Let's search for Tomorrow

 

 

 

 

 

 家に仕える瀬畑くるみは、今年で62歳を迎える。
 しかし、年齢とは裏腹にその外見は50歳前後にしか見えず、若い頃、スポーツで鍛えた体は多少の衰えを見せたものの、健在である。
 大きな病気もした事がなく、5年前に妻を亡くしたこと以外は幸せだったと自負していた。

 瀬畑は18年前、この家に仕え始めた。二流会社の昇進の話を蹴ってまで家に仕えようと思ったのは、友人関係だった事と、一重にの存在が大きい。

 瀬畑は筆を置き、封筒に封をした。表には辞職、と書いてある。
 住み込みで働き、給料も申し分ない。恩はひしひしと感じていたが、瀬畑にはこれしか出来なかった。―――大事なお嬢様を、行方不明にしてしまった。

 「瀬畑さん…!」
 「田取さんか…。」

 瀬畑に呼ばれ、部屋のドア付近に立っていたメイド長、田取有紗は目尻に涙をためて瀬畑を見据えていた。

 「奥様の様態は…?」
 「今は安定しています…。ただ、これ以上刺激しないようにとお医者様は…、」

 そうですか、と瀬畑は頷く。

 がテレビに吸い込まれるようにして消失したのは一週間前。
 どう説明しようにも、言葉が成立せず、瀬畑は単語を並べる事しか出来なかった。あの時の失態はそれはそれは笑いものだっただろう。

 家当主の譲二は眉間に皺を寄せ、何を冗談をいってるんだ、と瀬畑を笑った。
 瀬畑と譲二は父と子ほどの歳の差があるが、仲の良い友人だ。譲二が新しく企業を興す、と決断した時から瀬畑はずっと譲二の傍で譲二の妻・瑠華(旧姓を芽城)と共に支えてきた。勤勉な性格で、周りからも親しまれやすい人柄のお陰か、譲二の企業は成功し、今では一流と呼ばれるほどの大きな会社に成長した。
 金は人を殺す、とはよく言ったものだ。瀬畑は自嘲を浮かべた。
 会社が成長すればするほど、譲二は変わっていった。政界への足掛かりに実の娘であるを、利用し始めたのだ。

 瀬畑が知る、小さい頃のは活発で明るい子だった。それは今でも同じだが、昔と比べると沈んだ表情、というより、どこか冷たい印象を受けるようになった。
 が中学に進学する頃、譲二は自分が決めた学校にを進学させ、習い事、家庭教師とを縛りつけた。その中で、は文句の一つも言わずに譲二に従ってきた。瀬畑は胸が苦しくて仕方がなかった。まだ十代の子供がどうして此処まで強いられなければいけないのか。
 昔のよしみとして、瀬畑は時々譲二にの習い事を減らすように進言したが聞き入れてもらえなかった。そして、には更に見合いの話しまで飛び込んできては、着飾られまるで商品のようにその場所へ連れ出されていくのだ。

 「譲二…旦那様は書斎だったかな、」
 「え、えぇ…。」

 瀬畑は今しがた書き終えた封筒を手に立ち上がる。田取の横を通り過ぎ、二階の書斎を目指した。

 書斎のドアを、控えめにノックすると、中から返事が返ってくる。瀬畑は重たい悲鳴を上げるドアを押して中へ入った。

 「くるみ、」
 「譲二、今回の事は本当にすまない、」
 「…もういいよくるみ。責めた所でが戻ってくるわけでもない。…吸い込まれたっていうのは本当だったんだな…。もう一週間が経つのに連絡がないということは、は連れ去られたわけではなかったのか…。」

 譲二は自嘲的に笑う。誘拐であった方がマシだったのに、と呟く。瀬畑はそれを聞き漏らさなかった。頭に血が上るのが解った。

 「譲二お前っ!を物のように扱うな!は人間だ、ちゃんと自分の意思を持っているんだぞ!」
 「解ってるさ、けど、あいつが居ないせいでこちらの損害は大きいんだ!あともう一歩だった契約もパァだ!」
 「お前!」

 ドン、とくるみは机を叩いた。握り締めた拳が震える。反対の手に持っていた封筒を叩きつけるように机に置いた。

 「お前にはもう、ついていけない!」
 「はっ、勝手にしろ!」

 瀬畑は踵を返し書斎をでた。ドアが完全に閉まるとそのドアに背中を預けずり落ちるようにしゃがみこむ。

 「…、無事に生きてくれ。もう此処には戻ってくるな…。」

 瀬畑は祈るように呟いた。

 

 

 

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アトガキ。

またまた一ヶ月後の更新ですいません…。
今回は現実サイドで…。ヒロインの家事情、理解していただけましたでしょうか?
このことを少し対比させたかったもので…なので一話分を使わせてもらいました。
いよいよ、外殻大地編本格的にスタートです!