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 暗闇の中、光源である光がゆらりと揺れる。

 それは向かい合う男女の横顔を照らし、恋人同士特有の雰囲気をかもし出していた。しかし、女の頬には照らされて光る筋が幾つもある。
 男はそっと手を伸ばし涙を拭ってやる。

 「すまない……。」

 男の表情が光に照らされた。女の泣きはらした姿を目に眉を寄せて一言。そこで、暗転した。

*

 は飛び起きた。
 カーテン越しに太陽の光が差し込み部屋を明るく照らしている。時間を確認して、まだ7時前だという事に気付く。もう少し寝ていても良かったが今日は母の知り合いに会うと約束があったのでのろのろとベットから這い出した。

 『キューン。』
 「おはよう、。」

 は足に擦り寄ってきた犬の頭をなでながら言う。彼の名前は。ペットであり、持霊であり、のパートナーだ。今はの巫力で具現化されている。ふさふさの白い毛は自他共に認める気持ちいいもので、はその感触を楽しみ、も撫でられるのを楽しんでいた。

 『今日はどこかへ出かけるのか?』
 「そうよ、今日は麻倉家に行くの。」
 『麻倉葉に会う為か?』
 「ううん、葉は今東京にいるから会わないわ。」

 は言語能力を持った狗神で、千年も昔から家に使えている。
 の問いに答えながらお気に入りの白いワンピースに袖を通した。よく覚えていないが長い黒髪を持った同じ歳くらいの男の子がくれた物だ。当時は大きくてだぼだぼしていたが、今ではぴったりになっていた。

 「お母さんの話だと、今日は大事な事があるらしいの。後、最近の私の夢見が悪いのは何故か、というのを麻倉の爺様に聞く為だって。」
 『…そうか。』

 は低く唸って、口を閉ざした。は準備が出来ると二階の自室から一回のキッチンへと向かう。洗面室に立ちより、冷たい水で顔を洗う事を忘れずに。

 「あら。おはよう。今日は早いのね。まだ寝ていても大丈夫なのに。」
 「おはようお母さん、お祖父ちゃん。…あれ、パパは?」
 「ジョン君なら昨夜イギリスへ向かっただろうに。」

 そうだった、とは同意して、祖父・道孝の向かい側に腰を下ろした。父・ジョンの親友の命日なのだ。父の親友の息子は元気かな、と考えながら、母・恵子が今しがた用意してくれたコーヒーを啜った。
 朝食が済むとを連れて再び自室へ戻る。恵子は後片付けを、道孝は電話を掛ける。

 「…、もう七年も経つんだね…。」
 『そうだな。』
 「このワンピースをくれた男の子…確かそれくらいに会ったよね?」
 『ああ、そうだ。忘れるはずがない。』

 は不機嫌そうに低く唸ってしゃべるのをやめた。は不思議に思い首をひねるがあまり深く追求せずに準備をした。持って行くものは、を具現化する媒介とハンカチ、ティッシュ。水晶で出来たブレスレットを忘れずにつけて上着を着て準備完了。

 「行こうか、。」

 無言でそれに同意し、再び階段を駆け下りた。

 

 家から車を走らせて数時間。麻倉家は島根県出雲市の山に囲まれた場所にある。その広大な屋敷は七千坪もあるらしく、家にひけを取らない。
 そもそも、麻倉家とは千年以上昔から同じ職業を縄張としたライバルであり、仲間なのだ。行政界で麻倉、と聞いて知らないものはいない。政治を担う大多数の官僚はこの二つの家のお得様だ。
 恵子がついたわよ、と促す。その言葉を聴いて、は窮屈な車内から飛び出した。ずっと同じ姿勢のままで座っていたせいか、腰が痛い。大きく伸びをすると道孝が小さく笑った。

 「道孝様、恵子様、様。お待ちしておりました。奥の間で葉明様がお待ちです。」
 「うむ。ごくろう、下がってなさい。」

 道孝がそういうと、はい、といってピンクのショートボブを少し外に跳ねさせた髪の女の子は一礼して去った。道孝が目でに合図する。は頷いてその後を追った。

 「、三十分程したら来なさい。」
 「はい。」
 「を見ててね。」
 『恵子様、わかりました。』

 は先に行ったを追いかけた。

 「たまお!」
 「様!葉明様とお話しがあるんじゃ…?」
 「先にお祖父ちゃんと爺様がお話するの。それより、久しぶりね!元気だった?」
 「本当にお久しぶりです。様もお変わりなく。私はこの通り元気です。」
 「ねぇ、前から何度も言ってるけど"様"ってつけないで欲しいの。私達一つしか歳も違わないしね?」
 「めっそうもないです!様はこの麻倉家の嫁の第一候補なんですよ!それは…私も嫁候補に入ってますけど、様とは違いすぎます。」

 たまおは目を伏せた。何かを耐える様にギュッと着物のを握り締める。は慌ててその手を振り解かせた。

 「その話はお祖父ちゃんや爺様が勝手に言ってるだけでしょ?!私だって好きな人は自分で選びたいの。嫁候補とか、そんなのじゃなくて、私は『玉村たまお』という人と同じ立場で居たいの!だから様なんてつけないで、私の名前をよんで?」
 「…さま…。」
 「!」
 「……さ…ん。」

 様、と言ってしまいそうなたまおをはひと睨みした。呼び捨てなんて出来ません!といって顔を隠してしまったたまおには小さく息を吐いて解ったと頷いた。様付けを止めさせた事は第一歩だ。今はそれで良しとしよう。

 『よーよーよー!これはこれは!麻倉家のライバル家のお嬢様じゃねーか!』
 『ホーホーホ!本当だぜ相棒!何しに来たんでぇい?敵情視察かー?!』
 「ポ、ポンチッ、コンチッ!様…さんに向かってなんて事を!」
 「相変わらず下品な言葉遣いね、ポンチ、コンチ。出ておいで。」

 麻倉家に使える精霊、狐のコンチと狸のポンチは数年ほど前からたまおの持霊になっていた。がこうして麻倉家を尋ねるたびに絡んでくるのでもそれ相応の対処を施している。主人のたまおには申し訳ないが…。
 に呼ばれてが出てくるや否や、ポンチとコンチは一瞬にして姿をくらました。以前にこっぴどい目に合わされたらしい。

 「ごめんなさい、さん…。」
 「ううん、気にしてないわ。こっちこそ、ごめんねたまお。たまおの持霊なのに…。」

 ブンブンと首を振ってたまおは構わないと言い切った。その後他愛もない話をしていると葉明の式神が現れてを促す。

 「そろそろ行かないと行けないみたい。それじゃまた後でね。」
 「はい、さん。」

 たまおと別れ、は式神について奥の間へ向かった。

 

 「お久しぶりです爺様。」
 「うむ。も変わりないようだな。」

 奥の前へ入ると正面に麻倉家の当主、麻倉葉明が座っていた。その右側に道孝が、左側に恵子が座っている。

 「さて、早速だが本題の話をしよう。、お主の夢見についてだが。」

 葉明は手を組んでを見据えた。は突然重くなった空気に体を竦ませる。危害がないとは解っていつつもヌッと現れたの右側に現れ伏せの状態で待った。

 「夢を見始めたのは三ヶ月前…そうじゃな?」
 「はい。最初は一週間に一度の頻度でした。その感覚がだんだん短くなっていって此処二週間は毎日…。」
 「、夢の内容を今一度葉明に。」
 「はい、お祖父ちゃん。爺様、最初は小さな男の子と鬼が一緒に居たんです。誰かの悲鳴のようなものが聞こえて、そこで場面が変わりました。今度は一組の男女が向かい合って話していました。女性は涙を流して、男性はそれを慰めるんです。」

 は一度言葉を切った。葉明、道孝の眉間に深い皺が出来る。

 「葉明、どう思う?」
 「うむ…。十中八九、といったところか。、続けて。」
 「はい。その後また場面が変わって。次は民族衣装を纏った長髪の男性が詩のようなものを歌っていました。内容は、えっと…。

 『それはまた…十八万 二千 六百 二十一度目の夜、彗星と共に現れる。使者は星の下に集い、一つの魂を求めて野を駆け、空を飛び、大地の全てから若者を宴に誘う。唯一の魂がその中にあるのを知っていて。しかし、若者は還らない。力ある若者は、その魂を守る為、そして手に入れる為に使者と戦う。使者は名乗る"我未来王也"。気をつけろ。さもなくばお前の魂、星の下に散るぞ。』

 …ってもので。その詩を詠っていた男性が突然振り向いて笑顔を向けるんです。その直後に目を開けていられないような閃光が空を引き裂いて…。また場面が変わるんです。これは、以前私が実際に体験した事なんですけど…。」

 再び、は言葉を切って葉明、道孝の様子を伺う。恵子を見ると以前少しだけ話していたせいか、静かに目を閉じて聞いていた。

 「一番最後のは今が来ている白いワンピースの事についてだったな。」
 「そうです、お祖父ちゃん。」

 二人の眉間の皺がますます深くなると、はいよいよ不安になってきた。は先程と変わらず伏せの状態で、眠っているかのように動かない。は早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られた。

 「…。、その夢は前世の夢で間違いないと思う。夢見という形で前世を見ることはよくある事だから、そんなに心配する事ではないのだが…。」
 「問題は、その内容と男だ。…その男の名前などきかなかったか?」
 「…名前までは解らないです。ただ、面影がずっと残ってるから、同じ人かな、とは思ってましたけど。」
 「む!…やはりそうか。」

 葉明が低く唸り、道孝と目配せして頷く。は意味が全く解らなかったが、その男性が良くない事だと心に刻み付けた。

 「爺様、お祖父ちゃん、私はどうすれば?」
 「今までどおりでいいんだよ、は。夢見も本人の意思に関係なく見るもので対処のしようがないものだ。」

 結局、話はそれで終わり、は解放された。
 夢の内容を詳しく話したのは初めてで、奥の間を出た後、どっと疲れが降りかかってきたかのように思えた。

 「…疲れた…。」
 『お疲れ様だな、。あの重苦しい雰囲気の中、よくやった。』
 「ったら人事だと思って…。でも、本当になんだったんだろう?あの男の子の事。爺様達はよく思ってなかったみたいだけど。」

 はそう言って、ワンピースの裾をつまんでみせた。

 「、何か知ってるの?」
 『…まぁな、に千年も使えていればそれは嫌でも知ってるものさ。…そうだな、全く知らさない道孝が悪い。、注意の意味も含めて、男の名前を教えてやる。』

 が息を潜めたのでは小さく頷いて、に近寄った。

 『男の名前はハオ。の夢に出てきた男全てあいつだ。』

 の言葉にはえっ、と漏らした。鋭い目線がを見据え、は慌てて口を手でぱちんと押さえつけた。

 『ハオ…。俺も気をつけるが、お前はもっと注意するんだぞ。』

 はそういい、の目の前から姿を消した。はどう意味だろう、と首をひねったが、これ以上情報が入ってこないのでどうしようもなく、ハオ、と小さく口の中で繰り返してたまおのいる部屋へ向かった。

 

 がいなくなった部屋では残された三人が再び話し始めた。その面持ちは暗い。

 「葉明様、お父様、」
 「うむ、とうとうこの時が来てしまった…!」
 「忌々しい葉王め!麻倉の血だけに留まらず、まで手に入れるつもりか…!」

 葉明が悪態吐き、道孝がギュッと手を握り締める。

 「因縁は此処で断ち切らねばならん。これは、麻倉、両家に課せられた義務だ。」

 道孝の決意に、葉明が力強く頷き、恵子もまた同意した。

 「そうと決まれば、を葉の下へ。いずれシャーマンファイトに参加するのであれば東京に居る方が都合がいい。アンナも既に東京に居るしな。」
 「アンナちゃんまで…!」

 恵子が驚愕して、葉明を見据える。葉明は小さく頷いた。




*20060411*

 

 

 

 

 翌日のお昼過ぎ、は東京の地を踏んだ。

 は昨日の事を思い出した。
 話を終えた道孝と恵子が、とたまおがいた居間に現れたかと思うと、挨拶もそこそこに麻倉家を飛び出し自宅へ戻り、あれよあれよと流されるまま東京行きの準備をさせられ、午前中の飛行機に飛び乗るかのように放り込まれて今に至る。

 成田空港から、ひとまず都心の東京駅へ向かい、着いた頃には多くの人の並にもまれてへとへとになっていた。身一つで行動するのならまだしも、大荷物を抱えていたのでその分、人にぶつかりやすい。

 『、大丈夫か?』
 「…東京嫌いかも。」

 人をよけて、壁際に立つ。迎えに来てくれる人を待つように言われているのだ。それにしても、この人の多さ。早くも、前途多難。

 「?」
 「…アンナ!わぁっ、迎えに来る人ってアンナだったのね!」
 「親友が出雲から来るんですもの。当然だわ。」

 茶色がかった金色の髪が重さを感じさせないように揺れ、黒いワンピースに身を包み、印象的な紅いターバンを巻いた少女はそこに立っていた。普段はめったに見せない笑顔を浮かべて、微笑む姿は道行く人もこっそりと振り向くほど美人。
 とアンナは青森、恐山の麓で出会って以来の友達であり、一番の親友、そして、共に麻倉家の嫁候補だ。もちろん、そんな肩書きがなくても二人は姉妹のように仲が良い。

 「さ、ここに長居は無用よ。行きましょ」

 アンナはキャリーバックを一つ持ってスカートを翻す。もそれに続いた。

 

 ふんばりが丘に着くや否やアンナは『HEIYU』に用があるといって店に入った。
 衝動買いをしないアンナをは心から尊敬している。両脇に控えた体格のいいおじさんたちが力の限り安い、新鮮、美味しいと叫ぶ中、アンナは涼しい顔をして通り過ぎ、目当ての三階へとエスカレーターを使った。

 「此処はいつ来ても安売りをしているの。日によって違うけど。も此処を利用しなさい。」

 一緒に暮らすならそれなりの働きをしてもらうわよ、とアンナは不敵に笑い、は顔を引きつらせて首を縦に振るしかなかった。

 「ところで、三階で何を買うの?」
 「キノから頼まれたの。葉の戦闘衣装を作るように。それが嫁としての務めだと。」
 「本当?!私何も聞いてないよ?」
 「…はいいのよ、きっと。私と違ってあんたは特別なんだから。」

 特別、と言う言葉をアンナは小さな声で自分に言い聞かせるように言った。は首を傾げる。

 「アンナの言ってる事はよく解らないわ。私達おんなじでしょ?」

 ニッコリと太陽のような笑みを浮かべると、アンナはビックリしたようにを凝視して、ふ、と口元を緩めた。

 「そうね、私達は同じだわ。」
 ―――麻倉の嫁として、同じ能力を持ってるものとして。
 「さ、ちんたらしてる暇は無いわよ!」

 うん、と心地良い返事が返ってきて、はアンナに肩を並べて買い物に付き合った。荷物で一杯のカバンがやけに軽く感じた。

 

 「ただいま。」
 「おかえりー、アンナにしては随分遅かっ…、って?!」
 「あ、葉。久しぶり、元気そうね。」

 ぶっ、とは噴出す。葉の今の格好は学校の制服に裾にフリルがついたエプロンをしていたからだ。葉は頬を紅潮させて笑うなよ、とを諫めた。

 「葉くーん…このにんじんはこんな風でいいの?」

 葉の後ろからひょっこりと出てきた男の子には驚きを隠せず、声を上げた。

 「まん太君?!」
 「え?えっ、さん?!」
 「、知り合いなの?」
 「まん太、を知ってるんか?」

 とまん太が同時に互いの名前を呼び合うと、アンナと葉も同じタイミングで疑問を口にした。父の取引先関係で、ととまん太の声が重なった。

 丸いちゃぶ台を五人と一匹で囲む。尤も、一人と一匹は霊なのでその場に居るだけだが。アンナがいただきます、と呟き、目の前の肉じゃがに手をつけた。

 「…ギリギリ合格ね。」
 「はぁ…。んじゃまん太、オイラ達も食べようか。いただきまーすっ!」

 葉とアンナのやり取りを見ていたは一瞬呆けたが、直ぐに我に戻り頂きます、と茶碗に盛られたご飯を口に含んだ。

 「それにしても、びっくりだなぁ。じぃちゃんはオイラに何もいってなかったぞ?…そもそもはシャーマンファイトに参加しないはずじゃなかったんか?」
 「シャーマンファイトに参加する事、東京へ来る事、全て昨日決まったのよ。爺様もお祖父ちゃんもいつも突然決めるから振り回されるほうの身にもなって欲しいわ。」
 「さんがシャーマンなんて…、って事はさんのお父さんも…?」
 「隠しててごめんね、まん太君。うん、君が考えてる通り、パパもシャーマンよ。」

 霊の見えない人からしたら私達はなかなか受け入れて貰えないもの、とは寂しそうに笑った。まん太は慌ててそんなことない、とをフォローした。アンナの視線が鋭くまん太を見据えていた。

 「夕飯が済んだら、」
 「解ってるよ、電気イスだろ。」
 「何言ってるの。体調を崩したら大変だわ、今日は部屋でゆっくりしなさい。」

 あと、私の部屋に入らないでね、とアンナは食器を流しへ持って行き、二階の自室へと上がった。

 「アンナ…優しいな…。」

 アンナの後ろ姿を見送って、ポツリとが呟く。葉とまん太が声をそろえて「えーっ。」と不満を漏らした。

 「そうだった…アンナはが大好きなんよ。」

 「だからの前では…、」と葉が続けたのをまん太は「なるほど!」と頷いた。
 三人は食事を終え、後片付けを始める。まん太が食器を洗い、がそれを拭き、葉が食器棚へ戻す。

 「――それにしても、がシャーマンンファイトに参加するとは…。お前のじいちゃん最初はあんなに反対してたのにな。」
 「そうなのよね。爺様とお祖父ちゃんに夢の話した途端だったし…。――私は別にシャーマンキングを目指してるわけではないのだけど…。」
 「けど…?」
 「んー…詳しくは教えてもらえなかったんだけど、何かを倒す為に、私が強くならないと駄目なんだって。絶好の修行場が今回のシャーマンファイトって理由。純粋にシャーマンキングを目指してる人には悪いけどね。」

 「ごめんね、葉。」とは苦笑した。

 「んじゃ、さんももう"オラクルベル"持ってるんだ?」
 「"オラクルベル"?」

 まん太が表情を輝かせて質問したが、は首をかしげた。"オラクルベル"が何か解っていないようなので、三人は再びリビングへ戻り、丸いちゃぶ台の真ん中にオラクルベルを置いた。画面には明日の予選試合相手の名前が表示されたままになっている。 

 「これが"オラクルベル"?私はまだ持ってないわ。これが無いとS.F.に参加できないのね?」
 「そうなんよ。これはS.F.運営委員のパッチ族が持っててそいつらと戦わないともらえんのよ。」
 『殿はオーバーソウルをご存知なのか?』
 「えぇ、阿弥陀丸。爺様とお祖父ちゃんのスパルタを受けてきたからね。あの二人、絶対私でストレス解消してたんだわ…。そうねぇ、オーバーソウルを覚えてもう二年位になるのかな。」
 「うぅ…よく頑張ったなぁ…。」
 『何を言ってるんだ麻倉葉。あれくらい次期家当主になる人間として当然の事。――そういうお前は東京に出てきてアンナの特訓を積むまで怠けていたらしいではないか。いくらが麻倉家の嫁候補だとしても、婿がこれでは…。』

 ため息をこぼしたは諌め、葉は「うぇっへっへ」と笑っただけだった。奇妙な会話にまん太は口を挟めずに目を見開いて見守っていた。

 

 翌日の午後六時、サンシャイン60ビル前。
 昔は刑務所だったというこの場所で二つの戦いが行われていた。一つは葉のS.F.予選第一戦。もう一つは―――。

 「ほう、素早く安定したオーバーソウルのようだな。」
 「あなたがS.F.運営実行委員のパッチ族の人?」

 男は「いかにも、パッチ族十祭司のマグナだ。」と名乗った。
 マグナはまだ構えていないというのには早くも押されかけている。

 「ふむ…女の子だからか?私の巫力に押されているようだな。――しかし、今後のS.F.はそれではいけない。君が生き残るためにも、まずは私に一撃当ててみよ。」

 そう言うとマグナはO.S.した。は相手の隙を見出そうと威嚇程度の攻撃を加えてみるが、相手は最小限の動きでそれをかわし、隙どころか墓穴を掘りそうになっていた。

 「…我々も忙しいのでね。そうだな、後五分以内に私に一撃を当てることが出来れば"オラクルベル"を渡そう。もし間に合わなければ、不参加という事になるな。」

 マグナはの攻撃をかわしながら、愉快そうに言う。

 「――っ!そ、れは困る!爺様とお祖父ちゃんに怒られちゃうもの!」

 はマグナのカウンター攻撃をギリギリのところでかわし、一度深呼吸をした。睨み付ける様に目の前の人物を見据え、次の瞬間、マグナの目の前から消えた。マグナは目を見張り――と、同時に首筋に感じるのO.S.であるの爪と背後の獣独特の荒い息遣いに背筋が冷えた。

 「―――見事だ。、君にオラクルベルを渡そう。」

 は「やった!」と喜んでオラクルベルを受け取った。―――「それにしても、」とマグナが言葉を続けたのでは首をかしげてマグナを見た。

 「…何故最初から本気で攻撃しなかった?」
 「お祖父ちゃんと、爺様の言いつけなの。――気分を悪くしてしまったのならごめんなさい。」

 「いや。」とマグナは頭を振った。に気づかれないようにそっとオラクルベルで巫力値を量って、マグナは目を見開いた。―――なるほど、"彼"が興味を持つわけだ。
 マグナがオラクルベルを眺めるに向かって一声をかけようとした時、一際大きな轟音が響いた。
 もともと寒かったが、この異常な冷気はなんだろう。――目の前のビルが三分の一ほど雪に埋もれているのを見てマグナはあぁ、と納得した。

 「私の試験は終了だ。――S.F.を観戦したかったところ、すまなかったな。」
 「いいえ!――確かに、葉の試合が見れなかったのは残念だけど、でもオラクルベルは私も必要でしたし。」

 「では、また本戦で会おう。」と言い残し、マグナは姿を消した。は急いでアンナとまん太の傍へ駆け寄る。積もった雪の上に居るのが葉の対戦相手、ホロホロだとまん太が説明した。

 「葉は…?」
 「雪に埋もれていて解らないわ。――ただ、此処で負けたら…特訓メニュー増やさないとね。」

 とまん太は背筋に冷たいものが走るのを実感した。アンナは不敵に笑みを浮かべ「どうしようかしら。」と呟いている。―――本気だ。

 しばらくしても姿を現さない葉には不安を積もらせた。ホロホロがそろそろ助け出してやるか、と呟いたのを聞いて肩を落とす。三回の戦いのうち二回勝てば予選通過だが、初戦黒星は精神的に追い詰められてしまう。残り二戦を勝たなければ本戦に進めないのだから。

 「、あきらめるのはまだ早いわよ。」
 「…そうね、私達が葉を信じてあげないとね。」

 が心の中で葉、と呟くと同時に雪柱が立った。

 「何ぃーっ?!」
 「うおぉぉぉっ!!」

 ホロホロの驚愕の声が、葉の叫びが重なる。そして、葉は最後の攻撃をした。
 葉の攻撃はホロホロの右少し離れたところに落とされた。びっくりしてホロホロは葉を見据える。よく見ると、ホロホロのスノーボードわきに持霊だと思われる霊が横たわっていた。

 「――お前、巫力切れてるじゃん。」

 葉の笑みが勝利を告げた瞬間だった。
 試合終了が確認され、、アンナ、まん太は葉、ホロホロの傍に駆け寄った。

 「二人とも、お疲れ様!」
 「おぉー、。オラクルベルはどうなった?」
 「この通り。」

 は葉が勝った事で少し興奮しながら先ほど獲得した参戦権を見せた。

 「よかったな。」
 「うん。」
 「…んじゃ、俺は行くぜ。――麻倉葉、この借りはきっちり返してやる。」

 ホロホロは一度深呼吸をして息を整えると、スノーボードを抱えなおして去ろうとした。

 「あ、ホロホロ待てよ!」
 「…んだよ。」
 「今日はオイラん家泊まってけよ。」
 「あぁ?!何言ってんだお前、」
 「そうだよ、ホロホロ泊まっていきなよ。――ね、アンナいいでしょ。」
 「ちょっ、葉君、さん?!何言ってるんだよ!」
 「―――お前が、そう言うなら。」

 が笑みを浮かべてホロホロに対して言うと、少し頬を染めて頷いた。アンナは軽くため息をつき、まん太の突っ込みがこだましたのは言うまでもない。




*20061002*

 

 

 『グレートスピリッツの意志によりあなたの予選は行いません。約三ヵ月後の本戦開会式に直接おいでください。』

 昨晩、ホロホロを招きみんなで葉の初戦白星を祝い、ホロホロの妹――ピリカがホロホロを連れ戻しに来た後、のオラクルベルにメールが届いた。
 葉は「いいなぁ〜、だけずりぃーぞ。」と言ってアンナのビンタを受けていたが、は肩を落とし、がそれを慰めていた。――とは言っても、予選の組み合わせなどは全てグレートスピリッツがパッチ族を通して選手に伝わるため、が此処でどうこういっても仕方がない。はアンナに「電話借りるね。」といって出雲の家に電話をかけた。

 「あ、お祖父ちゃん?」
 『おぉ、。東京はどうじゃ?元気でやっとるか?』

 道孝の第一声は相変わらずで、は笑みをこぼした。

 「うん、元気だよ。葉とアンナも元気だった。――あ、S.F.の参加資格貰ったよ。けどね、不思議なことに一度も戦わずに予選通過が決まっちゃった。…これ、どう思う?」

 がそういうと、道孝が息をのんだ。しばらくしても返答がないので、は少し不安になった。

 「お祖父ちゃん?」
 『む、すまんな、なんでもない。…まぁ、よくやった。しかし、一度も戦わないということは少々心許無いのう。アンナに鍛えてもらいなさい。』

 歯切れの悪い道孝には首を傾げたが「はぁい。」と返事をして電話を切った。
 居間に戻るとテレビを見ていた葉、アンナ、まん太がを振り返った。

 「道孝様はなんて?」
 「よくやった、って。…というかあんまり触れられなかった。本戦まで戦わないから、アンナに鍛えてもらいなさいって。」
 「「『えぇーっ!』」」
 『それはいい。アンナの基礎メニューは木乃様直伝だからな。』

 「、それ本気でいってるんかー?」と葉は嫌そうに言った。アンナは「解ったわ。それじゃまた明日。」といって二階に上がって言った。
 まん太、阿弥陀丸が哀れみの視線をに向けるものだから、は苦笑した。

 「アンナのメニューってそんなに厳しいの?」
 「厳しいってものじゃないよ、あれは!地獄といっても過言じゃない…。」
 「あはは。本当に?それは楽しみ。お祖父ちゃん&爺様と木乃様のメニューどっちが厳しいか比較してみようっと。――あ、それじゃ私も休むね。おやすみなさい。」

 は笑顔で葉、まん太、阿弥陀丸に手を振り、二階の自室へ戻っていった。がその後を追う。

 『…殿は強い女子であるなぁ。』
 「あぁ…。そうだな。」

 阿弥陀丸がしみじみ呟いて、それに対し葉が頷いた。

 

 月日の流れは早いもので、は本戦出場者が集まる開会式場にいた。
 あのメールを受け取った数日後に、葉とファウスト[世の試合が行われ、葉は負けた。
 まん太はお腹を開かれ、重傷。そのまん太を助けようとした葉は怒りに身を任せがむしゃらに戦ったため、巫力切れが敗因だ。
 はひたすら、アンナが課した特訓メニューをこなしていた。ファウストに負けた傷が癒えた後、道蓮と戦う日――つまり今日まで出雲に戻って修行している間もずっと。
 葉が出雲に戻ってすぐ位からは再び夢見するようになった。以前と違うのは、どうやら前世ではなく予知夢のような物で、朝起きると記憶が曖昧になっているということだ。道孝に相談するべきか悩んだが結局、それはしなかった。ただでさえ心配性なのにこれ以上心配をかけるべきではないと思ったからだ。

 は今巨大画面が設置された休憩室で試合の様子を見ている。先ほどまで激しい戦いが行われていたがどうやら双方とも巫力が尽きかけてきているらしい。見たところ、双方とも後一撃か…。

 「―――くぅっ!やるぜ葉!さすが俺を倒した男だぜ!」
 「お、お兄ちゃん!騒がないでよ、みんなの迷惑でしょ。」

 聞き覚えのある声がして人並みの間を縫って画面の方へ近づくと案の定そこには、ホロホロとピリカがいた。ピリカはすぐにに気づき軽く頭を下げたが、ホロホロは試合に夢中でまったく気づいていなかった。は苦笑しながらピリカに近づいた。

 「初めまして…かな。私はです。」
 「あ、どうも。後、この間は見苦しいところをお見せしちゃってすいません。ピリカです。」

 二人は握手を交わした。

 「ピリカ―――って、アイヌ語で"美しい"って意味よね?いい名前ね。」
 「あ、ありがとうございます!自分の名前好きなのでそういってもらえると嬉しいです。」

 「そう。」とは微笑んだ。

 「お兄ちゃん!さんだよ。」
 「だぁっ!今良いところなんだ後に―――って、?!」
 「ホロホロ、久しぶり。」

 「おう、久しぶり!」とホロホロは笑みを浮かべた。その時、画面から轟音が響いた。何事かと、他のシャーマンたちも画面に注目する。画面の中の二人のシャーマンは互いに背を向けており、オーバーソウルが…消えた。

 「ど、どっちが勝ったんだ?!」
 「ほとんど同時だった…。この場合どうなるのかしら。葉はこれが予選最終戦なわけだし、道蓮の方は二戦しかしていないけど日程の関係で同じく最終戦…。」

 が呟くように言った後、誰もが静かに結果を待った。

 『―――この試合は引き分け!グレートスピリッツの意向により、両者を共に予選通過とする!』

 シルバの宣言が下されると、待合室は賑わった。やがて、移動を開始し、とホロホロもそれにならった。
 会場に現れた葉と蓮は一言も話さずにもくもくと歩いている。葉がとホロホロを見つけると蓮にこっそりと何かを告げ、別れた。残された蓮は頬をうっすら桃色に染め、鼻を鳴らして葉とは逆の方向に歩いていった。

 「ホロホロ、。」
 「葉!お疲れ様、予選通過おめでとう!」
 「おう…これでアンナに殺されんですむんよ…うぇっへっへ。」
 「相変わらず緩いな〜、お前!」

 最後に葉の背中を一発思い切りたたいてホロホロは豪快に笑った。その隣では苦笑して、葉も背中をとどく範囲でさすりながら苦笑した。

 開会式は直ぐに執り行われた。
 静粛に、と注意されたわけでもないのにどのシャーマンも口をぴったりと閉めて一言一句聞き漏らすまいと壇上中央のパッチ族の長・ゴルドバという老人の話しを聞いている。も最初はまじめに聞いていたのだが、どこからか視線を感じて不快感を感じた。軽くあたりを見回してみても、他のシャーマンはみなゴルドバを見据えている。
 不快感を感じてから、突然頭痛を覚えた。そういえば葉の試合を観戦している時から立ちっぱなしだったことを思い出し、少し座ろうと思い、は葉に後を頼んで会場を出た。その後を一人の少年が追った。
 会場のホールを出れば楽になるかと思ったが気分が重いので結局は外に出た。すっかり日が落ちて星が輝いている。――が、その数は出雲の自宅で見上げた時よりも少ない。
 ベンチを見つけて、は腰を下ろし、深呼吸をした。新鮮な空気がの肺を満たす。しばらくすると頭痛も治まった。やはり、会場の雰囲気に酔っただけだったのだろう。

 『大丈夫か?』
 「…。うん、大丈夫。ありがとう。」
 『…かまわない。私は当主からお前の事を任されてるんだ。』

 は具現化させたを引き寄せふさふさの白い毛に顔をうずめてもう一度お礼を言った。

 「―――空が、狭いとは思わないかい?」
 『誰だ?!』

 が低く唸る。暗闇から街灯の下に現れた少年は笑みを浮かべた。

 「やぁ、。久しぶりだね。」
 「あなた…もしかして七年前の…?」
 「そう。あの時、君にそのワンピースをあげたのは僕だよ。」

 少年は一歩一歩に近づくが、がかばうように前に出た。

 『それ以上に近づくな、ハオ!』
 「ハオ?!じゃ、じゃあ彼が―――?」
 「…、今日は何もしないよ。ただ、話しをしに来たんだ。だから少し口を閉じていてもらえないかな。」

 口調はお願いだったが、表情は命令だった。依然としては低く唸っていたががしゃがんでの顔を覗き込むように何かを言ったので渋々引き下がった。

 「、ありがとう。」
 「…でも、それ以上は近づかないで。」

 ハオは残念そうに「わかったよ。」と言った。
 ハオとの間は三メートルほどあった。会話をするには少々不自然な距離だが仕方がない。から注意しろと言われていたし、葉明も道孝もハオには異常な警戒心を持っている。今もは緊張した面持ちでハオを見据えているが、ハオはにこりとしている。なかなか話し出さないので、が切り出した。

 「話しって何?」
 「そんなに警戒しないでくれるかな?――そうだな、が好きなものってなんだい?」

 え、とは返答に困った。――好きなもの…。を見た。そして声を出そうとした時にハオがさえぎった。

 「そうか。やっぱりは変わらないなぁ。昔も同じ質問をしたんだけどは決まってを見た後に言うんだ。「が好き」って。」
 「む、かし…?」
 「そう、昔。今から千年も前の話しだけどね。」
 「せん、ねん?――あの男の人は、ハオ?」
 「どの、男だい?」

 ハオに聞き返されてははっとして、口を押さえた。しかし、ハオは呟くように言ったの言葉を聞き漏らしておらず、は「夢で見たのよ。」と簡単に答えた。

 「へぇ、それはどんな夢?」

 なおも聞いてくるのでは観念して夢の話をした。今此処でハオに話したからどう、というわけではないだろう。

 「着物を着た男の人と女の人が向かい合ってるの。その男の人がハオに似てる気がしただけ。深い意味はないわ。」
 「その男、名前は言ってたかい?」
 「男の人のは知らないけど、女の人はって呼ばれて…。お祖父ちゃんは私の前世の夢だっていうんだけどね。」
 「その男の名前、教えてあげようか?―――麻倉葉王。正真正銘僕だ。」

 はびっくりしてハオを見た。相変わらずハオはにこにこしてを見つめている。

 「君に会いたかった、。」

 今までの声色からは想像出来ない様な切ない声で名前を呼ばれて、は胸が苦しくなった。ハオは一歩に近づく。その場から動かないという約束だったのに。は非難しようとしたのに声が出ない。ハオは確実にに近づいてきて、そして、抱きしめた。

 「、今度こそ、僕らは一緒になろう?」

 耳元で囁かれては何故だか解らないが涙を流した。

 「――そろそろ式が終わるね。他のシャーマンも出てくるだろう。ごめんね、君を悲しませたかったわけじゃないんだ。泣き止んでくれないかな、君の悲しい顔は僕も悲しくさせる。」

 の涙をぬぐいながらハオは辛そうに言った。は自分がどうして泣いているのだろうと考えながらハオを見つめていた。そして、あぁ、と気づく。―――が彼を待っていたんだ。

 「も、ぅ大丈夫。だから先にあなたが行って。」
 「そう。―――それじゃあ、また一ヵ月後に横茶基地で会おう。」

 まだ少し目の赤いの頬にキスを落としてハオは宙を舞い姿を消した。

 『、』
 「…大丈夫。」

 心配そうに見上げてくるに無理やりだと直ぐ解る笑みで答えた。開会式を終えたシャーマンたちが続々と出てくる。葉とホロホロが呆然と立っているを見つけて駆け寄ってきた。

 「、大丈夫か?」
 「うん、大丈夫大丈夫。人に酔っただけだったみたい。心配させてごめんね、ホロホロ、葉も。」
 「珍しいこともあるんな。アンナのあのメニューを普通にこなしてるからは想像できん…。」
 「葉!それひどい!私をなんだと思ってるのよ。それに、アンナは本当はすっごく優しいんだよ?あの修行メニューも本来のものよりずっと簡単になっててこなしやすくしてくれてるんだから!…ってわけで、今のところは爺様&お祖父ちゃんの修行メニューが一番かな。」

 「木乃様の修行メニュー受けてみたい!」といっているの後ろでホロホロと葉がおびえたように肩を震わせていたのを知っているのは阿弥陀丸とコロロとだけだった。

 

 

*20061003*

 

 

 

 『坊ちゃまを…蓮坊ちゃまをお助けください!』

 馬孫がそう言って葉達の前に現れたのは、一週間前。
 ちょうど民宿"炎"の庭先で、葉、ホロホロ、、いつの間にかシャーマンになっていたという木刀の竜(は竜に初対面で抱擁を迫られ、それをが一蹴した。)、そしてなぜかシャーマンでないまん太が一緒になってアンナの修行の一種である電気椅子に耐えていた時の事だ。
 事情を聞いた葉達は直ぐに中国に発った。ただ、アンナとは"炎"に残った。には気になることがあったし、アンナは「なんでわざわざアタシが行かないといけないのよ?」といって断った。しかし、葉に「お土産忘れるんじゃないわよ。」と念を押しているところはちゃっかりしていると思う。

 「…けど、どうしてまた麻倉なの?の家に戻らないの?――アタシも一緒に行った方がいい?」
 「家にも戻るけど、どうしても爺様に聞いておかないといけないことがあって…。――ううん、アンナは此処で待ってて。たまおもいるし、ね。」

 「よろしくね。」とたまおに後を頼んで東京を出、出雲についた頃には茜空になっていた。今回の里帰りの事は葉明にしかはなしていない。迎えを出そうか、と言われたが断っておいた。仮にも麻倉の嫁候補だ。一人でなんとかできなくてはいけない。

 「…ってわけで、よろしくね。」
 『…。』

 は人目の外れたところでを具現化させ仏頂面のにまたがり、山の中に姿を消した。
 のおかげで麻倉家へは暗くなる前に到着できた。インターホンも鳴らさずに門をくぐる。たまおは今東京にいるし、屋敷には当主の葉明と、葉の母・茎子しかいない。もしかしたら葉の父・幹久もいるかもしれないが、彼は年中どこかの山で修行しているのではどんな人か覚えていなかった。
 数ヶ月前に来た部屋を間違う事無く行くことが出来たのはのおかげだ。一人だと迷う自信がある。――実をいうと未だに自分の家でも迷う時があるのだ。

 「爺様?です。ただいま到着しました。」
 「おぉ、入れ。」

 中から返事があって、はようやく畳の上に座った。

 「久しいの。最近はどうじゃ?道孝から聞いたが予選は戦わずに本戦出場となったそうじゃな?」
 「お久しぶりです。――えぇ、そうなんです。奇妙に思ったんですけど、私がどうこういったところで仕方がないし…と思いまして。」
 「うむ、そうじゃな。S.F.の事は運営委員とやらにまかせ、お主はお主自身を鍛えねばなるまい。」
 「はい。――そこで、自身を高めるためにも爺様にお願いがあるんですが…。」

 葉明は片眉を上げてに続きを促した。

 「"麻倉葉王"と""について知りたいのです。」

 葉明の眉間にしわが寄ったのは見間違えではない。について知ろうと思えば家の書庫にでも行けば書籍が残っているだろう。だが、についてもだが、何よりも"麻倉葉王"について知りたかった。
 いつかが言い出すのを知っていたのか、葉明は重いため息をついて了承の意を出した。

 「今晩はもう暗い。明日、お主をある場所に連れて行こう。」
 「はい、お願いします。」

 は一礼して、葉明の部屋を出た。空にぽっかりと浮かんでいる月を見ては「わぁ。」と感嘆をあげた。

 「こんな月夜は藤原道長が望月の句を詠むのも解るかも。」
 『…。望月の句は月の美しさに掛けた藤原家の栄華の歌だぞ?』
 「知ってるよ!関係ないけど…ただ、月があまりにも綺麗だから…。」
 『…そうだな。この荒んだ世界で一体何人の人間がこの月を見上げていることやら…。』

 の後ろについて麻倉家での自室に戻っていった。

 *

 「"此の世をば我が世とぞ思ふ望月の虧たる事も無しと思へば"。…まったく、人は何故こんなにも欲深き生物なのだろう。」
 「オパチョも欲深い?」
 「いいや、オパチョは清廉だよ。綺麗な声しか聞こえてこないからね。」
 「―――ハオ様。湯呑みの仕度が整いました。」
 「あぁ、ありがとうラキスト。―――…いや。今度こそ僕らは…。」

 何年も掛けて大きく削り取られた崖の上で、ハオは月を見上げながら望月の歌を詠んだ。独り言で呟いたグチを、隣にいたオパチョが聞いて、ハオを見上げる。その子供の無垢な姿にハオは笑みをこぼして答えた。後ろから、変わった形のヒゲが印象的な男――ラキストが現れ、お風呂の仕度が整ったと告げる。ハオはお礼をいいもう一度月を見上げた。―――、君もこの月を見ているのだろうか。
 ――いつかこの歌を本当に僕が詠めるといいな。ハオは自嘲的に笑みを浮かべてその場を去った。

 *

 翌朝早くに、は身を清めるために滝へと向かった。葉明に言われたからではない。ただ少し興奮している自分の心を落ち着けるためにも必要だと思ったからだ。
 すっかり冷えた身体を抱きながらは葉明の部屋の前で声をかける。葉明の仕度もすでに整っており、二人は具現化させたの上にまたがり、麻倉家の中心から北東の方角――つまり鬼門を目指して山を駆けた。
 長い階段を下って地下に到着すると五芒星を掲げた社があった。下に折り始めた頃から覚えた頭痛が、ずいぶんと痛い。

 『、どうかしたのか?』
 「頭痛が酷いの…。」

 葉明も気遣わしげにを見やったが社に向かって歩く。と一緒についていった。社の中には鬼を従えし男の絵が掛けられており、その下には"超・占事略決"と書かれた本が無造作に置かれている。

 「爺様、この本は?」
 「それは千年前の葉王が残した術じゃ。にはまだちと早いかの。」

 葉明は苦笑した。は少しその本に触れてみたが何も起こらない。元の場所に戻した時、その隣にあった箱に気づいた。は箱を手に取り、ふたを開けた。

 「爺様、」
 「あぁ、それは、」
 『姫が身に着けていた水晶の首飾りだな。葉王が姫に贈ったもだった。――そうか、此処にあるのなら家になかったのは頷ける。』

 が葉明の言葉を引き継いでに説明した。はそっと箱から取り出し手に取った。滑らかな手触りに心地よさを感じたと同時にずん、とした痛みを覚えた。はその場に崩れ落ちる。葉明は慌ててに駆け寄る。意識を失っているが呪詛などの気配は感じなかったので息をついた。

 『葉明様、屋敷へ戻りませんか。此処はどうも私にとって居心地が悪い。』
 「そうじゃの。」

 葉明は頷いて自分の巫力でを具現化させ、が落ちないようにに乗せた後自分もまたがり、葉王堂を後にした。

 

 

 「…姫様、姫様。お目覚めになられまし。」
 「様、葉王様がお見えですよ。」
 「…え?」

 が気づいた時、そこは地下の社堂でも、麻倉の屋敷でも、ましてやの屋敷でもなかった。は部屋をぐるりと見回した。現代では郷土資料館や博物館に行かないと見れないような家具がそろえられている。――にしても、どうしてこんなに体が重いのだろう。は自分が今見につけている衣服を見て納得した。十二単ってやつではないのか?そして艶やかな黒髪をみて目を見開いた。はイギリス人の父と日本人の母から生まれたハーフだ。父の遺伝子のせいか色素が薄いため、肌は白く、髪は亜麻色、瞳は薄い茶色だ。近くにあった鏡を覗き込んで自分が自分の顔でない事にやはりと頷く。

 「姫様、葉王様がおいでですよ。」

 一人の女房が""に扇を渡して部屋を退室した。扇をみてはあぁ、と頷く。この時代の女性は口元を隠すのだった。
 状況をしっかり把握できてないが、"葉王"が来たのだ。自分の目で直接彼を見る機会を失うわけにはいかず、は「どうぞ。」と彼を招いた。

 「ご機嫌いかがかな、。」
 「葉王、様。わたくしはよろしいですわ。葉王様は?」

 葉王はおや、と呟く。
 は内心ドキドキしていた。現代では昔の言葉遣いなどほとんど残っては居ない。顔の半分を覆うように広げた扇子で口元まで見えていないのが救いだ。今扇子を取ったら引きつり笑いをしている自信がある!

 「…。今日はおかしいね。いつもなら私の事を葉王と呼ぶのに。それに、いつも女房に口酸っぱく顔を隠すようにいわれてる居るのにもかかわらず私にその可愛らしい顔を見せてくれるのにどうしたんだい?」
 「そ、そうでしたわね。ほんと、わたくしったらどうしたのかしら。」

 そんなの知らないよー!とは内心叫びつつ葉王が言うがままに扇子を閉じ、顔を見せた。慣れない衣服に戸惑いつつ扇子を直し、これで葉王の知る""と一緒だろうと胸を撫で下ろした途端、葉王はクックッと笑いを零した。

 「本当に、どうなされた?いつもなら「それだけは無理です。」といって見せてくれないのに。」

 騙された!とが心の中で叫ぶより早く葉王の鋭い視線がを見据えた。

 「…""の中にいるのは誰だ?」

 あまりに低い声に、は動けなくなりやがて静かに涙を零した。
 涙を拭う事もせず、はただ凝然と葉王を見据える。葉王もまた、""の中を探ろうと痛いくらいの視線を浴びせる。やがて、葉王が軽く息をついて、""の涙を拭った。

 「どうやら怖がらせてしまったようだな。すまない。""の中のそなたから邪気は感じられないが、何者か話してもらえまいか?」
 「私は、です。この""の千年後の生まれ変わりなんです。」

 は文机の上にあった紙に筆で""と記したが、葉王が読めたのはだけで片仮名は上手く読むことが出来なかった。
 葉王は""が""だと言うことに驚愕しながらも納得している自分に気づいた。とは違う雰囲気はこの部屋に入った時から気づいていた。もし、他の意識がの中に居るのならもう少し禍々しい気を感じるのだが、そのものだ。そして自身が告白した真実。自身の名を書いた紙をみてやはりと頷く。が不安そうな表情で葉王を見ているのに気づき、葉王は笑みを浮かべた。

 「、心配しなくていい。私はそなたの話を信じている。私がびっくりするよりもそなたの方がびっくりしているのではないか?突然そなたの時代より千年も昔に存在しているのだから。」
 「…っ、…は、お…。」

 優しく葉王に言われては泣いた。細い肩を抱き寄せ、葉王は千年後にが居ることに喜びを覚えた。泰山父君の祭は術者本人しか施せない。その事に焦燥感を覚えていたがが証明してくれた。――五百年後に出会えなかったとしても、千年後に出会えるということ。
 落ち着いてきただろうに、葉王は一つの質問をした。

 「、千年後の未来に僕はいるかい?」
 「…え?…うん、いるよ。S.F.に参加してたから…。」

 「そうか。」と葉王は頷いてに聞こえないように舌打ちした。――まだ、精霊王になっていないのか。
 その日、葉王は泊まると屋敷の者に伝えてきたらしい。が心細そうにしていた事と、葉王にとっても千年後のと話すのは貴重な体験と考えたからだ。
 夕餉を終え、風呂も入らずに就寝の準備をし始めた女房にはびっくりしていたが、この時代ではそれが普通だと葉王がこっそり教えてくれた。

 「姫様、くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ。相手はあの麻倉葉王様なのですから。」

 女房はそう告げ、の部屋を出て行った。耳打ちだったとしても近くに葉王が居たのだから聞こえていないわけがない。葉王は苦笑してを手招きした。

 「いつものことさ。気にする事はない。」
 「そうなの?昔の人って大変ね…。息が詰まりそう。」
 「の時代は違うのかい?」
 「今と全然違うわ。―――けど、話すのは止めておくね。未来が変わってしまうかもしれないから。」

 葉王はそうだな、とに同意した。

 「私、あなたの事が知りたいの。教えてくれる?」

 千年後のは猫みたいだな、と葉王は思い、笑いながら「いいよ。」と快諾した。

 「私は麻倉家に貰われた、孤児なんだよ。そして、忌まわしき力を持っている。」
 「忌まわしき力?」
 「あぁ、"霊視"と言ってね。人の心の内がわかる能力なんだ。千年後の私はに何も言っていないのかい?」
 「えぇ、私がハオの事を知ったのは本当につい最近のことだったの。でも本当は七年前にも会ってて、私が好きな色のワンピースをくれたわ。――葉王も霊視の能力を持っていたのね。私も、持ってるの。」
 「本当かい?」

 葉王は目を見開いていた。は何故葉王がそんなにびっくりしたのかわからなくて、おずおずと頷いただけだった。

 「私の前世が関係しているんだと思う。」

 は漠然と、あぁ、葉王とが出会ったからかな、と思った。

 



*20061003*
*20061019*誤字脱字訂正

 

 

 

 「前世が関係しているって言ったのはお祖父ちゃんでね。私はよく知らないのだけど。」

 はそう言って瞳を閉じた。―――本当に自分は自分のことすら何も知らないんだな。知らないうちにきつく手を握り締めていたらしい。葉王が優しくほどいた。

 「ならば今から知ればいい。遅くはないと思う。私の事、の事、そして千年後のそなたの事も今から。――これは私の憶測だが、その為にはこの時代に来たのではないのかな?」

 ただ、と葉王は悲しそうに呟いた。

 「私に残された時間は少ない。その限られた時間をそなたと過ごせるかどうかは解らない。」
 「そ、れって…死んじゃうってこと?!」
 「近々、私は麻倉に殺されるだろう。」

 今度はきっぱりと言った。殺されると知っているのに、どうして強く振舞えるのだろう。はどうして、と言葉を呟くようにしかいえなかった。

 「にも黙っていたんだけどね。千年後のそなたになら言えそうだ。―――私は人類を憎んでいる。どこまでも貪欲で、汚い心の人類を。だからこの世を作り直したい。綺麗な心を持った者達だけの世界に。私はそれをシャーマンキングダムと呼んでいる。」
 「シャーマンキングダム…。」
 「千年後の私が、シャーマンキングを目指しているのなら、目的は同じだと思う。そなたには私を支えてやって欲しいな。」
 「で、でも、他の人たちを殺しちゃうんでしょ?駄目だよ!シャーマンじゃない人でもいい人たちを、私は知ってる。」
 「…は優しいね。無理に、とは言わないよ。が好きにしてくれればいい。ただ私の邪魔はしないで欲しい。」

 結局はそれ以上何もいえずに下を向いた。葉王はそんなの頭を優しく撫でた。滑らかな黒髪。千年後のは異国の血が混じっているという。――あの血を重んじる家が珍しいと葉王は思った。

 「さて、夜も更けて来た事だ。私達も休むとしよう。」

 は葉王に頷いて布団に横になった。

 

 の意識が現代に戻ったのは平安の世を約一ヶ月ほど過ごした後だった。
 葉王は毎日の下へ来ては話をしてくれた。家へ来るのはあまりいい顔をされないと言っていたのに、ましてや今のは葉王の知るではないとうのにだ。

 『様。葉王殿がこられましたぞ。』
 「、お通しして。」

 はこの間、の持霊になった。彼は寿命でこの世を去り、可愛がっていたの下へ霊となって戻ってきた。千年後のは大型の犬だが、この時代のは小さい。千年を経てあの大きさになったのだろうとは考えた。
 葉王は時には猫をつれてきてに紹介した。マタムネと名づけられた猫は首輪の変わりに爪のような飾りをつけている。彼は先週、寿命で亡くなったそうだが今は葉王の巫力で実体を持っている。

 「あ、これ…。」

 はその首飾りに見覚えがあった。

 「あぁ、私が彼に上げたんだよ。…も欲しいのかい?」

 葉王は食い入るように見つめるに笑いながら言った。は顔を赤くしていらない!と答える。―――そうか、この猫が葉の初めての持霊…。は膝の上で丸くなっている猫の頭を撫でた。

 「、これを。」
 「これは…!」

 葉王はに近づいて、首に何かを下げた。―――水晶の飾りがついた首飾り。は目を見開いてそれを眺めた。そうだ、この時代へ来るきっかけとなったあの水晶の首飾り。葉王はにこりと笑ってよく似合っていると褒めた。

 「…それが千年後の未来まで残っているか私には解らないがに贈ろう。身に着けて、私を思い出しておくれ。」

 葉王は寂しそうに笑う。その笑みに葉王との別れを感じた。
 その日は直ぐだった。
 葉王がに首飾りを送ったその夜。普段とは違う気配には空を見上げた。

 「様、いかがなさいました?」
 「葉王が…。」

 女房の表情が強張った。あぁ、この女房は知っていたのか。は冷たい目で彼女をみて、再び空を見上げた。今の自分には何も出来ない。しかし葉王はそれでかまわないといった。自身には特別な術があり、それで五百年後に生まれ変わると。――どうして、私はこんなに葉王の事を考えているのだろう、千年も昔の人なのに。そこでは気づいた。

 「そうか、私は葉王が好きだったのね。」

 だからS.F.開会式の日、抱きしめられてあの言葉を言われて、涙が流れた理由が解った。あの涙はでもあり、のものでもあったんだ。
 西の空が赤く光っている。外を騒がしく人が往来する。女房は黙っていたことをに咎められるかと恐縮していたが何も言ってこないを見上げて息をのんだ。――は麻倉家がある方角を見て、静かに涙を流していた。

 「姫様…。」
 「もう、いいの。…就寝の仕度を。今晩は誰も部屋に近づけさせないで。」

 女房は頭を深く下げて部屋を出て行った。の意識はそこで途切れた。

 

*

 

 『、』
 「あ、…。ここ、爺様の?今、何時?」
 『あぁ、葉王堂で倒れたを葉明様が連れて戻ってくださった。あの場所は…どうも居心地が悪い。今は午後十一時だ。ほぼ一日眠っていたな。』

 そう、とは虚ろげに答えた。の反応が薄いことには首を傾げたが、黙って姿を消した。
 自分が千年前に行ったなど、誰が信じてくれるだろうか。は自嘲した。
 ずっと寝ていたせいか、体がだるく、頭が重い。そろそろと布団から這い出て、縁側へ出た。肌寒さに身を震わせたがすぐになれて、裸足でぶらぶらと庭を歩く。――ここが、千年前の葉王が住んでいた場所。そう思うとの表情に笑みが浮かんだ。

 体の調子が戻るまで、麻倉家に世話になりはようやく自宅へ戻った。
 葉明がを連れて葉王堂へ行った事はいつの間にか道孝も知っており、しつこく「身体は大丈夫なのか、何もなかったのか?」と聞いてくるものだからは「大丈夫!」と答えておいたが少々うんざりしていた。
 久々の実家でゆっくりしたいところだったが道孝が課した特訓メニューは今まで見たことがないようなものでは他の事を考える時間もなく修行に明け暮れた。S.F.本戦の為かもしれないが、もう一つの理由として麻倉葉王の事を考えさせないようにしていたのかもしれない。
 それも、今となってはどうでもいいことだ。

 は本戦が始まる三日前に東京に戻った。"炎"での生活は相変わらずで変わったといえばたまおが食事当番をしていることだ。
 本戦の前日の夜、は一人部屋で夜空を見上げた。アンナは先ほど葉の部屋に葉明から届いた荷物と戦闘服を渡しに行って…おそらく隣に布団を並べて同じ部屋で寝るのだろう。昼間、の方を何か言いたげに見ていたからは思わず可愛いと口走ったほどだ。

 「もっと素直になればいいのにね。――おやすみ、葉、アンナ。いい夢を。」
 『いいのか、。アンナに先を越されるぞ。』

 は冗談ぽく言った。はそれに笑みをこぼして「いいの。」とだけ答えた。

 「私は、自分に嘘をつきたくない。私は―――。」

 それぞれの夜は更けていく。

 

 翌朝早くに仕度をし、待ち合わせの公園へ急ぐ。すでにホロホロ、ピリカ、竜、まん太が集まっており、葉とをみておはようと声をかけた。

 「うしっ、それじゃあ行くか!S.F.本戦へ!」

 葉の掛け声に元気よく返事をして四人はピリカ、まん太が見送る中横茶基地へ向けて出発した。
 横茶基地に到着したのはお昼前で、すでに沢山の人が集まっていた。媒介なのか、霊なのか…大きな荷物を持つ人、体格がいい人、よりも小さい子もいるのを見かけた。四人はきょろきょろと基地内を見ていると、葉の担当であるシルバという十祭司がたこ焼きの屋台をしていた。その前にはたこやきを購入して食事している蓮もいた。
 五人はマッドナルトで昼食を購入した後、基地内の適当な場所に腰を下ろして食事を開始した。を具現化させ、は靠れながら食べた。ファーストフードは本当に久しぶりで、おいしかった。―――同年代の子と一緒に食べているからなのかもしれない。葉と同じく、には友達と呼べるような人はいない。家も麻倉家と同じくらい有名なものだからも霊の見えない人たちからよく"鬼の子"と呼ばれたものだ。それはの持っている特殊な能力も関係している。

 「それにしても、こんなところへ俺達を集めて、パッチ十祭司は何をするつもりなんだろうな?」
 「本当だぜ、一体何をしようってんだ?」
 「そもそも、何故この場所を選んだか、ということだ。」

 「なるホロ。」とホロホロが声を上げる。はハンバーガーに被りつきながらパッチ、パッチと頭の中で繰り返していた。――あれ、どっかで聞いたことあるような…?

 「ちっちぇえな。」

 少年が一人、マントと黒い長髪の髪を風に靡かせながらそこに立っている。はハンバーガを口にしていたため声が出なかったが、間違いない、ハオだ。ずっと彼のことを考えていたからなのか、胸が苦しい気がした。が低く唸る。彼はどうもハオが嫌いなようだ。その理由は結局千年前にタイムスリップしたときも解らず仕舞いだが、もしかしてシャーマンキングダムのことなのだろうか?

 「お前らさぁ、そんなちっちぇえこと気になるのかい?」
 「あ?なんだよテメェ、ただの世間話だろうが言いがかりつけんのか?」
 「ははは。そんなつもりじゃないよ。ただ、そんな口のききかたしたら―――それこそ言いがかりってものじゃないのか?ホロホロ。」

 突然現れたハオの持霊がホロホロを攻撃した。不意打ちに葉、蓮、竜は声が出ず、は目を見開いて驚き、思わずハンバーガーを胃ではないところに収めそうになった。

 「ホロホロ!」
 「―――彼の名前はスピリットオブファイア。僕と違って気が短いから口の利き方には気をつけた方がいい、特にこの未来王ハオの前ではね。」
 「み、未来王?…もしかして、」
 「やぁ、久しぶりだね。――その先はいう必要がない。知っているのは僕と僕の仲間、そして君だけでいい。」

 笑みを浮かべていたがハオの声音は低く、は葉王に見据えられた時と同じような恐怖を感じ、首を縦に振るしか出来なかった。

 「フン、貴様など未来王ではない。なぜなら、此処で死ぬのだからな!!」

 蓮は馬孫をO.S.させて攻撃したが簡単にかわされた。ハオはスピリットオブファイアの上から再び挑発する。――蓮と蓮を助けに行った葉達しか知らない話しをハオは世間話のように話す。

 「貴様、何故それを…っ!」
 「王ってさ、何でも知ってるものだろう?」
 「ハオ様、お戯れはそこまででよろしいのでは?会場に戻らなくては、次の場所へ向かう飛行機に乗り遅れますわ。」

 スピリットオブファイアの影から現れたハオの仲間がそういうと、ハオは「あぁ、そうだな。」と頷いた。ハオを守るようにぞろぞろと姿を現すハオの仲間に葉達は圧倒される。

 「葉。僕が此処へ来たのは君の予選最終戦を見たからなんだ。君なら此処にいる仲間のような有能な手下になってくれるだろう。だから、戦って、もっと強くなってくれないと困る。僕の為にね。」

 ハオは葉からに視線を移す。が牙を見せてを庇う様に前へ出た。

 「―――また、ね。」

 今度は優しい笑みをに向けて、ハオは仲間と共に去っていった。
 すっかり姿が見えなくなってから、は警戒を解いた。はハオが去った方向をずっと見つめていたが、はっと我に返り、ホロホロの方へ駆け寄る。

 「ホロホロ、大丈夫?」
 「あ、あぁ。…痛っ、なんなんだよ、あいつは。」
 「――さぁな。だが、手強い奴だということだ。」
 「それよりも、アイツと知り合いなんか?」
 「え、あ、うん。開会式の最中にちょっと外に出た時に話ししたの。」
 「ちゃん、本当にそれだけなのか?アイツが"未来王"って自分で名乗った時、思い当たる節あったんじゃないのか?」
 「それは…。」
 「今、言えない事なんか?」

 竜の質問にが答えられないでいると、葉が助け舟を出した。はコクンと、頷くと「そっか。んじゃまた話してくれよな。」といって、ホロホロを支えながら立ち上がった。竜も気にするなよ、とに声をかけて葉についていく。蓮だけは不服そうに鼻を鳴らしたが、何も言わずに葉達の後を追う。は最後までその場所で手を握り締めていた。嘘は言っていないが、隠し事をしているのは事実だ。

 「おーい、!行くぞ!」
 「うん。」

 は葉に声をかけられ、返事をして駆け寄っていった。いつ、全てを打ち明けることが出来るのだろう。その日は本当に来るのだろうか?一抹の不安が心を過ぎった。

 

 

*20061005*
*20061019*誤字脱字訂正

 

 パッチジャンボが発進して直後は突然のアメリカ行きにどよめきが起こっていたが、それもしばらくすると収まっていき、今ではみんなぐっすりと眠っている。
 時差の関係でもずいぶん体がだるいのだが、どうにも眠れる状態ではなかった。隠し事をしているという罪悪感が胸を締め付ける。――葉に隠し事をするのは今回で二回目だ。一度目はアンナと同じ能力を隠していた時。それは直ぐにバレてしまったが。今回の事は葉だけではなく、道孝、葉明はもちろん、にも話していない。は隣で眠る葉に心の中でごめんね、と謝罪した。

 「、眠れないのかい?」

 突然声をかけられてはびっくりした。ハオがくすくすと笑いながらを見て、もう一度言う。

 「眠れないのなら話をしよう。」

 ハオはの手を引いて彼の仲間の元へと連れてきた。彼の仲間はハオがを連れてくるのを知っていたのかすぐに席を空けた。みんながを見ていたので、は居心地の悪さを感じる。

 「気にしなくていい、彼らは君の顔を見たいだけだ。――いずれ君は僕の伴侶になる人だからね。」

 さらりと言われて、は瞬いた。そして、ようやくその意味を理解した時、顔が熱くなるのを感じた。今鏡を見たら絶対真っ赤になっているだろう。ハオはくすくすと笑って、彼らに手を払った。

 「―――千年前の僕に、あってきたんだろう?」
 「な、」
 「なんで知っているのか。当たり前さ。今の僕はこの千年間の記憶を全て持っている。何があり、どうなっていったのか、全てだ。そして思わざるを得なかった。"やはり人は愚かだと。"」
 「シャーマンキングダムを作るために、ハオはシャーマンキングを目指してるの?」

 あぁ、とハオは笑って頷いた。その笑みが少し悲しそうに見えた気がして、は顔をそらした。――葉王と被って、見ていられない。同一人物なのだから被って当たり前なのに、別人のように感じてしまうのは歳のせいなのだろうか。

 「千年前の僕を思い出してるのかい?」

 は弾かれた様にハオを見た。相変わらず彼は笑顔のままを見つめている。 

 「―――が千年前の僕に恋してるのは知っていたさ。の意識だけが千年前にやってきて約一ヶ月、君と過ごした時に。だから千年前の僕は君に首飾りを贈った。千年前の僕もの事が好きだったからね。」

 が自分の気持ちに気づいたのは葉王が亡くなる日だったというのに。それよりも前に気づかれていたなんて。はなんだか恥ずかしい思いがした。

 「…僕の想いは千年経っても変わらない。は、現在の僕では駄目かい?」
 「よ、よく解らないの…。…ごめんなさい。」

 葉王は好きだと言える。しかし、現在の彼を好きなのかと問われると解らない。は申し訳なさそうに顔を歪めると、ハオは明るい声でいいよ、と言った。

 「それじゃあ、これからの僕を見ていてよ。―――だけど、忘れないで。僕は過去も、現在も、そしてこれからの未来も、ずっとだけを愛し続ける。」

 ハオはまっすぐな瞳でを見てそういって、顔を近づけた。は唇にされるのかと思っては思わず目をぎゅっと閉じたが、ハオは額にキスを落とした。が不思議そうにハオを見たのでハオは「ここは、また今度。」との唇に触れながら楽しそうに笑った。

 「…ハオ様、到着の時間になった。後三秒でゴルドバからの指令が出る。」

 ハオの前に座る子供が言うと、画面にS.F.運営委員、パッチ族族長の顔が表示された。たしか、ゴルドバという名前だったはず、とが思い返している間に、彼は現在の場所の説明をし始めて、重要なことを口走った。

 『これから三ヶ月以内にパッチ村に到着しなければS.F.への参加は認められない。これが第二予選であり、ただいまから開始する!…また、この放送終了後我々が作り出したO.S."パッチジャンボ"は消滅する。――諸君らの検討を祈る。』

 ゴルドバの顔が画面から消えると、飛行機も同時に消滅した。

 「えぇっ?!」
 「落ち着いて。O.S.するんだ。君の巫力なら余裕で地面まで到着できる。」

 は片手でスカートがめくれないように押さえつけつつハオの言葉に頷いた。
 が亡くなった時の爪で作られた媒介に、は巫力を籠めた。具現化されたはハオを見るなり嫌な顔をしたが何も言わずにを乗せた。

 『、早く麻倉葉のところに戻ろう。』
 「。僕が探してきてあげるから君達は此処にいなよ。」

 ぴくりとの眉が動いた。ハオはいつの間にか具現化させた自身のO.S.の上に仲間と共に乗っている。
 確かに、この上空では探しづらい。の巫力もまわりのシャーマンたちと比べたら多いとはいえ、限りがあるのに対し、ハオはずいぶんと余裕がありそうだ。の無言を肯定と取ったのかハオは待っててねとに告げて飛んでいった。

 「、なんでハオを嫌ってるの?」
 『アイツは、危険だ。』

 何が、とが聞いてもはそれ以上話す気はないらしく黙りこんだ。は肩をすくめて、ハオが戻ってくるのを待っていた。
 ハオは直ぐ戻ってきて、あっちにいたよ、とその方向を指差した。

 「ありがとう。」
 「どういたしまして。」

 が言い終わる前にが動いたのでハオの声はほとんど呟きになっていた。こらっ、とが諌める声が聞こえたのでハオは笑みを浮かべる。

 「みんな解ってると思うけど、に手は出すなよ。」

 さめた声で言うと、御意、と返事が返ってきた。

 

 が葉達の所へたどり着いた頃にはすでに大地が近かった。

 「みんな、大丈夫?!」
 「おぉ、。お前こそ大丈夫なんか?」

 相変わらずの葉には笑って、がいるからと撫でた。

 「それよりも、早くに乗って!このままだと地面にたたきつけられちゃう。」

 は一人ずつ側に寄せての上に乗せた。全員を乗せ、は大きく跳躍して、地面に軽く降り立った。しばらくして落ちてきた葉のヘッドホンを上手くキャッチして渡す。葉はにへらと笑ってお礼を言った。
 あたりは暗くて、道沿いに頼りない街灯が光を点している以外に光源はない。

 「そもそも、此処は本当にアメリカなのか?」
 「安心しろ、此処は確かにアメリカだ。――見ろ、"ルート66"。1960年代アメリカの象徴の標識だ。」
 「うおお!本当だ、此処があの有名な道路か!」
 『さすが坊ちゃま。博識でいらっしゃる。』

 馬孫が褒めたのを連はフン、と鼻を鳴らしただけだった。
 葉は阿弥陀丸をこのあたりの散策に行かせたが、結局何も見つけることが出来ずにどこまでも真っ直ぐな一本道の路上で五人は途方に暮れた。肩を落とす阿弥陀丸を慰めながら、は広大な土地を見渡した。どこまでも広く、どこまでも大きい。―――そして、私はこの土地を知っている?

 「こんな時こそ俺様の出番ってもんだ!」
 「あ?何するつもりなんだよ竜。」

 まぁ、見てなって!と竜は意気込んで木刀に蜥蜴郎を憑依合体させた。

 「O.S."ビッグ親指"!」

 竜がそう声を上げて、ヒッチハイクの要領で親指に見立てたO.S.をさらすと驚くことに一台の車が止まり、快く五人を乗せてくれた。
 ロサンゼルスに向かうらしいこの車に乗り込み、とりあえず近くの街まで連れて行ってもらうことになった五人は胸を撫で下ろした。竜がいなかったら未だにあの場所で、どこに何があるか解らない道を歩くしかなかっただろう。
 飛行機の中でも寝ていたというのに、ホロホロはすでに夢の中だ。逆には一睡もしていないが、まったく眠たくない。羨ましそうにホロホロを眺めた。葉は運転席の上に乗り、阿弥陀丸と星を眺めている。竜と蓮は起きているがそれぞれ別の方向を向いている。の傍でこれからどうなるんだろうな、と空を仰いだ。満天の星空に口が開く。今にも零れ落ちてきそうだ。

 「あっ、流れ星。」

 が言うと同時に消える。本当に一瞬で願いを言う暇もなかった。
 静かな夜の中を六人乗った車は軽快に走り去っていく。
 翌日の朝に、ヨンタフェという街に着いた。アメリカ文化の街と案内板に書いてあるので民族などに詳しいのだろう。
 此処まで乗せてきてくれたビリー・アンダーソン(農場経営者)にお礼を言う。竜とビリーは何かを感じ取ったのか、しばらく見つめ合った後、がしっと男の抱擁を交わした。

 

 「だーっ!なんで誰もパッチ族について知らないんだ!」
 「俺に聞くなホロホロ。」
 「お前が言ったんじゃねぇか、蓮!この街でなら解るって!」
 「解るかもしれん、と言ったんだ。」
 「あー、二人ともその辺にしとくんよ。」
 「ケンカしてる暇があるなら今度は資料館に行こうよ〜。この街に住んでるからみんなが民族に詳しいわけじゃないんだしさ。私、もう歩き回れない。」

 ヨンタフェについて直ぐパッチ村についての聞き込みを始めたが、有力な情報は得られず、日も暮れようとしている。日本を旅立って丸一日以上寝てないの疲労はピークを迎えようとしていた。日本にいるときは一日くらい寝なくても特別気に掛けることではなかったが時差が生じているのでだいぶ辛そうだ。
 ベンチにへたばっているに水を手渡しながら葉がそうだな、と答えた。
 五人はこの街で民俗学に一番詳しい人を紹介してもらい、パッチ族についての質問をしたが、彼もまた知らないと答えた。

 「これでも、僕は街一番民族に詳しいんだが…。君達、そのシルバって人に騙されてるんじゃないか?」
 「そりゃないぜぇ…。ねぇ、旦那。」
 「…セミノア族って知ってます?」
 「セミノア族?あぁ、もちろん知って―――あぁ!セミノア族の伝承の中にそのような単語を見つけたな。読んであげよう。」

 は今、自分が何を言ったのか解らなくて口を押さえた。――どうしてそんな民族を知っている?のそんな様子を気に掛ける事無く、ようやく見つかった手がかりに葉、蓮、ホロホロ、竜は歓喜をあらわす。

 「『滅びの歌。それは十八万 二千 六百 二十一度目の夜、彗星と共に現れる。彼らは知恵の使者、その力を以って野を駆け、空を飛び、大地の全てから力有る若者を宴に誘う。しかし、若者は還らない。力有る若者は消え、我ら偉大なる血統は絶えた。使者は名乗るパッチ。気をつけろ。さもないとお前の魂悪魔に食われるぞ。』」
 「フン…なるほどな。十八万 二千 六百 二十一度目の夜というのはうるう年を含めちょうど五百年。S.F.は五百年に一度だから、そのセミノア族が滅んだ時期に当てはまるな。どうやらその伝承の中の悪魔はパッチ族とみて間違いなさそうだ。」
 「ま、待てよ蓮!それじゃあ、パッチ族が悪魔って言うのか?!まさかシルバ達の祖先がそんなこと…!」
 「俺が、知るか。しかし、伝承はそうだといっている。」
 「冗談じゃねぇぜ…。もしこれが本当だとしたら、五百年後の現在、俺達も…。」
 「おい!お前、これ本当にそう書いてるんだろうな!?」

 それぞれが思う事を口にする中、は一人ソファーに腰掛け、だるそうに見守っていた。やっぱり少しでも寝ておけばよかったと後悔するが今ではもう遅い。おまけに頭痛までしてきて早く横になりたいなと思う。重いまぶたを頑張って押し上げていたがの意識はホロホロが滅びの歌を詠み上げてくれた人の胸倉を掴んだところで途切れた。

 「『わめくな、うるさいな。その伝承は事実だ。』」
 「?!」

 は深々と腰掛け、足を組んで資料館の人を見据える。突然の変わりにみんな口をつぐんだ。

 「『またこの時期が来てしまったのか…嘆かわしい。―――男…セミノアは全て滅んだわけではない。生き残りが細々と継承者をしているはずだ。名を教えろ。』」
 「えっ、あ、あぁ!この街の郊外に住んでいるリリララという人だ。」

 資料館の人はの豹変に驚きたじろぎながら一人の女性の名を挙げた。驚いたのは彼だけではなく、葉、蓮、ホロホロ、竜、そして霊達も同じで、特にが一番驚いていた。は資料館の人が要求に答えた事で一段落着いたのかソファーに倒れた。
 はっとして一番に駆け寄ったのは葉だ。、と声をかけるがは反応を示さない――すぅ、と小さな寝息を立てていた。

 「、今までにもこんな事あったんか?」
 『いや、ない。こんな事は私も初めてで…。』
 「…そっか。とりあえず、此処を出よう。次に行くところも決まったしな。」

 を負ぶって葉が言うと、蓮、ホロホロ、竜は戸惑いながらも、それに同意して資料館を出て行った。

 

 

*20061005*

 

 

 

 「だ、旦那、ちゃんは大丈夫なんですかい?」
 「――今は大丈夫だと思うぞ、寝てるだけだし。ただ、さっきの事はオイラも初めてで…解らないけど。とにかく、を休めるところに連れて行かないとな。」
 『そうでござるな。殿はずっと起きていらしたから。』

 あぁ、と葉は返事をして阿弥陀丸から前に視線を移した。そこには民族衣装と思われる服を着た女性が行く手を阻むように立っている。

 「お前達…S.F.参戦者か?」
 「ん?あぁ、そうだけど…。」
 「帰れっ!私はセミノア族のリリララ。パッチの陰謀を見過ごすことなど出来ない。――もう一度言う、今すぐ帰れ。さもなければ、私がお前達を殺す!」

 リリララは持っていた杖を葉達に向けて、言い放つ。第一予選を通過し、日本を離れ、太平洋を渡ってアメリカにまで来たというのに、帰れといわれてはい、と帰れるわけがない。

 「そう言われて「はい、わかりました。」って納得できるわけないだろう!俺達はようやく此処まで来たんだ。俺は、シャーマンキングになるために此処まで来た!」
 「シャーマン、キング…?…ははっ、いいだろう。ならば我がセミノア族が五百年前、悪魔パッチから受けた痛み、その身体でとくと受けるがいい!」

 ホロホロがリリララに対し強気に言い返すと彼女は草陰に隠していた人形を五人に向けて放った。葉の目の前で蓮が人形を蹴る。その間に葉はを少し離れた場所に避難させた。

 「、任せたんよ!」

 葉は直ぐに蓮達の下へ戻る。
 上手く人形の攻撃をかわした蓮だったが、O.S.した人形から人の霊が現れ大きく手を振り上げる。葉は力の限り叫んだ。だが、蹴り攻撃の後だった蓮の身体は未だ空中で避けることが出来ず、彼の攻撃は蓮の右足を切断した。

 「うあああああぁっ!」
 「蓮っ!」

 蓮に気を取られていた三人は背後に同じような人形がいた事に気づくのが遅れる。その攻撃は右腕切断、左肩から腰まで縦切断、腹部貫通を体験させた。あまりの痛みに声すら出ない。気がつけば、葉達はどこも怪我をしておらずただ"痛み"だけが残っていた。人形達はリリララの傍に控え、憑依していた霊の姿を現す。

 「これは幻術などではない。セミノアの戦士達が受けた痛みの記憶。O.S.させた私の人形をお前達に触れさせることで直接脳内へと記憶を送り込み再現する…これがセミノア族に伝わる巫術。」
 「…あれが五百年前の記憶…こいつらが前のS.F.参加者。―――五百年前、一体何があったんだ?」
 「見たいのか?このO.S.で見せるヴィジョンは鮮明だ。私はお前達に見せる事はたやすい。しかしもし衝撃が強すぎて意識が戻らなかった場合、私は責任を負わない。―――それでも?」
 「…それでもオイラ達は先に進まんといけんのよ!だから、見せてくれ!」
 「いいだろう。ならばお見せしよう。―――五百年前の惨劇を!」

 リリララの傍にあった人形は一体ずつ葉達に触れた。その瞬間に葉、蓮、ホロホロ、竜の身体は崩れ落ちる。それを心配そうに阿弥陀丸、馬孫、コロロ、蜥蜴郎が見ていた。の手がピクリと動いた。がそれに気づき、と呼んだが返事はない。うっすら開いた目のは虚ろで、本来の薄い茶色ではなく、紅い。
 ゆっくりと起き上がったにようやくリリララが気づく。人形は全て使用しているので視線を鋭くして身構える。はそんなリリララに顔を向けた。

 「『セミノアのヴィジョンか…懐かしい。』」

 一言、がそういうとリリララは息をのんだ。――先ほど彼女を良く見ていなかったが、声と、その瞳は良く知っている。幼い頃から何度も見せられたこのヴィジョンの中にも出現する彼女。まさか、まさか、まさか―――。

 「…様?!」
 「『いかにも。あの惨劇は非常に残念だ。何もかも、あの男のせいで…。だが、あの男は子孫に殺され、シャーマンキングになる事はなかった。』」

 リリララは言葉を失い、を凝然とみた。はリリララの方へ歩み寄りつつ苦虫を潰したような表情で葉達を見た。

 「『あの時の私は愚かだった。何故、あの男に心を開き、身を捧げたのか。―――もう過去の話だがね。だから私は今度こそあいつを止めなければならない。あいつは再びこの世に生まれ、シャーマンキングになるべくS.F.に参加している。…リリララ、今までありがとう。あなたは十分苦しんだ、今度は私が請け負うから。』」

 だからあなたはもう楽になってもいい、がリリララにそういうと、リリララはその場に座り込んだ。霊達は話についていけず、呆然とその光景を見つめるだけだ。その時、ホロホロと竜が叫びながら意識を取り戻した。はその場に倒れた。

 「…痛て…っておわっ、え、?!」
 「ちゃん?!倒れるなら俺様んとこにーって。」

 はちょうどホロホロに抱きとめられた。不自然に止まった竜の言葉を不思議に思って見上げると、目の前に刃がある。それは竜の顔の横から…目覚めた蓮が馬孫刀を持ってホロホロを睨み下している。

 「…貴様。何故を抱いている。」
 「ちょ、ちょ、ちょっと待て蓮!これは事故だ!」
 「問答無用!」
 『道蓮、に刃を向けるな。』

 ホロホロはの一言によって助かったといっても過言ではない。
 しばらくして、ようやく葉が目覚めた。その面持ちは暗い。リリララは彼らをみて、気を失っているを見た。―――彼女はもう楽になっていいと言ってくれた、けれど…。

 「すまん、行かせてくれリリララ。」
 「だ、だめだ!それならなおさらお前達を行かせる訳にはいかない!―――お前達には理解しがたいだろうが、私は、生まれた時からこの為だけに生きてきた…。一日何度もあのヴィジョンを見せられ、その度に感じる苦痛を耐えてきた。…もし、お前達がセミノアの戦士達の痛みを感じてくれたのなら、お願いだ…。」

 リリララはそういうと踵を返した。結局、葉達はパッチ村について聞けていない。それは困るが先ほどのように言われては聞き辛かった。
 「寂しい背中でござるな。」と阿弥陀丸が呟く。そこへ、しんみりとした雰囲気とは不釣合いな声が響く。同じく、パッチ村の手がかりを探してリリララを訪ねてきた男達だった。

 「頼んで駄目なら、無理やり聞くまでさ。―――痛い目見る前にいいな、姉ちゃん。」
 「はっ。片腹痛いわ。下賎な真似しか出来ないお前達に教えるものなどない。」
 「な、んだと…!この女っ!!」
 「おい、やめろよ!リリララは嫌がってるんだ。」
 「嫌がる女性から無理やり聞きだそうとするのは男がする事じゃないなぁ…?」

 このガキ!と男達が切れてO.S.で攻撃してきたところを、ホロホロはニポポパンチで迎え撃った。男達はすっかり伸びきって道に倒れた。―――大きなフキ畑を作る。これは葉と戦った時から口癖の様に言っていた事だ。葉、蓮、竜にとっては今更だったが、リリララはあまりにものどかな夢に思わず声を上げて笑った。
 その夜、リリララの屋敷に世話になることになった。葉たちがリリララを助けた事もあったが、それよりもリリララがを気にしていたことが葉達には引っかかった。あの時霊達は全てを目撃していたが、口を出したところで不明点が多すぎて話しにならないと思ったのか、誰も言い出さない。
 を別室に寝かせて、葉達はリリララと少し話をした後、就寝した。
 翌朝、は一番に目が覚めた。そして首をかしげる。――あれ、いつの間に宿に来たんだろう。資料館でセミノア族の滅びの歌聞いた後からの記憶がない。思い出せないものは仕方がないのでは葉達が起きるまでに身の回りの仕度に勤しんだ。
 此処が宿ではなく、パッチ村を知る人の家だとが知ったのは全員が目を覚ましリビングに集まった時だ。がいつものに戻っているのを見て、葉はよかったと零した。はそれに対し首をひねっていたが、リリララが地図を差し出しながらパッチ村について説明し始めたのでリリララの話しに耳を傾けた。
 葉、蓮、、ホロホロ、竜の五人はリリララに別れを告げ、教えてもらったばっかりの目的地目指して歩き出した。ヨンタフェから北五百q離れたラッキー山脈の麓、デュリンゴというところだ。

 「ねぇ、葉?昨日、私に何かあったの?」

 は隣りを歩く葉に耳打ちするように尋ねた。尋ねられた葉は最初は言いにくそうに言葉を濁していたが結局、に打ち明けた。

 「昨日、資料館で滅びの歌を聞いた後、がパッチ族は悪魔だって言い出してな。―――覚えてないんか?」

 葉は目を丸くしてを見た。は葉の言葉にコクンと頷く。

 「昨日、滅びの歌を聞いた後から今日朝起きるまでの記憶がないの。」
 「そう、なんか…。に聞いても、あんな事は初めてだって言ってたから、気にせんでええとオイラは思うんよ。みんなも気にしてないから、もあんまり考え込むんじゃないんよ。」
 「葉…。うん、ありがとう。」

 にへらと笑う葉につられて、にも笑みが浮かぶ。それを面白くなさそうに、ホロホロが見てだーっ!と言って葉との間に割り込んだ。

 「うわっ、何するんよホロホロ。」
 「俺も混ぜろってんだー!なー、!」
 「え?あ、うん。」

 はぁ、と背後で蓮が息をついたのが聞こえたが、ホロホロは気にする事無く、蓮にも絡みだした。いつもの賑やかさが戻ってきて、竜の調子も上がりあのO.S.を披露する。―――霊の見えない一般人なのに、なんでつかまるんだろう。は竜がヒッチハイクするたびにそう思わずにはいられなかった。
 その頃、ヨンタフェのリリララの自宅前では。

 「な、何故お前は生きている?!ハオ、お前は何者だ?!」
 「パッチさ。けど、今はパッチではない。パッチを裏切った"パッチだった"男さ。」
 「かつて…?では、様が言ってたあの男はお前の事…?!」
 「""…?あぁ…やっぱり五百年前の彼女は現世でに生まれ変わってたんだね。…ふふっ、ますます君が欲しいよ―――。」

 スピリットオブファイアに身体を貫かれ、リリララは苦しげに息をした。

 「様は嘆いておられた!お前があのような惨劇を…!」
 「…五百年前の彼女は、僕を受け入れてくれなかった。仕方がなかったんだ。」
 「何、を言って…?」

 ハオは泣きそうな笑みを浮かべてリリララを見た。リリララは思わず言葉に詰まる。―――あの悪魔と恐れられた男がこんな表情を?

 「けど、彼女はどこまでも優しい…。僕の子を殺さなかったしね…。」

 ハオは呟くように言った。
 背後で男の悲鳴がした。ハオは気分を害したといわんばかりの表情でその方を見る。恐怖に顔がゆがみ、腰を抜かしている。左手につけたオラクルベルを操作すると、三人の巫力値が表示される。

 「ちっちぇえな…。屑はいらないんだ、僕にも…地球にもね。」

 スピリットオブファイアの炎を受け、三人は悲鳴を上げた。やがてその声はなくなる。跡形もなく燃え尽きてしまった。リリララはそれを目の当たりにして、自身の最期を悟った。

 「無に帰るがいいリリララ。目的を為すために、汚名は甘んじて受け入れよう。だから僕はあいつが強くなるのを待っている。五百年前僕を殺した麻倉の血と、を手に入れるために。」

*

 は痛む腰をさすりながら宿の部屋に入った。
 チェックインの手続き中から続いているホロホロと竜の口争いはいよいよヒートアップして口げんかに発展している。葉は窓際で夜空を見上げていた。昼間「リリララに呼ばれた気がした」ともらした葉に気のせいだよと答えたが、は胸騒ぎがしていた。不安を抱えたままで、ヨンタフェから北三百q離れた地点に到着した。後戻りなど今更出来るわけがない。
 いそいそと就寝の準備をしては葉達より一足早く横になった。ハオの事が知りたくて出雲に帰郷してから、調子が出ないことは自分が一番良く知っている。そして、昨日から今朝方にかけての記憶がない事。気にするな、と葉は言ったが何か隠しているような気がした。

 「それは私もでしょ?」

 自分に言い聞かせるように小さく呟いて、は瞳を閉じた。

 

 「いいかー、オイラ達は今ヨンタフェから北三百km離れた街にいる。」
 「なんで葉がいきなり仕切ってるんだ?」
 「俺の提案だ。―――俺達は運命共同体になったわけだ、ならばリーダーが必要となる。」
 「蓮、さすがだね!」

 葉がリリララから貰った地図を広げながら今いる場所、そしてこれから向かう場所の説明をしている傍でホロホロが呟くように言うと、蓮が答えた。確かに、個人個人が意見を言い合うのもいいがリーダーを立てるほうが効率いい。が褒めると蓮は頬を赤くして鼻を鳴らした。――まんざらでもなさそうだ。

 「これから行くところがパッチ村、という可能性は低いけどその一帯にしぼって探せば見つかると思う。―――んじゃあ、今日もがんばるとするか。」

 葉が話し終え、ホロホロが気合を入れたところでは荷物を抱えなおした。そこへ、少し高めの声が静止を呼びかけた。

 「待って、僕も一緒に連れて行ってもらえないかな?」
 「あ?お前誰だ?」
 「リ、ゼルグ…?」
 「え?あ、!」

 彼の有名な探偵が身に着けていそうなチェックの外套をまとった少年は、笑みを浮かべた。はわぁ、と歓声を上げてリゼルグと呼んだ少年の下へ駆け寄る。リゼルグとは実に八年ぶりだ。嬉しさにはリゼルグと抱き合い、互いの頬にキスを贈る。―――もちろんこれは親愛な人との挨拶だ。だが、そんな習慣のない日本や中国の人は…。

 「メラがっくし。」
 「あ…あ…、」
 「何やってんだ!人前で恥ずかしいぞ!」

 肩を落とし、不自然に口をあけて意味を成さない声をあげ、赤くなりながら怒り出し、…固まっている。とリゼルグは互いの顔を見合わせふふっ、と笑いあった。

 

*20061006*

 

  

 

 は少し乱暴にフライドポテトを口に放り込んだ。
 それを見て葉は困った笑顔を浮かべ、蓮は居心地悪そうに小さくなっており、ホロホロ、竜はが怖い、と呟きながら涙をみせ、リゼルグは右頬に紅葉饅頭がくっきりとついて座っている。六人は近くのフォースとフード店に入り昼食をしていたが、見たところまるでのご機嫌取りのようだ。

 「なんで男の子ってこんなにもアホなの!?信じられない!」
 「、そのへんにしとくんよ…蓮もホロホロもリゼルグも反省しとるんしな。な?」

 なだめようとした葉を目くじら立てて睨むと「おっしゃるとおりで!」と葉は同意するしかなかった。とばっちりは誰でも受けたくない。そんな葉を見て阿弥陀丸が「葉殿〜。」と情けない声を上げた。
 は先ほどの事を思い出しながら再びポテトを口に入れて水をぐいっと仰いだ。あまりの男らしさっぷりには頭を抱える。

 リゼルグが現れて挨拶を交わした後、それぞれ意識が飛んでいっていた四人にはリゼルグを紹介した。彼は仲間にして欲しいと言い、葉と竜は友好的だったのに対し、蓮とホロホロはあからさまに敵意を見せる。さらにはリゼルグをハオの仲間と疑い始めたのでこれにはも声を荒げて否定した。初めは普通に話していたリゼルグだったが、蓮とホロホロの挑発に乗り、最終的に戦うはめになってしまった。
 リゼルグの武器はペンデュラムでこれを自由に操って敵を攻撃する。スピードならこの六人の中で一番だろう。ホロホロが攻撃されそうになったところを蓮がワイヤーを断ち切ろうとしたが、逆に返り討ちにあい、二人は媒介を破壊され怪我を負った。仲間が攻撃されたことに葉は静かに憤り、は友達が友達を傷つけたことにショックを受けた。殴り合いのようなケンカではなく、シャーマンとしての戦いだったのだ。
 の知るリゼルグは人を傷つけてまで何かを貫くような人ではなかった。会わなかった八年の間に一体何が彼を変えたのだろうか。
 怪我を負った二人は見るからに酷くて、葉は病院に連れて行こうと言った。リゼルグは無視されたことに腹を立て、葉にまで攻撃しようとしたのではついにをO.S.させたがその必要はなかった。――葉がリゼルグの攻撃をかわし、逆に一撃入れた。は崩れ落ちたリゼルグの元へ駆け寄り、身体を支える。葉もやってきてリゼルグの左頬を殴った。リゼルグの右頬はもちろんが平手で叩いたものだ。
 ―――そして、病院で治療を受け今に至るわけだが…。

 「リゼルグとか言ったな、お前。オイラ達と戦ってる時、ずっとあいつに勝ちたい、強くならないとって言ってたけど、何かあるのか?」
 「…。」
 「リゼルグ…。何かあったの?」
 「…は、僕の父さん達のことどこまで知ってるの?」

 え?とは聞き返した。知っている事といえば、彼の両親は亡くなったとの父、ジョンから聞かされただけだ。
 そのことを素直にリゼリグに言うと、彼は小さくそう、と呟いた。

 「僕が六歳の誕生日を迎えた日だった。――僕の家は代々続くダウジングの名家で父さんはイギリス一の探偵だった。僕はそんな父さんを目指してた。父さんは僕の誕生日プレゼントにこのペンデュラムをくれたんだ。ただ、このペンデュラムはベッグ・ベンに隠されていて、それをダウジングで探し出すことが父さんから僕への課題だったんだ。
 やっとの事で見つけ出し、僕は早く父さんと母さんに知らせたくて家へ戻ると、父さんと母さんはもう息絶えていた。」

 葉達は息をのんだ。リゼルグの話しは続く。

 「リビングに父さんと母さんが倒れていて、そこに僕と同じ歳くらいの男の子が立ってた。そいつは父さんと母さんをみてバカな奴らだ、逆らわなければ死なずに済んだのにって言ったんだ。」
 「おじ様とおば様は…殺されたのね?」

 の声は震えていた。脳裏にあの優しい笑みを浮かべるリゼルグの父と母の顔が浮かぶ。リゼルグは無言で頷いた。

 「―――僕は両親の敵を討つ。だけど、僕は弱い。あいつを倒すためには強い仲間が必要なんだ。あいつ…ハオを倒すために。」
 「ハ、オ…だと?!」

 葉達は驚きに目を見開いた。も思わず言葉を失う。ハオがリゼルグの両親を殺した…。八年ぶりに再会した彼が変わった理由はこれだったのか、はぎゅっと手を握り締めた。同時にハオという人物が憎く、そして怖くなった。―――私に対してはあんなに優しいのに。

 「…みんな僕の勝手な行動に巻き込んでしまってごめん。――これは蓮君、ホロホロ君の武器の修理費に当ててくれ。僕はこれで―――。」

 リゼルグは机に一枚の小切手を出して席を立ち出て行こうとした。がリゼルグを呼ぼうとすると葉の手に制される。代わりに葉がリゼルグを呼び止めた。ホロホロが腕を組んで言う。

 「俺達にもハオに借りが有るとしたら?」

 葉、蓮、ホロホロ、竜が不敵に笑みを浮かべる中でだけが顔を伏せた。

 六人は翌日デュリンゴへ向けて出発した。最初はリゼルグに敵意を見せていた蓮、ホロホロも今ではすっかり仲良しだ。―――昨日の昼食の前、の雷が落ちたのはリゼルグだけじゃなく、蓮、ホロホロにも同様に落とされた。理由はそれだけではなく、みんな同じ目的を持っているというのも大きいのかもしれない。
 ラッキー山脈が近づき、あたりは雪が見られるようになった。ホロホロの表情が明るい。きっと故郷の北海道を思い出しているのだろう。六人はたわいない話をしながら進み続けた。

 その頃、麻倉葉明に呼び出されたアンナは、葉明に連れられ地下へと下りる階段を下っていた。薄暗く、少々肌寒い。身に着けた数珠がざわめいている様でアンナは不快感を表情に出した。

 「―――突然呼び寄せてすまんな、アンナ。」
 「いいえ。―――けれど、こんな場所を隠してたなんて。」
 「此処は麻倉の東北、丑寅の鬼門に当たる。呪的封印を施すにはうってつけの場所なのだ。…お前は麻倉を継ぐ者として知らねばならん。千年に及ぶ麻倉の歴史、麻倉の真の目的を。」
 「お言葉ですが…。それはアタシよりもに、」
 「はすでに此処を知っている。――そして、はもう麻倉の嫁の器ではない。」
 「…仰ってる意味が解りませんが?」

 葉明はアンナを社堂に入るように促し、正面にかかっている鬼を従えた男の掛け軸を見せながら言う。

 「大陰陽師、麻倉葉王…。千年前、麻倉の者たちが総力を持って倒した敵じゃ。」

 アンナは黙って葉明の話しに耳を傾ける。

 「この社道に張り巡らされた五芒星の真の意味をお主も知っておろう。五つの頂は五行を指し、五行には森羅万象を形作る論理が秘められているのだ。つまり、五芒星を極めし者はあらゆる自然の力を司り、鬼さえも従える事が出来る。―――それはまさに神の領域…。麻倉葉王はそんな力を手に入れた類稀なるシャーマンだった。麻倉家が此処まで発展してこれたのは彼の力と言っていい。しかし、彼は突如シャーマンだけの世界を作ると言ったそうだ。」
 「…"言ったそう"というのは?」
 「その言葉を聴いたのがただ一人、ゆえに真実かどうか判らないのだ。」
 「その相手は?」
 「―――麻倉家とライバルにあたる、家。じゃよ。彼女は葉王の最愛の人だったのだ。」

 とアンナは呟くように繰り返した。

 「彼女がいなければ、麻倉の血も絶えていただろう。」
 「…どういう事?」
 「葉王が麻倉によって殺された後、彼女は一人の男児を産んだ。葉王の血を引く唯一の人間じゃ。麻倉家は葉王を倒したが、同時に葉王の能力を惜しんだ。その子が葉王の力を受け継いでいると麻倉家は思いたかったのだろうな。家も麻倉家と並ぶシャーマンの家系で家一のシャーマンと謳われた程だそうじゃ。」

 ふぅん、とアンナは興味なさそうに返事を返したが、はっと、疑問に思ったことを口にした。

 「その話しと、が麻倉の嫁の器ではないってどういう関係が?」
 「―――が千年前のだからじゃ。ハオは再び現世に甦り、自身を滅ぼした麻倉の血を欲しがっておるのと同時に結ばれなかった""を手に入れようとしておる。――と麻倉を一緒にしておくのには奴にとって一度に手に入れる好機なのだ。」

 それに、と葉明は顔を伏せて呟くように話しを続ける。

 「の記憶を有している節がある。倒すべき敵、麻倉葉王の元へ自ら行く可能性も無きにしも非ず…。は死ぬ間際に両家を恨むような言葉を口にして息を引き取ったそうじゃ。」
 「じゃあ""は両家に復讐するためにハオのところへ行くかもしれないって事?…冗談じゃないわ、は行かない。千年前のがどんな人物か知らないけど、アタシは今のを知っている。はそんな弱い子じゃないわ。」
 「…そうじゃな。だが、予測は常に最悪の場合もしておかねばならん。」
 「―――そうじゃ。もしもの場合、を殺すことになっても。」

 二人話しに肯定して、一人の老人が現れる。道孝…現家の当主だ。

 「道孝…。」
 「道孝様、この方が…。」
 「アンナ、辛いと思うが今の話を忘れないでおくれ。」

 道孝は悲しそうに目を伏せた。そして強く睨みつけるように葉王の掛け軸を見る。

 「これは麻倉、両家に課せられた義務じゃ。―――葉、共に生まれた時かからその運命を背負っておるのだ。」
 「そんなっ!それだと葉様、さんが悲し過ぎます!」

 狛犬の背後から現れたたまおとその持霊のポンチ、コンチに葉明、道孝、アンナの三人は視線を向けただけだった。最初から彼女達が後をおってきているのを知っていた。何も言わないのはたまおにも今の現状を知っておいた方がいいと思ったからだろう。アンナは何事もなかったかのように、葉明、道孝を順に見て、最後に葉王の掛け軸を見た。―――コイツがいるから、を殺す日が来るかもしれない。そう思うと酷く憤りを感じる。

 「落ち着けアンナ、たまおも。全ては根源である葉王を倒せばよいのだ。―――ここにある『超・占事略決』は千年前の葉王の術全てを記してある。これを葉に…少なくとも千年前の葉王には追いつける。」
 「す、すごい…!それじゃあこれを早く葉様に届ければ…。」
 「うむ、しかし問題があってな。―――葉王は前鬼・後鬼なる二匹をその本に封印し、そやつらを倒さなければならぬのじゃ。」

 たまおは"超・占事略決"を手に顔を綻ばせて喜んだ。それに対し、葉明、道孝は渋い顔で答える。アンナはヒラリとたまおが持つ超・占事略決から式符を見た。嫌な予感がする。

 『ギャアアアアアァァッ、何やってるんだたまおー!!!』
 『冗談じゃないぜ、此処にいたら喰われるぅううっ!』

 ポンチ、コンチが勢いよく逃げ出し、葉明、道孝、たまおは「あ、」と下に落ちた式符を見た。アンナは頭に手をやり息を零す。たまおの手の中の超・占事略決が煙をあげ震える。

 「よよよよ葉明様、道孝様、封印が解けちゃったみたいです…!」
 「仕方がない!わし等で倒すしか…!」

 現れた二匹の鬼に葉明、道孝はO.S.の子鬼をぶつけた。老人といってもそこそこの力はあるはずだった二人だが、葉王の鬼に簡単に弾かれてしまった。二人は目を見開く―――千年経った現在でも変わらない力。では葉王の力はどれほど強大だというのか…!
 ジャランと数珠の音がして、道孝ははっとした。懐に入れていた包みをアンナに向けて投げた。

 「アンナ、それで―――、」

 道孝が言わんとした事を直ぐに理解し、アンナは超・占事略決片手に鬼に向かって包みから取り出した長い数珠を投げつけた。

 「―――なるほどね、こうやってするのね降魔調伏って。」

 呟いて、一陣の風が吹くと、二匹の鬼は式符に吸い込まれるように消えていった。驚きに葉明とたまおはあいた口がふさがらず、道孝は胸を撫で下ろした。――まさかあの数珠を扱うとは。一か八かの賭けだったがアンナの力もまた本物というわけだ。

 「アタシはイタコのアンナ。シャーマンキングの妻になる女ですもの、これくらい出来て当然だわ。」

 アンナの言葉にふ、と道孝は笑みを浮かべた。彼女なら、を助けてくれるかもしれない。
 本来は葉明が超・占事略決を持って葉の元へ行くはずだったが、それをアンナに任せ、息をついた。先ほど投げつけた数珠をアンナは道孝に返そうとしたが、道孝は首を横に振りアンナが持つように言いつけた。あの数珠はに伝わる特殊な数珠"1080"。初めてで見事に使いこなしたアンナが持つのがふさわしいと道孝は考えた。
 最初はアメリカ行きを拒否したアンナだったが、葉明が頼む!ともう一度言うと二つ返事でさっさと葉王堂を出て行ってしまった。気丈に振舞っていても子供。葉やの事が本当に心配だったのだろう。道孝はふふ、と笑みを深くした。

 

 

*20061007*

 

 

 

 メサ・ヴェルデデへ向かう道中の車の中はそれはそれは賑やかで、はホロホロの隣に座った事を後悔していた。
 デュリンゴへ行く途中、ラッキー山脈の山道を抜けなくてはなり、葉、蓮、ホロホロ、、リゼルグ、竜の六人は自分たちの足で歩いていた。車を使いたくても、行く手を雪に阻まれては仕方がない。は途中で購入したコートの前をしっかりと合わせて歩き辛い雪道を黙々と歩いていたが、どこからともなく歓声が上がってきて視線を移せば元気なホロホロが写る。雪山はホロホロの故郷、北海道を思い出させるらしい。以前コロロと一緒に良く滑った、という話しを聞いていたはいつもに増して元気なホロホロに表情が緩む。
 「少し滑って行きたい。」というホロホロと「早く先に進みたい。」という蓮の意見が対立して、結局後で合流という形を取ったのだが、ホロホロが合流したのは四日目の朝、つまり今朝だ。
 この三日間に何があったのかは知らないが、ホロホロが言うには心の洗濯をしてきたらしい。三日前と比べて少し悟ったホロホロは以前よりも逞しく思えた。だが、そのホロホロを蓮はなぜか気に食わないらしい。車に乗り込む前から続いている一方的な殴り合いは今も続いている。

 「…だから蓮、もうその辺にしとくんよ。」
 「…ん、あぁ、そうだな。…どうもこいつのすかしている顔を見るとつい…。」

 早く止めてあげてよ、とは心で呟きながら車の隅で小さくなるしかなかった。
 メサ・ヴェルデデについた頃にはは少しヘトヘトになっていた。小さい頃から友達は葉しかいなかった。だが今はこんなに多い。団体行動に慣れていないからなのか、それとも男のケンカってやつを傍で見たせいか疲れた。

 「大丈夫、?」
 「うん、大丈夫。ありがとうリゼルグ。」

 リゼルグに笑みを向けて言うと、彼も安心したように微笑んだ。後ろで竜が「メラズキューン!」とか言ってるのは気にしないでおこう。――しかし、こんなに優しいリゼルグがどうしてあんなに豹変してしまうんだろう…。両親を殺したハオは確かに許せない。けど…けど…。の心の中では優しいハオとリゼルグの両親を殺したハオがぐるぐると渦巻いている。

 「それにしても…観光地だな。」
 「おいおいおい、どうなってるんだよ。」
 「ねぇ、みんな!あの"立入禁止"のところ、変な感じがしない?」

 はメインストリートから少し離れたところに表示された"立入禁止"の札を指して言った。

 「言われてみれば…そうだな。」
 「フン、行って見れば解るだろうが。」
 「待たれよ。その先には貴重な遺跡があって、通行書を持つ者しか通れない。だが私達は持っている、どうだい?一緒に行かないか?」

 蓮がロープをくぐって先に行こうとすると後ろから五人の男が現れて真ん中にいるターバンで顔を覆った男がそう言う。葉は喜んでその言葉に賛成したが蓮は鋭い視線を向ける。は飛行機の中で彼等を見ている。だから蓮が言わんとしていることが解った。

 「こいつ等はハオの手下だ!」
 「ハオ…?!」

 リゼルグがペンデュラムを出し、攻撃しようとしたのをはリゼルグの外套を引っ張った。どうやら葉もリゼルグを諌めてくれたらしい。動きの止まったリゼルグの隣に移動して、俯いているリゼルグの手を優しく握った。

 「お前等、オイラ達に何か用なんか?」

 彼等は感嘆を上げ、葉を見据える。同時ににも視線を移した。

 「どうしたんよ?」
 「あぁ、すまない。近くで葉様のお顔を拝見した事がありませんでしたので。…さすがはハオ様の子孫、よく似ていらっしゃる。」

 え、とは葉を見た。リゼルグの手に力が篭ったのを感じては再びリゼルグを見た。視線は真っ直ぐ葉を見据えている。

 「葉君が、ハオの子孫…?」
 「…あぁ、どうりでよく似てると思った!」
 「おい、葉がハオの子孫って…!どういうことか説明しろよ!」
 「おっと、これ以上は勘弁してくれ。我々はハオ様から頼まれた事をしなければならない。」
 「頼まれた事…?」
 「…そう、葉様と様以外の四人を始末しろ…とな!」

 葉がハオの子孫という事を、は麻倉家に行った時に知っていたのでそれほど驚く事もなかったが、声を出す間も無くリゼルグ、の背後に男が現れリゼルグの首元に噛み付いたのには目を見開いた。とっさの事に反応できず、の身体は大きくバランスを崩し地面と仲良くなりそうになったがその男が抱きとめる。リゼルグはその場に倒れこんだ。

 「ちょ、ちょっとリゼルグに何したの?!リゼルグ!」
 「彼はまだ生きてますよ、様。それよりも静かにしていただけますか。ハオ様よりあなたには危害を加えるなと命を受けておりますので。」

 何よそれ!とが声を荒げたのを男は小さく息を吐き、の喉辺りにトンと手を当ててを一人で立たせた。
 リゼルグ、ちゃん!と切り込んできた竜の攻撃をかわし、背後に回りこんだ男は武器で竜のもともと変な形だったリーゼントを切り落とす。は倒れたリゼルグに駆け寄り、傷口をハンカチで押さえて止血する。傷はたいしたものではないが、出血がひどい。だが少し抑えていると直ぐに血は止まり、は胸を撫で下ろした。
 男はボリス・ドラキュラと名乗り、自ら吸血鬼だと称した。吸血鬼と聞いて、は吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になる事を思い出しぞっとした。――リゼルグがそうなったら嫌だ!が自分の考えに頭を振って打ち消している間に、ボリスは仲間の一人を刺し殺し、灰に変えてしまった。葉たちにその男の方がドラキュラらしいと言われたの頭にきたようだ。一連の行為を目撃してしまった観光客達から悲鳴が上がり、リーダーと呼ばれたターバンを巻いた男が呆れたように言った。

 「あれほど事を大きくするなと言われていたのに。」
 「すまないリーダー…あぁ、ハオ様の仲間を殺してしまった…お咎めを受けるだろうか…。」
 「案ずるなボリス。油断していたとはいえお前の攻撃すら避けれない奴などハオ様にも地球にも不要だ。」
 「…それもそうだ。」

 彼等の会話を聞き、ホロホロがなんて奴等だ、と零した。まったくだ。もそう思って声を上げようとしたが、ヒューと息が漏れるだけだ。

 「う…葉君……。」
 「リゼルグ!大丈夫なんか?!」

 リゼルグが意識を取り戻し、は震える身体を支えた。葉もリゼルグの傍にやってきて体の調子を伺う。ごめん、とリゼルグは謝る。は首を横に振ってリゼルグを安心させようとした。声を出さないに葉は眉を寄せた。

 「ご、ごめん葉君。君の言うとおりにもう少し冷静になっておけば…。」
 「あ、ええんよ、それより身体はなんともないんか?」

 は葉にリゼルグの首元をさした。ハンカチで押さえ、止血は終わっている。少し寒気がするだけで、あとは大丈夫と答えたリゼルグに、葉はようやく笑みを見せた。

 「それより、お前声が…、」
 「フフ…。様の声は私が封じさせてもらった。――ハオ様にそのようにしろと承ったのでね。」

 の口がなんで、と動いたのを見て葉は同じ質問をボリスにした。

 「話に聞くと、様には無意識に誰かが乗り移るような節があったそうで。詳しくは存じませんが、ハオ様は様から話される言葉が大変お気に召さないのです。故に、様の声を封じるという断腸の思いでハオ様は私に命を下しました。」

 お許しください、とボリスはに向かって言う。ははっとして口元に手を当てた。――ヨンタフェでリリララに会った時、やはり何かがあったんだ。空白の時間に一体何があったのだろう。問いたくても声が出ないので聞く事も出来ない。が『心配するな。』と擦り寄ってきたのに少し安心した。

 「野郎…!」
 「を元に戻せ!」
 「ならば私を殺すしかない。それ以外はハオ様しか術を解くことが出来ない!」

 ボリスのマントが形を変え、ボリスは空へと飛び上がった。今までさんざん葉達に突っ込まれてきた事が頭に来ているらしい。彼を倒さないとの声は戻らないといわれ、は自分の喉に触れた。ハオの事を考えると心が苦しい。彼には特別な思いも抱いているが、友達の両親を殺した仇でもある。
 ボリスが俄然やる気なのを見て、彼の仲間は冷笑を浮かべて踵を返した。ホロホロがそれを止めると彼等は「あぁなったボリスは止められない。」と言って立入禁止のロープを跨いだ。

 「この先にパッチ村がある。―――遺跡に迷わず来れたら、の話しだがな。」

 薄暗い遺跡に解けるようにして彼等は姿を消した。残ったのはボリスと葉、蓮、ホロホロ、、リゼルグ、竜だ。
 竜は蜥蜴郎をO.S.し、ボリスを見据える。リゼルグが攻撃され、さらにまで手を出されていたと解って随分頭に来ている様だ。ボリスも応戦の態度を取り、戦いが始まる。
 死ね、とボリスが攻撃してきたのを竜は自身のO.S.を使って上手に食い止めた。しかし、食い止めたはずの攻撃から新たに攻撃される。ボリスの武器は姿を変えて竜に襲い掛かった。ドラキュラという名にふさわしいように、吸血こうもりが竜の身体にまとわりつく。吸い続けられると失血死してしまうが恐れがあり、葉がそれを食い止めようと竜に向かって走りだした途端、リゼルグが動いた。はとっさの事で目を見開く。――リゼルグは葉を馬乗りにして地面に押さえつけた。

 「な、何をするんよ、リゼルグ!竜が危ないんよ!?」

 がリゼルグを退かせようと腕を掴んでも振り払われる。葉が叫んだ。

 「目が充血してる!」
 「フフ。ドラキュラに噛まれた者はまた、ドラキュラになる…。葉様危険ですのでそのまま仲間が殺されるのを見届けてください。」

 そんな、とは口にしたが音にはならない。その間にもボリスの攻撃は竜を襲い、やがてO.S.が解けた。蜥蜴郎は逃げ出しボリスは声高に笑う。だが、これも作戦のうちの一つで、油断をしていたボリスの背後に回りこんだ蜥蜴郎が媒介を明かす。血を媒介にするボリスは多くの血を得る事で強くなる、と叫び、野次馬をしていた観光客数人を先ほど竜にしようとした攻撃で刺し殺した。彼等は血を吸われ、先ほどボリスが殺した仲間の一人のように灰になる。は目を背けた。次の瞬間、はぐいと引き寄せられた。リゼルグの左手には、葉の媒介・春雨が握られている。リゼルグに馬乗りにされ、さらにも上にいる事で葉はますます身動きが取れなくなった。目の前では蓮、ホロホロ、竜がボリスによって作り上げられた刃に囲まれている。

 「はっはっは、いい様だな。お前達が動けばアイツを殺す。」
 「動かなければ俺達が殺られる…!ここでおとなしくやられてたまるかっ!」

 ぐっ、とリゼリグの腕に力が入り、は苦しそうにうめいた。葉が、と声をかけるが彼も身動きが取れない。

 「ブラムロ!間違っても様を絞め殺すな。」
 「ど、いうことだ…?」
 「…そうか、血を媒介にしているのならリゼルグの血にO.S.させて操っているのだな…。フン、つまらん。」
 「それもだがよ、どうしてハオはちゃんを気にするんだ?」
 「愚か者達よ…。今から死に行く者に話す事でもないわーっ!」

 死ねっ!とボリスは自ら串刺しと称した攻撃を三人に加える。は見ていられずに両手で視界を遮った。しかし、聞こえてきたのはボリスの悔しそうな声。おそるおそる見てみると、竜が止め、ホロホロが氷付けに、蓮が粉々に砕いていた。

 「くそっ、ブラムロ!そいつを殺れっ!」

 リゼルグの方へ向かって怒鳴るようにいい放つが、リゼルグはピクリとも動かない。背後から阿弥陀丸がゆっくりと現れた。

 『彼なら拙者が説得したでござるよ。拙者の言葉で彼は人の心を取り戻したでござる。』
 「な、何故…何故だ…。」
 「"友達"だからだ。」
 「俺も以前は霊は操るものだと思っていた。だが、葉に会って霊にも心があるのだと知った。」
 「だが、もし説得など出来なければそいつは死んでいたんだぞ!」

 リゼルグの腕がゆるみ、は解放された。崩れ落ちるリゼルグを慌てて支える。葉も、這い出るようにして身体を起こし、服についた土を落とした。

 「けど、何もやらなくても全員死んでた。なら試してみる価値はあるんじゃないか?それでも駄目なら別の方法を考えるさ。リゼルグはオイラ達の仲間だし、の友達だからな。」

 葉はうっへっへと笑った。ボリスは言葉を失い、葉を見据えるしか出来ない。その隙に竜は蓮のO.S.でボリスと同じ高さに並んだ。そして、竜は本気でボリスに一撃を加える。何度も再生したはずのボリスのマントは再生する事無く、背後の岩山に叩きつけられた。竜の体がぐらりと揺れがあっ、と口を開いた時、リゼルグが右手を大きくかざしワイヤーの網を張った。

 「リゼルグ!目が覚めたのか?!」
 「いや、取り付かれている間ずっと意識はあったんだけど…。ひどい戦いだった。関係の無い人たちが多く巻き込まれてしまった。」

 リゼルグは肩を落とし地面を見つめる。がリゼルグの手を握った。それに気づき、リゼルグはに対しごめんね、ともう一度謝った。

 「ブラムロは?」
 「この世に未練など無かったのだろう。さっさと成仏した。」
 「…目的の為なら無関係の人間をも傷つける…これがハオのやり方なんだね…。」

 はリゼルグの言葉を聴いて顔を伏せた。

 「ちょっと、ボリスのところに行って来る!ハオの事も聞きたいし、あいつのことも気になるからな。」
 「あぁ?!何言ってるんだ葉!危険だ!」

 ホロホロを筆頭に制止する声を振り切って、葉はボリスの元へ急ぐ。もその後を追った。

 「え、?!君まで何を考えているんだ?!」
 「、行くなッ!」

 二人がボリスに近づくと、虚ろな目でボリスは葉とを交互に見た。

 「ちゃんと聞いてやらないと、竜のふんばりが無駄になるだろう。」

 葉がそういうと、蓮、ホロホロ、リゼルグは黙った。竜は巫力を限界にまで使い切ったせいで意識を失っている。は声が出ないながらも大きく頷く事で葉に同意した。

 「葉様……様…。」
 「…まず、の声を元に戻せるか?」
 「それは…無理です。私が死ぬか、ハオ様に解いていただくか…。」

 そっか、と葉は明るく言う。は葉を見て、ハオに解いてもらおう、と口を動かした。それに対し、葉もそうだな、と同意した。

 「…とハオの関係ってなんなんだ?」
 「詳しくは存じません。ですが、様はハオ様の大切な方だという事。故にハオ様はいずれ様を貰い受けると…。」

 葉は眉間にしわを寄せた。それに対してもそっか、と返事をしてボリスを岩山から救い出そうと動いた時、ボリスは血を吐いた。深々と心臓に突き刺さる剣に、葉、、蓮、ホロホロ、リゼルグは目を見開く。

 「な、何なんだこれは!」
 「―――彼の名前は大天使・ミカエル。私の持霊であり、その剣は一切の罪を罰する。」

 背後から現れた白い装束を身に纏った男は顔色一つ変えずにボリスを亡き者にした。阿弥陀丸は葉を、を庇うように現れ、その光景を見ないように視界を遮った。

 「全ての悪は聖なる光によって消失した。君は運がいい。我等X-LAWSの聖なる剣を間近で見る事が出来たのだからね。」

 白装束を身に纏った男の背後に同じ衣装を身に着けた数人が現れた。

 

*20061014*

 

 

 葉、蓮、ホロホロ、、リゼルグ、竜の六人は先ほど突然現れた白装束の男達と一緒に遺跡の中を歩んでいた。気を失っていてボリスを倒した後から今までの記憶がない竜が首を捻りながら葉の後ろについていく。蓮が「めんどうだ、ホロホロ教えてやれ。」と言ったがホロホロもえぇ、と渋ったので変わりにが事のいきさつを竜に教えた。
 竜に倒された後、彼等がボリスに止めを刺したことにより、の声は元に戻った。なのでがボリスの事を言いにくそうにしたのを竜は頷いて先を促した。
 簡単にいきさつを話すと竜はなんとも言えない表情をしたが何も言わずにありがとな、との頭を撫でた。パパみたいと思ったのは竜には秘密だ。

 「我々はみな、何かしらハオの攻撃をくらい、ハオを倒すために集まり作り上げられた組織なのだ。ハオは法の秩序を乱し、悪の世を作ろうとしている。それを阻止する事が我々がS.F.に参加した理由なのだ。」

 X-LAWSの隊長だと自ら名乗ったマルコがずれた眼鏡を押し上げながら言う。そしてご丁寧に隊員の紹介をした。葉、蓮、ホロホロは聞き流しているようなそぶりだったが、リゼルグ、、竜はどうも、と一人ずつ会釈した応えた。
 先ほどから葉は黙々と歩いている。

 「おい、葉本当にこいつ等と一緒に行くのか?」
 「…しらん、進む方向が一緒だからオイラも一緒に進んでるだけなんよ。」
 「葉…。」

 何怒ってるんだよ、とホロホロは苦笑しながら聞いたが、葉は応えない。は葉が今考えている事がわかった。―――悪だから、そう決め付けて殺す。彼等の信念でもある悪の排除は、人を殺さないと行えないものなのだろうか?人を殺すという行為ほど悪ではないのだろうか。は口には出さなかったが心の中ではX-LAWSを良くは思っていなかった。ちらりとリゼルグを見ると、彼は何か期待の眼差しでX-LAWSを見つめている。

 「…別に何も怒っとらんよ。」
 「ボリスが殺されたから、でしょ?仕方がないじゃないか。彼は僕の両親を殺したハオの仲間で彼等はその悪を倒したに過ぎない。悪い事をしたんだ、その裁きがあるのは当然だ。」
 「リゼルグ…あなた、」
 「それよりも、君だよ。何故ハオは君に気をかける?そして何故君はハオに関すると黙り込んでしまうんだ?」
 「そ、それは…、」
 「―――それは彼女がハオに想いを寄せているからでは無いのかな?」

 は言葉につまり、マルコを見据えた。リゼルグは驚愕の表情でを見つめ、また葉、蓮、ホロホロ、竜も驚いてとマルコの二人を交互にみた。X-LAWSの視線が突き刺さるようにに向けられ、は自然と一歩下がった。

 「ち、ちが、」
 「違うと言い切れるのか?本当に?―――開会式の日、途中で抜け出し外でハオとあっていた。抱きしめられて涙を流していたのは君ではなかったのか?」
 「そ、それは…その、」
 「君は本当は―――ハオの仲間ではないのか?」
 「―――様は仲間などではない。」

 の真後ろの遺跡の上から声が振ってきて、マルコの視線はから遺跡の上へと移った。そこには先ほどのターバンを巻いた男と、サングラスを掛けた体格のいい男の二人がいる。

 「フン、わからんぞ。ハオが貴様等に知らせていないだけかもしれん。」
 「憶測で物を言わない方がいいぞX-LAWS。ハオ様はそんな事をなさらん。現世で様に会ったのは二度だと話しておられた。」
 「げ、んせ…だと?」
 「おい、何の話だ!」
 「どう言う事なんよ、?」

 は地面を見つめたままぎゅっと手を握り締めて黙っていた。怖い、葉達の顔を見るのが怖い。

 「ともかく、様は仲間ではない。―――いずれ、仲間になるであろう、だがな。」

 ターバンを巻いた男がの立場をさらに悪くしたところで、X-LAWSの背後から二十二人もの男が現れた。尤も、生身の人間は一人だけであとはO.S.であったが。マルコはフンと鼻を鳴らしながら眼鏡を上げ、銃を襲い掛かってくる男に向けた。同様に他六人の彼の仲間も銃を向けて、マルコの合図で一斉射撃した。
 一斉に出てきた彼等の持霊は全て天使だった。その純白さ、神々しさに思わず口をぽかんと開けて見入ってしまう。七体の天使の攻撃をうけ、奇襲を掛けた男は重傷を負い地面に倒れた。上方ではターバンを巻いた男の焦った声が聞こえる。マルコは地面に倒れた男に止めを誘うと銃口を向けた。をO.S.で具現化させ、男の下へと走らせる。同時に葉が男の前に立った。

 「何の真似だ、麻倉葉…。」
 「殺すな。お前達が言う言葉は正しい。けど気に食わん。」
 「…フン、。君はやはり、といったところか?」
 「わ、私はハオの仲間じゃない!仲間じゃないけど、戦えない相手をさらに痛めつけるような行動が許せないだけ!」

 マルコはやれやれといった感じで肩をすくめた。

 「ボリスの事はもうすんじまった事だ、だから今更どうこう言っても仕方が無い。けどな、これから起こる事は別だ。もし殺すって言うんならオイラが力ずくでも止めてやる!」

 葉は阿弥陀丸をO.S.させた春雨を突き出した。X-LAWSの紅一点である女性――先ほどの紹介でミイネと言われていた――が、隊長と声を掛ける。の上方にいる二人がX-LAWSの事をハオに伝えなければと言っていた事を指して、マルコは冷たく言い放った。

 「殺せ。我々にはその権利がある。」
 「殺すなって言ってんだろ!罪を犯すから殺す、悪だから殺す。そんな事やってたらハオと一緒じゃねぇかっ!」
 「―――っ!貴様ぁーっ!!我等を侮辱する気か!!」

 マルコはすごい形相で持霊・ミカエルを葉に向けて放った。葉はそれを真っ向から受け止め、閃光に包まれる。は目を開けていられなくなり腕を上げて顔を庇うようにする。その光に混じって先ほど上にいたはずの二人がの傍に降りてきて耳元で囁き、の目が見開かれる。彼等はその場から逃げるように消え去った時、光も収まった。

 「…力及ばずとも我等に立ち向かった勇気をたたえ、これ以上の事はしないでおこう。――パッチ村は近い。引き返すなら早い方がいい。」

 マルコは深く息を吸い込み、呼吸を整えると隊員たちにい行くぞ、と促し先に進み始めた。葉の数歩先には折れた春雨がある。蓮、ホロホロ、リゼルグ、竜はX-LAWSの後姿を見送り葉の元へと駆け寄ったが、はその場から動けずにいた。X-LAWSが去った事で、倒れた男を庇う必要が無くなったの傍に寄ってきて鼻を摺り寄せる。そんなを抱きしめては白いふさふさした毛に顔を埋めた。――私は、どうしたらいいのだろう。葉達と一緒に居たい。けど、一緒に居てもいいのだろうか?ぎゅ、とを抱きしめる手に力がこもり、は少々苦しそうに呻いたがの様子を見て耳を垂らした。

 その頃、メサ・ヴェルデデの遺跡前ではアンナ、たまお、まん太、彼の父の秘書である田村崎がアメリカの土を踏んだ。壮大な風景にわぁ、と感嘆を抑えずにはいられない。アンナは遺跡を前に手の中の水晶の首飾りを見つめた。
 麻倉家の地下、葉王堂を出て行く時に道孝からに渡すように頼まれた水晶の首飾り。どうやら彼はずっとこの首飾りを探していたらしいが家の倉庫にはなく、今回麻倉家のあの社道に赴き発見したのだという。全てを見透かすような透明さ以外はそのあたりに転がっている石となんら変わりないただの石だと言うのに、特別な想いが籠められているようなそんな感じをアンナは覚えた。

 「この先に葉君達がいるんだね!」
 「そうですね、早く葉様達に"超・占事略決"届けましょう。…けど…どう行けばいいんでしょうね?」
 「なんなら、僕が連れて行ってあげようか?この辺りには詳しいんだ。」

 アンナは水晶から視線を声がかかってきた方に移す。そこにはマントと、黒い長髪を風になびかせ笑みを浮かべている少年がいる。キッとにらみつけた。少年は後ろにいたまん太を見てちっちぇえなと呟くと、盛大なツッコミが入る。同時に少年と一緒にいた小さな男の子が涙を浮かべて少年を見上げるので少年は苦笑しながら男の子に「オパチョの方がちっちぇえよ。」よいって慰めた。

 「どうやら、これを葉に渡して欲しくないようね―――麻倉葉王。」
 「あぁ、じゃあ君がアンナか。会いたかったよアンナ、僕の式神を破った麻倉の嫁よ。」
 「あら、光栄ね。何?報復でもするつもり?」
 「はは、僕がそんなことするようなちっちぇえ奴に見えるかい?むしろ逆さ。"超・占事略決"…それを早く葉に届けてくれ。今の彼は話しにならないほど弱い。早く強くなって欲しいんだ。」
 「どういうこと?」
 「早く有能な仲間が欲しくてね。葉には僕の手伝いをしてもらうつもりさ。」

 何言ってるのよアンタ、とアンナはいつもどおりの強気に返した。ハオは笑みを浮かべたままうん、と何かを頷いて、座っていた岩の上からおり、アンナの前に立つ。右手で道を指差し葉達はこの先にいると教えた。

 「…行くわよ、たまお、まん太!」
 「あぁ、ちょっと待てよアンナ。右手に持ってるものは何だい?」

 別に、とアンナはハオを無視して先を行こうとしたが、ハオはアンナの右手を掴み自分の方へ引き寄せた。力強く握られたせいか痛いみにアンナの顔が歪む。ハオはゆっくりとアンナの手を解き、その中身を見て軽く目を見開き、にやりと笑みを浮かべる。

 「これをどこで?」
 「…っ、なんでアンタに教えなきゃいけないのよ。」
 「僕には聞く権利がある。何しろ、これは僕が千年前、に贈った物だ。」

 え、とアンナは呟く。ハオは素早手から首飾りを取り、アンナを開放した。

 「その様子じゃ、僕との関係を聞いたけどいきさつまでは知らないようだね。――ま、当然か。…早く行きなよアンナ。これは僕が直接に渡しておいて上げるから。」

 ハオはにこりと笑みを浮かべたまま道を指差す。アンナは何か文句を言ってやろうと口を開きかけたが、結局何も言わずにスタスタと歩き出した。慌ててそれをたまお、まん太、田村崎が追う。四人の姿を見送って、ハオは手の中の水晶を見つめた。

 「ハオ様、それ綺麗!」
 「そうだろう?が身に着けるとよりいっそう輝きを増すよ。」
 「早く様、仲間にする!」

 そうだね、とハオは笑みを零してオパチョと共に姿を消した。

*

 折れた春雨はどうすることも出来ないので、葉はすまんすまんと阿弥陀丸に謝るが、どうも心の底から謝っているような態度では無かった。阿弥陀丸はすっかり肩を落とし、どんよりとした雰囲気を背負った。ホロホロが呆れたようにこれからどうするんだ、と葉に問うと、葉はそれをそっくり蓮へと向ける。

 「…バカだよ葉君。ハオの手下なんか守って、媒介である刀を折られるなんて。パッチ村は直ぐそこなのに…。」

 リゼルグは少し目を伏せて言った。そして少し離れたところでにうずくまるを見る。それに気づいた葉、蓮、竜も同じようにを見た。

 「…どうだ、ホロホロ。そいつの様子は。」
 「酷い火傷だ。コロロの冷気じゃ応急処置にもならねぇ。早く医者に見せないと…。」

 そうか、と葉は呟いておぶってパッチ村に行こうか、と提案した。それに対しリゼルグが反対の声を上げたが、葉はカラカラと笑って拗ねている阿弥陀丸に声をかける。パッチ村に着いたら春雨を直してもらおうと葉が言うと、阿弥陀丸もようやく顔を挙げ、そうでござるな…と呟いた。その瞬間、今までの重苦しい雰囲気はどこかにいって明るさが戻ってきたが、蓮が葉に向かっていった。

 「…の事はどうするつもりだ?」
 「そうだなぁ、が自分から言い出すまで待つしかない。オイラはを信じてる。ハオとは確かに何かあったのかもしれない、けどだ。――それでいいんじゃねぇか?」
 「でも、葉君…。」
 「リゼルグはが信用できないんか?…オイラはなんでがイギリスに行ったか知ってる。そしてイギリスから帰ってきたが変わった事を知ってる。イギリスで何があったのかオイラは知らねぇけど、きっと楽しく過ごせたから今のの笑顔があるんだ。リゼルグ、お前はとその時の友達なんだよな…?」

 リゼルグははっとして、小さく頷いた。そうだ、との出会いはあの時…。を助け、またに助けられ…そうして友人関係を築いてきた。そして、に対して友人以上の好意も抱いている。葉はにっこりと笑ってならそれでいいじゃんか、と言うと先に進もうと促した。それに同意し、蓮、ホロホロが先に歩き始める。リゼルグが後ろを振り返った。はまだあの場所にいる。なんとも言えない感情がリゼルグの心をぐるぐると回る。――は父さんの親友の娘で大切な人で、でも両親を殺したハオに好意を抱いている。頭でわかっていても気持ちはまだ…。苦しそうに眉を寄せてを見た後、リゼルグは先に進む二人に続いく。竜は男を担ぎ、また三人に続いた。

 『葉殿。』
 「あぁ、解ってる。――!何してるんよ、置いてくぞー!」

 はゆっくりと顔を上げた。その表情は今にも泣きそうな顔をしている。葉は昔もこんな事があったな、と思いながらに笑顔を向けた。

 「わ、たし…。」
 「一緒に行けない、なんていうんじゃねーぞ!オイラはお前の事、信じてる。誰もがお前の事疑ったって、オイラだけは最後までを信じてるからな。」

 は葉を見た。先に進み始めてる蓮、ホロホロ、リゼルグ、竜もをみて笑みを浮かべている。

 「何をしている、早く来ないか。」
 「俺だってのこと信じてるぞ。」
 「…。」
 「ほら、ちゃん!メラキュートな笑顔を俺に…!」

 竜の最後の言葉は蓮とホロホロによってかき消される。

 「ほら、。みんな待ってるぞ、早く!」

 うん、と頷いては立ち上がり駆け出した。

 

*20061016*

 

 

 『誰かに呼ばれている気がする。』

 にそう呟いた。言われても不思議な感覚を覚えた。迷路のようなこの遺跡の中を何も目印が無いというのに、どうしてこうも真っ直ぐ進んでいく事が出来るのだろう。
 誰かに呼ばれている感覚はだけではなく、他の霊達も同じなようで、不思議な感覚にみんな戸惑い顔だ。しかし、は何故か安心できた。まるで母の腕の中で眠る子供のような感覚。誰かに後ろから優しく抱かれているようなそんな安心できる場所のように感じた。

 「お前達は導かれているんだ。」
 「ビッグガイビル!お前気がついたのか?」
 「…下ろして下さって結構です。世話になりました、様。」

 をゆっくりしゃがませ、ビッグガイビルを遺跡に靠れ掛けれるように支えた。だけでは体格のいいビルを動かすことが出来ないので、竜が手伝ってくれた。
 X-LAWSから助けてもらい、此処まで連れてきてくれた礼だと言って彼は時々言葉を切りながらパッチ村への真相を教える。

 「パッチはあの場所を守る為にこの遺跡の奥、優れたシャーマンしか立ち入る事が許されないようなところに村を構えているのさ。」
 「それは…?」
 「―――『星の聖地』。」

 は自分の口から出た言葉にびっくりして思わずぱちんと手をあて口に封をした。それをみてビルはにやりと笑い、そうだ、と肯定する。葉は気にしなかったように再びビルに視線を戻したが、蓮は鋭い視線でを見据え、ホロホロ、リゼルグ、竜は困惑顔でを見た後ビルに視線を移した。に寄り添って、安心させるように自身のふさふさの毛を触らせた。

 「星の聖地とはなんなのだ?!」
 「二度は言わん。お前等が選ばれたシャーマンであるのならば、必然とそこにたどり着く。…行け。これ以上一緒に居るならば、俺はハオ様の任務を遂行せねばならん。」
 「なんだよ、お前、その身体でパッチ村に行くって言う気か?!」
 「…俺はハオ様の仲間の中で一番のタフ、ビッグガイビルはこんなところで死なん…。」

 ビルがそういい終わると、しん、と耳が痛いような静寂になった。上下に胸が動いているので死んだのではなく、再び意識を失ったのだろう。竜が男の中の男だ!とには理解しがたい言葉を呟きながら、葉は先に行こうと促した。
 蓮、ホロホロ、リゼルグ、竜は歩き出したが、相変わらずの足は重い。葉はそんなを見かねて、にこりと笑みを浮かべた。その笑顔がまたハオに被って見えては胸が苦しくなる。

 「、行こうか。」

 頷いて、は葉の隣に肩を並べた。
 聞きたい事はいっぱいあるだろうに、何も聞かずにいてくれる葉に感謝して、小さく呟く。

 「ありがとう。」
 「うぇっへっへ。」

 葉の独特な笑い声はをとても安心させた。

 

 目の前に強大な光の柱が出現してから、体が宙に浮くようなふわふわとした不思議な感覚を覚えた。同時に誰かが入ってくるような…。葉は昔の戦闘スタイルを自分の身体に憑依させて戦う憑依合体を行っていたが、は常にO.S.させて戦っていた。なので憑依合体というものを始めて知った。他人が自分の身体を使って動くのはこんな不思議な感じがするんだ、とはぼんやり考えながら、意識をもう一つの魂に委ね様としたが、誰かが五月蝿く駄目だという。ゆっくりさせてよ、とは気だるげに心の中で答えた。

 「『フン、なかなか強情な娘のようだ。私の器としては相応しいが、よもやハオと関わりのある身とは…運命とは残酷なもの。』」

 ""は自分を敵意のある視線で見つめてくるの持霊・に対し、不敵に笑みを浮かべた。

 「『そう、牙を向けるな。私はに危害を与えるつもりはない。』」
 『信じられるか…!』

 それもそうだな、と""は頷いた。だが、いくら信じろといってもそう簡単に信じられるわけがない。仕方なく息を吐いて、の身体を開放した。突然崩れ落ちたの身体をは慌てて受け止める。

 「『、忘れるな。私はと共にある。そして私の狙いはハオ、ただ一人。目的を達する為にの身体を借りるに過ぎん。』」

 直接頭に響くような声で""はそういうと気配はどこかに消えてしまった。探し出して詳しく問い詰めてやろうかと思っていたが、此処では自慢の鼻も役に立たない。魂の数が多すぎて特定できないのだ。

 「あ、…?」
 『、大丈夫か?』

 うん、とは気だるげに答えて、眠たそうに目を擦りながら立ち上がった。辺りを見ると、葉、ホロホロ、竜、リゼルグも同じように倒れている。慌てて駆け寄ったが全員意識を失っているだけだった。ほっと胸を撫で下ろすと、シルバ、カリムがどこからか現れた。が意識を保っていられる事にびっくりしたのか軽く目を見開いていたが直ぐに笑みを携え、簡易休憩場に案内しよう、と言って葉、竜を担ぎ上げた。

 「ま、待って、蓮が、」
 「彼ならあそこだ。」

 シルバはある方向を指差すと、そこには蓮が巨大な光の柱を馬孫と一緒に眺めている。

 「まったく、彼はたいしたものだ。グレートスピリッツを直視して意識を失わないなんて。もちろん、君もな。」

 は曖昧に笑って行きましょう、とシルバ、カリムを促した。
 休憩場について、シルバは葉、竜を横たわらせ、カリムはホロホロを竜の隣に横たわらせた後、リゼルグを別室に連れて行った。一部屋は三人までしか使えないようだ。

 「私、リゼルグの方見に行ってくるから、は此処で三人を見ておいてあげてね。」
 『解った。』

 はカリムの後へついって行った。の姿が見えなくなるとほぅっと大きく息を吐いた。動物がため息をつくのが珍しいのか、シルバは思わずじぃっとを眺める。

 『…なんだ?』
 「いや、と君とは面白い関係だなと思ってな。」

 シルバは苦笑しながらそういうと、は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 しばらく、静かな時間が流れた。は黙って三人を見続けるし、シルバはグレートスピリッツを静かに眺めていた。やがて、竜が目覚め、続いてホロホロが目覚めるとシルバは二人に"魚とバナナのスープ"を勧めた。凄い匂いには思わず顔をしかめ、二人も一口飲んで机の上に置いた。

 「あれ?蓮ととリゼルグは?」
 「蓮君なら、パッチ村を散策しているだろう。ちゃんとリゼルグ君なら別室だよ。」

 シルバが言うと、竜はベストプレイスーッ!と叫んで部屋を飛び出て行き、ホロホロはそんな竜に息を零しながら散策してくると言って出て行った。葉はまだ目覚めない。はどうしようかと思ったが葉を一度見てから、シルバを見て唐突に口を開いた。

 『パッチ十祭司なら知ってはおらんのか?五百年前の悪魔のパッチの伝承を。』
 「…もちろん知っているさ。五百年前パッチ十祭司にもかかわらず自らシャーマンキングになろうとした愚かな男だ。だが、そいつは一人のシャーマンとの戦いに敗れ、自分の妻に殺された。」
 『妻に、か?』
 「――あぁ。」

 シルバは苦虫を潰したような表情をして、グレートスピリッツを見上げた。も一緒にグレートスピリッツを見上げる。此処は遺跡の奥深く、地底にある村だというのにまるで太陽に当てられているような暖かい光が差し込んでいる。

 『…その妻というのは名を""というのではないのか?』
 「!」

 シルバはピクリと肩を震わせ、低い声音で何故その名を知っている?と尋ねた。

 『ヨンタフェでに突然""が乗り移った。リリララは""の事を"様"と呼んでいた。そして、先ほどお前達が来る前にも私の前に""が現れた。彼女はハオが狙いだと言っていた。彼女は一体何者なのだ?』
 「…そ、うか…彼女はちゃんに転生して…。」
 「その話し、オイラも知りたいんよ。」
 「葉君…!」
 「オイラはリリララのビジョンで五百年前の悪魔のパッチの話を聞いて、ビジョンも見せてもらった。その時、の姿もあったんよ。今とは雰囲気が違うけど、あれはだ。」

 葉は一度大きく伸びをしてシルバに向き直る。S.F.参加資格をかけた時のあの目にシルバは小さく息をつき、葉に例のスープを手渡し、自分にも注いでからポツリと呟くように話し始めた。

 「五百二十年ほど前、パッチ村のある夫婦の間に一人の女児が誕生した。彼女はと名づけられ、すくすくと育っていったが、彼女は他のパッチとは違う能力を持っていた。――グレートスピリッツの意思を言語化できるという能力だ。族長は彼女をあがめ、巫女と称したことから、人は彼女をシャーマンの巫女と呼ぶようになった。
 彼女が十九になった時、S.F.の始まりを告げる星、羅喉が訪れた。世界中のシャーマンたちがシャーマンキングを目指してアメリカの地を踏んだ。当時の十祭司達も今の我々のように世界中のシャーマン達を管理している中で、一人の十祭司が行動を起こした。それが、ハオだ。
 当時のパッチ族はそれは仰天さ。運営する側がシャーマンキングを目指すなど前代未聞だったからね。特にはショックを受けていたようだ。彼とは周りも公認の恋人だったそうだ。だが、彼女はいずれこうなる事がわかっていたらしい。何しろグレートスピリッツの意思をまず受け取るのは彼女なのだから。セミノア族の事件を受け、彼女はますます人前に出なくなった。その時、すでにお腹に子供がいたそうだ。
 族長達は彼女を守りつつ、ハオ討伐に力を注いだが、力及ばず五大精霊のスピリットオブファイアを奪われた。そして一人のシャーマンとの戦いに敗れ、命辛々逃げ延びたところをによって絶たれた、という話しだ。
 その後、は男児を出産。男児はと似たような能力を持っていたことから殺されはせず監視の下で血を残してき、今に至るというわけだ。」

 シルバは一息つき、スープを啜った。葉とは黙ってシルバを見据える。手に持ったカップの中のスープがほかほかと湯気を立てている以外、他の動作は無かった。しばらくしてがなるほど、と呟いた。

 『これで合点がつく。ハオがに執着する理由が解った。』
 「んん?ずりーぞ。オイラにはさっぱりだ。」
 『いずれが自ら話すだろう。しかし、五百年前のシャーマンの巫女の霊がに転生とは…また奇妙な話しだな。本来一つの肉体には一つの魂しか宿らない。』

 が一人でぶつぶつ言い出したら納得がいくかが止めるまで続けるので葉ははぁ、と息を吐いた。シルバはそんなが珍しいのか見つめている。

 「なぁシルバ。そのの血を引くパッチってまだいるんだろう?」
 「…あぁ。」
 「それってさ、お前じゃないのか?」

 シルバは目を見開いて葉を見た。葉は笑ってやっぱり、と呟く。

 「ビジョンで見た五百年前のハオがさ、お前に似てるからさ。」
 「…そうか。あいにく、私にはのようなグレートスピリッツの意思を言語化する能力は無いが先祖達の必死の名誉挽回でこうして十祭司をさせてもらっているんだ。」

 そっか、と葉はにこりと笑った。シルバもようやく笑みを見せて、パッチ村を案内しよう、と葉を促して部屋を出た。葉はに声をかけたがのところに戻ると聞いて部屋を出て行った。

 一方、はリゼルグが目覚めるまでずっとグレートスピリッツを眺めていた。それをみて倒れるシャーマンを見て、はあぁ、と頷く。
 しばらくするとリゼルグが身じろぎ、目を覚ました。はほっとして大丈夫?と声をかけると様子を見に来たリゼルグを担当した十祭司が現れて、ぼんやりして曖昧な返事を返したリゼルグにあのスープを差し出した。中身をみたリゼルグが顔をしかめたのを見てはくすりと笑みを零す。
 十祭司は何故パッチ村まで来る期限を三ヶ月としたのかなどの説明をして最後に、おめでとうと言って部屋を出て行った。部屋には、リゼルグ、リゼルグの持霊モルフィンしかいない。

 「気分は大丈夫?」
 「ん、大丈夫。葉君達は?」
 「別室で眠ってる。」

 それきり、二人の会話はなくなってしまいしん、とした重い雰囲気になってしまった。はその雰囲気に堪らず腕や脚をもじもじさせていたがリゼルグは何かを考え込んでるように顔を伏せていた。

 「…じゃ、じゃあ私葉達の所に戻るね?」
 「あっ、待って!」
 「ん?何?」

 リゼルグは呼び止めたはいいけどどうしようといった風に視線を泳がせ、最後に言いにくそうに切り出した。

 「…は本当にハオが好きなの?」
 「えっ?…その…よく解らないの。彼はリゼルグのパパとママを殺した人で、私も凄い憎い。けどそう思っていない私もいて…。…ごめんね。」

 はもう一度ごめん、と呟いて部屋を出て行った。残されたリゼルグは顔を伏せてぎゅっと拳を握る。モルフィンが心配そうに寄り添った。掛けてあった外套を羽織り、リゼルグは意を決したかのように部屋を飛び出していった。

 

*20061022*

 

 

 

 が葉達が運ばれた部屋に戻るとが一匹、難しい顔をして唸っているだけだった。葉がどこへ行ったのかを尋ねるとは『うーん…、十祭司につれられて村を探索に…。うーん…。』―――は小さく息を吐いて行こう、とを促した。
 村というよりは街、と言ってもいい。メインストリートは広く、両側は世界各国向けのパッチ伝統工芸のお土産が並んでいる。銀色の髑髏のキーホルダーを眺めていると、ふとアンナを思い出した。そういえばアンナはお土産屋を覗くと決まって三百八十円のキーホルダーを見ては購入していたな。はふふ、と笑みを零した。

 「ねぇ、アンタ。」
 「?」

 背後から声をかけられて、は後ろを振り返った。そこには四人の女性と一人の女の子が立っている。店に入りたかったのかと思って道を開けると、金髪オールバックの女性がちっがーう!と怒った。

 「あ、あの…?」
 「アンタ、一人でしょ?…どう?アタシ達の仲間にならない?」
 「え?」

 が首を傾げると女の子がこの子、知らないんじゃないの?と零した。

 「何のことですか?」
 「…本当に知らないようね。いいわ、教えてあげる。リリー。」
 「やっぱり私が説明するんだ…ま、いいけど。あのね、S.F.は東京へ戻ってトーナメントを行うそうなの。トーナメントは三対三のチーム戦。…見ての通り、私達は五人でもう一人を探してるわけ。」

 眼鏡を掛けた少女の説明をは頷いて聞く。三人…竜さんは葉とリゼルグと一緒になりたがるだろうし、私は蓮とホロホロとかな、とは思い描く。

 「あの、ごめんなさい。私、他に友達がいるの。」

 がそういうと五人はえーっ、と声を上げた。はびっくりしてぱちぱちと目を瞬く。小さな女の子がのワンピースの裾を握りながらお願い〜!と泣きついてきてはほとほと困った。ミリー、と赤い髪留めでくくった少女が諌めると、ミリーは渋々手を放した。
 その時、グレートスピリッツを見渡せる広場の方からどよめきが起こった。達は思わずその方向に視線を移す。――メサ・ヴェルデデの遺跡前で見た男達、ほんの数時間前パッチ村の付近まで一緒だったビッグガイビル、僧侶の格好を斬新的に着崩した二人組み、三人の少女、フードを被った背の小さい人、アフロヘアの男の子、黒い服を纏った男、ギターを持った男。その仲間達を引き連れているのはマントを翻し、グレートスピリッツを見上げている少年、ハオだ。

 「…ハオ、だね。今回のS.F.優勝者第一候補であり、三大勢力の一つだよ。」
 「まいったわね。アンタが仲間になってくれないと、アタシ達S.F.二次予選に出れないじゃない…。」
 「他のシャーマンの方々は…?」
 「…みんな断られちゃったの!アンタが最後の望みだったのよ!」

 ミリーは目尻に涙を溜め始めて、は慌てた。涙を見るのは苦手だ。他の四人も少し沈んだ表情で、でも他に仲間がいるなら仕方がない、とミリーを慰めていた。はいたたまれなくなった。

 「…解ったわ、あなた達のチームメイトになる。でも、友達に知らせないといけないから一緒に来てもらってもいい?――そういえば、私名前言ってなかったね、です。よろしくお願いします。」

 そういうと、五人はバンザーイ!と両手を上げたは再び瞬く。一番最初に話しかけてきた金髪オールバックの女性がの手を取り、ありがとう!を繰り返した。

 「自己紹介するわ。左から、」
 「ミリー。」
 「エリー。」
 「リリー。」
 「サリー。」
 「シャローナよ。」
 『一人だけ"リー"が付かないんだな。』

 あ、それ私も思った。と現れて一言述べたが同意すると金髪オールバックの女性、シャローナはお黙り!と声を上げる。赤い髪留めでくくった少女、エリーがだから名前変えようっていったのにー。と不満をこぼした。

 「仲間になったんだから、敬語は不必要よ!いいわね。それじゃ、。アンタの友達の所へ行くわよ!」

 シャローナが声をかけると、ミリー、エリー、リリー、サリーは右手を上げておーっ!と続いた。このテンションについていけるのかな、とは一抹の不安を抱えながら、の示す葉達がいる方向とは真逆に進もうとした五人を呼び止めて、歩き出した。

 葉、蓮、ホロホロ、竜は直ぐに見つかった。赤いバンダナが見えて、は心を躍らす。間違いない、アンナだ。はアンナ、と声をかけようとして、見慣れない黒人の少年がいる事に気づいた。続いて、葉が予選第二戦で戦った相手、ファウスト[世もいる。彼の腕の中にはまん太が震えていた。

 「あ、。…彼女達は?」
 「アンナ、久しぶりっ!彼女達は私のチームメイトの、」
 「ミリー。」
 「エリー。」
 「リリー。」
 「サリー。」
 「シャローナよ。」
 「「「一人だけ"リー"が付いてないんだ。」」」

 シャローナは先ほどに向かって怒ったのとまったく一緒の言葉を、葉、ホロホロ、まん太に向かって叫んだ。
 黒人の少年がふふんと笑い、ファウストがこれで決まりましたね、とにこりと笑って言った。アンナがはぁ、と息を吐いて、は首をかしげた。

 「どうしたの?」
 「チームをどうするかで揉めていたのよ。でも、が余らないならいいの。」
 「も、問題ありっスよ、おかみ!俺はリゼルグと…!」
 「リゼルグがどうかしたの?…そういえばリゼルグどうしたんだろう…まだ部屋にいるのかも。」
 「竜がさっきからそのリゼルグと一緒のチームがいいって五月蝿いのよ。アタシはその子を見た事ないから力量は解らないけど、ファウストならこの目で見たわ。だからチームメイトにしたかったの。」

 なるほど、とは頷く。リゼルグも強いが、ファウストも強いと思う。強いシャーマンを葉の仲間にして戦えば一歩でもシャーマンキングに近づける。…アンナの魂胆はそことは違う別のところにありそうだけど…。

 「俺は、葉の旦那に一生ついていきますぜー!」
 「フン…なら決まりだな。がそいつ等とチームを組むのならば、チョコラヴとホロホロ、これで俺のチームは完成だ。」
 「ちょ、ちょっと待てよ蓮!さっきであったばかりの訳解らない奴を仲間にするって言うのかよ!」
 「…貴様等など隅で試合を見ているだけでいい。試合は俺一人で十分だ。」

 蓮はそれだけ言うと行ってしまった。サリーがませたガキだな、と零したのをは苦笑で応えた。蓮、ぜってぇ泣かす!と豪語するホロホロに葉は相変わらずうぇっへっへ、と独特の笑みを浮かべる。アンナは再び息を吐いたが、優しい眼差しを葉に向けた。

 「今日から忙しくなりそうね。」
 「賑やかになるね。―――ところで、アンナはどうして此処に?」
 「葉明様と道孝様に頼まれて葉とに届け物をね。…けど、への物は此処に来る前ハオという男に持っていかれたわ。直接自分で渡すとか言ってたけど。」

 そう、とは頷いただけだった。アンナはあの男…っ、次会ったらビンタ喰らわせてやる、と呟きながら葉の修行メニューをぶつぶつと呟いている。はそれを乾いた笑みで見ていたが、リリーに行くよ、と促されアンナと別れた。

 「、久しぶりなんだから、今日は一緒に夕飯をたべましょ。」
 「解ったわ。じゃぁ、六時にそっちへ行くから待ってて。」

 

 シャローナ達の宿へ行くと、部屋はすっかりくつろぎモードに変わっていた。葉達の部屋はパッチ十祭司が用意したままの殺風景なものだったが、それと比べてなんとも賑やかな、女性の部屋らしいと言っていいのだろうか?壁にはアイドルのポスターなり、ベッドにはくまのヌイグルミが並べてある。サリーに勧められて椅子に座り、リリーがカップにコーヒーを注いでくれた。

 「さて、ようやく二チーム作れるわけだけど、メンバー分けはどうする?」
 「それもだけど、の実力がどのくらいか知る必要あるんじゃない?」
 「そぅよぉ、って強いの?」
 「…さぁ?よく考えたら、私一度も正式な試合をしてないのよね。」

 シャローナの意見にーが同意して、ミリーが率直に尋ねると、は困った風に笑みを浮かべながら答える。すると五人のはえ、と声をあげ続いて耳を塞ぎたくなるような音量の声でえぇーっ!!と叫んだ。

 「じゃあ、シードがいるって本当だったのね!!」
 「ただの噂じゃなかったんだ…。」
 「ね、ー。もしかしてあたち達すごい人仲間にしちゃったのかな!」
 「!ほんとにほんとに戦ってないの?一度も?!」
 「え、う、うん。」

 エリー、リリー、ミリー、シャローナ達の勢いに押されながらは頷く。四人の瞳は心なしかきらきらと輝いている。大方、楽できるとかそんなこと考えてるんじゃいのかな…。は苦笑した。

 「はぁい!じゃあ、あたしと組みたい!」
 「ずるぅいっ!あたちだってとがいいー!」
 「こら、ー、ミリー落ち着きなさいってば!アタシだってと組みたいわよ!」
 『…大人気だな。』
 「あはは…そうだねぇ。」

 が現れて呆れたように呟くとも乾いた声で笑いを零した。目の前のぎゃいぎゃい騒いでる様子がおかしくて、は少し目を細める。年下はミリーだけのようだが、同年代の女の子達とこうして騒ぐ日が来るなんて思いもしなかった。思わず、の頬を光の筋が通る。

 「ちょ、、どうかした?大丈夫?」
 「サリー…ううん、なんでもない。私、嬉しいの。歳が近い子とこんな風に話したことも無かったから…。」

 がそう呟くと、止めようとしていた涙が次から次へと溢れて来る。慌てて目を擦って涙を拭うが止まらない。サリーがの背をさすり、リリーがの肩に手を置いた。騒いでたエリー、ミリー、二人を止めようとしていたシャローナがの目の前に立つ。エリーがしゃがんでの顔を覗き込んだ。ミリーはの膝に手を置く。

 「あれ?おかしいな…ご、ごめんね。気にしないで。」
 「できないわ、そんな事。」
 「…ここにいるあたし達もみんな、シャーマンではない人から邪険に扱われて心に傷を負ってる。と此処で知り合ったように、あたし達も此処に来て初めて知り合って、そして今のようにバカみたいに騒いでる。」
 「…傷の舐めあいなんてするつもり無いけど、あたし達、いいチームメイトになれそうだね。」
 「…よろしくね…。」

 五人はの泣き止むまでずっと傍にいてくれて慰めてくれた。にアンナに伝言を頼み、その日の夜は六人で食事をし、就寝した。自分のことでいっぱいで忘れていたが、リゼルグがX-LAWSのメンバーと会い、X-LAWSに入団する事を決めていたとはこの時のには考える事も出来なかった。

 

 ハオは手の中の水晶を見つめて、星が浮かぶ空を見上げる。
 地底の村だというのに、朝、昼、夜としっかり時間を分けられてなおかつ、星空が見えるとはグレートスピリッツの力には敬服する。

 「その力、今度こそ僕の物に…。全てを手に入れて、僕は…。」
 「オパチョ、ハオ様のお手伝いする!みんなもオパチョと同じ!」
 「はは、ありがとうオパチョ。」

 純粋な瞳で見上げてくる子供にハオは笑みを浮かべた。懐いて、慕ってくれるのは嬉しいがオパチョにすら、心は開いていない。この世で安心できるのはの傍だけ。だけが解ってくれる。ハオはオパチョに帰ろうか、といってマントを翻した。

 

*20061028*