穏やかな日差しを受け、エリは目を細めた。頬を撫でる風が、手元の本のページをめくる。
ラグランジュポイント3宙域に存在するオーブ連合首長国の衛星資源コロニー・ヘリオポリス。エリはそこで、工業カレッジの一生徒をしていた。
授業に出席し、レポートを提出して点をもらう。ヘリオポリスで知り合った学生たちからは『友人』という立場で、周囲から見ればただの学生にしか見えないだろうが、エリは『ザフト軍クルーゼ隊』の軍人であった。――そう、このヘリオポリスへは潜入捜査としてやってきたのだ。
C.E.70 2月14日に起きた『血のヴァレンタイン』から11ヶ月。数の上で圧倒的有利だと言われていた地球連邦軍との戦争はいまだに決着がついていない。
そして数ヶ月前、プラント最高評議会直属の諜報部から地球軍がここ、ヘリオポリスで最新型機動兵器が製造しているという情報をつかみ、そのソースを確認する為にエリが派遣された。任務成功率が高いクルーゼ隊にこの任務が言い渡されることは周知の事であったし、それだけこの情報が危険視されているのである。
その中でも、エリが選ばれた理由は、まず女性であるということ。次に年頃が16,7の学生に紛れやすいということ。最後に*アジテーションになり得易いというところからだ。もちろん、最後の理由は評議会の中でも数名しか知らない事実に基づいている。この話はおいおい話していこう。
諜報部が入手した情報を元に、エリが潜入したことでソースは明らかになった。つい2,3時間前に証拠となる映像をラウ・ル・クルーゼ本人に直通で送信した所だ。タイムラグの関係でその映像が届いているのは今頃だろう。
それにしても、とエリは街並みに視線を向けた。カレッジは多くの学生で賑わいかえっている。外で戦争をしている事など、まるで知らずに。中立オーブのコロニーであるから、戦闘などここで起きないとでも思っているのだろうか。あまりに平和で、エリは少しだけ苛立っていた。
「エリーっ!」
「ミリィ?」
名前を呼ばれ、そちらに顔を向けるとオレンジ色のワンピースを着た少女―――ミリアリア・ハウが手を振って駆け寄ってきた。その隣りには彼女の彼氏であるトール・ケーニヒとクラスメイトのキラ・ヤマトがいる。
「こんなところにいたのね!カトウ教授がエリを呼んでたよ。研究室に行きましょ。」
「また、なのね。カトウ教授人遣い荒いから困るわ。昨日出された課題、まだ終わってないのに。」
「あれ?エリも課題出されてたんだ。」
「"も"ってことはキラも?…はぁ。今日こそガツンと言ってやろう!」
「そんなん言ってるからキラよりも課題が多く出されるんだぞ、エリは。」
クスクス笑うトールとミリアリアを軽く睨んで、エリは荷物をまとめた。ポケットに忍び込ませている無線を確認して、席を立つ。
クルーゼの事をよく知っているわけではないが、クルーゼ隊に配属されてから今までで、彼の性格はある程度わかっていると思う。先ほど送信した映像は、このヘリオポリスで秘密裏に製造されている地球軍の新型機動兵器の証拠だ。彼ならば評議会に申告して許可をもらう前にここへ攻め込んでくる。その時がエリの任務終了合図であり、同時に脱出合図である。そのことを見込んで、エリはもともと少なかった荷物をまとめて持ち運んでいた。ミリアリアが荷物重たそうね、と声をかけたが、エリはにこりと笑ってちょっとね、と言葉を濁した。
「エリ、持つの手伝うよ。」
「そんなの、悪いわよ。」
「いいから。」
キラはエリから荷物を引き受けた。ありがとう、と礼を述べるエリに笑顔を向けて歩き出す。トールがご機嫌に口笛を吹けば、キラが慌てて取り繕うかのように言葉を紡ぐので、面白くなってみんなが声をあげて笑った。この束の間の平和ももうすぐ終わる。
エアカー乗り場に着くと、そこで三人の少女が話に花を咲かせていた。あ、と小さくキラが呟く。トールとミリアリアには聞こえていなかったようだが、隣りにいたエリには丸聞こえだった。キラが三人の内の一人、赤い髪が特徴的な少女―――フレイ・アルスターの事を少し特別な想いを抱いている事をエリは感じとった。
「もう、いい加減教えなさいよーっ!」
「だから、なんでもないんだって!!」
「はぁーい。どうしたの?」
「あ、ミリアリア!ねぇ知ってる?フレイったら、サイ・アーガイルから手紙もらってたのよ!なのに『なんでもない』の一点張り!」
「えーっ!嘘!ほんと?!」
フレイの頬に少し朱が差し、手紙を受け取っていた事が事実であることを告げた。きゃあきゃあと、黄色い声を上げる彼女たちをトール、キラ、エリの三人が見守っていると後ろから咳ばらいが一つ聞こえた。
「乗らないのなら、先によろしい?」
「あ、はい。すいません。どうぞ。」
トールが詫びを入れて道をあける。エリも倣ってどうぞ、と手を差し出して道を譲った。
先にいたフレイ達よりも一つ早いエアカーに乗り、三人の大人は走り去って行った。続いて照れ隠しか、フレイがもうしらないっ!と声をあげてエレカーに乗り込み行ってしまうと、乗り場にはトール、キラ、ミリアリア、エリの四人が残された。
「手紙、だって〜。頑張らないとな、キラ・ヤマト君。」
「ふふ。」
「ちょ、なんだよ!」
続いて来たエアカーの運転席にキラが、助手席にエリが乗り、後部座席にトールとミリアリアが乗るとエアカーはゆっくりと走り出し、軽快にスピードを上げていった。
カトウ教授の研究室は、本来であれば工業カレッジの内部にあるはずなのだが、モルゲンレーテ社敷地内の一角に設けられていた。これはエリにとって幸いであった。ヘリオポリスでの捜査をする上で、怪しいと睨んでいたのがモルゲンレーテ社である。その一角に学生としてでも進入できることは、第一のセキュリティーを解除した事に値する。その後は、いとも簡単に侵入でき、証拠をクルーゼに送ることが出来たのである。
キラのIDカードがセキュリティーを通過する。もちろん、全員の身元がメインコンピューターでチェックされている。エアカーは敷地内の降車場所に着くと停止し、エリ達は降りて研究室に向かった。
研究室には、サイ・アーガイルと、カズイ・バスカークがすでにおり、実験