騒がしい学校生活とは打って変わって、は静かに継ぎ接ぎだらけの車の助手席に座っていた。運転席には赤い髪を外はねにして活発なイメージを与える紅月カレンが座っている。紅月カレンとは、カレン・シュタットフェルトのもう一つの名前だ。彼女はブリタニア人と日本人の間に生まれた子供らしい。

 「(あちらの世界で言えば"第一世代コーディネイター"という立場か。…キラ…。)」

 二人の間に会話はない。は頭の中で何度もシュミレーションをしていたが、カレンは緊張、不安、恐怖といった感情に悩まされているようだった。加えて、の存在だ。
 がゼロ――仮面をつけ、全身タイツにマントをつけたルルーシュ――によってレジスタンスに、という名前で紹介されたのは十数分前。もちろん、目元にバイザーをつけ、顔は半分隠している。の登場に案の定、レジスタンスは不安を隠しきれないようだったが、疑う、訝しがる、それは自由にすれば良い。しかし今は枢木スザクを助け出すのが先だ、と半ば強引に話を進めた。
 信用が無いのはも、ゼロに扮したルルーシュも同じだ。全てはスザク救出にかかっている。

 「心配する事はないわ、カレン。ゼロ…彼に任せておけば上手くいくから。」
 「…っ?!ど、うしてそんなに余裕でいられる!相手が何人いるか、知っているのか?それに対してこちらは四人だ!不安にならない方がおかしい!」
 「…そうね。でも、勝機のない戦は誰もしないわ。そうでしょう?」

 の言葉にカレンはぐ、と唸り反発しようと口を開いたが、結局何も言わずに前に向き直った。も前を向く。――時間だ。

 「行くぞ。」
 「えぇ。」

 カレンの言葉に返事して、車は動き出した。
 スザクを移送しているメインストリートへ入る道はいくつかある。その全ての道に当然の如く軍の憲兵がいて警備を行っている。サードストリートを走るいかにも不審車です、といわんばかりの車は、検問もなしにメインストリートへと向かった。読み通りであれば、この時点でジェレミアへと報告が入り、彼は橋の真ん中あたりで移送車を止めるだろう。
 メインストリートの両端にはいわゆる愛国民が人垣を作っていた。罵声を浴びせる輩が殆どで、は眉をしかめた。たちの車をジェレミアたちが確認すると、面白いくらいにこちらが予測したとおりに物事が進み始めた。達が乗る車がスザクたちとの距離およそ百メートルというところで止まった。

 「出て来い!殿下の御陵車を汚す不届き物が!」

 ジェレミアの言葉に用意してあったスイッチを押し、幕を燃やした。その後ろにはゼロが控えている。

 「私は、ゼロ!」

 ゼロ?と軍人、国民が繰り返し名前を呼ぶ。しかし、スザクを助ける為に何者かが現れるのは予測していたのか、ジェレミアは特に慌てる様子も無く銃を一発空に向けて撃ち、空で待機していたナイトメアが御陵車を囲んだ。ひっ、と小さくカレンが悲鳴をあげ、は震えるカレンの手に自分の手をそっと重ねた。

 「ゼロを信じて、カレン。」
 「こ、この状態で…?何故お前は落ち着いていられるんだ、!」
 「…この救出の作戦を考えたのが私だからよ。もし、ゼロを信じられないというのなら、私を信じてもらえないかしら?」

 は作戦行動前、ルルーシュに消して正体をばらすな、と言われていたがバイザーを外してカレンに素顔を見せた。カレンの瞳が大きくなり、を見据える。は直ぐにバイザーを元の場所に戻した。

 「…っ?!」
 「私だけが、あなたの正体を知っているのはフェアじゃないでしょう。紅月カレン…。いえ、カレン・シュタットフェルト。」

 カレンは驚きのあまりに何も発せないようだった。

 「な、らば…は、」
 「カレン、私があなたたちと行動しているときは、と呼んで。それが私のコードネーム。」

 カレンは小さく頷いては、と続けた。

 「ゼロの正体を知っているのか?そ、それよりも!ブリタニア人であるが何故!」
 「一つ目の問いの答えはノーよ。彼とは奇跡に近い偶然で知り合うことが出来た。二つ目の問いの答えは…ブリタニア人でも、ブリタニアを好んではいない人もいるってところかしら。―――それよりもカレン。上手くいっているようよ。」

 がカレンから前方へ視線を移したのと同時に頭上から合図がある。カレンははっとして車をゆっくりと動かした。

 「私達を全力で見逃せ!そっちの男もだ!」
 「フン、解った。その男をくれてやれ。」
 「?!」

 は不敵に笑って見せ、スザクが拘束を解かれてナイトメアと車の間でゼロを向き合うと、カレンを促して車を降りた。ゼロの一歩後ろに控え、時間だと声をかける。

 「では、話は後だ。」

 ゼロは遠隔ボタンを押し、毒ガスが入っていると思わせたカプセルから紫煙を噴出させた。突然、正体不明の物体が煙を上げたことで国民達はパニックになり、悲鳴を上げて逃げ惑う。その混乱に乗じて、ゼロはスザクを固定し橋を飛び降り、とカレンもそれに続いた。発砲してくる敵の弾を、弾道を見切った分だけが打ち落とすと、後ろから息を呑むのが解った。前方の敵も恐らく目を見開いて今のを見ていただろう。もっとも、彼らはナイトメアの中にいて、外から表情を見ることは出来ないが。
 の作戦通り(ジェレミアにギアスをかけるといったのはルルーシュ)、スザクを助け出す事に成功した四人は、ジェレミアの命令で動けない軍人たちを尻目にゲットーへと紛れ込んで姿をくらました。
 ゲットーのとある廃劇場のエントランスでカレンが所属しているレジスタンスの他のメンバーと合流し、ゼロとスザクは奥のホールへと進んだ。もゼロに来るように指示され、二人の後に続こうとすると、とカレンに呼び止められた。振り向いたのは呼び止められただけでなく、ゼロもそして何故かスザクも足をとめてカレンを見た。

 「二人きりで話したいことが。」

 は一度ゼロを見た。彼は何故、と心の中で尋ねている事だろう。はいいわよ、とカレンに返事をした。

 「でも、少し待ってもらえる?枢木スザクの首の拘束具を外してから。」

 カレンは頷き、はゼロに向き直ってホールへ進むように促した。ゼロに促されてスザクもホールへ足を出す。しかし、彼の視線はに向けられていた。
 ホールのドアをしめ、舞台の前列辺りではスザクの拘束具を外した。元の世界にこのような拘束具は無いが、だいたいの原理は解るので意外と簡単に外す事が出来た。スザクはようやく自由に声が出せるようになった。

 「あ、りがとう…。ねぇ、君はあの時の――?」
 「ごめんなさい、枢木スザクさん。私、彼女と話しがあるので席を外します。」

 はスザクの問いに答えもせず、ホールから出てエントランスに向かった。ルルーシュは何も言うことなくを見送り、スザクへと視線を移して、本来やろうと思っていた事を言い始めた。
 がエントランスへ戻ると、レジスタンスはゼロとについて話していた。スザクを助け出した現在でも、不安を隠しきれないようだ。――もっとも、とは違ってルルーシュはマスクで完全に顔を覆っていてどんな人物かすら判断する事が出来ない。そのせいもあるだろう。

 「カレン、」
 「! …。枢木スザクの拘束具は外れたのか?」
 「えぇ。」
 「そ、うか…。それじゃ、あっちへ。」
 「おい、カレン!大丈夫なのかよ。そいつもあの胡散臭い仮面の仲間だろ?」
 「玉城さん、彼女は大丈夫だから…。」

 カレンを引き止めた男はちっ、と小さく舌打ちして何も言わなくなった。カレンが大丈夫、とは言ったものの、心配で仕方が無いのか。それもそうだ。彼らにとって、顔を見せないは怪しい人物この上ない。
 カレンの示す場所は彼らのところからそう離れていない場所だったが、防音の設備が整った個室だった。この劇場が使われていた頃、この個室はきっと音楽関係者の練習場とかに違いない。はバイザーを取ってカレンを見据えた。

 「急かすようで悪いけれど、話って?」
 「あ、うん…あなたが正体を明かした理由って、何?」
 「そんなに警戒しないで。強いて言えば、互いに秘密を共有する事かしら。あなた達レジスタンスが彼、ゼロを信用しきれないのは解るわ。誰だって顔を隠した正体不明の人間を信じるなんて馬鹿げているもの。でも、一人でも私達の正体を知っていたら?つまり、私はあなたに彼らと私達を繋ぐパイプ役になって欲しいの。ただ、私は、私の事を彼らに話して欲しくない。だからあなたの正体を知っていても誰にも話たりしない。」
 「…いいわ。―――それにしても、まさかこんな早く正体がばれるなんて思っても見なかった!それに、ってば射撃上手いのね。」
 「学園では病弱を装ってるカレンが、いとも簡単にコルクの栓を払い落とした事がきっかけね。見る人が見ればすぐにばれてしまうわ。」

 が指摘するとカレンはそれだけで?と目を見開いた。

 「自分では、結構上手に演技できていると思ってた…。気をつけるわ。」
 「今のままでも十分よ。多分、他の人は気付きもしていないと思う。私って昔からなんだけど、他人が思いもしないところに注目してしまうことがあるの。…でも、今回は良い方向に働いたと思ってるわ。カレンと…、こうして思いを同じくする者と出会うことが出来た。ねぇ、カレン?すぐに、とは言わないわ。けれども、彼を、ゼロを信じて欲しい。」

 は重ねてカレンに願い出た。カレンは是とも否ともいえない表情をしていたが、やがて努力はしてみる、と妥協してくれた。それだけで、今回の収穫は大きい。

 「、どこだ。」
 「ここよ、ゼロ。」

 話し合いが終ったのか、ゼロが出てきてを呼んだ。はバイザーをつけて個室から顔を出し、ゼロに自分の場所を示す。

 「それじゃ、カレン。また明日。」
 「え、えぇ。また明日。」

 は声をかけてゼロの元へ駆け寄った。カレンもの後を追うように個室を出て、レジスタンスと合流する。出て行こうとするゼロとにレジスタンスから制止の声がかかったが、軽く顔を向けるだけで何も言わずにその場を去った。
 ゲットーと租界の間の誰もいない場所を探し、ルルーシュはゼロの服を脱ぎ鞄に直す。も同じ様にさっさと着替え何事も無かったかのように租界へ紛れ込んだ。後からルルーシュも租界へ入り、あたかも偶然出会ったかのようなフリをして二人は肩を並べて歩き始めた。

 「何故、カレンがお前を呼んだ?」
 「彼女に私の正体を明かした。」
 「何故そんなことを?!」
 「彼らは私達に対し不信感を抱いている。それを取り除く為よ。あなたが正体を明かせないから、代わりに私が。それにメリットはあるわ。カレンは私達と彼らのパイプ役になってくれる。」
 「…なるほど、連絡が通りやすくなるということか。」

 えぇ、とは頷く。二人の会話はごく静かに行われ、喧騒の街並みで誰も気にする者はいない。二人を見ただけでは、ただ静かに歩いているだけのようにも見える。

 「もう一つ。という名前。この間、シンジュクゲットーでナイトメアを奪うときとっさに出した名前だったけれど、実は愛称なの。ルルーシュは知らずにコードネームにしたようだけど…。この名前でスザクに会っている。」
 「! …それでカレンがお前を呼んだ時、スザクも反応したのか。」
 「おそらく。だから不安要素は出来るだけ早く取り除きたかった。私の為にも、あなたの為にも。」

 ルルーシュはの話を聞いて、そうか、と小さく呟いただけだった。心中ではの頭の回転の速さに舌を巻いていた。遺伝子を少しいじるだけでここまで違うのか、と思うと少しコーディネイターという存在が妬ましく感じられる。

 「ルルーシュ。私が元の世界に戻る方法の事だけど。」
 「その事だが、調べてはいるがあまりにも奇天烈な話で情報が少ない。」
 「えぇ、そうでしょうね。私の世界でも、宇宙空間を高速移動、つまりワープのような事はできても異世界へ移動する方法なんてないもの。――私がこちらへ来た時、一人か二人は入れるくらいの箱のような物に乗ってたと思うのだけど、その場所を教えてくれない?もしかしたら何かしら手がかりが残っているかもしれない。」

 がようやくルルーシュに視線を向けると、彼も前方からへと視線を移した。しかし、その表情は言い難そうに歪められていて、はあまり良い返事は期待できそうにないな、とだけ思い、ルルーシュの言葉を待った。

 「あそこの場所は解っているが、行っても何も残っていないと思う。お前を見つけた場所で俺はC.C.を追っていた軍に包囲されていた。その時にお前が落ちてきて、その後あの容器を運んでいたトラックが爆発した。地下だったし、埋もれてしまっている可能性が高い。」
 「そ…っか…。」

 これで完全に、この世界と元の世界を繋ぐものは、当時が身につけていたものと、この身一つだけだ。

 「地道に調べるしかなさそうだな。C.C.が何か知っているようだが、」
 「教えてくれそうもないしね…。」

 はぁ、とルルーシュとは小さく息を吐いた。

 「まぁ、俺はお前が少しでも長くこの世界にいてくれる事を望むがな。」
 「私はお断りよ。ここにいたら多忙死してしまいそう。」

 その時は保険金を沢山出すよ、とふざけて言うルルーシュにはよろけたフリをして思いっきりルルーシュの足を踏んでやった。あ、ごめん、とワザとらしく謝るとルルーシュも負けじとの足を踏み返してきた。

 「〜っ!あなた、それでも男なの?!」
 「あいにく、負けたまま、というのは性に合わなくてな。」

 ふふん、と見下ろしてくるルルーシュを見据え、はいつかぎゃふんと言わせてやる、と心に決めた。

 

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*20070914*