WIND

 

  

 

 木の葉の里の、顔岩がある崖の上に小さな社堂がある。
 それは里が"木の葉"を名乗る以前の里を治めていた巫女が住む場所だと、里人全員が知っていた。
 今は使われていない社堂だが、一人の少女がそこから里を見下ろしていた。少女が知っている町並みとは違う景色に少し目を伏せ、昔に思いを馳せる。それももう約六十年ほど前の話だ。
 見覚えのある鳥が空を駆ける。少女はそれを見て、小さな煙を立てて社堂から姿を消した。

 目の前の老人を少女は凝然と見た。キセルをふかし、白い煙を細く吹き出す。いつかあの話をされるだろうと、少女が身構えていただけに老人はたいそうご満悦の様子でタバコを楽しんでいる。

 「ちょっと、サル。私の前でタバコは止めてって言ってるじゃない。」
 「まぁ、少し位いいじゃろうて。」
 「…はぁ。窓を開けるわ。」

 少女は老人を諌めるのを諦め、窓を開けて、部屋に篭った煙を外に追い出した。

 「それで?鳥を寄越してまで私を呼んだのは、あの件についてよね。」
 「その通りじゃ。お前にしか頼めないと思うておる。」
 「…そりゃ一つの里に二匹も尾獣を封印してる人間がいるのは木の葉くらいでしょうよ。私は年月を掛けてるから尾獣のチャクラも自由に自分のチャクラに還元できるけど、あの子はまだ十二年…。まだまだでしょうね。」
 「加えて、やんちゃじゃ…。真面目に忍者学校で学べば早いものを…。」
 「あはは、昔のサルみたい。」

 少女がお腹を抱えて笑うと老人は、と少女を諌めた。その頬は少し朱が混じっている。

 「昔の事を掘り出すでない。…わしの事はどうでもよい。ナルトを…頼んだぞ。」
 「…解ったわ。あの子は、英雄であるはずなのにどうしてあんな酷い目に遭うんだろうね。私には、あの子を憎む理由が解らない。あの子がいなければ…私達の里は跡形もなく無くなっていたかも知れないのに。」
 「…人は、自身の大切なもの別の何かによって奪われた時、その何かを憎まずにして生きては行けんのじゃよ…。悲しい事にのぅ。…状況も、とは違う。にはザイチや、ホムラ、コハル、そしてわしという後ろ盾がおったがナルトにはおらん。誰もあやつを守ってはくれん。ナルトの心を理解できるのはしかおらんよ。」

 そうかな、とは儚く笑った。部屋の中の空気がすっかり冷たくなると、は急いで窓を閉めた。そして、老人に向かってにこっり笑うと姿勢ただし、任務を引き受ける、と宣言した。

 「それじゃあ、三代目火影様。――っと、私は明日忍者学校に行けばいいのよね?先生達には話し通ってるの?」
 「抜かりない。――あぁ、卒業試験は明日じゃが、なるべく目立たないようにの。」
 「え、ちょっと!…あのねぇ、編入生ってだけで目立つのに卒業試験当日だと余計に目立つでしょうが!ムリな注文よ、まったく。言い訳は考えてあるんでしょうね?」
 「もちろんじゃ。『都合で忍者学校には通えなかったが卒業するための知識と実技は修めており、あとは下忍としての力を試すのみ』とな。」
 「はぁ…。勘のいい子は気づくんじゃないの?大丈夫?」

 火影はほっほっ、と笑う。頭を抱えて、それじゃあね、とは火影の部屋を退室した。火影はとっくにが消えた後姿を追う。
 本来であれば彼女は火影と同じくらい皺くちゃになっていてもいい。しかし、彼女が未だに十代の姿なのには訳がある。
 ―――あの頃の自分にもっと力があれば、強くあったならば、と何度考えただろう火影は自嘲した。目を伏せて古い昔の思い出に思いを馳せる。
 あの時、まだ幼かった少年の火影は大人達に守られ、避難していた。十の尾を持つ妖魔が里を襲い、大人達は自分達の大切な人を守る為に戦っていた。避難する子供達の中にの姿がない事に火影は気づき大人達に進言した。彼等は火影の顔から目をそらし、ぎゅっと拳を握る。
 火影は慌てて外に飛び出した。大人達の制止を振り切り、がいるだろう場所に向かった頃には、事はすでに済んでいた。は目を伏せて動かなかった。かろうじて心臓は動いていたがいつ目覚めるか解らない眠りについてた。その傍らでの付き人であった初老の男が静かに息を引き取った。最期の言葉を彼は笑みを浮かべて周りの人に言った。――様を頼む、と。その姿を見たときに、三代目火影・猿飛は心に決めた事がある。もう二度とが悲しまないように、泣かないように、自分がを守ると。当時九歳の少年が当時六歳だったに寄せていた淡い恋心だった。
 とジロウが守った里は、ジロウの友達で今では初代火影と呼ばれている男が引き継ぎ名を"木の葉"と名付けた。違う妖魔が再び襲ってこないようにと初代火影はいつでも戦えるように組織を作った。これが忍の始まりだった。やがて近隣同士のいざこざが相次いで起こり、初代火影はその戦いの中で息を引き取った。
 次の火影は忍を育成するために忍者学校を設立した。『里を守りたい、大切な人を守りたいという心に大人も子供も関係ない』と言った。猿飛がすぐにその忍者学校に入り、さまざまな術を覚えていった。
 その頃には近隣諸国との戦いも激しくなりつつあり、戦える者は直ぐに前線に送られるほどだった。二代目火影の言葉に偽りはないはずだが、その裏には直ぐにでも戦える者の育成が必要だったから忍者学校を設立したのかもしれない。

 『私の夢はね、里の人がみんな笑顔で、自分に誇りを持ち、自分達の夢に向かって安心して生きていける、平和な環境を作る事なの。』

 が即位する前日の夜に、猿飛に対して言った言葉を思い出した。
 今の世は間違っている!これはの望んだ平和じゃない!猿飛は一刻も早くその無益な戦いが終わるのを祈りながらも無心に戦場を駆けた。―――浴びた血はどれくらいだろう。手の感覚がなくなるまでクナイを振るい、手裏剣を投げ、印を組み、術を発動した。奪った命はいくつだろう。周りには血まみれに倒れた仲間と敵が多数。立っているのは猿飛一人だった。
 あの夜の笑ったにはもう会えない、と猿飛は戦場から帰還した。

 二代目火影が息を引き取ると、三代目には誰がいいのか、と長老達の話し合いが儲けられた。疲弊した忍達、収まらない戦い。猿飛は握り締めた拳を壁に打ち付けた。
 ドンドンと少し強めにドアをノックされ、猿飛の意識は現実に引き戻された。

 「火影様!屋上に来ていただけますか?!ナルトの奴がまた…!」
 「はぁ…。やれやれ、ゆっくりと思い出に浸ることも出来んわい。」

 猿飛は"火"とかかれた帽子を取り、被りながら部屋を出て屋上に向かった。

 翌日、早速忍者学校に赴いたが感じたのは試験に不安を感じピリピリしている雰囲気だった。自分も一度受けているので当時の様子と寸分も変わらぬところに何故か笑いがこみ上げてくる。久しぶりに出会う忍者学校の先生に挨拶をし、受験者が待つ控え室に案内される。ドアが開くと、受験者達の視線が一斉にへ向けられた。

 「彼女はさんです。両親のご都合で忍者学校に通えませんでしたが下忍になるための試験に必要な知識と技術を修めているようなので試験を一緒に受けます。合格すればみなさんと同じ下忍です。仲良くね。」

 先生はそういって、部屋を出て行く。はにこりと笑ってよろしくというとドアに一番席に腰を下ろした。をこっそりと盗み見し、コソコソと話す声が聞こえるがは気にせず持ち込んだ本を開いた。その時、ふと脳裏に満月と、多い茂る木々、三人の忍の姿、笑顔が映る。はふふ、と笑みを浮かべた。
 一人ずつ名前を呼ばれ、隣室に行く受験者達。最初はが入ってきたことでざわついていた受験者達もも次は自分の番ではとそわそわし始めた。

 「次、。」
 「はい。」

 の名前が呼ばれると、受験者達は再びに注目し、姿が見えなくなるまでじっと見据えていた。
 隣室にはうみのイルカとミズキが座り、机の上には木の葉の額宛が並んでいる。

 「お久しぶりです、イルカさん、ミズキさん。」
 「火影様から話は伺っている。には簡単だと思うが分身の術を見せてもらえるか?」
 「はい。――えぇっと、受験者は大体何人に分身してるんですか?」
 「四人〜五人ですよさん。」

 ミズキが言うとは五人に分身した。印は結んだがその速さに二人は目を見開いているようだった。ドロンと四人の分身を消してイルカに質問する。

 「ナルトはどうでしたか?確か私より先に受験してましたよね?」
 「あ、あぁ…残念だがナルトは不合格だ。」
 「えぇ?!本当ですか?!」
 「ナルト君は分身する事にはしたんだけど…人数が一人だったうえにやる気のなさそうな分身だったのでイルカ先生が…。」
 「そうですか…。それじゃあ、私はこれで失礼します。―――あ、イルカさん、今晩は手裏剣に注意してくださいね。ミズキさんは拳骨に注意…かな?」
 「はは、拳骨に注意ですか?面白い事を言いますね、さんは。」

 は軽く会釈して部屋を出た。の話を信じる信じないは当人の自由だ。だが、これは警告だった。ミズキ、彼は今晩ナルトを使って行動を起こす。
 ナルトと接点のないはどこかでナルトとの交流を持とうと思っていたが、夜を待つことにした。
 校庭では試験に合格した忍者学校生が父親、母親と喜び合っている。それを遠目に一人眺める姿があった。その面持ちは暗い。は猿飛の隣でその様子を見ていた。太陽の光を集めたような眩しい金色の髪がくすんで見えるようだった。その姿に昔のザイチを思い出した。

 「私、帰るね。」
 「、解っておるな。」
 「…。」

 は返事をせずに瞬身の術で姿を消した。
 すっかり日が落ちると、は傷薬などの準備をして自室を出る。木ノ葉丸と廊下で出会い「姉ちゃんどこか行くの?コレっ!」と首をかしげて聞くものだからは耐え切れずぎゅっと木ノ葉丸を抱きしめて「任務。」と短く答えた。親友の可愛い孫だ。にとっても木ノ葉丸は孫のようなものだ。
 その時、どさっと倒れる音がして、木ノ葉丸と顔を見合わせると慌てて音がした方へ向かう。猿飛が鼻血を出して倒れていた。

 「じ、じいちゃん?!」
 「ちょ、ちょっと、サル?!…あぁ、もう…これはあの手に引っかかったわね。男はみんなこれだから…。」

 いくら年老いたからと言っても意識のない男を運ぶのは骨が折れる。は手早く止血を施し、布を取り出して汚れた床を木ノ葉丸に拭くように頼むと、体格のいい男を呼んで猿飛を運んでもらった。

 「――猿飛、私が言いたい事解るよね?」
 「お、落ち着け、のぅ。あ、こ、これ木ノ葉丸、どこへ行くんじゃ!」
 「だって怒った姉ちゃん怖いもんっ!コレぇっ!」

 しばらくして意識を取り戻した猿飛には笑みを向ける。笑顔だけれども、笑顔じゃない。木ノ葉丸は身の危険を本能で察知し、そそくさと自室に戻った。は猿飛に外へ、と言い一緒にでた。そこには数人の手腕がそろっている。

 「相変わらず用意がいいのぅ。」
 「今晩の事は"見"ましたから。」
 「何故言わんかったんじゃ?!」
 「よく考えて、私とナルトの接点がないの。明日同じ班になるよりも此処で顔をあわせておきたいじゃない?」

 小さな声でやり取りをする二人を尻目に、事情を聞いた忍達は憤っている。

 「火影様!もう我慢なりません!あいつの日々の行いを見ていればこうなる事は簡単に予測できた!今日こそアイツを殺すべきだ!」
 「そうだ!あの巻物を持って国を出れば大変な事に!」
 「殺す事はならん。よいな。巻物を盗まれてすでに半刻…しかし、ナルトはまだ国を出てはおらん。急いで見つけ出すのじゃ。」

 猿飛の言葉に忍達はぐっと口を閉じたが不満顔だった。しかし、反論する事もなく忍達はすぐにナルト捜索に行った。

 「さて、私もナルトのところに行って来ます。」
 「知っておるのか?」
 「えぇ、森の中で一人術の練習をしているわ。今日の試験の見返しをしたいみたい。ドロドロになって…。サル、ナルトは自分から望んで巻物を奪ったんじゃないわ。ミズキにそそのかされたという事、忘れないでね。」

 猿飛はうむ、と頷いては瞬身の術で森へ急いだ。
 が森でナルトを見つけた時、ナルトは向かってきた手裏剣に巻物をぎゅっと握り締めて目を閉じた。思わず飛び出しそうになったが、イルカがナルトを庇うように現れた。背中にはミズキが投げた手裏剣が刺さっている。

 「、が『手裏剣に注意しろ』って言って、たのは、この事か…。」

 ぐっ、とイルカは咳き込む。ミズキがナルトに対して秘密を打ち明けた事に動揺し、疑心暗鬼になっているようだった。は気配を消して、ナルトの後を追った。ミズキの狙いはナルトに罪をかぶせて巻物を持って逃走する事だ。
 は直ぐにナルトを発見し、木の上から事の様子を見守る。まだ、の出る時ではない。ミズキはイルカに変化しナルトから巻物を奪おうとしたようだが、そのナルトはイルカが変化していた。は思わず笑みを零す。

 「くそ、何故イルカでないと解った?!」
 「俺がイルカだ。」
 「はっ、めでたい事だな。両親を殺した化け狐の肩を持つとは…!」
 「ナルトは…あいつは化け狐なんかじゃない!木の葉の里のうずまきナルトだ!」
 「少し予定が狂ったがお前から殺してやるよイルカ。」

 ミズキが手裏剣を取り出し投げようとした瞬間、ナルトがミズキを殴り、イルカを守るように現れた。は気づかれないように、ゆっくりと近づく。もっとも、ミズキには巻物に気を取られ、イルカは深手に荒い呼吸を繰り替えし、ナルトは憤っている。誰も周りに気など配っていない。

 「これ以上イルカ先生を傷つけてみろ!千倍にして返してやる!」
 「何ホラを吹いてやがる!この落ち零れが!」

 次の瞬間、は目を疑った。辺りはナルトの影分身で多い尽くされる。思わず嘘、と零した。影分身のうち、数体はに気づいたようだがミズキを打ちのめすのが先なのか何も言わずに向かっていた。
 イルカはにこりと笑って、ナルトの額に木の葉の額宛をつけた。千人に影分身したナルトによって殴られたミズキは伸びているが、意識が戻るのが早かったのかうめき声を漏らして起き上がった。傷で動けないイルカと突然で体が反応しないナルト。クナイをイルカ、ナルトに向けて投げようとした。

 「こ、れで済むと思うなぁ…っ!あ、」
 「はい。いい加減寝て頂戴。」

 は小さな煙を上げて姿を現すと、ミズキのクナイを持つ腕を止めて、頭に拳骨を落とした。イルカはを見て笑みを浮かべ「なるほど、拳骨注意とはいうなぁ。」と笑い、ほっと胸を撫で下ろした。の一撃ですっかり伸びたミズキを身動きできないようにロープで縛り上げ、はようやくナルトと顔をあわせた。

 「おめでとうナルト。あなたもこれで下忍ね。」

 がにこりとすると、ぽかんと見上げていた表情にうっすらと朱が入る。イルカがくすっと笑うが痛みに顔をしかめた。

 「あ、イルカさん、傷の手当てをします。――ごめんなさい、全て見ていたんですけど、傷を負わせてしまって。」
 「いや、気にしなくていい。それよりも、」
 「えぇ、解っています。」
 「ほら、ナルト。に対して言う事あるだろ?」
 「え?な、何を言うんだってばよ、」

 はイルカの傷口に手を当て、チャクラを練る。シュウウと音をたて、傷がふさがっていくのをナルトはじっと見つめていた。傷がふさがると、は続いて慣れた手つきで包帯を巻いていく。

 「終わりです。傷は塞ぎましたが数日は無理をしないで養生してください。」
 「ありがとう、。」
 「いいえ。それでは、私はこれで…。ナルト、また明日会いましょうね。」

 ナルトが返事をする前にの姿はその場から消えていた。
 火影邸に戻ると、ナルトを発見できずにいた忍達が興奮気味に喚いている。そこへ猿飛が現れ、解決したと告げる。も続いて巻物を持って現れたので忍達は猿飛の言葉に頷いた。

 「森にイルカとナルト、犯人のミズキがいるわ。」
 「解った。」

 がそういうと、忍達は消えた。

 「ごくろうじゃったの、。」
 「はぁ、すっかり真夜中じゃない…。明日の朝起きれるかしら。夜更かしは肌に悪いのに。」
 「ははは、何を言っておる。六十過ぎのおばあさんが、」
 「残念。私は猿飛と違ってぴちぴちの十代よ。」

 猿飛のみぞおちに先ほどミズキの頭に落とした同じ拳骨を落とすと、はそそくさと屋敷に入っていった。残された猿飛はお腹を抱えながら「ぴ、ぴちぴちは一昔前の言葉じゃ…」と苦し紛れに呟いて、の後に続いて屋敷に入った。

 

|| NEXT || TOP ||

*20061110*