Let's search for Tomorrow

 

 

 

 

 北から吹き付ける風に、学校指定のコートの前を引き寄せぴっちりと閉じるとはもう片方の手で亜麻色の髪を抑えた。冷たい風から逃げるようには体を縮こまらせた。教科書、参考書、辞書、その他化粧ポーチや手帳がぎっしりと詰まった鞄がとは逆に風に戦いを挑んでいる。
 街は赤と緑の二色で統一され、ツリーにかけられたネオンが色とりどりに光っている。――十日もすれば、このイルミネーションや飾り付けはすべて撤去される。毎年の事だがなんだか、物寂しくなってきた。

 「街をゆっくり歩くのって、そういえば久しぶり…。」

 は重い鞄を持ち替えて、独り言にしては少し大きめの声でつぶやいた。毎日登下校は学校に迎えの車がやってくるのだが、運転手の徳永が風邪を引いて寝込んでしまったので徒歩になった。父親、母親共に代わりの者をやる、タクシーに乗って帰ってきなさい、と口々に言ったが、それをすべて断って一人の帰路を楽しんでいた。ただ少し、後悔したのはこの重たい鞄が付き添いだった事を失念していた事だ。
 ふと、は思い出したかのように今まで見ていた地面から顔を上げて横を見渡した。お店はきちんと赤と緑でデコレーションされ、チカチカとイルミネーションが規則正しく光っている。玩具屋では店頭に大きなクリスマスツリーが飾られ、てっぺんの星がキラキラと光っていた。

 「あぁー!もう少しで倒せそうだったのに!」

 そんな声が聞こえてきては振り向いた。二人の男子小学生がお試しで出来るゲーム機の前で騒いでいる。画面にはゲームオーバーの文字が浮かび上がり、小学生は迷うことなくコンティニューを選んだ。

 「"Tales of the ABYSS"?」

 が呟いたとき、一際冷たい風がびゅうっと吹いた。あちらこちらで寒いっと声が上がり、も寒い、と呟いた。は導かれるようにはしゃぐ小学生の後ろから画面を覗き込んだ。赤い長髪の少年が剣を振り回し敵を攻撃し、後方で少女が呪文を唱えては少年の削られた体力を回復していた。

 「へぇ、」

 は感心して呟いた。幼い頃からテレビゲームなどしたことが無い。そんな暇があるなら勉強をしろ、習い事をしろ、作法を身につけろ…両親が言う通りに暮らしてきたにとって、小学生達が楽しそうにしているのが羨ましかった。
 の呟きにびっくりしたのか、プレイしている子とは別の子がを見上げた。は邪魔してごめんね、と言うつもりだったが、プレイ中の男の子の肩を叩き交代しろよ、と言ったので恥ずかしくなってとっさに言ってしまった。

 「大丈夫!今から買う所なの!」

 は棚においてあった空箱を一つ手に取り店の中に入っていった。

 

 

 「おかえりなさいませ、お嬢様。大事ありませんでしたか?本日は真に申し訳ありません、徳永が急に風邪を引いてしまい…。」
 「ただいま。徳永の様態は大丈夫?学校でも風邪が流行っているようなの。みんな気をつけるようにじいやからお手伝いさんたちに伝えてあげてね。徳永には私のことは気にしなくていいからって伝えておいて。ゆっくりやすんでもらって、元気になったらまた乗せてもらわなくちゃいけないんだから。」

 を玄関で出迎えた執事――瀬端くるみはのスクールカバンを受け取りながらわかりました、と頷いた。重いカバンに瀬端は申し訳なく感じつつもいつものように先に休憩するか、部屋で着替えるかを尋ねた。

 「部屋で着替えてからお茶にするわ。アールグレイでミルクティーにしといて欲しいな。」
 「かしこまりました。」

 瀬端の後ろで控えていたメイド――田取亜里沙は、頭を下げてダイニングの方へ姿を消した。瀬端とは並んでの自室に向かう。二人の関係は執事と雇い主の息女、だが祖父と孫みたいな関係だ。

 「今日ね、繁華街でこんなの見つけたの。」
 「ほう…、ゲームですね。お嬢様が買われるとは珍しい。」
 「小学生がしていたのを横で見てて、やる?って譲ろうとしたから思わず衝動で買ってしまったのよ。――お父様には内緒にしてて!」

 はにこにこしながら人差し指を口元で立て、しーっ、の真似をすると、瀬端は大きく頷いて声を抑えてわかりました、といった。がゲームを買うなど珍しいどころか初めてではないだろうか。期待にあふれているの様子を見ていると瀬端の気持ちもわくわくしてきた。
 にこりと笑って瀬端が頷いたのでも上機嫌で頷き返し、問題は本体よね、と呟いた。

 「私の孫が持っていたはずですよ。最近忙しくて遊んでる暇が無く、一種の置物になっている、といってましたので借りれるかもしれません。」
 「わ、本当?!」
 「えぇ。明日までお待ちいただけますか?お嬢様が学校からご帰宅なさる時にはあるようにいたします。」

 にこりとした瀬端にはありがとう、といって微笑返した。

 

*

 

 翌日の朝、は父が呼び寄せたタクシーに乗って登校した。学校の門の前にはすでに列が出来ていて、並んでる学生達の手には綺麗に飾り付けされた箱や、一輪の花が握られている。タクシーの運転手が目をごしごしこすってるのを見て、は小さく苦笑した。――徳永なら間違いなく『お嬢様はモテモテですね。』と言ってくるのだが。
 すでに料金を支払われているタクシーから降りると、の登校を待っていた学生達がドッと押し寄せた。タクシーは逃げるようにして走り去る。あまりに勢い良く走り去って行ったので、何人かが悪態ついたのが聞こえた。――何度かタクシーで登校したことがあったがここまで態度の悪い運転手はいなかった。今度からタクシーは止めよう、とは心に留めた。

 「様、今日はタクシーでの登校なんですね、そういえば、昨日も徒歩でお帰りになられたと伺いましたが。」
 「まぁ!一言おっしゃってくださればわたくしの車をお貸しいたしましたのに!」
 「様、ベイクドチーズケーキはお好きと聞きましたので焼いてみたんです、どうぞ召し上がってください。」
 「学校のガーデンで栽培したバラです。肥料がよかったのか、不思議な色のバラなんですよ、様に差し上げるのがよいかと思って。」

 の通う高等学校は世間から見れば『お金持ちが行く学校』らしい。それはも重々承知していたし、ひざ上スカートに学年別で色分けされたリボン、紺色のセーラー服の上から学校指定のコートを羽織ってひとたび街を歩けば人目を引くのを知っている。そのおかげで何度か怪しい人に絡まれたものだ。ゆえに、父がの為に運転手を雇った。それが徳永だ。
 門での登校を待っていた学生たちは我先にと用意していたプレゼントを渡す。は笑顔でやんわり断るのだが、今日は誤って受け取ってしまった。――災難の始まりだ。受け取ったのをみた学生たちは私も、と差し出してくるものだからは門から一歩も動けなくなってしまった。始業チャイムの五分前に先生が収拾つけるまで混乱は続いた。

 放課後、紙袋二つ分の荷物を持って、は剣道部の部室に向かう。しかし、部室は誰もおらず、は剣道場に足を運んだ。剣道場では主将が一人で打ち込みの練習をしている。こういうとき、集中力をそぐようなことはしたくないのだが…は主将に声を掛けた。

 「主将!」
 「あ、さん。どうかしたんですか?――あぁ、今日の朝は大変でしたね。」

 面をあげて、クスクス笑う主将には少し恥ずかしくなって曖昧に微笑んだ。

 「運転手が風邪を引いて寝込んでるので今日はタクシーで帰るのですが、この荷物なので…、」
 「あぁ、はい。わかりました。休んでいいですよ。ただし、明日は倍のメニューでね。」

 えぇ!と声を上げたに、主将はますます声を上げて笑い、冗談だよと付け足した。
 主将に頭を下げては部室を後にした。ガサガサと、今朝大騒ぎになった荷物を抱えて校門へ向かう。その間にも何人かの生徒とすれ違っては言葉を交わさなくてはいけなかったので校門についた頃にははヘトヘトになっていた。
 待っていたタクシーに乗り込んで、車は発進する。流れるような街並みを眺めてはそっと息をついた。しかし、自宅に戻れば楽しみが待っている。そう考えると気持ちが随分軽くなった。

 「ただいま!」
 「おかえりなさいませ、お嬢様。お約束の物はお部屋にすでに準備していますよ。」

 瀬端はの持っている紙袋見て少しビックリしたが、いつものようにかばんを受け取り、紙袋をメイドに預けた。約束の物――ゲームの本体はすでにの部屋に準備してあり、スイッチを入れれば直ぐに始められるようになっている、とウインクしてに告げれば、は顔をほころばせた。

 「ありがとう、じいや!」
 「さ、お嬢様、早速お遊びください。」

 ははやる気持ちを抑えながら自室のドアを開け、テレビの前に座った。テレビをつけ、ゲームのスイッチを押す。ビィィンと起動音がして、画面には製作会社のロゴがそして、曲が流れた。

 「へぇ、"Karma"…サンスクリットね。意味は確か…"業"。」
 「お嬢様、私は下にいますね。旦那様が帰って来られる19時少し前にもう一度来ます。」
 「うん、そうしてちょうだい。」

 は振り返らずに返事をした。

 

 コンコンと、扉を叩く音がして、は画面に釘付けになったまま返事をした。瀬端がお時間ですよ、と入ってきたのではセーブポイントで、ゲームの進行を記録した。約二時間程でカイツール軍港という所まで物語りを進めることが出来たのなら、初めて操作するには良い方だろう。この続きはコーラル城と言う所に、整備隊長を助けに行く所だ。

 「いかがでしたか?」
 「とっても楽しいわ!続きが気になって、気になって。眠れなかったらどうしよう。」

 瀬端がそれは困ります、と笑いは電源を切ろうとスイッチに手を伸ばした。その時、ピリッとしたものがを貫いた。

 「きゃあっ?!」
 「お嬢様?大丈夫ですか?!」
 『見つけた…!"鍵"が全て揃った―――!』

 まぶしい閃光が窓の外で一度光り、その後直ぐにゴロゴロと耳が痛いほどの音で雷が鳴った。その瞬間、の身体はすぅっと消失した。

 「お、お嬢様…?」

 瀬端は夢かと目を擦ったが、夢ではなかった。
 雷でブレーカーが落ちたのだろう。真っ暗な部屋の中には瀬端ただ一人だけ。ざぁっと大きな音をたてて雨が降り、風で窓がガタガタ悲鳴を上げている。再び雷が鳴り、部屋を一瞬の光が照らすが、の姿は無かった。

 ただ、テレビより少し離れた場所の温もりだけがの存在を主張していた。

 

 

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*20060626*

 

 

 

アトガキ。
耐え切れなくなり、加筆訂正をしてしまいました。すいません。
以前の1話、2話をあわせて見ました。