「初めまして、アスラン・ザラです。」

彼の第一印象は、どこか私と似ていて"不器用な人"だった。













Reginleif
#Extra attraction 1 -first impression- vol.1














「あぁ、ラクス、それから。少し話がある。」

夕食後のお茶を飲みながらシーゲルは口を開いた。ラクスはシーゲルの隣で持っていたカップをソーサーに戻す。
は、というと、下げようとしていた食器を傍らに置き、失礼します、と言ってラクスの向かい側、同じくシーゲルの隣に腰をおろした。
別のメイドがが持っていこうとしていた食器を下げる。すみません、とは礼を述べた。
広いダイニングに三人だけ残る。

「突然だが、明日、婚約者が来られる。その準備をしておくように。」
「まぁ、どなたが婚約なさいますの?」

突然切り出された話の内容に、は思わず、え、と耳を疑った。同時にラクスが最初から知っていたような口ぶりでシーゲルの続きを促す。

「…ラクス、あなたの、でしょう?」
「あら、もしかしたらかも知れませんわ。」
「私はクライン家に使える一端のメイドです。そんな恐れ多いこと。」
「それで、お父様、私ですか?それともですか?」

ゲーム感覚で尋ねるラクスには頭を抱えたくなった。…忘れてはいけない。彼女は"ど"がつく程の天然だ。

「そんな言い方は、相手に失礼ですよラクス。」
は気になりませんの?」
「な・り・ま・せ・ん!私自身には関係の無いお話でしょうし、ここに残された意味も理解しかねます。」
「まぁ、二人とも落ち着きなさい。まだ話は終わってない。」

シーゲルに慎むよう注意され、二人は静かになる。

「婚約者の名前はアスラン・ザラ。二人とも聞いたことがあるだろう。私と同じく評議会を担うパトリック・ザラのご子息だ。
 婚姻統制制度は知ってるな?コーディネイター同士では出生率が落ち込んでいる。その回避の為に採られた制度なわけだが、今回の婚約もその制度に基づいている。」
「仕方が無い、事ですものね。子供の出生率の低下は今後コーディネイター達にとっても大きな問題でしょうし、ナチュラルとの関係も今のままでは婚姻は絶望的。
 そうなれば私達コーディネイター同士でいかに出生率をあげるか、になってきますもの。」

自分で好きな人を選び、愛し、結婚する、という事は今のご時世珍しいことだ。
遺伝子を触り、強靭な肉体、多くを知ることが出来る知能、端麗な容姿を手に入れることができたコーディネイター達にとってたった一つの欠陥が子供の出生率の低さだった。
が現状を述べるとシーゲルは大きく頷いた。

「肝心の彼の相手、だが…。」

シーゲルは言いにくそうに言葉を濁す。とラクスは顔を見合わせて首を傾げた。

「…ラクス、お前が彼の婚約者だ。」

少しの間をおいてシーゲルは呟くように言った。はほら、やっぱり、と満足げに笑みを浮かべラクスを見た。

「表向き、はな。」

え、と二人は同時に呟いてシーゲルを凝然と見た。

「遺伝子検査の結果、二人の遺伝子は対だと判明した。…だがそれはのものだったんだ。」
「え…?ど、どういうことですか?」
「ラクスの髪からDNAを採取したつもりだったんだが、どうやらそれはのものであって、私も研究員達も後になってそれに気付いた。
 だが私達が違っていた、と報告する前にパトリックは一人で盛り上がってしまってな…。彼を止めようと私も研究員も必死に事情を説明したんだが…。
 国務委員長の彼の息子と、評議会代表議長の娘であり、プラントの歌姫の婚約は話題的にも、…政治的にも有益なものなんだよ。」
「まぁ…。」

ラクスがまぁ、と呟いた。本当に、"まぁ"としか声が出ないと思う。は開いた口が塞がらないでいた。自分に婚約者…。考えたことも無かった。
両親は農業プラントであるユニウスセブンを拠点にあちこちのプラントを渡り歩いている―――をクライン家に預けたまま。

「こんな話を本当はしたくなかったんだが…。そういうことだ。すまない、二人とも。」
「私は構いません、お父様。私が今、出させて頂いているメディアに関してもそう思惑はおありだったのでしょう?それがもう一つ増えるだけですわ。
 ただ、の事はどうなさるのですか?」
「わ、私、気にしていません!アスラン様とラクスが婚約という事でプラントがいい方向に進むのならそれで!もともと私には身に余る事ですし!」
「…すまない、もう取り返しのつかないことになってしまっていて。」
「いいえ…!シーゲル様にはお礼の言葉も出尽くして何もいえないほど、よくしていただいています!そんなお気になさらないでください。」

そう言いながら、は心のどこかに残念がっている自分がいる気がした。



















翌日、時間通りに婚約者はやってきた。

「ラクス・クラインですわ。」
「初めまして、アスラン・ザラです。」

二人は今、ラクスご自慢の庭のテラスで談笑をしていることだろう。
は訪れたアスランをテラスへと案内したきり屋敷で他のメイドたちと一緒に雑用をこなしている。
そこへ、を呼ぶ声が聞こえる。

「アリスさん。」
ごめんなさい、ラクス様とアスラン様にお茶を運んでくれないかしら?」

上手く断ることも出来なくて、は渋々わかりました、と答えた。
―――オカピがいるのに…。そう思うものの、オカピは先日ラクスが乗ったことで壊れてしまっている。
今はぎこちなく動いているオカピと一緒にはテラスへと向かった。


テラスでアスランは困惑した表情を浮かべ、ラクスはいつものようににこにこしている。

「失礼します、ラクス、アスラン様。」

は一言断って二人の前に進み出た。必然と二人の視線がに向けられ、アスランと目が合う。

―――この人が私の対の遺伝子を持ってる人…。

そう思うだけでなんだか嬉しい気持ちになった。
濃紺の柔らかそうな髪、翡翠色の瞳。異性だというのに綺麗、という言葉しか出てこなかった。

「アスラン、ご紹介しますわ。こちらは。私の親友ですわ。、アスラン・ザラですわ。」
「初めまして、アスラン・ザラ様。あなたのことはシーゲル様からお聞きしております。私はです。クライン家の一端の使用人をしてます。」
「は、初めまして。アスラン・ザラです。」

アスランは緊張した面持ちで名乗った。それもそうだろう。一端の使用人がラクスと呼び、本来ならもう立ち去っているはずの使用人がまだここにいる。
は使用人の部分を強調して言うと、ラクスはもう、といってが持っていミントティーをアスランに差し出した。

「どうぞ、アスラン。」
「え、あ、はい、ありがとうございます。」
「ごゆっくりしていってください、アスラン様。私は失礼します。」
「待って!あなたも居て下さいな。」

えぇ?とアスランとの声が重なった。普通なら考えられない事である。

「でもラクス、私は邪魔ですし後はお二人でお話して下さい。」
「いいえ、もここに居るべきですわ。」

―――ああ、この子は本当に!は今ここで頭を抱えたくなった。アスランを盗み見れば同じように困惑気味だ。

「ほら、ラクス、アスラン様もお困りですよ。手を離していただけますか。」
がここに居るといってくれるまで離しませんわ。」

にこり、と彼女特有の笑顔がに向けられた。ははぁ、と小さくため息をこぼしてアスランに尋ねる。

「申し訳ありませんアスラン様、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、はいっ、構いません。」
「ありがとうございます。」

そう言っては席に着いた。正直なところ、自分と対の遺伝子を持つアスラン・ザラという人物がどんな人か気になっていたのでラクスが引き止めてくれたことは嬉しかった。
が増えたことで、アスランの表情はますます困惑している。

「この度は、ご婚約おめでとうございます、アスラン様。」
「あ、ありがとうございます。」

―――本当はそう思っていないくせに、ともう一人のが心の中で呟いた。

アスランは少しぬるくなったミントティーを一口啜った。漸くほっとした雰囲気ができた…はずだった。

「アスランの髪の色は蒼ですのね。では、私達の子供は紫になるのでしょうか?」

ラクスが爆弾を落としてくれた。
の隣でアスランはブッ、とミントティーを吐き出し、は頭痛がしてきた。

「大丈夫ですか?!」
「す、すみません!!」
「いいえ、こちらこそごめんなさい、お嫌いでしたか?ミントティー。」
「い、いえ、そういうわけでは…。」
「ラクスっ!」

持っていたタオルをアスランに差し出す。それを受け取ってアスランは何度か咳き込んだ。
は少し頬を紅潮させてラクスを諫める。ただ、ラクスだけが首を傾げていた。
しばらくしてアスランが落ち着くとラクスは再び爆弾を投下する。

「ところで、私達はいつ結婚しますの?私もアスランもまだ十四でしょ?まだちょっと早い気もするのですけど…。」
「そ、その前にですね、あなたはそれで…つまり、僕と結婚するということで本当に宜しいのですか?」
「でも、そういわれましても私、貴方の事よく存じ上げませんし。…そうゆうアスランは宜しいのですの?」

聞いたつもりが、逆に聞き返されてうろたえるアスランには親近感を抱いた。このラクス相手に苦戦している様は昔の自分のようだった。
思わず、笑みが零れる。

さん…?」
「あ、申し訳ありません。お二人のやり取りを見ていますと昔の自分とラクスを見ているようで…。」
「まぁ、ったら。」
「アスラン様、どうか私の事はとお呼び下さい。敬称をつけられるとくすぐったく感じますので。」

笑みを向けると、アスランの頬にわずかに朱がさした。
もラクスに引けをとらない容姿を持っている。同じ歳のせいか、ラクスとは姉妹と勘違いされることも多々あった。

「じゃあ、そう呼ばせて頂きます。」
「えぇ。」

そこへ、奇怪な音を立ててオカピが現れた。―――また、だ。本日三回目の機能停止。

「まぁ!オカピ!!」
「工具を持ってくるわ、ラクス!」
、お願いします。」

は屋敷のほうへと走っていく。黒を基調としたメイド服が風に揺れ、すぐにその姿は屋敷の中に消えた。
アスランはを見送って、ラクスの抱いているペットロボット―――オカピを見据えた。

「調子が悪いようですね。」
「持って来ましたよ、ラクス。ちょっといいですか?」

アスランは隣から聞こえてきた声に吃驚する。少し息を切らしているが視界に飛び込んできた。
―――身体能力の高いコーディネイターでもこんなに早く走ることが出来るのだろうか?

「お願いします、。」
「えぇ。」
「…こういうことは頻繁にあるのですか?」
「えぇ、先日私が乗りましてから、どうも良くないみたいで…。」
「はぁ?これに、あなたが?!」

アスラン二度目の驚愕。その呆れた声にはオカピのハードをはずしながら笑みを零す。
耐加重十キロのこれにラクスが乗ったのだからそんな声が出てしまうのは当然だった。

「その度にが見てくれるのですけど…。」
「私もそんなに機械に詳しくないので、あまりいじれなくて…。プログラミングとかの方が得意なんですよ。」
「そうなんですか…僕がやりましょうか?機械いじりは好きな方なんで。」

アスランの申し出にはお願いします、と素直に工具一式を渡した。




「だいぶ磨耗しているパーツがありますけど、そう複雑な機構でもありませんし。ちゃんとメンテナスしてやれば、まだ動きますよ。あまり重い…じゃなくて人が乗ってはいけませんけど。」
「わぁ、直りましたの?!ありがとうございます、アスラン。」
「器用なものですね!…もしかしてマイクロユニットとか得意ではないですか?」
「まぁ、そうですね…。」

アスランの返答はいつもどこか濁されていて、はっきりしない。人との距離もどこか一線引いているような気もした。
それがの昔と本当によく似ていた。
―――いろいろと不器用な人なのね。は笑みを浮かべた。

「本当にありがとうございます、アスラン!赤ちゃんの頃から一緒だったのでうれしいですわ!」
「…だったらはやく修理に出せばいいのに。」

え?と聞き返すラクスにアスランはいいえ、何でも、とごまかすが、隣にいたには全部筒抜けで…。

「私もそう言ったんですけど、ラクスはヘンなところで頑固だから…。知らない人に触ってほしくないそうですよ。」

クスクス笑いながらアスランに言った。アスランは赤い顔のままそうですか、と頷いた。
やがてアスランが帰る時間が来て、二人は門まで見送る。

「またいらして下さいね、アスラン。」
「ありがとうございます。」

彼の運転するエレカはそのままクライン邸を後にした。








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