In the Land of Twilight

Under the Moon

 

 

 メサ・ヴェルデデへ向かう道中の車の中はそれはそれは賑やかで、はホロホロの隣に座った事を後悔していた。
 デュリンゴへ行く途中、ラッキー山脈の山道を抜けなくてはなり、葉、蓮、ホロホロ、、リゼルグ、竜の六人は自分たちの足で歩いていた。車を使いたくても、行く手を雪に阻まれては仕方がない。は途中で購入したコートの前をしっかりと合わせて歩き辛い雪道を黙々と歩いていたが、どこからともなく歓声が上がってきて視線を移せば元気なホロホロが写る。雪山はホロホロの故郷、北海道を思い出させるらしい。以前コロロと一緒に良く滑った、という話しを聞いていたはいつもに増して元気なホロホロに表情が緩む。
 「少し滑って行きたい。」というホロホロと「早く先に進みたい。」という蓮の意見が対立して、結局後で合流という形を取ったのだが、ホロホロが合流したのは四日目の朝、つまり今朝だ。
 この三日間に何があったのかは知らないが、ホロホロが言うには心の洗濯をしてきたらしい。三日前と比べて少し悟ったホロホロは以前よりも逞しく思えた。だが、そのホロホロを蓮はなぜか気に食わないらしい。車に乗り込む前から続いている一方的な殴り合いは今も続いている。

 「…だから蓮、もうその辺にしとくんよ。」
 「…ん、あぁ、そうだな。…どうもこいつのすかしている顔を見るとつい…。」

 早く止めてあげてよ、とは心で呟きながら車の隅で小さくなるしかなかった。
 メサ・ヴェルデデについた頃にはは少しヘトヘトになっていた。小さい頃から友達は葉しかいなかった。だが今はこんなに多い。団体行動に慣れていないからなのか、それとも男のケンカってやつを傍で見たせいか疲れた。

 「大丈夫、?」
 「うん、大丈夫。ありがとうリゼルグ。」

 リゼルグに笑みを向けて言うと、彼も安心したように微笑んだ。後ろで竜が「メラズキューン!」とか言ってるのは気にしないでおこう。――しかし、こんなに優しいリゼルグがどうしてあんなに豹変してしまうんだろう…。両親を殺したハオは確かに許せない。けど…けど…。の心の中では優しいハオとリゼルグの両親を殺したハオがぐるぐると渦巻いている。

 「それにしても…観光地だな。」
 「おいおいおい、どうなってるんだよ。」
 「ねぇ、みんな!あの"立入禁止"のところ、変な感じがしない?」

 はメインストリートから少し離れたところに表示された"立入禁止"の札を指して言った。

 「言われてみれば…そうだな。」
 「フン、行って見れば解るだろうが。」
 「待たれよ。その先には貴重な遺跡があって、通行書を持つ者しか通れない。だが私達は持っている、どうだい?一緒に行かないか?」

 蓮がロープをくぐって先に行こうとすると後ろから五人の男が現れて真ん中にいるターバンで顔を覆った男がそう言う。葉は喜んでその言葉に賛成したが蓮は鋭い視線を向ける。は飛行機の中で彼等を見ている。だから蓮が言わんとしていることが解った。

 「こいつ等はハオの手下だ!」
 「ハオ…?!」

 リゼルグがペンデュラムを出し、攻撃しようとしたのをはリゼルグの外套を引っ張った。どうやら葉もリゼルグを諌めてくれたらしい。動きの止まったリゼルグの隣に移動して、俯いているリゼルグの手を優しく握った。

 「お前等、オイラ達に何か用なんか?」

 彼等は感嘆を上げ、葉を見据える。同時ににも視線を移した。

 「どうしたんよ?」
 「あぁ、すまない。近くで葉様のお顔を拝見した事がありませんでしたので。…さすがはハオ様の子孫、よく似ていらっしゃる。」

 え、とは葉を見た。リゼルグの手に力が篭ったのを感じては再びリゼルグを見た。視線は真っ直ぐ葉を見据えている。

 「葉君が、ハオの子孫…?」
 「…あぁ、どうりでよく似てると思った!」
 「おい、葉がハオの子孫って…!どういうことか説明しろよ!」
 「おっと、これ以上は勘弁してくれ。我々はハオ様から頼まれた事をしなければならない。」
 「頼まれた事…?」
 「…そう、葉様と様以外の四人を始末しろ…とな!」

 葉がハオの子孫という事を、は麻倉家に行った時に知っていたのでそれほど驚く事もなかったが、声を出す間も無くリゼルグ、の背後に男が現れリゼルグの首元に噛み付いたのには目を見開いた。とっさの事に反応できず、の身体は大きくバランスを崩し地面と仲良くなりそうになったがその男が抱きとめる。リゼルグはその場に倒れこんだ。

 「ちょ、ちょっとリゼルグに何したの?!リゼルグ!」
 「彼はまだ生きてますよ、様。それよりも静かにしていただけますか。ハオ様よりあなたには危害を加えるなと命を受けておりますので。」

 何よそれ!とが声を荒げたのを男は小さく息を吐き、の喉辺りにトンと手を当ててを一人で立たせた。
 リゼルグ、ちゃん!と切り込んできた竜の攻撃をかわし、背後に回りこんだ男は武器で竜のもともと変な形だったリーゼントを切り落とす。は倒れたリゼルグに駆け寄り、傷口をハンカチで押さえて止血する。傷はたいしたものではないが、出血がひどい。だが少し抑えていると直ぐに血は止まり、は胸を撫で下ろした。
 男はボリス・ドラキュラと名乗り、自ら吸血鬼だと称した。吸血鬼と聞いて、は吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になる事を思い出しぞっとした。――リゼルグがそうなったら嫌だ!が自分の考えに頭を振って打ち消している間に、ボリスは仲間の一人を刺し殺し、灰に変えてしまった。葉たちにその男の方がドラキュラらしいと言われたの頭にきたようだ。一連の行為を目撃してしまった観光客達から悲鳴が上がり、リーダーと呼ばれたターバンを巻いた男が呆れたように言った。

 「あれほど事を大きくするなと言われていたのに。」
 「すまないリーダー…あぁ、ハオ様の仲間を殺してしまった…お咎めを受けるだろうか…。」
 「案ずるなボリス。油断していたとはいえお前の攻撃すら避けれない奴などハオ様にも地球にも不要だ。」
 「…それもそうだ。」

 彼等の会話を聞き、ホロホロがなんて奴等だ、と零した。まったくだ。もそう思って声を上げようとしたが、ヒューと息が漏れるだけだ。

 「う…葉君……。」
 「リゼルグ!大丈夫なんか?!」

 リゼルグが意識を取り戻し、は震える身体を支えた。葉もリゼルグの傍にやってきて体の調子を伺う。ごめん、とリゼルグは謝る。は首を横に振ってリゼルグを安心させようとした。声を出さないに葉は眉を寄せた。

 「ご、ごめん葉君。君の言うとおりにもう少し冷静になっておけば…。」
 「あ、ええんよ、それより身体はなんともないんか?」

 は葉にリゼルグの首元をさした。ハンカチで押さえ、止血は終わっている。少し寒気がするだけで、あとは大丈夫と答えたリゼルグに、葉はようやく笑みを見せた。

 「それより、お前声が…、」
 「フフ…。様の声は私が封じさせてもらった。――ハオ様にそのようにしろと承ったのでね。」

 の口がなんで、と動いたのを見て葉は同じ質問をボリスにした。

 「話に聞くと、様には無意識に誰かが乗り移るような節があったそうで。詳しくは存じませんが、ハオ様は様から話される言葉が大変お気に召さないのです。故に、様の声を封じるという断腸の思いでハオ様は私に命を下しました。」

 お許しください、とボリスはに向かって言う。ははっとして口元に手を当てた。――ヨンタフェでリリララに会った時、やはり何かがあったんだ。空白の時間に一体何があったのだろう。問いたくても声が出ないので聞く事も出来ない。が『心配するな。』と擦り寄ってきたのに少し安心した。

 「野郎…!」
 「を元に戻せ!」
 「ならば私を殺すしかない。それ以外はハオ様しか術を解くことが出来ない!」

 ボリスのマントが形を変え、ボリスは空へと飛び上がった。今までさんざん葉達に突っ込まれてきた事が頭に来ているらしい。彼を倒さないとの声は戻らないといわれ、は自分の喉に触れた。ハオの事を考えると心が苦しい。彼には特別な思いも抱いているが、友達の両親を殺した仇でもある。
 ボリスが俄然やる気なのを見て、彼の仲間は冷笑を浮かべて踵を返した。ホロホロがそれを止めると彼等は「あぁなったボリスは止められない。」と言って立入禁止のロープを跨いだ。

 「この先にパッチ村がある。―――遺跡に迷わず来れたら、の話しだがな。」

 薄暗い遺跡に解けるようにして彼等は姿を消した。残ったのはボリスと葉、蓮、ホロホロ、、リゼルグ、竜だ。
 竜は蜥蜴郎をO.S.し、ボリスを見据える。リゼルグが攻撃され、さらにまで手を出されていたと解って随分頭に来ている様だ。ボリスも応戦の態度を取り、戦いが始まる。
 死ね、とボリスが攻撃してきたのを竜は自身のO.S.を使って上手に食い止めた。しかし、食い止めたはずの攻撃から新たに攻撃される。ボリスの武器は姿を変えて竜に襲い掛かった。ドラキュラという名にふさわしいように、吸血こうもりが竜の身体にまとわりつく。吸い続けられると失血死してしまうが恐れがあり、葉がそれを食い止めようと竜に向かって走りだした途端、リゼルグが動いた。はとっさの事で目を見開く。――リゼルグは葉を馬乗りにして地面に押さえつけた。

 「な、何をするんよ、リゼルグ!竜が危ないんよ!?」

 がリゼルグを退かせようと腕を掴んでも振り払われる。葉が叫んだ。

 「目が充血してる!」
 「フフ。ドラキュラに噛まれた者はまた、ドラキュラになる…。葉様危険ですのでそのまま仲間が殺されるのを見届けてください。」

 そんな、とは口にしたが音にはならない。その間にもボリスの攻撃は竜を襲い、やがてO.S.が解けた。蜥蜴郎は逃げ出しボリスは声高に笑う。だが、これも作戦のうちの一つで、油断をしていたボリスの背後に回りこんだ蜥蜴郎が媒介を明かす。血を媒介にするボリスは多くの血を得る事で強くなる、と叫び、野次馬をしていた観光客数人を先ほど竜にしようとした攻撃で刺し殺した。彼等は血を吸われ、先ほどボリスが殺した仲間の一人のように灰になる。は目を背けた。次の瞬間、はぐいと引き寄せられた。リゼルグの左手には、葉の媒介・春雨が握られている。リゼルグに馬乗りにされ、さらにも上にいる事で葉はますます身動きが取れなくなった。目の前では蓮、ホロホロ、竜がボリスによって作り上げられた刃に囲まれている。

 「はっはっは、いい様だな。お前達が動けばアイツを殺す。」
 「動かなければ俺達が殺られる…!ここでおとなしくやられてたまるかっ!」

 ぐっ、とリゼリグの腕に力が入り、は苦しそうにうめいた。葉が、と声をかけるが彼も身動きが取れない。

 「ブラムロ!間違っても様を絞め殺すな。」
 「ど、いうことだ…?」
 「…そうか、血を媒介にしているのならリゼルグの血にO.S.させて操っているのだな…。フン、つまらん。」
 「それもだがよ、どうしてハオはちゃんを気にするんだ?」
 「愚か者達よ…。今から死に行く者に話す事でもないわーっ!」

 死ねっ!とボリスは自ら串刺しと称した攻撃を三人に加える。は見ていられずに両手で視界を遮った。しかし、聞こえてきたのはボリスの悔しそうな声。おそるおそる見てみると、竜が止め、ホロホロが氷付けに、蓮が粉々に砕いていた。

 「くそっ、ブラムロ!そいつを殺れっ!」

 リゼルグの方へ向かって怒鳴るようにいい放つが、リゼルグはピクリとも動かない。背後から阿弥陀丸がゆっくりと現れた。

 『彼なら拙者が説得したでござるよ。拙者の言葉で彼は人の心を取り戻したでござる。』
 「な、何故…何故だ…。」
 「"友達"だからだ。」
 「俺も以前は霊は操るものだと思っていた。だが、葉に会って霊にも心があるのだと知った。」
 「だが、もし説得など出来なければそいつは死んでいたんだぞ!」

 リゼルグの腕がゆるみ、は解放された。崩れ落ちるリゼルグを慌てて支える。葉も、這い出るようにして身体を起こし、服についた土を落とした。

 「けど、何もやらなくても全員死んでた。なら試してみる価値はあるんじゃないか?それでも駄目なら別の方法を考えるさ。リゼルグはオイラ達の仲間だし、の友達だからな。」

 葉はうっへっへと笑った。ボリスは言葉を失い、葉を見据えるしか出来ない。その隙に竜は蓮のO.S.でボリスと同じ高さに並んだ。そして、竜は本気でボリスに一撃を加える。何度も再生したはずのボリスのマントは再生する事無く、背後の岩山に叩きつけられた。竜の体がぐらりと揺れがあっ、と口を開いた時、リゼルグが右手を大きくかざしワイヤーの網を張った。

 「リゼルグ!目が覚めたのか?!」
 「いや、取り付かれている間ずっと意識はあったんだけど…。ひどい戦いだった。関係の無い人たちが多く巻き込まれてしまった。」

 リゼルグは肩を落とし地面を見つめる。がリゼルグの手を握った。それに気づき、リゼルグはに対しごめんね、ともう一度謝った。

 「ブラムロは?」
 「この世に未練など無かったのだろう。さっさと成仏した。」
 「…目的の為なら無関係の人間をも傷つける…これがハオのやり方なんだね…。」

 はリゼルグの言葉を聴いて顔を伏せた。

 「ちょっと、ボリスのところに行って来る!ハオの事も聞きたいし、あいつのことも気になるからな。」
 「あぁ?!何言ってるんだ葉!危険だ!」

 ホロホロを筆頭に制止する声を振り切って、葉はボリスの元へ急ぐ。もその後を追った。

 「え、?!君まで何を考えているんだ?!」
 「、行くなッ!」

 二人がボリスに近づくと、虚ろな目でボリスは葉とを交互に見た。

 「ちゃんと聞いてやらないと、竜のふんばりが無駄になるだろう。」

 葉がそういうと、蓮、ホロホロ、リゼルグは黙った。竜は巫力を限界にまで使い切ったせいで意識を失っている。は声が出ないながらも大きく頷く事で葉に同意した。

 「葉様……様…。」
 「…まず、の声を元に戻せるか?」
 「それは…無理です。私が死ぬか、ハオ様に解いていただくか…。」

 そっか、と葉は明るく言う。は葉を見て、ハオに解いてもらおう、と口を動かした。それに対し、葉もそうだな、と同意した。

 「…とハオの関係ってなんなんだ?」
 「詳しくは存じません。ですが、様はハオ様の大切な方だという事。故にハオ様はいずれ様を貰い受けると…。」

 葉は眉間にしわを寄せた。それに対してもそっか、と返事をしてボリスを岩山から救い出そうと動いた時、ボリスは血を吐いた。深々と心臓に突き刺さる剣に、葉、、蓮、ホロホロ、リゼルグは目を見開く。

 「な、何なんだこれは!」
 「―――彼の名前は大天使・ミカエル。私の持霊であり、その剣は一切の罪を罰する。」

 背後から現れた白い装束を身に纏った男は顔色一つ変えずにボリスを亡き者にした。阿弥陀丸は葉を、を庇うように現れ、その光景を見ないように視界を遮った。

 「全ての悪は聖なる光によって消失した。君は運がいい。我等X-LAWSの聖なる剣を間近で見る事が出来たのだからね。」

 白装束を身に纏った男の背後に同じ衣装を身に着けた数人が現れた。

 

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*20061014*