神燭の連鎖



 残りの子供達をウキヨの息子に任せ演習場を後にした3人は、バキを先頭に人に踏み固められただけの道を風影邸へと向かった。
 時折吹く風で巻き上がる砂埃に、が嫌そうな顔をする。

「嫌なら布を巻けばいいだろう」

 バキがの頭を指差し、言った。
 殆どの里の忍達がしているように、バキも陽射し、砂などの異物から頭部を守る為にターバンを巻いている。
 最近の若い者たちはファッションがどうだの、かえって暑いなどと言う理由から避ける傾向も出始め、例に漏れずも地毛をそのままに出している。
 はといえば今は黒髪を晒しているが、ファッション云々の問題ではなく面倒だから・・・なのだが。

「だってターバン巻くと、暑いし、臭うし、何より見た目がダサイもん!」
「ねー、洗うの自分だと思うと億劫だしねー。どーせバキはお母さんに洗ってもらってるんでしょー?ねぇ?」

 キシシとと笑い合う。

「まぁ、洗うときにザラザラするのは仕方ないと思うしかないよね。誰かさんと違って、砂が紛れ込む猶予があ・り・ま・す・か・ら」
っ!このっ・・・好き勝手言いやがって・・・」
「あはは。ハゲー、ハーゲー」
「あーら、ちゃん。そんなのはっきり言っちゃあんまりにも可哀相じゃなくて?」
「わぁ、ごめんあそばせ?」

 顔を赤く染めて少し怒った様な表情を出したバキに対しても、姉妹の追い打ちは容赦がない。
 この二人に何故それが許されているか、各自自覚している事を知っているからこそ、バキはこの仕打ちを容認してはいるが・・・。本当はいつ堪忍袋の緒が切れるかと、ハラハラしながら聞き流していることも二人は知っていた。あえてそのぎりぎりのラインを楽しんでいる。
 砂隠れの里において、万が一、二人の機嫌を損ねることがあったものならば・・・。そのあとの事は想像することも恐ろしいので、まさに障らぬ神に祟り無し、なのである。
 このあたりで許してやろう、と話を逸らしてやった。

「ねぇ、バキ。私帰ってきて何もしてないけど、そのままで風影様のところ行っていいわけ?」
「直々にお呼びがあったのだからな。問題ないだろう」
「まぁそうだわね、ダメだったら向こうで場所作ってなんとかするよ」
「好きにすればいい。じゃあな、後で提出の知らせだけでもよこせ」

 は、えっ。と小さく言って、横道に入ろうとして少し離れたバキの方を向いた。
 え、なんで?一緒に行くんじゃないの?とも疑問を漏らす。風影邸はまだ遠い。

「オレが我愛羅を連れていくんだ。お前達はいらん、先に行ってろ」

 こっちが話を変えたつもりだったのに、利用された気分になる。
 こんなことならあのままいじめておけばよかったと、心の底から思った。
 やっぱ気に入らない。後でみてろ、バキ。
 常人には視えない、黒いともなんとも言えないオーラがの身から発せられた。

 道の角を曲がり、バキの姿が見えなくなったのを確認して、は盛大な溜息を漏らす。

「あーあ、可哀相に」
「え、何が?」
「んー?あとで見てのお楽しみってことで」

 傍目にはここやかな、知っている者にすれば凶悪な笑みを浮かべて、妹に『気付いても笑っちゃダメだからね』と耳打ちした。
 良識もあり、礼を重んじることを常とするだが、一度悪事に走れば年齢以下としか思えない行動に走りたがる。こんなのが里の特殊な任務こなしていいもんかねぇ、と自嘲する。
 は隣で不思議そうな顔をしていたが、まぁ後のお楽しみだから、と先を急ぐことにしてこちらも歩き出した。


 こうして妹と一緒に居るとやっぱり帰ってきたな、という気分になる。任務の関係で、他国の隠れ里に家庭や住居を持つにとって、が唯一今の自分が自分であること、つまりの姉であるだということを認識できる要素なのだ。
 周りの者が聞けばそれは依存だと罵られるだろうが、の場合には大きな意味を持つことになる。
『別人そのものになること』
 の十八番。忍術として扱われてはいるものの、これは現在、存命する者ではしか使用することができないものである。
 そしてこれがの依存の原因と言える。
 別人に成りきることができるという、とても有効な術なのだがはあまり使いたくないと思っていた。忍術に限らず、効果が多大であるものは必ず相応のリスクを併せ持つものだ。
 変化の術並から本人に成り代わることが可能なレベルまで、大きく幅を持ち、そしてそれぞれ相応のリスクを持つ。
 一番恐れるべきことはもっとも練度の高い使用による副作用、『自分が分からなくなってしまうこと』だった。程度の軽い術であれば、いわば服を着替えるくらいに手軽にできるものだが、こちらは気を抜くとどれがオリジナルか判断できなくなり、誰もわからない何かになってしまうかもしれない。
 いや、このままこの術を使い続けるのであれば、いずれそうなることを、は何となくわかっていた。
 それでも妹は許してくれるだろう。けれども、自分がそれを受け入れることができるだろうか・・・。
 だから何がなんでも失ってはいけない。身内としてももちろん、自分の存在にも関わってくる人間を大事に思って悪いわけがない。
 自分の中に何があろうとも砂隠れの、簡単に自身を手放す気は無い。
 そして、最後になる前に、なんとかして一尾を・・・。

「・・・ねぇ!ちょっと!!姉さん?!聞いてる?」
「えっ?!あ、あぁ、ごめん、なんだっけ?」
「だから、広場前のチビがね!もうほんっとうにウザイんだって」

 あんまり深く考え込んでいたため、の話を殆ど聞いていなかった。
 思考を中断させ、もう一度話してくれているに今度はちゃんと合いの手をいれた。

「でね、あのドラ息子がね?あいつの味方するんだって。もう信じられない、意味わかんない」
「それでもちゃんと後で謝ってくれたんでしょ?」
「うん・・・。でも絶対またやるもん!その場だけだし」

 が呟いて下を向き、足を止めた。
 それに・・・と続ける。

「それに、だってあいつ我愛羅のこと『化け物』って言うんだよ?!」

 顔を真っ赤にして、言う。

「でも、それは今の事とは関係ないでしょ?」
「関係ないけど・・・。でもあんなこと言うヤツと仲良くなんかできるわけない!」
「そんなこと言うと・・・残念だけど、この里にはに仲良くできる人は誰もいないことになるわ」
「・・・だって・・・嫌だもん。嫌い」
「テマリやカンクロウも?」
「テマリとカンクロウは言わないもん」
「でも、もしかしたら聞いたことが無いだけで言ってるかもしれないし・・・。現に心の中では我愛羅を怖がってるわ」
「私の前では言わないもの」

 いつの間にか話が違う方向に変わる。
 ちらりとの握りしめられた拳を見て、すぐに顔を見やった。この顔───。こんな表情をしているときは、何かに重ねて話をしている時だったな・・・と、話の流れとともに推察した。
 それを頭の端に置きながら訊く。

はさ、我愛羅の事怖くないの?」
「なんで?」

 急に話の対象を切り替えられたと思ったのだろう、はなぜ自分に話を振った?といった感じでに顔を向けた。

「今はなんとかコントロールしてるけど、昔は何人も大きな怪我してる。死んだ里の人もいる。いつか守鶴が暴走するかもわからない」

 我愛羅が生まれながらに持つ尾獣、一尾の守鶴。それは時として我愛羅の意思を無視して過剰に願望に応え、現在我愛羅を孤立させるに至った。
 大人の忍でさえ、我愛羅の瓢箪の砂をなんとか出させないように、遠くから説得することでしか場を収めることしかできない。
 は少し苦い顔をして返す。

「でも、それは我愛羅に対してひどいこと言ったりしたりしたからでしょ?何より私達は一度も怪我なんてさせられてないよ」
「夜叉丸さんは死んだよ?」
「それは・・・」

 は言葉を詰まらせる。
 唯一姉弟、以外で我愛羅と友好的な関係を築けた人間が、母であるカルラの弟、夜叉丸だった。
 我愛羅はその生まれと共に、母を失った。父親の風影は我愛羅を兵器としか思っておらず、叔父の夜叉丸がずっと面倒をみてきたのだ。
 その我愛羅を暗殺しようとして、命を失うまでは・・・。

「それは?」
「も、もしかしたら何か理由があったかもしれないし!我愛羅が意味もなく他人を傷つけることはしないって信じてる!我愛羅を怖いなんて思わない!!」

 は少し疑問点が残っていそうな難しい顔をしていたが、一番に我愛羅のことを信じているようだった。
 真相を知るは言いきったの顔をみて微笑む。そして

「じゃあ我愛羅の悪口言う人間なんて放っておきましょう?が胸を張って自信をもって信じていればいいのよ」
「・・・でもむかつく」
「ん〜、じゃあその場で鉄拳制裁!」
「はは、過激!」

 しんみりした空気を笑い話にして終わりにさせた。

 話はいつしか、ここ最近の料理の話になりの食欲を湧かせ、の焼いたヨーグルトケーキがついこの間完食されたことを知り、ひどく悔やんだ。
 そして次は冷凍してでも自分の分を残しておく約束を取り付けようとしたが、はちゃんとそのときに焼くよと言うので、喜んで承諾したのだった。

 それほど長い間話していたつもりはなかったが、久しぶりの会話は盛り上がり、気が付けば風影邸の前に辿り着いていた。
 邸の中で出会った幾人かに、ただいまと声をかけて執務室を目指す。途中でバキと、一緒のはずの我愛羅に出会うことはなく、まだ来てない?それか先に入ってる?と頭を巡らせる。
 久しぶりの邸内だが、各所の部屋割りも内装も自分の記憶に違わず、も一緒の事もあって迷うことなく風影の執務室の前へと辿り着くことができた。

「失礼します」
です。バキより召集の命を受け、参じました」

 扉のない、土壁に穴を作り綺麗に整えただけの入口の横で一度止まって入室を伺う。…が返事が返ってこない。不思議に思い、が部屋を覗き込んだ。それにならって後ろからも顔を部屋へと覗かせる。

「居ないし…」
「居ないね…」

 部屋を覗き込んだ状態のまま、二人はつぶやく。が言葉を続けて「トイレかな?」と言うので、暫く部屋で待つことにしたが、一向に風影が戻ってくる気配は無いままだった。

 随分と時間が経ったように思う。待っていても風影が戻ってくる様子もなく、は窓から里を見下ろし暇を潰すことにした。一方は、他に執務室にやってくる忍達もいないので、探しに向かうべきか迷い入口付近を行ったり来たりしていた。
 と、小さくが声を上げた。ん?と入口へと目を向ける。

姉ぇ!!こんなところにいたじゃん」

 探したじゃん。と息も絶え絶えに現われたのは、黒装束の少年、現風影長男のカンクロウだった。
 あがった息を整えぬまま彼が言うことには、呼び出したもののなかなか現れぬ二人を捜しに寄越されたらしい。確かにこの部屋で半刻以上は待っていただろうか。

「こんなところにって何よ。私達ずっと待ってたのに。で、風影様は?」
「来客が来てるんだよ。多分他里の奴らじゃん。二人。その話に同席しろって話じゃん?」

 の抗議も聞き入れられないままに、「とりあえず移動しろ」とだけ言われ何も説明を受けぬまま、皆が待っているという来客用の部屋まで走る。来客用の部屋はこの邸の地上階で、待っていた執務室からは遠く離れている。最初に邸に着いたときに気が付きそうなものだが、上階への階段は複数あるため気付かなかったのだ。
 カンクロウに言っても仕方がないので愚痴はあきらめ、最短距離を往くべく邸の外側に廻らされている鉄筋だけの階段を使って地上まで降り、再び入口をくぐった。向かうのは入口から真逆の方向にある大部屋。

 大部屋は、大名や他国の使者を交えて会合を行うときに使用する部屋で、余程のことがない限り里の人間を招くことはない。
 その余程のことが起きている?話を聞く限りカンクロウも呼び出しに寄越されただけで、事情は知らないようだった。考えるには短い時間であったが、出来る限り多彩な選択肢を模索する。

 カンクロウは他里の人間が二人と言った。
 となると木の葉は除外できる。あの里はこちらと同盟を結んでいる上に、何かと礼儀正しい里だ。こちらに出向くのであれば額当ては必ず見えるところに着けるはず。
 多分他里と言った以上、額当ては確認できなかったのだろう。
 里と限定したのはなぜか?
 国の要人であれば護衛が何かと付く。二人という人数から推測したものだろうとすぐに納得できる。
 となれば、可能性として考えるべき項目は、他里の人間で所属を隠す必要がある里…。砂と交流の少ない里…。もしくは、砂と交流を持つことを隠したいと考える里…。
 あげれば候補はいくつか存在するが…。
 自分はそのいずれにも足を運んでいる。顔を見れば断定…、いや、話に同席するのだから、詳細を直接聞けるだろう。

 そう思って無駄に想像ばかり巡らせることを止める。
 タイミングも良く大部屋に辿り着き、先頭を進んでいたカンクロウが板戸に手をかけた。



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