WIND

 

 

 

 頭を抱えるナルトを見て、はこっそりと笑みを零した。
 中忍選抜第一試験の監督官、木の葉暗部尋問・拷問特殊部隊隊長の森乃イビキが試験官達を率いれて三○一の教室に現れたのは、音忍が薬師カブトを襲ってすぐの事だった。
 音忍に対して怒声交じりの牽制を入れて、イビキは全員に向かって志願書提出と引き換えに座席番号札を受け取り指定された場所に着席後、筆記試験用紙を配ると宣言した。ナルトの明るい空色の眼が丸くなったかと思うと、ペーパーテストぉっ?!と叫ぶ声が教室に木霊した。
 結果、受験者達は志願書を提出後試験官から座席番号札を渡され、チームメイトとはバラバラに席に着かされ、試験用紙を前にしてイビキの指示を待っている。

 「試験用紙はまだ裏のままにしておけ。これから大事なルールを説明する。黒板に書いて説明してやるが、質問は一切受け付けんからそのつもりでよく聞け!」

 イビキは黒板に四つのルールと簡単な例を書き出した。
 各自、持ち点十点の減点式。一問間違いにつき一点の減点。
 この試験はチーム戦。受験申し込みを受け付けた三人一組の合計点数で合否を判決。
 試験中、妙な行為――つまりカンニング及びそれに準ずる行為を行ったと試験官達に見なされた者はその行為一回につき二点減点。
 試験終了時までに持ち点を全て失った者、及び十問全問間違えた者の所属する班は、三名全て道連れ不合格とする。

 「試験時間は六十分。―――始めっ!」

 その号令に、受験者達はいっせいに紙をめくり、問題を解き始めた。
 も問題に目を通し、愕然とした。―――全ての問題が難解な問題なのである。

 「(なるほど、受験者達の情報収集能力をみるテストなわけね…。)」

 は問題をそっちのけにして受験者達の観察を始めた。さしずめ、受験者に紛れ込んだ試験官といったところだろうか。そこへ、ちゃん、と声がかかった。

 「ちゃん。」
 「――っ、ちゃん?!」

 小さな声で名前を呼ばれて見れば、そこには一時間ほど前出会った砂隠れの里からの受験者であるがえへー、と満面の笑みで手をひらひらさせていた。

 「ちゃん、ひどいなぁ。さっきから何度も声掛けてるのに一向に気付いてくれないんだもん。試験始まっちゃうし。」
 「ご、ごめんね…って、話ししてていいの?試験中でしょ?試験官にカンニングと判断されるわよ?」
 「え?これってカンニング公認の試験じゃなかったの?」

 はこそこそと話しかけてくるに同じ様にこそこそと返事を返す。すると、からこの試験本当の目的である回答が飛び出した。
 が目を丸くしてを見つめていると、はあ、と慌てて口を押さえた。

 「あ、これってばらしちゃいけなかったんだ…。」
 「…どうして砂隠れの里の忍であるちゃんが今回の中忍選抜試験の内容を知っているの?」

 私ですら今回の試験の事を知ったのはついさっきなのに、と心の中で呟き、は訝しげにを見据えると、はいよいよ焦ってせわしなく視線を泳がせた。

 「―――っ、ま、まぁ…いいじゃん!カンニング公認なんだし、忍なら忍らしくカンニングすればいいだけの事なんだよ。」

 は強引に話を切り上げ、解答用紙に向き合った。
 腑に落ちないながらも、も自分の解答用紙を埋める事に専念すると共に、他の受験者達の様子を伺った。一番後ろの席に振り当てられたのは偶然だったが、なんともラッキーだ。
 数十分もすると、試験官から番号が挙げられ、失格者が出てくるようになった。静まり返っていた教室に試験官の声が響き、受験者の不満の声があがる。そんな中、の隣の彼女は机に突っ伏して、眠っていた。

 「(たいした度胸ね、こんな中で眠れるというのも。それにしてもこの子と姉は要注意ね…。巫女姫が目覚めているという事、選抜試験の内容の事――SSランク並の情報を入手している経路は一体…?)」

 はそこで考えるのを止め、すっかり埋めてしまった解答用紙を裏返してに倣って瞳を閉じた。

 

 目の前に、燃え盛る屋敷。広大な敷地を誇るこの敷地は災害にあったときでもびくともしなかったのに、今は全てを焼き尽くす炎が踊り狂っている。
 は、呆然とその前で立ち竦んでいた。どうして、この日の事は"視"えなかったのだろう?
 ごぉっ、と燃える炎とは別に、高笑いする声がの耳に届く。虚ろな眼でその方を見れば、黒髪を熱風に煽られながら、一人の男が気味の悪い笑顔を浮かべて高笑いをあげていた。

 「あっはっはっは!――あら、生き残り?おかしいわね。全て殺したと思っていたけれど。」

 男はを見てそう言い放った。その瞬間、は怒りに叫び、一匹の狼を口寄せした。
 突風が吹き炎は一瞬にして鎮火し、大地が轟いた。男は目を見開き、狼の鋭い爪を受け耳障りな悲鳴を上げた。が覚えていたのはそこまでだった。

 気が付けば、は三代目火影・猿飛に抱きしめられていて、猿飛は涙を流しながらごめん、と何度も謝っていた。普段はおどけて言う「すまぬ」という謝罪の言葉が、昔よく使っていた「ごめん」という言葉に戻っている事には浮遊感を覚えながら、聞き入った。白濁とする意識の中、身をよじって辺りの景色を視界に入れた瞬間、猿飛の謝罪の意味が解った。
 何も無い、のだ。
 屋敷が立っていた場所は、草も木も何も無いただの更地に変わっている。

 「…私、どうなるの?殺される?木の葉にとって脅威だものね。」

 遠くを見つめながら、はそれもいいな、と漠然と呟いた。の小さな体に封じ込められた半世紀程前里を襲った妖狼が、木の葉三強の一つ、家の広大な敷地を一瞬にして更地に変えてしまったのだ。猿飛ははっと顔を上げての顔を覗き込む。

 「な…何を言うておる?そんな事はせぬ。住む家がないのならば、ワシの家で住めば良い。のう?」
 「それは、火影としての命令?それとも、猿飛個人の願い?――だめよ、上に立つ者は個人の感情だけで物を言っては。」

 はそっと猿飛から体を離した。少し離れて火影を囲う様に控えている忍の他に、暗部が一小隊身を潜めて様子を伺っている。

 「!何をするつもりじゃっ!」
 「里長が私情を挟んで危険因子を処分できないのなら、私は自分で自分を殺すわ。ジロウと、父さん、母さんの所へ行ってる。」

 は姿を消していた狼を再び口寄せした。ジロウ、と狼を見て呼ぶ。かつて妖狼をに封印したジロウの名を、は妖狼に名づけていた。

 「ジロウ。私が死んだらあなたは自由ね。どこへでもお行き。ただし、木の葉に手を出したら私が地獄からあなたを封印するわ。」
 『…粋がるなよ小娘、ワシはそんな柔ではないわ。お前が死んだらその血肉を啜ってワシの一部にして、此処から姿を消してやる。』

 ジロウと名づけられた狼はぼふん、と音を立てて巨大化した。その瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。ジロウの鋭い爪はの左胸を、鋭い牙はの首筋にと宛がわれ、一度力を加えると死んでもおかしくない状況だった。
 狼が人語を話し、巨大化した事で、九尾事件を思い出したのか忍達の緊張はいっきに高まり、猿飛を庇いながら後退し始める。猿飛は声を張り上げた。

 「何をしておる!を止めぬか!!」
 「三代目!お気持ちは解りますが、彼女は危険です!彼女の言うとおり里にとっての危険因子は処分を下すべきです!いずれは、九尾の子供も…!」

 一人の忍が張り合げた声に、はそれはだめっ!と反論した。

 「だめっ、子供は殺さないで!あの子は…あの子は殺しちゃだめっ!あの子はこの里を守って死んでしまった四代目火影とやらの子供なんでしょ?親子で里を守ったのに、そんな理由で殺してしまうなんて絶対にだめ!!」

 の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 猿飛はやはりは死すべきではない、と改めて決心した。昔から誰よりも優しくて、誰よりも里思いであった。自分の事は後回しで、他人の事を優先する―――。

 「―――火影命令じゃ、この手を離しを止めよ。あやつを失ってはならぬ。」
 「なっ!何いってるのよ、猿と、び…。」

 の背後に狗面をつけた暗部が回りこみ、手刀でトンと首を打つとは意識を手放した。ジロウはから離れほぅ、と息を吐いて猿飛を見据えた。

 『礼は言わぬ。』
 「フン、気にするでない。嫌じゃったのだ。もう誰もワシの目の前で失いとうないからの。」

 狗面をつけた暗部はを横抱きにして火影の隣に並び指示を待った。ジロウはぼふんっ、と音を立てて姿を消し、残ったのは更地になってしまった旧邸と、火影と暗部一小隊だ。

 「行くか、カカシよ。はしばらく休息が必要じゃ…。もちろん、皆もな。」

 火影様、と狗面は名前を呼ばれた事を諫めたが、幸い他の暗部には聞こえていなかった。聞こえているとすると狗面――カカシの腕の中にいるくらいのものだが、聞こえているはずがなかった。

 

 「―――なめんじゃねぇっ!俺は逃げねーぞっ!!」

 バンッと机を叩く音で、は目を覚ました。時間を確認すると、十問目の出題時間を過ぎ、試験終了まで後五分といったところだった。

 「一生下忍のままだって、意地でも火影になってやるからっ!怖くなんてねぇってばっ!!」
 「…もう一度聞くぞ、人生を掛けた選択だぞ?止めるなら今だ。」
 「まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ。それが俺の忍道だ!」

 ナルトの声が教室中に響き、勇気付けられた表情の受験者達がいた。イビキは周りの試験官達と目配せし、頷き合うと第一の試験合格を言い渡した。
 何故、といった面持ちの受験者達から次々と質問が投げかけられ、イビキはそれに答え、この試験の目的の説明をし、最後に受験者達の健闘を祈る!と締めくくった。その時、窓を破りすごい勢いで黒い物体が教室内に飛び込んできた。

 「あんた達喜んでる場合じゃないわよ?!私は第二試験官のみたらしアンコ!次行くわよっ、次ィ!!」
 「…アンコ、お前空気読め。」

 二人のやり取りにはぷっと噴出したが、なんとか笑いを堪えた。アンコは第二試験を行う場所の説明をし始めたので、集中して話を聞いていると夢を見ていた事などすっかり頭からなくなった。

 

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*20070509*