眼下に広がる雄大な大地。それを二つに隔てるように流れる河は、大量の黄土を含んでいるせいか黄色く濁っている。船が優雅に水面を揺らし、それを見つめる二人の姿があった。
ほんの数分前には最強の道士と最強の霊獣の姿もあったが今はない。一人が大きく息を吸って吐き、伸びをした。

「―――これから、どこへ行くのですか?」
「さて、どこへ行こうかのー。」

 はぐらかされた、とは思った。伏羲は、いや、この兄弟子の太公望はいつだって明確な答えをくれない。だが、それが太公望らしくて、は口元を少し緩ませた。

「のう…、」
「私は。私は、あなた達によって『始祖』に最も近い存在になりました。ですが私は『人間』でありたい。新しい時代が幕開け、『周』が動き出した。私は旧時代、『商』王家の血を引く最後の一人。この無限の時間を使ってこの国の、この星の行く末を見守ります。有限の時間ときの中で生きる彼等と共に。」

 共に行かぬか、と続けようとした太公望の言葉を遮っては言う。数度瞬きした後そうか、と太公望は目を伏せ寂しそうに笑った。は零れ落ちそうになる涙を必死にこらえる。

「あなたと共に行く事は『人間』であることの私を忘れてしまいそうで、怖い。でも、本当はあなたの傍に居たい。」

 ―――私を『私』と最初に認めてくれたのは、太公望師叔、あなただから。
 二人の視線が交わり、互いにふ、と笑う。が仙人界に上がった時からずっと一緒だったのだ。仲違いすることもあったけれど、他の誰よりもお互いの事を解っているという自信があった。

「あなたが帰ってくる場所になりたい。以前そう言ったのを覚えていますか?」
「あぁ、よく覚えておるよ。聞仲との戦いの後だったかのう。」
「その言葉は今も偽りありません。」

 太公望はを見据えた。目は口ほど以上に物を云う。だが、の眼差しはまっすぐ太公望を見据えて逸らさなかった。まいった、と太公望は視線を外し、頭をかいた。その頬は僅かに赤い。

「いってらっしゃい、望ちゃん。」

 の見送りの言葉に、うむ、と短く返して太公望は一歩を踏み出した。一度も振り返ることなく、ただまっすぐ歩んでいった。

 太公望はこの後、現在で言うところの中国・山東省にあたる斉の国に封じられ政治を行ったとされている。とは一定の期間で会っていたようだが、それもいつの間にかなくなってしまった。
 その後の二人を知る者はいない―――――。



*



「―――全く、あの二人にはガッカリです。せっかく人が楽しみにしていたというのに。」
「本当だね。千里眼でずっと見守ってきたけど、こんなにドキドキ、ハラハラしたのに、あっけない終わりだったね。」

 太公望との並ぶ姿を見なくなって数年、お馴染の場所で申公豹と黒点虎が話していた。
 眼下に広がる雄大な大地と、それを二つに隔てるように流れる黄河。船が水面を優雅に揺らし下流へ下ってゆく。幾つ年月を経ようともこの場所はあの当時のままだ、と申公豹は思った。

「もう少し互いが素直になれれば違ったのでしょうが、あの二人は出会った時からあんな風でしたからね。仕方がありません。」
「太公望とにラブコメを求めちゃいけないって事?」
「いえいえ、そういう事ではありませんよ、黒点虎。―――そうですね、私の言っている意味をここで話してしまってもいいのですが、あの二人については、順を追った方がラブ&コメディ要素が入ってさらに面白いでしょう。しかし、二人の本質があのままなので、ストイックな関係のまま終わってしまいそうな気もしますが…とにかく、太公望が封神計画の遂行者となり、西岐で文王と出会った頃から振り返ってみましょうか。」
「その頃って…確か、申公豹が初めて雷公鞭を使ってから七年ぐらい経った頃?」
「えぇ、そうです。」

 よく年数まで覚えていましたね、と黒点虎を褒めて、申公豹は話し始めた。

 

 

 

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