「スザクッ!!」

 アメジスト色の瞳を見開いて、目の前で起こった出来事を把握しようと脳がめまぐるしく動いているが、全くと言って良い程何も考えられない。頭の中は真っ白で、ただ、血を流して倒れている友人を凝視するだけだ。――その友人は、同じ軍隊に所属している者にたった今、目前で殺された。

 「さて、次はお前の番だ、ブリタニアの学生。女をよこせ!」

 リーダー格の男が銃を向け、そういい終えると同時に上から何かが落下して、学生と軍人の間を分けた。砂煙が立ちこめ、学生は顔を覆った腕をずらし除き見るように軍人と自分の間に落ちた何かを見定めようとした。落下の衝撃でか、それとももともとなのか、それの近くに自分と同じ歳くらいの少女が倒れていた。う、とうめき声が聞こえ、その少女が生きているのを知った。

 「くそっ、何なんだこれはっ!――お前達っ、早くあの学生を殺せ!」

 その声にはっとし、学生は舌打ちして突如現れた少女に近づき、この場から逃亡を図った。が、それも銃弾が身体のすぐ傍に打ち込まれて足が止まる。

 「すぐに逃げなかった事を後悔すると良い。」

 男はにやり、と口角を上げて嫌な笑みを浮かべた。――もうダメだ!素直にそう思った。だが神様とやらは学生に味方していたらしい。男が発砲する前に毒ガスを運んでいたトラックが爆発した。拘束具をつけた女は自らの足で、意識を失っている謎の少女は抱き上げて煙に紛れてなんとかその場を逃げる事が出来た。学生は、抱き上げた少女の軽さにびっくりした。

 

 硝煙交じりの埃っぽい臭いに、ははっ、と目を覚まし、起き上がった。
 痛、と頭を押さえる。どこかで頭をぶつけたらしく、触れた場所はたんこぶが出来ていた。痛覚がある、ということは、これは夢ではなく現実なのか。呆然とあたりを見回した。

 「気がついたか?」
 「!」

 はばっ、と声がした方を振り向いた。何たる失態!気配に気がつかないなんて。
 薄暗くてよく解らないが、声からして男だ。男の近くにもう一人の気配を感じる。それは声も発しず、静かにと男のやりとりを見ていた。は隠していた銃を相手にばれないように触れ、何かあればすぐに撃てるように握る。

 「ここ…は?」
 「シンジュクゲットーの旧地下鉄が通ってた場所だ。俺も詳しくは知らないが。――と、いうか、お前何者だ?何故突然落下してきた?」
 「シンジュク、ゲットー?キュウチカテツ?」

 聞き覚えのない言葉を耳にして、は軽い眩暈を覚えた。そして瞬時にここが自分の知っている場所ではないと悟る。

 「俺が質問している!お前は何者だ!?」
 「…私は。何者かについて話すと長くなりそうだから、無事に地上へ出られたら説明するわ。あなたは?」
 「…アラン・スペイサー。何故あの場所に?」
 「それは…、私にもよく解らない。はっきりといえる事は、私の知らない土地に来た、ということ…。――私からも質問いいかしら?ここは今戦争中?この硝煙の臭いと紛れてる血の臭い。鼻が曲がりそう。」

 はここが全く地球軍と関係が無いとは言い切れない場所だと知っていながら、あえての姓を名乗った。第六感ではあったが、彼はの名を知らないと妙に強い確信があった。案の定、アラン・スペイサーと名乗った男は眉を寄せただけでの名について触れなかった。
 といえば、プラント、地球で知らないものなどいない。それほど父が興したミューズ会社は偉大なのだ。その名に興味も抱かなかった人間がいるとは…、つまりここはの知っている世界では無いということ。――だが、どの世界にも戦いがあると知り、は内心絶望した。人類は、何故こうも戦いを好むのだろう。
 アランは訝しげにを上から下へと見、行くぞ、と促した。促した、という事は不信感を抱きつつも、少しだけを信じたという事だ。土地勘が無いはアランの後ろについていく。その後ろを拘束具をつけた少女(薄暗くてよく解らなかったが、細い身体のラインからそう判断した)がついていった。
 地上へ上がれる階段を見つけ、アランが確認してくると身を小さくしながら慎重に登っていく。――あぁ、素人まるわかりだな。は場違いなことを考え、不謹慎にも笑みを漏らす。アランから大まかな現状を聞いていたは自分が一番行動できると思っていた。16の、ただの少女に見えるが軍の訓練を受けた立派な軍人だ。銃弾を確認し、発砲できるようにセフティーを外す。
 地上には、軍人が先回りしていたらしい。銃声が連続で聞こえ、撃たれた者のうめき声が上がる。その場にいた人間を殺しつくしたのか、軍人達が立ち去る気配がした。完全に立ち去ってしまえば地上に出ることが出来る。はほっと胸を撫で下ろしたとき、静寂を切り裂く機会音がした。アランを見ると、しまったと顔に書いてポケットの通信機を切る。
 軍人達は拘束具の少女を捕獲し、アランとを壁側に突き飛ばした。は直ぐに体勢を整え、アランを庇うように前に出て数人いる軍人を睨みつける。その様子にリーダー格の男がほぅ、と声を上げた。

 「学生にしては良くやった方だ、流石はブリタニア人。しかし、毒ガスの秘密を知ってしまった以上生かすことは出来ない。そこの女も、あんな場所に現れなければ死なずに済んだものを。自分の不運を呪うがいい。」

 男が銃口を向け、発砲した。はそれを後ろの少年ごと避けきれる自信があったが、突然拘束されていた少女が殺すなっ、と叫びながら飛び出し、倒れた。

 「なっ!」
 「お、おいっ?!庇った…のか?なぜ、」

 アランは血が流れ出す少女の傍へ駆け寄り、膝をつく。

 「…っち、出来れば生かしておきたかったが、上にはこう報告しておこう。我々親衛隊はテロリストのアジトを発見、これを殲滅。しかし人質は既になぶり殺しにあっていた。―――どうかね?学生君たち。」
 「ふざけるなっ!そんな事がまかり通ると思っているのか?!」
 「っ?!」

 は男の言葉に激怒し、少女とアランを守るように前へ出て隠し持っていた銃を向けた。息を飲んだのはアランだけではなく、男達もだったが、にやりと唇の端を上げて笑った。

 「この状況で貴様のような女に何が出来る?」
 「私は、ザフト軍クルーゼ隊の赤を纏うだ!お前達こそ私に殺されたくなければ自分達の身を案じるのだな!」
 「ザフト軍?――子供の戯言に付き合っている暇は無い。いいだろう、お前から殺してやる。」

 男が言うや否や、トリガーを弾いた。
 次の瞬間、うめき声を上げたのは男の方で、男の手から銃がはじき飛ぶ。アランや周りの軍人は目を見開いた。の銃口からは小さな煙を上げていて、男よりもが早く撃ったのだと判断できる。

 「次は頭を狙うわよ。」

 これは脅しではない、真実だ。
 の言葉に軍人達が怯む。そしてこの場にいたもの全員がは軍人である、という事を認識した。――ザフト、など聞いた事がない軍の名前だが、彼女が称したクルーゼ隊の赤とやらはそれなりの地位があるのだろう。
 銃を飛ばされた男はしびれる右手に左手をそえ、ちっ、と舌打ちした。男の後ろに控える軍人達はに銃を向けつつも、動けないでいた。それほどの気迫がすごかった。
 背後で、静かに立ち上がった音がした。はそれを気配で感じつつ、しかし目線は目前の男達を睨みつけていた。

 「なぁ、ブリタニアを憎むブリタニア人は、どう生きればいい?」
 「貴様っ、主義者か?!」

 そう、静かに話し出したアランは左手での肩に手を置いた。はそれを横目で確認し、銃をゆっくりと下ろす。アランはコツ、コツ、と靴音を響かせての前へ進み出た。右手で左目を覆うようにして。

 「…どうした?撃たないのか?後ろの女はともかく、相手は武器も持たないただの学生だぞ?―――それとも、気付いたか?撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだと!」

 アランはそう言うと、右手を下ろした。男達は先程とは違う学生の雰囲気に不安を隠しきれない。男が、何だ?!とこぼす。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前達は、死ね!」
 「ばっ、アラン!何を言っている!そんな馬鹿な事っ、」
 「くっくっくっ…、Yes, Your Highness!」

 先程、に銃を弾き飛ばされた男は、後ろで先に自害した軍人達の銃を拾い、そして、自ら絶命した。
 は、その一連の行為をただ、呆然と眺めているしか出来なかった。馬鹿な、と小さく呟く。何がどうなったのか全く見当がつかない。アラン・スペイサーと名乗った少年はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと全く別の名を出し、死ねと命じると軍人達は喜んで自ら命を絶った。そんな事がありえるのか?この世界では。

 「お、前は…何者だ?」

 は震える声は震えていた。目の前の少年を凝然と見据え、少年はゆっくりと振り向く。

 「お互い様だろう?。約束どおり、無事に地上に出た――多少、予想外の事が起きたが。最初の質問に答えてもらおうか。」

 "お前は、何者だ?"

 は今、何故か武器も持たない眼前のただの学生に畏怖していた。

 

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