後、意を決したのか、比較的明るい声で言った。

 「紫色の瞳っていうのは、皇族に現れる遺伝なんだよねぇ。でも、なんて名前の皇族聞いたことが無いし…。」

 え、とロイド以外の全員が呟き、視線はへと向けられる。

 「そう、言われてみれば…、の瞳は紫色ですわね。ロイドさんの仰るように紫色の瞳は皇族にしか見られませんわ。よく見てみると、の瞳の色はお父様とよく似ています。」
 「ちょ、ちょっと待ってください!私は皇族とは何にも関係ないですよ!父も母も一般人ですし、」
 「本当に?もしかしたら皇帝が生ませた子かもしれないよぉ?」
 「ちょっと、ロイドさん!皇女殿下の前でそんな話、」
 「まぁっ!もしそうでしたら、私とは義姉妹ということになりますわね!嬉しいですわ、同年代の兄妹がもう一人増えるなんて。」

 ユーフェミアの言葉に、内心で息を吐いた。桃色の髪の少女には何か決まって共通している物でもあるのだろうか。はラクスが懐かしくなった。

 「仮に、ロイドさんの言う事が本当だとすれば、ちゃんの事報告しないといけないですね。」
 「こ、困ります!私は本当に関係ないんです!瞳の色でそう判断されると言うのならカラーコンタクトでも入れます。だから、」
 「うーん、そこまで力一杯否定されるとどうして?って問いたくなるけど、まぁ、推測の域ではあるし、僕が興味あるのはランスロットだけだからどうでもいいんだけどねぇ。」

 セシルの言葉には焦った。の素性が調べられると困るのは一緒に過ごしているルルーシュだ。それに、はいずれここにいるロイドたちとは敵対関係に当たる組織に組することになる。何があってもばれてはいけない。

 「ちゃんもこう言ってる訳だし、この件は無かったことに!はい、忘れましょうー!」
 「自分で言い出しておいて。」
 「何か言った?」

 ぼそっと呟いたつもりだったが隣にいたスザクに聞こえてしまったようだ。はなんでもないよ、と取り繕う。そんなやり取りをしている内にトラックは政庁の前に到着した。

 「殿下、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。」
 「頭を上げて下さないな、ロイドさん、セシルさん、スザク。私が自ら飛び込んだ事でもあります。それに、も守ってくれました。――そういえば、スザクは十七歳でしたよね、学校へは?」
 「学校は行っていません。ずっとアカデミーに通っていたし…、」
 「まぁ、そうでしたの。では私の方から話はつけておきます、学校へお行きなさいな、スザク。十七歳でしたら学校へ行くべきです。」
 「そ、そんな、殿下にお手を煩わせるわけには…!」
 「…私の代わりに行ってくださいませんか?私はもう学生には戻れませんから。」

 寂しげに目を伏せられてしまえば、嫌、とは言い辛い。結局スザクはユーフェミアに言われるままに学校へ行く事になった。
 ユーフェミアを向かえにきていた者達によって、ユーフェミアは政庁の中へ姿を消し、ロイド、セシル、スザク、の四人はその背中を見送った。何気なく腕時計に視線を落とすと時刻は午後七時を廻ったところだ。はぎょっとしてロイド達を見据えた。

 「す、すいません、私帰らないと!あの、ここまで乗せて下さってありがとう御座いました!私、誰にもいいませんから!」

 ありがとうございました、ともう一度お礼を言いぺこりと頭を下げるとは急いでその場から走り去った。残された三人はが消えた方向をしばらく見ていた。

 「ちゃん足速いわね…。ケイオス爆雷を使用された時もびっくりしたけど…。」
 「あぁ、一発目を銃で撃ち落したやつだね。…あれ、銃なんて一般人が持つ?うーん、彼女怪しいなぁ。皇族特有の遺伝なのに、あのお辞儀。彼女ブリタニア人のはずなのにどうしてイレヴンの礼儀作法を…。確かにブリタニアの中にはイレヴンに興味を持つ者もいないことは無いが、でも、うーん…。」
 「…。」
 「どうかした、スザク君?」
 「あ、いえ…、確かにには不思議なところがあるけれど、普通の女の子ですよ。僕はそう思います。」

 ロイドとセシルがそう、と頷いたがそれぞれ含みを持たせた相槌だった。スザクはそれに気付かないフリをして、もうしばらくが走り去った方向を見据えていた。ロイドが言う、皇族にしか現れない遺伝。そういえばルルーシュもと似たような色の瞳だった。ユーフェミアもルルーシュとは少し違う色だが紫色の瞳だった。

 「(、君は本当にただの一般人?あの時は聞きそびれたけど、友人と敵対していて、自らが前線に出ているような事を言っていたし。加えてあの身体能力と、動体視力。銃の腕前は申し分ない。君は一体何者?)」

 スザク君、とセシルに呼ばれるまでスザクは立ち尽くしていた。

 

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*20070922*