は救命ポッドの中で一人息をついた。それが安堵なのか、溜息なのかの判別はこの際問わない事にしておいて、救命ポッド内の回線を慣れた手つきで繋いだ。

 「こちら、。ラクス、聞こえる?大丈夫?」
 『――ハロ〜、ラ〜クス。ハロ〜。』

 あらあら、ピンクちゃんったら、と諫める様子もない声が一緒に聞こえてきて、はもう一度息をついた。

 「無事…みたいね。よかった。」
 『えぇ、わたくしは大丈夫ですわ。は?』
 「私を誰だと思ってるの?」

 は相変わらずのラクスに笑みを浮かべながら、揶揄るように言うとラクスも肯定の言葉を返してきた。

 『わたくし達はこうして無事を確認し合えましたけど、トニー艦長達は大丈夫でしょうか…。』
 「…多分、ね…。」

 はそう答えるしか出来なかった。
 血のヴァレンタイン追悼式の下見に、ラクスを乗せたシルバーウィンドがプラントを立ったのは3日ほど前。無事に下見を終え、プラントへ戻る途中運悪く地球軍と遭遇したのが約13時間前。
 まさか民間船を軍が検問するなどと思ってもいなかった船員達に焦りが生じた。――いくら民間船でも、乗っているのは現プラント大評議会議長シーゲル・クラインの愛娘ラクス・クラインとその幼馴染でミューズ会社社長故ミュンヒハルト・の娘で今はザフト軍クルーゼ隊の赤を着るがいるのだ。ラクスとの正体が地球軍に明らかになると、間違いなくラクスは外交の手段として利用され、はザフト軍への見せしめとして、屈辱的な行為を受けた後殺されるであろう。
 そう判断したトニー・マクガヴァンは、乗り合わせていた船員達と顔を見合わせ頷いた後、彼女達を救命ポッドに乗せ強引に船から射出したのだった。ゆえに、その後がどうなったかなど、にも、ラクスにも解るはずがなかった。ただただ、今自分達にできるのは友軍に発見してもらうのを待つことだけだ。
 は慣れた手つきで救命ポッド内の設定を変更していく。摂氏27度に設定、酸素濃度は30%。余分な設定は解除して、少しでも長く存命できるように書き換える。

 「ラクス、救命ポッドの設定キーがあるのが解る?」
 『えぇ、わかりますわ。』
 「それを押して…――前に私があげた小型ハロを今も持ってるよね、それからコードを出して端末に繋いでくれる?」
 『…繋ぎましたわ。―――まぁ、ルルちゃんはこんな特技をお持ちでしたの?!』

 予想通りにの声には笑みを零した。
 ルルちゃん、というのはがラクスにあげた――アスランがラクスにあげた物より一回り以上小さい――ハロだ。このハロはがラクスの為に作った防犯用兼緊急用にプログラムを設定している。なのでコードを端末に繋ぐだけで設定が変更できる。これにラクスは感嘆の声を上げた。

 「ごめんね、もしかしたらちょっと息苦しいかもしれないけど我慢してね。ポッド乗せられる前に救難信号を発信したから、すぐに捜索隊が発見してくれると思うけど、いつになるかわからないから…。少しでも延命処置をしておかなくちゃいけなくて。」
 『構いませんわ。の言う事はいつも頼りにしていますし、その言動は、全てわたくしの為でしょう?』

 ラクスはきっと通信機の前でにこりと微笑んでいるに違いない。は当然よ、と答えた。

 「私にはもうラクスしか家族がいないもの。それにね、ラクスは私だけじゃなくて、プラントの人達全員に必要な人なのよ。もちろん、アスランにも、ね。」

 そう言って、は少し後悔した。どうして想いを寄せる人の名前まで挙げてしまったんだろう。沈む気持ちをラクスに悟らせない様には言葉を続けた。

 「だから、何が何でもラクスは私が守るの。その為に私は軍に入って守る術を身につけて、こうしてラクスの護衛もしてるのよ?――別々にポッドに乗せられるとは思っていなかったけど。」

 そういえば、案の定回線越しにラクスのくすくすと笑う声が聞こえてきた。

 『頼もしいですわ。』
 「それはどうも。」

 二人の笑い声が重なった。
 1時間ごとに安全の確認を行う、と決めてから電力節約の為に会話を切っていた。が異変に気付いたのはラクスと5度回線を繋いだ後だった。

 「ラクス、ポッドに変な揺れを感じてない?」
 『いいえ、感じませんわ。――きゃぁっ、』
 「ラクス?!」
 『な、なんでもありませんわ、少し揺れただけです。直ぐに安定しましたし…ただ、移動しているみたいなのですが…、』

 移動?とが訝しげに繰り返した。もしかしたら友軍がポッドを発見してくれたのかもしれない。

 『――えぇ、やはり移動してますわ。わたくしのポッドは白いモビルスーツが抱えているみたいです。』
 「そう、よかった。友軍だと良いけど、敵軍だと厄介ね。私が傍に行くまで無理なことはしないでよ。」
 『解りま――』

 不自然にラクスとの会話は途切れた。その事には一抹の不安を抱く。
 その時、の乗ったポッドは大きく揺れ、何かに吸い込まれるような感覚を覚えた。外を確認できる小さな窓から覗くと、あたりは暗闇だ。――暗闇で正しいのだが、ここは宇宙だ。星がまたたいているはずなのだが、それが確認できない。そこでようやくは自分がブラックホールに飲み込まれた、かもしれないという事実を突然理解した。

 「ちょっ、と!!冗談でしょう?!」

 ポッドはグラグラと大きく揺れる。無重力のおかげで中にいるはずっと同じ体勢を保てはいるが。ポッド内の電気が消えた。の顔から血の気が引く。軍に入ってから何度も死を覚悟したが、死がこれほど怖いとは思ってもいなかった。
 ラクス!とさっきまで話ていた大切な人の名前を呼ぶ。当然のことだが、返事はない。あれが最後だなんて、認めたくなかった。それに…。

 「私はまだ死ねないのに!まだ想いを告げてないのに!」

 アスランと呟いて、は息苦しさに喘ぎ意識を手放した。

 

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